表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終わりの魔女と始まりの世界  作者: EDA
第10幕 青き氷河の魔女

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

63/86

5 背信者

2020.11/5 更新分 1/1

 魔女たちの猛攻は、凄まじいの一言に尽きた。

 かつては夜の天空で展開された邪神の眷族との死闘が、このたびは水晶の洞穴にて繰り広げられることになったのだ。


 相手が屍神の眷族とあって、魔女たちは炎の魔術を繰り出している。

 魔女エマはジェラの背に乗って大地を駆け、魔女ラクーシャと魔女ドルガはそれぞれ天空を舞い躍りながら、この世ならぬ炎を現出させた。

 この地は魔力も豊富であるために、秘薬を使う必要はない。魔道具を振るえばそれで術式は完成し、真紅の炎が世界を真紅にきらめかせた。


 それに対する屍神の眷族は、長大なる牙と、鼻の先から放たれる漆黒の魔力で応戦している。

 大蛇のようにのたうつ鼻の先端から、時には槍のように鋭い魔力が、時には黒い霧のような魔力が放たれるのだ。それを撃退するのにも、炎の魔術は有効であった。


「ふむふむ。わたしのお師匠さんはもともと火の魔術がお得意ですし、南の魔女さんもあの右腕のおかげでそれに負けない力を発揮しておられるようですよね。いっぽう東の魔女さんは、炎の大きさこそ小さいですけれど、誰よりも俊敏に動いて、的確に攻撃されているようにお見受けいたします」


「は、はい。屍神の眷族もご主人も同じ風の属性ですので、有利不利はないのです。それにご主人は、火の魔術も不得意なわけではないのです」


「ご立派ですねー。うちのお師匠さんは、水や氷の魔術が不得手なようなのですよー」


 そう言って、フィリアはにぱっと兎の門歯を剥き出しにした。


「何にせよ、危ういことはまったくなさそうでありますねー。退治に時間はかかるかもしれませんけれど、あれならお師匠さんたちが手傷を負う心配もないのではないのでしょうか?」


「は、はい……でも、ちょっと奇妙な雰囲気なのです」


「奇妙? その心は?」


「あ、あの、結晶の内に生じた瘴気が、ずいぶん勢いを増しているように感じられるのです」


 ロムロムの言葉に従って、フィリアもそちらに視線を転じた。

 正体の知れぬ黒装束の人間たちに囲まれた、巨大なる結晶――その内で、漆黒の瘴気がうねうねと蠢いている。

 心なし、その質量が膨張しているようだった。


「ふむふむ。言われてみれば、そのような気も……」


 フィリアはせわしなく、視線をあちこちに巡らせた。

 その末に、「あーっ!」と大きな声をあげる。


「ど、どうしたのです? あまり騒ぐと、危険かもしれないのです」


「これは失礼つかまつりました。でもでも、大発見かもしれないのです! お師匠さんたちが屍神の眷族に炎の魔術を仕掛けるたびに、あちらの瘴気が大きく動くように思いませんか?」


「え、ええ? そ、そんなことはないかと思うのですが……」


 ロムロムは、頭骨の眼窩で目を凝らした。

 緑色の瞳が、翡翠のごとき輝きをたたえる。

 そうしてロムロムは、愕然と立ちすくむことになった。


「ほ、本当なのです! 屍神の眷族が攻撃をくらえばくらうほど、あちらの瘴気が膨れあがっているようなのです!」


「ふむふむ。その心は?」


「た、たぶんですけれど……あの屍神の眷族が、自身に浴びた魔力を結晶の内に送り届けているのです。ご主人たちの魔力が、瘴気に転化されてしまっているのです」


 ロムロムは、亀の頭骨を抱え込んでしまった。


「も、もしかしたら、あの者たちはそういう目論見で、屍神の眷族を覚醒させたのかもしれないのです。屍神は死を司る存在であるために、光の存在を闇に転じる特性があるのだと伝えられているのです」


「ふーむふむ! ではでは、このまま攻撃を続けるのは危険なのでしょうか?」


「は、はい。だけど、攻撃しなければこちらがやられてしまうのです。それに、屍神の眷族も少しずつ魔力を削られているので、このままいけば退治することは可能なのです」


「ということは、あちらの瘴気をどうにかするのが肝要ということでありますね!」


 長い耳をぴんとのばして、フィリアは宣言した。


「ではでは、わたしたちがそちらを何とかいたしましょう! 結界を破って、あの結晶を打ち砕くのです!」


「ええ? 僕たちだけで、そんな真似はできないと思うのです」


「ではでは、このまま手をこまねいていてもよろしいのでしょうか? わたしは判断力に自信がないので、最終決定は東の従者さんにおまかせしたいのです!」


 ロムロムは困り果てた様子で、瘴気の渦巻く結晶と屍神の眷族の異形を見比べた。

 そうしてしばらく煩悶したのち、おもむろに地面に両手をつく。その姿は、瞬く間に巨大な竜亀へと変じた。


「おー、わたしの意見に賛同してくださるのですね?」


『は、はい。ご主人たちには叱られてしまうかもしれませんけれど……ご主人たちは屍神の眷族に集中しているので、きっと結晶のほうにまで意識は向けられないと思うのです。ならば、僕たちが力を尽くすしかないと思うのです』


「大丈夫です! 叱られるときは、一緒ですよー!」


『お、狼さんに、兎さんのそういう言葉は信用してはならないと聞かされているのです』


 そう言って、竜亀は笑うように目を細めた。


『でも、叱られたってかまわないのです。僕もみなさんのお役に立ちたいのです』


「その意気やよしなのです! それでは、突撃いたしましょー!」


 フィリアは竜亀の甲羅によじのぼった。

 断崖の下を見下ろしてから、ロムロムは兎の顔を振り返る。


『下に降りたら、大きく迂回をして結晶のほうを目指すのです。屍神の眷族に気づかれないように、静かにしていてほしいのです』


「承知いたしました! おしとやかさには定評のあるわたしですので、ご心配は無用であります!!」


『ちっとも安心できないのですけれど、とにかく出陣なのです』


 ロムロムは、えいやっとばかりに断崖へと身を投じた。

 四肢は引っ込めて、甲羅の腹部で断崖を滑り降りていく。その過程で、氷雪の断崖は水晶の断崖に変じた。


 降りた先は、見渡す限りが水晶の山である。

 遥かな高みから見下ろすよりも、水晶の地面は起伏が多く、人間の足では前に進むことさえ難しいほどであった。


『それでは、こっそり前進するのです』


 小声で言ってから、ロムロムは水晶の地面を進み始めた。

 並の亀よりは素早く動くことができる竜亀である。その逞しい四肢は水晶の山を乗り越えて、着実に前進していった。

 が、その道行きを半分も進まぬ内に、ロムロムは『はわわ』と声をあげることになった。


『も、もう気づかれてしまったのです。先を急ぐので、背後に用心してほしいのです』


「はーい、承りました!」


 揺れる甲羅の上で、フィリアは器用に後方へと向きなおった。

 左手の指先を甲羅の隙間にこじ入れて体勢を保ちつつ、右手で聖剣を抜き放つ。

 そこに、黒い槍のごとき魔力が降り注いできた。


 フィリアは「てりゃー!」と聖剣を振りかざし、その魔力を打ち砕く。

 水晶の山の向こうに、巨象の巨体が覗いていた。

 雷鳴のごとき雄叫びとともに、新たな魔力が放出される。フィリアは「うひー」と声をあげながら、なんとかその攻撃もしのいでみせた。


「おい、何をやっておるのじゃ。待機せよという命令を忘れたか?」


 と、ジェラに乗った魔女エマが並走してくる。

 フィリアは「いえいえ」と門歯を見せた。


「不測の事態が生じましたため、現場の判断で行動を開始したのです! 東の従者さん、解説をお願いいたします!」


『は、はい。あの屍神の眷族は、どうやらみなさんの魔力を吸い取って、結晶の内の瘴気に転化しているようなのです』


「……我らの魔力を瘴気に転化しておる、じゃと?」


『は、はい。魔力の脈動を辿ったので、まず間違いはないかと思うのです』


「……なるほどな。邪神の眷族のわりには、手応えがないと思ったわい。そんな術式のために、己の魔力を割いておったわけか」


 そうして魔女エマは、その手の杖の先端へと呼びかけた。


「だそうじゃ。おぬしらも、状況は把握したか?」


『はい。きわめて危険、思います』と、どこからともなく魔女ラクーシャの念話が飛んでくる。そこにすかさず、魔女ドルガの笑い声も重なった。


『キヒヒ! 邪神の眷族野郎をそんな術式の触媒に仕立てあげるとは、ますます愉快な連中じゃねーか! こりゃあのんびり的当てに興じてる場合じゃねーなあ?』


「うむ。そのように不安定な状態にあるのなら、あの屍神の眷族めも強力な攻撃は発動できまい。いささか身を削ることになろうが……ひと息に勝負をつけるべきじゃろうな」


『望むところだ! 俺様が足止めしてやるから、ありったけの魔力をぶつけてやりな!』


 その念話が途切れると同時に、凄まじい破壊音が響きわたった。

 その理由を見て取ったフィリアは、「ふわあ」と目を丸くする。水晶の地面から生まれ出た水晶の巨大なる手の平が、左右から屍神の眷族の巨体をわしづかみにしていたのだ。


「あやつにとっては、水晶の地面も大地と変わらぬか。まったく、馬鹿げた術式じゃな」


 皮肉っぽい笑みとともに、魔女エマは右手の杖を振り上げた。

 その先端に、炎の渦がたちのぼる。


 上空では、悪魔のように飛来する魔女ラクーシャも、同じように魔力を振り絞っていた。

 水晶の地面に骨の右足の鉤爪を刺した魔女ドルガも然りである。


 屍神の眷族が巨体をよじると、水晶の指先は音をたてて砕け始めた。

 しかし、その巨体が解放されるより早く、三方から炎の魔術が発動される。

 炎の竜のごとき真紅の濁流が、屍神の眷族の巨体を余すところなく呑み込んだ。


 結晶の内に蠢く瘴気は、それにつれて激しく蠕動する。

 今にも結晶を打ち砕き、瘴気があふれかえりそうな勢いであった。


 しかし魔女たちはかまわずに、さらなる追撃をたたみかける。

 その場に生じた爆炎によって、水晶の洞穴は真紅に染めあげられた。


 屍神の眷族の断末魔が、空気をびりびりと震わせる。

 そして――炎が消滅すると、巨象の巨体もまたこの世から消え果てていた。


「よし。後は結界を打ち砕き、あの瘴気を浄化するだけじゃ」


「ほへー。けっきょくわたしたちは、伝言役をつとめただけでしたねー」


 フィリアが残念そうに言うと、魔女エマはいくぶんくたびれた面持ちで肩をすくめた。


「まあ、我らも結晶の瘴気にまで意識を向けるゆとりはなかったからな。ほめてつかわすぞ、東の従者よ」


『い、いえいえ、最初に気づいたのは、兎さんなのです!』


「そうじゃとしても、そのように小憎たらしい存在をほめる気にはなれんので、おぬしをほめてつかわす」


「えへへ。いいのですよー。ちょびっとでもお師匠さんたちのお力になれたのなら、わたしは本望なのです!」


 そうして一行は、広場の中央に張られた結界に集結した。

 魔女ラクーシャや魔女ドルガたちも天空から舞い降りて、魔女エマたちのかたわらに立ち並ぶ。

 それでもなお、黒装束の者たちはこちらを振り返ろうともしなかった。


「おい、ずいぶん愉快な真似をしてくれやがったなあ? こんなちゃちな結界は一瞬でぶっ壊してやるから、その間に覚悟を決めとけよ、くそったれども!」


 魔女ドルガがわめきたてると、7名の内のひとりがようやくこちらを振り返った。

 頭巾(フード)の陰から覗くのは、年老いた男の顔である。その頬に魔術師の刻印はなく、茶色の瞳はどんよりと濁っていた。黄白色の肌をしているので、北ではなく西の生まれの人間だ。


「お待ちしておりました、魔術師の皆様方……あなた様方のおかげで、我らの術式は間もなく完成いたします……」


「はん! 邪神そのものを覚醒させようって目論見か? 大した瘴気を練り上げたようだが、それでもまだまだ足りねーだろうなあ」


 魔女ドルガが語るかたわらで、魔女ラクーシャはひそかに印を結んでいた。結界を構成している魔道具の在り処を探っているのだ。それを破壊しない限り、この男たちにも瘴気の器となった結晶にも手出しはできないのだった。


「その前に、ひとつ確認させていただきます……あなた様方は、どうして我々の邪魔立てをなさるのでしょう……?」


「ばーか。邪魔立てしねー理由がどこにあるんだよ? 邪神なんぞを覚醒させたら、世界がぐっちゃんぐっちゃんになっちまうだろうがよ?」


「邪神が闇に堕ちたのは、この世界が忌まわしき石と鋼の文明に侵蝕されたためでありましょう……? 魔術に統治される世界においては、邪神と呼ばれる存在こそが、光の神々であったはずです……」


「だから、世界に魔力が蘇るまでは、そいつらを眠らせておくしかねーって話だろ? 知ったような口を叩くんじゃねーよ、にわか魔術師のくそったれどもが!」


 嘲る魔女ドルガを手で制し、魔女エマが一歩だけ進み出た。


「おぬしらを始末する前に、ひとつだけ問うておこう。やはりおぬしらは、邪神教団なる輩であるのか?」


「邪神教団……それは、石の都の愚者どもが、勝手に名づけた名でありましょう……我々は、邪神に貶められてしまった神々を光の世界に呼び戻すことを悲願としております……」


 そう言って、男は世にも不吉な微笑をたたえた。


「我々は石の都に生まれついたゆえに、その忌まわしさと愚かしさを誰よりも思い知ることになりました……そうして世界を正しき姿に戻すために、志を同じくする者が寄り集まったのです……」


「愚かなのか、おぬしたちじゃろ。何をどのようにあがこうとも、世界に魔力が滿ちるのは数百年の行く末じゃ。邪神なんぞを呼び起こしても、この世を滅ぼす役にしか立たんわい」


「いえ……わたくしどもは、何としてでも魔術の世界を復活させてみせましょう……この術式は、その第一歩に過ぎないのです……」


「無理じゃよ。だいたいそのていどの瘴気で、邪神を揺り起こすことはかなわんわ」


 すると、もっとも遠い位置にたたずんでいた黒装束の者が、ひたひたとこちらに近づいてきた。

 深くうつむいているために、その顔は頭巾(フード)に隠されている。背丈は、最初の男よりもやや小さいぐらいであった。


「瘴気は、十分にてございます……これから屍神を降臨させますので、皆様にもご助力をお願いできないでしょうか……?」


 魔女の一行は、全員が立ちすくむことになった。

 その中で、最初に冷静さを取り戻した魔女ラクーシャが声をあげる。


「北の魔女の従者、ネロ。あなた、悪巧み、加わっていたのですか?」


「はい……すべてはこの世界を、あるべき姿に戻すためでございます……」


 その者は、黒い外套(マント)をはらりと脱ぎ捨てた。

 その下から現れたのは、すべてが灰色で構成された、美しくも陰気な娘の姿である。

 ただ一箇所、黒色の色彩を有する双眸が、ねっとりと魔女の一行を見回してきた。


「この世が再び魔術に統治されれば、皆様方も魂の安息を得ることがかないましょう……どうぞ、ご助力をお願いいたします……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ