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終わりの魔女と始まりの世界  作者: EDA
第11幕 王都の陰謀

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6 真相

2020.11/18 更新分 1/1

「……それを世間では、邪神教団と称するのではないでしょうか?」


 フィリアが言葉を重ねると、黒装束の男は「さて……」と笑いを含んだ声で答えた。


「我々がどのような名で呼ばれようとも、大きな意味はございませぬ……肝要であるのは、如何にして世界に正しき行く末をもたらすか、ではありませんでしょうか……?」


「あなたがたが邪神教団であるのなら、何も賛同することはできません。……というか、どうしてアデリール先生がこのような方々と行動をともにしておられるのです?」


 フィリアの言葉に、アデリールは小首を傾げた。

 その口もとには柔和な微笑がたたえられたままであったが、やはり目もとは頭巾(フード)で隠されている。


「昔日に、フィリア姫と袂を分かつて以来、わたしは長らく道を見失っておりました。そこに光をもたらしてくれたのが、彼らであったのです。彼らと出会ったことにより、わたしはようやく正しき道を見出すことがかなったのです」


「あのですね、断言しますけれど、それは絶対に気の迷いでありますよー! この方々は石の都を滅ぼして、魔術の文明を再興させるのが最終目的なのですからねー!」


「ならばそれは、石の都を捨てたフィリア姫とも、相通ずる信念ではありませんか」


 普段よりもやわらかい声音で、アデリールはそのように言いたてた。

 普段の騎士らしい凛々しさは、すっかり失われてしまっている。それはどこか陶然とした、夢見る乙女のごとき声音であった。


「いまでしたら、わたしもフィリア姫のお気持ちを理解することができます。石の都には、数多くの背徳が渦巻いているのです。かつて石の都を築いた先人たちは、道を誤ってしまったのでしょう……我々は、正しい道に立ち返らなければならないのです」


「そんな妄念に取り憑かれてしまったあなたなんかに、わたしの気持ちが理解できるわけはありません! だいたい、石の都を滅ぼそうというおつもりなら、どうしてわざわざわたしを王都に連れ帰ったのですか? こんなことしても、なんにもならないじゃないですかー!」


「我々の目的は、ただひとつ。フィリア姫に、西の王国の王になっていただくためです」


 胸の前で手の先を組み合わせながら、アデリールはそう言った。

 まったくもって、勇猛な女騎士にはそぐわぬ仕草である。


「石の都の穢れた玉座を、フィリア姫の清きお心によって浄化するのです。そのためにこそ、我々はこうして力を尽くしているのです」


「力を尽くしているって……まさか、父様たちを毒殺したのは、あなたがただったのですか?」


 アデリールは何も答えず、ただ恥じらうように首をすくめた。

 フィリアは、ますますげんなりしてしまう。


「呆れたお話ですねー。自分たちでそんな大罪を犯しておきながら、王姉さんやその娘さんに罪をなすりつけようとしていたわけですかー」


「……それも必要な措置であったのです。西の領土において精霊王の力が失われた理由をご存知でしょうか? それは、欲得にまみれた前王が次々に領土を切り開いていき、西の領土の魔力を衰退させていったためであるのです。このまま王姉の血族に玉座を受け渡しても、同じ悲劇が繰り返されるのみでありましょう」


 アデリールは静かな声音で、そのように語った。


「我々は、この大地を守らなくてはならないのです。そのためには、フィリア姫に王となっていただく他ないのです」


「そんなの、ただの悪あがきですよー。どうせ数年後か数十年後には、大地の魔力も枯渇してしまうのですからねー」


「その前に、我々は大神を覚醒させてみせましょう。そしてフィリア姫には、世界を救う魔術の礎になっていただきたく思います」


「魔術の礎? わたしを触媒にして、大神を覚醒させようという目論見なのですか?」


「おや。フィリア姫は、『神の器』の術式をご存知なのでしょうか?」


 アデリールはわずかに身をのけぞらしてから、感服したように首を振った。


「さすがは魔女のもとにて修行をなされたフィリア姫でありますね。ですが、ご安心ください。決してフィリア姫の御身を捧げよなどとは申しません」


「だったら、どうしようというのです?」


「……フィリア姫の身に宿される赤子に、『神の器』の術式を施したく思います」


 歌うような口調で、アデリールは言葉を重ねた。


「大神の依り代となるには、さまざまな資質が必要となるのです。強い魔力を備えた魔術師であれば、自らの肉体を『神の器』に錬成することもかないましょうが……北の魔女が魂を返した現在、その身を捧げようと名乗り出る魔術師は存在しないことでしょう。それならば、自らの手で『神の器』を作りあげる他ありません」


「……それで、わたしにその犠牲となる赤ん坊を産めと仰るのですか? かえすがえすも、無茶なお話でありますねー」


「フィリア姫の子が大神の依り代となり、魔術の文明の礎となるのです。フィリア姫にとっても、これほどの幸福は他にないのではないでしょうか?」


 フィリアは、全精力を振り絞って溜め息をつくことになった。


「よくそれで、わたしの気持ちを理解することができたなんて言えたものですねー。わたしはそんなおぞましい計画に加担する気には、とうていなれませんよー」


「……ですが、フィリア姫も魔術の文明の再興を夢見ておられたのでしょう?」


「いいえ。残念ながら、わたしが夢見ているのは自分自身の幸福のみです。志の低さに関しては、ちょっと自信がありますですよ」


 フィリアは腰に両手をあてて、無言で居並んでいる黒装束の男たちを見回した。


「わたしは石の都が嫌いですが、あなたがたのことはもっと嫌いです。魔術の世界の再興を願うなら、いまからでも聖域に引きこもって、その身を大地に捧げるべきなのではないですか?」


 男たちは、何も答えなかった。

 その代弁をするように、アデリールが低く声をあげる。


「残念です……フィリア姫でしたら、ご理解いただけると信じていたのですが……」


「無理ですよー。で、どうします? わたしのことも父様たちと同じように、毒殺でもするのでしょうか?」


「そのような真似は、決していたしません。フィリア姫は石の都の最後の王となり、世界そのものを産み落とすのです。我々が、すべて正しく取り計らいましょう」


 アデリールが、外套(マント)の内側に手を差し入れた。

 そこから取り出されたのは、短剣ぐらいの長さをした小さな筒である。それこそが、東の王国から伝わる毒の吹き矢であった。


「しばしお眠りください。その間に、邪魔者は片付けておきますので」


「邪魔者? ……まさか、王姉さんたちのことも暗殺するおつもりなのですか?」


「すでに、手は打っています。あの悪辣なる母子が明日を迎えることはありません」


 アデリールが、吹き矢の筒を口もとに当てがった。

 そのとき――フィリアたちの頭上で、何かけたたましい破壊音が鳴り響いた。


 男たちは、ぎょっとしたように頭上を振り仰ぐ。

 フィリアとアデリールも、それは同様であった。


 燭台の火だけが目の頼りであったその場所に、青白い月明かりが差し込んでいる。

 壁の高い位置に設えられていた木造りの窓が、破壊されたのだ。

 そこから差し込む月光に照らし出されているのは――何か巨大な獣にまたがった、小さな人間の影であった。


「まさか邪神教団などという不逞の輩が、石の都のど真ん中にまで潜り込んでおったとはな。さながら、腐肉に湧く蛆虫のごとき連中じゃ」


「お……お師匠さんと、従者さん!?」


 吹き抜けの階上にたたずんでいたその影が、うなりをあげて広間に飛来してきた。

 そして、フィリアとアデリールの間に、着地する。その懐かしき後ろ姿に、フィリアは「わーい!」と歓喜する。


「ほんとーにお師匠さんと従者さんだー! どうしておふたりが、こんなところにおられるのですー?」


「呑気なことを言うておる場合か。救いようのない大うつけじゃな」


 フィリアに横顔を見せながら、魔女エマは笑いを含んだ声でそのように言い捨てた。

 変化の術は使っておらず、幼女の姿のままである。ただ、外套(マント)頭巾(フード)を深々と下ろしており、口もとは襟巻きで隠している。あらわにされているのは黄金色の瞳のみであり、その手には愛用のねじくれた木の杖が握られていた。


「お前は……《針の森の魔女》であるのか? そうか、これまでわたしに見せていたのは、偽りの姿であったということだな」


 底ごもる声で、アデリールがそのように言いたてた。

 黒き狼の背に乗った魔女エマは、「ふん」と鼻で笑う。


「どうせ何かの悪だくみじゃろうとは思うておったが、まさかおぬしが邪神教団なんぞに身を寄せておったとはな。まあ、おかげで不逞の輩をまた何匹か退治できるわい」


「退治だと? 魔力の枯渇した王都において、お前が魔術を振るうすべはあるまい」


 アデリールは吹き矢の筒を打ち捨てて、腰から長剣を抜き放った。

 周囲の男たちも、おのおの長剣や短剣を抜いている。

 それを見て、魔女エマは「はん」と嘲笑った。


「おぬしらのような毒虫をひねり潰すのに、魔術なんぞ必要ないわい。……不肖の弟子よ、とっとと乗るがいい」


「はーい!」と元気に答えながら、フィリアはジェラの背に飛び乗った。

 そして背後から、魔女エマの小さな身体をぎゅっと抱きすくめる。


「えへへー、本当にお師匠さんだー!」


「やかましいわい。しっかりつかまっておれよ」


 魔女エマが言うと同時に、ジェラが跳躍した。

 アデリールの頭を跳び越えて、背後の男たちに躍りかかる。その前肢の爪で顔面を引き裂かれた男は血飛沫をあげて倒れ込み、魔女エマの杖で首筋を打ち据えられた男は声もなく昏倒した。


 地上に降り立ったジェラは、そのまま手近な男に飛びかかる。

 それでまた、2名の男が地に伏すことになった。


「わー、すごいすごーい! 従者さんはもちろん、お師匠さんも強いのですねー!」


「ふん。石の都の軟弱な人間なんぞ、狩人の修練を積んでおらずとも敵ではないわい」


 幼き頃に聖域を離れた魔女エマは、聖域の狩人として働く機会もなかったのだ。

 しかし魔女エマは、その身に備わった膂力だけで、男たちを圧倒していた。なおかつ、生身でも強靭な黒狼の前には、どのような人間もあらがいようはなかった。


 10名以上もいた男たちは、次々と倒れ伏していく。

 そうして最後に残ったのは、長剣をかまえたアデリールであった。


「……おぬしが何らかの虚言を吐いているということは、最初から気配で察しておった。それに、おぬしの魂が闇に染まりかけておったこともな」


 攻撃の手を止めて、魔女エマはそのように言い放った。


「きわめつけは、不浄の聖剣じゃ。王国の宝たる聖剣を魔女のもとに残していくなど、本来はありえぬ話じゃろう。外道の魔術を発動させるのに、聖剣は邪魔だと考えたのじゃろうな」


「えー! それじゃあお師匠さんは、最初からアデリール先生の悪だくみを看破していたのです?」


「当たり前じゃ。闇に堕ちつつある王都の騎士なんぞが、どうして王家の血筋たるおぬしを王都に引き戻そうと企んだのか……それを見届けるために、こうして後をつけてきたのじゃ。おぬしが見聞きしたものは、すべてその首飾りを通して筒抜けじゃったしな」


「だったら、最初からそう言ってくれればいいじゃないですかー! この10日間、わたしがどれだけ不安な心地であったと思うのです?」


「おぬしはそのようなたくらみを腹の中に隠しておける性分ではあるまいが? それに、おぬしに虚言を吐いた覚えはないぞ。王殺しの真相を暴くことが、すなわちこやつのたくらみを暴くことと同義であったのじゃからな」


「うぬぬ……まあ、いいです! お師匠さんへの弾劾は、のちほどまたゆっくりと! アデリール先生たちの口ぶりだと、王姉さんたちにも危険が迫っているはずですよー!」


「おお、そうじゃったそうじゃった。王姉とその息女は、どこにおるのかの? このような場所は不案内なので、おぬしの口から聞かせてほしいものじゃ」


 そうして魔女エマに視線を突きつけられると、アデリールは片手で自分の頭巾(フード)を引き剥いだ。

 その双眸は、手負いの獣のようにぎらぎらと燃えている。


「お前などに、決して屈したりはしない……王姉らは魂を返し、フィリア姫が王となるのだ!」


「この大うつけは、王になることなど望んではおらん。そして、邪神教団とも敵対する立場であるのじゃ。おぬしは己の愚かさから逃げ惑うた末に、さらなる愚かさに直面することになったわけじゃな」


「わたしが、逃げただと……? わたしはただ、フィリア姫の望む世界を――!」


「そら、それじゃ。要するに、おぬしは自分がこの大うつけに絶望を与えたひとりであるという現実を受け入れかねて、逃げ出したのじゃろうが? 自分がそのように悪辣な人間であると、認めることがかなわなかったのじゃ」


 魔女エマの言葉は、革鞭のようにアデリールを打った。

 アデリールは長剣をかまえたまま、力なく後ずさる。


「違う。わたしは……わたしは決して、そのような思いで彼らに身を寄せたわけでは……」


「いいや、違わぬな。おぬしは石の都の理に従って、こやつの力になろうとしておった。そうであるにも拘わらず、おぬしはこやつに憎まれることとなった。こやつの行く末を守ろうという目論見で、こやつの母親の存在を否定したがために、大きな恨みを買うことになったのじゃ。それでおぬしは、大きく傷つき……そこを邪神教団なんぞにつけこまれることになったのじゃろう」


 魔女エマは、容赦なく言葉を重ねていく。

 アデリールは端正な顔を引き歪めて、子供のようにぶんぶんと首を振った。


「石の都の理を否定されたおぬしは、石の都を滅ぼす理に救いを見出そうとした。こんなちっぽけな小娘に否定されたていどで、そのような真似に及ぼうとは笑止千万じゃが……しかし、こやつがちっぽけな小娘であるゆえに、自分がそれに絶望をもたらしたという罪悪感に苛まれることになったのじゃろう。正義でありたいと願うおぬしの心が、より懊悩を深めたのじゃろうな」


「だ……黙れ!」


 アデリールは、がむしゃらに長剣を繰り出した。

 しかしそれは、魔女エマの杖によってあえなく弾き返されてしまう。

 アデリールの手から離れた長剣は、硬い音色をたてて石造りの床に転がった。


「あぬしは、道を誤った。こやつに許されたかったのなら、おぬしはただ詫びるべきだったのじゃ。こやつが何よりも慈しんでいた母親を、疎み、否定し、陰で罵倒していたことを、心から詫びるだけでよかった。そうすれば……いずれこやつと絆を結びなおすこともかなったろうにな」


 アデリールはひざまずき、声もなく涙を滴らせた。

 その姿を見下ろしながら、魔女エマは静かに問う。


「では、聞かせてもらおうか。王姉どもは、どこにおるのじゃ?」


「……王姉殿下とベルディカ姫は、王宮の東の殿におられる……王宮は、そこの扉を出て、左手だ……」


 それだけ言って、アデリールは弱々しく突っ伏した。

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