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南極の氷が解けるとき、魔法は名前を失った  作者: つのん。
第一章 氷の下の記憶

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第10話 止める者

その一言の後、広間はしばらく音を持たなかった。


魔女は付け加えず、私も問わなかった。


問わない時間だけが、長く伸びた。


その沈黙の中で私は温度の向きを見失っていた。


「暖かさを恐れていたのに」


私は低く言った。


「最後に大陸を止めたのは冷気だったのですね」


魔女は床の板から指を離さないまま、答えた。


「恐れたものと使ったものはいつも同じではありません」


その一言で、暖かさも冷たさも、敵の名ではなくなった。


罪を持つのは、温度ではなく、それを扱う手の方だった。


私は声を出した。


「同じものを恐れていたのなら」


「なぜその恐れは互いの方ではなく、あなたへ向いたのですか」


魔女は答える前に、床の文様が立ち上がってきた一枚の板へ、指先を下ろした。


一本の線の端に触れた指は、なぞり始める前に止まった。


止まったまま、動かなかった。


広間の冷え方が、また一段、深くなった。


息は白かった。


白い息が落ちる先で、板の線が、他の方角へ伸び始めていた。


---


長兄の側から、人が来た。


来た者は長兄の身の回りを長く務めた古い者だった。声は穏やかで低く、敵意の色を持たなかった。両手は前に揃えられていた。


その者は妹の正面ではなく、半歩斜めの位置に立った。


「妹君にお願いがございます」


声音は丁寧だった。


「外縁の線が暖気で緩んでおります。岸寄りで応える力は今妹君のお手でしか持たれておりません」


「内側の集落へお移りいただきたい。お力を内側からお守りいただきたいのです」


妹はその者の顔を見た。


その者の目は、妹の顔ではなく、妹の手のひらの方へ寄っていた。


見ていることを、妹に気づかせない程度の慎ましい角度だった。


けれど慎ましい角度の方が、まっすぐ向ける視線より長く残った。


妹は、自分の片手の上にもう片方の手を軽く重ねた。


その者の視線が少し重ねた手の方を追った。


追ったままその者は付け加えた。


「すべては妹君をお守りするためです」


妹はその一言を、聞こえた位置に置いた。


それ以上のことを、その場ではしなかった。


返事はしなかった。しかし、その者の目は、返事を必要としていなかった。


返事を既に自分で受け取った顔でその者は頭を一度下げ、戻った。


---


次の日、次兄の側から、別の人が来た。


その者は若い使者だった。長兄の側の古い者よりも、半歩明るい声を持っていた。


「妹君のお力をお貸しいただきたいのです」


「外側の海の向こうにまだ届いていない命があります。届かせるためには線を伸ばす力が要ります」


その若い使者は妹の顔をよく見た。


けれどその目の奥で、彼女自身ではなく、彼女の手のひらが確かに像を結んでいた。


妹は気づいた。けれど、それを顔には出さなかった。


「届かせるとは」


妹は問うた。


「私が行くということですか」


「いえ」


使者は首を振った。


「妹君がこちらにいらしてくださるだけでよいのです」


「妹君のお手がこちらの陣のどこかにあれば、それでよいのです」


妹はもう片方の手をゆっくりと自分の胸の前へ引いた。


引いた手はもう一方の手の上には重ねなかった。


代わりに、両手を、互いに見えない側で、軽く握った。


「私のここに」


彼女は息を整え直してから、言った。


「いるだけでよいのですか」


「はい」


使者は頷いた。


頷いた時、使者の視線は、妹の握られた手の方へ落ちた。


握られていても、見られていた。


握られた手の中で、妹自身の冷気は、また一段、内側へ抑えられた。


---


板の上の線が、二つの方角へ、それぞれに細く伸び続けていた。


長兄の側の線は、内側へ。


次兄の側の線は、外側へ。


二つの線の起点は、別の場所にあるはずだった。


しかし、二つの線の起点は、板の上では、ほぼ同じ位置に置かれていた。


その位置は、妹の手のひらが置かれていた位置だった。


---


ある夜、長兄と次兄は再び二人だけで会った。


会った場所は、王家の広間ではない。


岸寄りの線の上でも、外縁の集落でもなかった。


幼い日に二人が同じ光を挟んでいた、岩の陰の場所だった。


光のあった窪みは、今は乾いていた。岩の根元の濡れだけが、あの夜と同じ位置に残っていた。


長兄が先に口を開いた。


「妹のことだ」


それが切り出しだった。


次兄は答える前に、長兄の手の方を見た。


長兄の手は岩の縁に置かれていた。


指先はまだ内側へ折れていない。


その夜の長兄は、まだ自分の指先を折ることを覚えていなかった。


次兄は問うた。


「兄上は妹をどこへ置きたい」


「私の元にではない」


長兄は即答した。


その即答の速さに次兄は息を止めた。


「兄上の元ではないというのは」


次兄は問いを言いきれなかった。続きを継いだのは、長兄の側だった。


「私の元にいれば」


長兄はそこで、言葉の先を選び直した。


「私の元の者たちが妹の手のひらを内側の線の上に置き続けることになる」


「それは」


次兄は答えに迷った。


「それは私の元で既にあなたの陣に置かれているというのと同じ形ですか」


「同じ形だ」


長兄は認めた。


「だから、お前の元にも置けない」


次兄は黙った。


長兄は続けた。


「私たちのどちらでもない、内と外のどちらでもない、別の場所へ移したい」


「別の場所」


次兄は繰り返した。


「そこは誰の場所ですか」


「誰の場所でもない」


長兄は答えた。


「誰の場所でもないというだけが妹の場所だ」


「今、私たちが妹のために用意できる、一番安全な場所だ」


次兄の視線は、岩の陰の縁に残った濡れた跡へ落ちた。


しばらく経って、彼は別の問いを返した。


「妹にそれをお伝えしますか」


長兄はその問いの位置で、自分の指先を内側へ折った。


折れた指先の白さが、岩の陰の縁の濡れた跡へ、落ちた。


「問わないことが」


長兄は低く言った。


「今の私たちにできる、一番丁寧な仕方だ」


その一言を聞いて、次兄は長く息を止めた。


その沈黙を、彼は妹への裏切りだとは思わなかった。


それは妹を守るための、二人の最後の合意だった。


しかし、その合意のどこにも、妹の声は、置かれていなかった。


---


その合意のことを、妹はその夜には知らなかった。


知ったのは、次の日の朝だった。


知らせた者は、長兄の側でも、次兄の側でもない、王家の広間の記録を持つ古い者だった。


その者は両側のどちらの線にも乗らない位置に立っていた。立てる者はもうほとんど残っていなかった。


「妹君のお耳に入れるべきか、長く迷いました」


その者は低く前置きをした。


「しかし、知らずに置かれることの方がご本人にはご無礼だと私は判断しました」


その者は長兄と次兄が岩の陰で交わした言葉の、要点だけを伝えた。


妹は最後まで黙って聞いた。


聞き終えた後、彼女は問うた。


「私は二人の間にいたのではなかったのですね」


その者の視線が、一度だけ床へ落ちた。


「私は」


妹はそこで、声を一度止めた。


「二つの陣の、それぞれの真ん中に置かれていたのですね」


その者は頷いた。


頷きながら、彼もまた、妹の顔ではなく、妹の手の方へ視線を落とした。


落ちた視線を、彼自身は止めなかった。


止められなかったというのが、彼の側の誠実さだった。


その誠実さの形を見て、妹は、自分が誰の側にも逃げられなくなっていたことを、はっきり理解した。


怒りはあった。


その前に、一度だけ、違うと言いかけた。


言いかけた言葉は、兄たちを責める姿をしていた。


しかし声になる前に、その形の中へ、自分が守られたかったという願いが混ざった。


怒りの名を長兄にしようとして、できなかった。


次兄にしようとして、それもできなかった。


二人が自分を愛していなかったわけではないことを彼女は知っていた。


知っていることが、怒りの置き場を奪った。


それでも、どこかで自分は守られているのだと、思いたがっていた。


守られているではなかった。


守られたかった。


その言葉を認めかけて、彼女はすぐに自分の奥へ戻した。


戻した時、怒りは相手ではなく、自分の内側へ落ちた。


逃げるという言葉そのものがもう成立しなくなっていた。


逃げれば不在を読まれ、立ち止まれば手を読まれる。


どちらにしても、彼女のいない場所で、彼女の意味だけが動いていく。


妹はその朝、声を荒げかけた。


けれど荒げた声をどちらの兄へ向ければいいのか、最後まで決められなかった。


決められないまま彼女は自分の手をゆっくりと自分の前へ開く。


開いた手は、誰の側にも向けなかった。


誰の側にも向けないまましばらく彼女はそれを見つめた。


見つめている間に、彼女の中で、ある姿が、ひとつだけはっきりと立ち上がってきた。


その姿を彼女はまだ言葉にはしなかった。


言葉にしないままで、彼女の手はもう両側の解釈の方を見ていなかった。


---


意識が再び広間の冷気の中へ降りた。


私はしばらく自分の指先の折り方を見ていた。


折れていた。


折ったことに私は気づいていなかった。


「守ると言いながら」


問うた。


「選ばせなかったのですね」


魔女はその問いを受けたまま、自分の両手を前へ開いた。


開いた手の上には、何も置かれていなかった。


開いた手を彼女は私の中ではなく、自分の側へ向けた。


自分の手のひらを、自分で、確かめていた。


「あの時」


彼女は自分の手のひらの方を一旦閉じてから、言った。


「兄たちは私を守ろうとしていました」


「兄たちは世界も守ろうとしていました」


「けれど」


彼女の手は、外側へ向きを変えた。


「兄たちは私が自分で選ぶ場所を用意できませんでした」


「私もまた、自分で選んだ場所をもう思い出せませんでした」


しばらく彼女は黙った。


広間の柱の根元から、水が一筋、外へ出た。


黙ったまま彼女は自分の手の方を見つめた。


両側の解釈の中で動かされていた妹の手と、今の彼女の手は、同じ角度にあった。


「止められるのは」


低く声は震えなかった。


「私だけだった」


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