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終わりの魔女と始まりの世界  作者: EDA
第10幕 青き氷河の魔女

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8 満身創痍

2020.11/8 更新分 1/1

 フィリアはぐしぐしと鼻をすすりながら、寝台で眠る魔女エマの姿を見つめていた。

 魔女エマは、死んだように眠っている。その小さな顔には血の気が薄く、ひび割れた唇からかすかな寝息がもれていなければ、本当に魂を返してしまったかのような姿であった。


 血まみれであった長衣(ローブ)外套(マント)は脱がされて、飾り気のない灰色の夜着に着替えさせられていたが、その袖や裾から覗く手足には何重にも包帯が巻かれている。その小さな身体がねっとりとした甘い香りに包まれているのは、癒やしの秘薬の香りである。


 そしてその部屋にはずらりと寝台が並べられており、残りの魔女とその従者たちも同じように寝かされていた。

 従者たちは、全員が本性をさらしている。黒狼のジェラも、竜亀のロムロムも、雷王鳥のカーラも、全員が包帯でぐるぐる巻きにされた上で、人間と同じように寝台に寝かされていたのであった。


「……あなたがそうやって眺めていても、治癒が早まることはないのじゃないかしらぁ……?」


 と、フィリアのかたわらにふわりと少女が近づいた。

 朱色の髪に暗赤色の瞳、黒と赤のけばけばしい装束を重ね着にした、外道の魔女キョウラである。


「とっておきの秘薬を与えたんだから、もう間もなく目を覚ますわよぉ……あなたも少しは、気持ちを落ち着かせたら……?」


「はい……お師匠さんたちは、本当に大丈夫なのですよね?」


「大丈夫よぉ……大丈夫じゃなかったら、本当にこの世が滅んでしまうしねぇ……」


 そう言って、魔女キョウラはくすくすと笑い声をもらした。


「さあ、向こうの部屋に行きましょう……? 耳もとで騒いでいたら、悪い夢を呼んでしまうかもしれないからねぇ……」


「はい……」と応じかけたフィリアは、部屋の奥にある寝台へと視線を転じた。

 そこにうつ伏せで横たわっているのは、甲羅のすべてを包帯で覆われた竜亀のロムロムである。


「……東の従者さんも、ちゃんと元通りに回復するのですよね?」


「だから、大丈夫だってばぁ……その竜亀は派手に甲羅が飛び散ってたみたいだけど、傷の度合いでいったら魔女たちのほうが酷いぐらいなのだからねぇ……」


 フィリアは目に涙をためながら、ロムロムのもとに駆けつけた。

 ロムロムも、死んだように眠っている。ただその口はもともと口角が上がっている造作であったので、やわらかく微笑んでいるように見えなくもなかった。


 その鋭い鱗に包まれた顔にそっと頬ずりをしてから、フィリアは魔女キョウラを追って部屋を出た。

 そうして隣の部屋に移ってみると、小さな人影がちょこちょこと行き来している。その姿を見て、魔女キョウラは苦笑した。


「あなたはあなたで、せわしないわねぇ……今度は何をやっているのかしらぁ……?」


「はい。ししょう、おめざめ、そなえて、おちゃのじゅんび、していました」


 それは、魔女ラクーシャの弟子たるアトゥラであった。

 淡い褐色の髪に、青い瞳、そして黒い肌を持つ、7歳ていどの幼子である。東の一族の流儀として、その小さな顔は無表情を保っていたが、切れ長の目もとには赤く泣きはらした跡があった。


「今から湯をわかしても、あのお人らが目覚める頃には冷めてしまっているでしょうよぉ……いいから、あなたもお座りなさい……」


「はい」と一礼したアトゥラは、卓の上に茶器を戻してから、長椅子に腰を落ち着けた。

 その隣にフィリアも腰を下ろしたが、両名ともに無言であり、しょんぼりと肩を落としている。その姿を見比べながら、魔女キョウラはまた苦笑した。


「魔女の弟子って、こんなにも甲斐甲斐しいものであったのねぇ……まるで、親を亡くした幼子みたいだわぁ……」


「そ、そんな不吉なことを言わないでくださいよー。せっかく引っ込めた涙が、またこぼれてしまいそうですー」


「はいはい、悪かったわねぇ……とにかく今は世界の一大事なんだから、もうちょっとシャンとしてもらえないものかしらぁ……?」


 魔女キョウラは、ふたりの正面の長椅子にしどけなく身をゆだねた。

 ここは、魔女キョウラの準備した隠れ家である。壁や天井は木造りで、足もとには毛足の長い絨毯が敷かれている。一見して、普通の人間が住む家と変わらないような造りであったが、ただしどこにも窓というものは見当たらず、石で組んだ暖炉に燃える火だけが目の頼りであった。


 フィリアがこの隠れ家に連れてこられてから、すでに半日ていどが経過している。その間、魔女キョウラはどこからともなく連れ去ってきたアトゥラに手伝いをさせて、傷ついた者たちに治癒の術式を施していたのだった。


「とりあえず、状況は把握できているわよねぇ……? あのお人らが目を覚ましたら、今度こそ北の魔女と屍神を退治しないといけないのだから……嘆き悲しんでいるいとまなんてないのよぉ……?」


「はい……だけどわたしは、あの屍神というものに手も足も出なかったのです。不甲斐なさのあまり、自分をくびり殺したいほどなのです」


「ふうん……? そうしたら、2度とお師匠には会えなくなっちゃうけど、それでもいいのかしらぁ……?」


「それは、絶対に嫌なのですー!」


「だったら、気力を振り絞ることねぇ……あなたにはあなたにしか出来ない役割があるのだから、死なれてしまったらわたしも困るわぁ……」


 長椅子の肘掛けに頬杖をつきながら、魔女キョウラは妖しく微笑んだ。

 フィリアはうつむいたまま、上目遣いにその姿を見返す。


「あの……外道の魔女さんは、今回わたしたちのお味方なのですよね? だったらどうして、最初からお力を貸してくださらなかったのです?」


「そんなの、決まってるじゃない……まさか、3名もの魔女たちが返り討ちにあうだなんて、想像もしていなかったからよぉ……邪神教団がらみの案件だとは思っていたけれど、北の魔女が黒幕だなんて、さすがに想像できなかったわぁ……だから、邪神教団の連中が魔女たちに壊滅されるさまを見届けようと思って、こっそり後をつけていた、というわけねぇ……」


 そう言って、魔女キョウラはにっと口をほころばせた。

 異様に発達した犬歯が、ちらりと覗く。


「でも、話を聞いたら納得だわぁ……要するに、石の都を憎むという一点で、北の魔女と邪神教団の理念が一致してしまったということなのねぇ……まったく、はた迷惑な話だわぁ……」


「はた迷惑どころの話ではないですよー。北の魔女さんが、こんなひどい真似をするだなんて……お師匠さんたちが、可哀想ですー」


「だから、可哀想だとか何だとか、そんな些末なことにかかずらっている場合じゃないのだけれどねぇ……魔女たちの治癒が間に合わなかったら、本当にこの世が滅んでしまうかもしれないのよぉ……?」


「ふん。そのような行く末は、決して訪れんわい」


 ふてくされきった幼女の声が、部屋の入口から響く。

 フィリアは、愕然とそちらを振り返った。


「外道の魔女と不肖の弟子どもが顔を突き合わせたところで、この状況を打破できるわけがあるまい。この粗忽者どもめ」


 魔女エマは木造りの壁にぐったりともたれながら、そのように言いつのった。

 まだまったく体力は回復していない様子であったが、ただその金色の目には普段通りの力強い光が灯されている。


「お師匠さん! お目覚めになられたのですねー!」


 長椅子から飛び上がったフィリアは、つむじ風のごとき迅速さで魔女エマに駆け寄り、その小さな身体を抱きすくめた。


「あいたたた! 阿呆が、加減を考えんか!」


 魔女エマは顔をしかめながら、その頭をぴしゃぴしゃと叩いた。

 しかしフィリアは何も耳に入っていない様子で、魔女エマの赤い髪に頬ずりをする。


「本当に、心の底から心配していたのですよー! あのままお師匠さんが目覚めなかったら、どうしようって……えーん、お師匠さーん!」


「うぐぐ……加減……加減を……全身の傷から血が噴き出しそうじゃ……」


「だ、大丈夫ですかー!? 死んだら駄目です、お師匠さーん!」


「我をくびり殺そうとしておるのは、おぬしじゃ! いいから、離れんかい!」


 フィリアはぽたぽたと涙を流しながら、魔女エマの身体を解放した。

 その顔に、今度は至福の笑みが浮かべられていく。


「えへへ……本当にお師匠さんですー」


「大たわけが。泣くか笑うか、はっきりせんかい」


 そんな言葉を交わすふたりのかたわらをすり抜けて、アトゥラが寝所に駆け込んでいった。

 しばしの後、「ぴー!」と小鳥の鳴くような声が聞こえてくる。それを聞きながら、フィリアはまた微笑んだ。


「どうやらあちらでは、東の魔女さんもお目覚めになられたようですねー」


「ふん。これだけ騒がしくしておれば、死人だって目を覚ますわい」


 魔女エマは、とげのある視線を巡らせた。

 それが捕らえたのは、しどけなく長椅子に座した魔女キョウラの姿である。


「おひさしぶりねぇ、西の魔女……あなたと再会するのは、半月ぶりだったかしらぁ……?」


「ふん。まさかおぬしと、このような形で相まみえることになろうとはな」


 虎目石のごとき金色の瞳と、柘榴石のごとき暗赤色の瞳が、ちりちりとひそやかに火花を散らす。

 それはきわめて不穏な視殺戦であったが、両者にはさまれたフィリアはいつまでも幸福そうににこにこと笑っていた。

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