9 円卓会議
2020.11/9 更新分 1/1
「我々を救い出したのは、おぬしということか。……これは我々にとって、末代までの恥となろうな」
魔女エマがそのように言いたてると、魔女キョウラは「うふふ……」と楽しげに微笑んだ。
「まあ、どれほどの生き恥をさらそうとも、生命にはかえられないでしょう……? 何せあなたがたには、この世の安寧を守るという崇高な使命があるのだからねぇ……」
「やかましいわい。外道の魔女めが、知った風なことを抜かすな」
「あらぁ、つれないわねぇ……もしかしたら、大事な愛弟子をまんまとさらわれてしまったことを、まだ根に持っているのかしらぁ……?」
無邪気さと残酷さの同居する顔で笑い、魔女キョウラは長椅子から立ち上がった。
「とりあえず、あちらに場所を移しましょう……? あなただって、まだ立ったり歩いたりするのは、負担であるはずよぉ……?」
「そうなのですか!? ではでは、わたしがお師匠さんの足となります!」
言うが早いか、フィリアは魔女エマの小さな身体を両手にすくいあげた。
文句を言いたげに口を開きかけた魔女エマは、途中で「ふん」と鼻を鳴らす。
「おぬしなんぞに触れられるのは不快の極みじゃが、ジェラがあのざまでは仕方あるまいな。きりきり働くがよい」
「はい! 仰せのままにー!」
フィリアは意気揚々と、寝所の扉をくぐった。
アトゥラは魔女ラクーシャの身に取りすがり、ぴいぴいと泣いている。
寝台の上に半身を起こした魔女ラクーシャは、優しげに目を細めながら、その髪を撫でていた。
「西の魔女、フィリア、無事、何よりです」
「ふん。無事というには、散々な状態じゃがな」
ぶっきらぼうに言いたてる魔女エマの身体を、フィリアはそっと寝台の上に下ろした。
それと同時に、魔女ラクーシャの向こう側に横たわっていた魔女ドルガが、がばりと身を起こす。
「うるせーなあ。人の耳もとで騒ぐんじゃねーよ、くそったれども! すっかり目が覚めちまったじゃねーか!」
「南の魔女さん! お目覚めになられて、よかったですー!」
「へん。最悪な寝覚めだぜ。察するに、手前が救世主気取りのくそったれってことだな?」
魔女ドルガの左目は、フィリアの後から入室した魔女キョウラに向けられていた。
魔女キョウラはけばけばしい装束の裾をつまんで、貴婦人のように挨拶をする。
「お初にお目にかかるわねぇ、南の魔女に東の魔女……お察しの通り、わたしがあなたがたを北の魔女のもとから救い出して、治癒の術式をほどこさせていただいたわぁ……」
「あなた、外道の魔女ですね?」
「ええ、そうよぉ……わたしの名は、キョウラ……その名は、西の魔女たちから伝え聞いているはずよねぇ……?」
「はん。手前みてーな外道の魔女が、よくもおめおめと俺様たちの前に姿を出せたもんだなあ?」
魔女ドルガが険悪な顔で凄むと、魔女キョウラはくつくつと咽喉を鳴らして笑った。
「もちろんわたしも、あなたがたの前に姿を出すつもりはなかったのだけれどねぇ……この世の危機とあっては、致し方ないでしょう……? さしあたっては、この危機が去るまで、わたしの犯した禁忌に関してはお目こぼしをいただきたいところだわぁ……」
「はん。治癒の術式をほどこしたのは、手前の勝手だろーがよ。それで手前の罪を見逃す理由にはならねーな」
「あらぁ……治癒の術式は、ご迷惑だったかしらぁ……?」
「大迷惑だな。潰れちまった右肺の代わりにどんな魔道具を埋め込むか、せっかく算段を立ててたのに台無しじゃねーか」
そんなへらず口を叩いてから、魔女ドルガは野獣のように笑った。
「ま、その前にまずは北の魔女野郎の始末だな。あのくそったれは、どうなったんだ?」
「どうにもなっていないわよぉ……あなたがたが束になってもかなわなかった相手に、わたしひとりでどうこうできるわけはないでしょう……? 彼女は今でもあの場所で、北の領地の魔力をかき集めているはずよぉ……ヘル、聞いているかしらぁ……?」
『はい、ご主人』と、どこからともなく念話の声が響きわたった。
「北の魔女と屍神の様子は、どうかしらぁ……? 現状を、正しく伝えてちょうだい……」
『北の魔女と屍神は水晶の広場にて、北の領地の魔力を吸い尽くそうと試みています。しかし、近在の魔力は吸い尽くした後なので、大した魔力は集まっていないように感じますねえ』
「だそうよ……あなたがたの魔力を奪いきれなかったから、後はこの大地を流れる魔力をかき集めるしかないのでしょうねぇ……」
「ふん。しかし、『青き氷河』と北の精霊王の魔力を除けば、残る魔力など微々たるものじゃろうな」
「そうねぇ……そうしたら、今度は西や東の領地に手をのばすのじゃないかしらぁ……? あともうひとつでも精霊王の魔力を奪うことができれば、彼女たちの望みもかなうのでしょうしねぇ……」
「父なる大神の復活、かよ」と、魔女ドルガが低く言い捨てた。
「信じられねーくそったれどもだな。こんなしょぼくれた魔力しか残されていない世界で大神を目覚めさせたって、けっきょく邪神の王が生まれるだけじゃねーか」
「ええ、本当にねぇ……しかも、自分の身をその依り代に捧げようだなんて……狂気と呼ぶも愚かしい所業だわぁ……」
魔女キョウラは朱色の美しい髪をかきあげながら、艶然と微笑んだ。
「でも、それこそが邪神教団の最終目的であったはずだから……北の魔女の願いとは、ものの見事に合致してしまったわけねぇ……悪夢と悪夢の呪わしい結婚とでもいうべきかしらぁ……」
「そのような真似は、決してさせん。あやつらがこれ以上の魔力を溜め込む前に、滅びを与える他あるまい」
魔女エマが断固とした口調で言うと、魔女キョウラは妖しい流し目を送った。
「でも、どうやって……? もちろんわたしも力を惜しむつもりはないけれど、それだけで屍神と北の魔女を滅ぼすことができるのかしらぁ……?」
「それは、おぬしがどれほどの力を持っているか次第じゃな」
魔女エマの金色の瞳が、強い光をたたえて魔女キョウラの笑顔をにらみ据えた。
「おぬしは、外道の魔女じゃ。禁忌を恐れぬおぬしであれば、我々には思いも寄らぬ忌まわしき術式を考案することもできるのではないか?」
「あらぁ……それじゃあ、あなたたちもわたしと一緒に、禁忌を破ってくれるというの……?」
「魂が闇に蝕まれるほどの禁忌でなければな。この際は、世界を守り抜くことを優先するしかなかろう」
「うふふ……掟に縛られたあなたから、そんな言葉を聞くことができるなんて……ちょっと痛快ねぇ……」
「…………」
「あらぁ、怒ったの……? 運命をともにしようというのなら、これぐらいの軽口は聞き流してほしいものねぇ……」
そんな風に言ってから、魔女キョウラは赤い唇を吊り上げた。
異様に発達した犬歯が、白くきらめく。
「北の魔女に関しては、考えがなくもないわぁ……それも、わたしたちの魔力を使うまでもなく、滅ぼすことができるのじゃないかしらぁ……」
「我々の魔力を使わずに、じゃと? あやつはこの場にいる誰よりも、強い力を持つ魔女であるのじゃぞ?」
「ええ……それに対抗できるのは、フィリアの持つ聖剣ぐらいでしょうねぇ……」
暗い赤色に煮えたぎる魔女キョウラの瞳が、フィリアのきょとんとした顔を見やった。
「わたしがそこの従者たちにちょっとした魔術をほどこせば、フィリアのまたとなき力になるでしょう……そうすれば、わたしたちが手を出す必要もなく、北の魔女を仕留めることがかなうと思うわぁ……」
「ならばその間に、我々が屍神を相手取る、ということじゃな」
「ええ、そうよぉ……どうせフィリアは屍神が相手だと、なぁんの力にもなれないんだから、北の魔女を相手取ってもらうべきでしょうしねぇ……」
「あうう。外道の魔女さんのお言葉が、わたしの胸をぐりぐりとえぐるのですー」
「うふふ……あなたは心の修練が足りていないのよぉ……その聖剣には、すべての魔なるものを退ける力が備わっているはずなのだからねぇ……それを扱うあなたさえ、剣士としての正しい魂を育てあげていれば……たとえ相手が邪神でも、互角以上の戦いができるはずなのよぉ……?」
「返す言葉もないですー。わたしは救いようもない未熟者なのですよー」
「何も嘆く必要はないわぁ……魔女の弟子を志したあなたに、剣士としての魂なんて育てられるわけがないのだからねぇ……」
そうして魔女キョウラは、寝台に身を起こした3名の魔女たちを見回していった。
「それで……屍神はどうするべきかしらねぇ……? 時間が過ぎれば過ぎるほど、屍神は魔力を蓄えてしまうのだから……わたしたちが次に相対する屍神は、さきほどの屍神よりもさらに厄介な存在であるはずよぉ……?」
「ふん。我々は、どれだけの時間を治癒に費やしておったのじゃ?」
「およそ半日といったところかしらぁ……それであなたがたが完全に回復するには、もう半日の休養が必要となるでしょう……その間に、屍神は北の領地の魔力を余すところなく吸い尽くしてしまうでしょうねぇ……」
魔女キョウラは腕を組み、背後の壁にもたれかかった。
「だから今度は、わたしがあなたがたに聞かせていただきたいわねぇ……あの屍神を滅ぼすのに、何か有効な魔術はないものかしらぁ……? 独学のわたしには知り得ない知識を、あなたがたに披露していただきたく思うわぁ……」
「そんな都合のよい魔術など、あるものか。だいたい、邪神が覚醒すること自体が、想定外であるのじゃから――」
と、そこで魔女エマは眉をひそめた。
その目が、ふたりの同胞を振り返る。
「……邪神が覚醒することなど、誰も想定はしておらんかった。しかし、我々が知り得る中でもっとも強力な魔術を発動させれば、邪神といえども討ち倒せるはずじゃな?」
「ああん? もっとも強力な魔術って、なんのこったよ? 俺様は、なんの出し惜しみもしちゃいねーぞ?」
「それは、個々の力としてじゃろうが? さきほどの場では発動させるすべのなかった、とっておきの魔術が存在するはずじゃ」
「ああ」と、魔女ラクーシャが低い声で応じた。
「もしかしたら、『大神の憤激』でしょうか?」
「『大神の憤激』だと? それを扱うには、北の魔女野郎が――」
と、魔女ドルガも途中で言葉を呑み込んだ。
その青い火のような左目が、外道の魔女へと突きつけられる。
「なるほどな……それでこいつの出番ってわけか」
「なぁに……? なんだか、不穏な雰囲気ねぇ……」
「べつだん、おぬしを犠牲にするような魔術ではない。我々には、4名の魔術師が手を携えることで発動できる、秘伝の魔術というものが伝えられておるのじゃ」
「はい。『大神の憤激』、発動させるには、火、水、風、大地、それぞれの魔術、必要です。よって、4名、必要であるのです」
「ああ……つまりわたしに、北の魔女の代わりをつとめろということなのねぇ……? それはなかなか、面白そうな話じゃない……」
「しかしそれには、北の魔女と同等の魔術が必要であるのじゃ」
厳しい声で、魔女エマがそう言った。
「おぬしは、我と同じく西の一族であるのじゃろう? 西の一族が得意とするのは、火の魔術じゃ。そんなおぬしに、北の魔女と同等の水の魔術が扱えるかどうか……それが無理なら、『大神の憤激』を発動させることもかなわん」
「うふふ……わたしはあなたがたのように、どこかの土地と契りを結んでいるわけではないからねぇ……ふわふわと漂う根無し草のごとき人生が、思わぬところで功を奏したということなのかしらぁ……」
鋭い犬歯をあらわにしながら、魔女キョウラは愉快そうに笑った。
「わたしには、得意も不得意もないのよぉ……それで話が済むというのなら、水の魔術でも何でも披露してあげるわぁ……あなたがたこそ、得意な属性の魔術ぐらいは、わたしと同じぐらいの力を見せてほしいものねぇ……」




