4 屍神の眷族
2020.11/4 更新分 1/1
その後も魔女の一行は、粛々と進軍を続けていった。
立ちはだかるのは、いずれも屍骸の妖魅たる屍鬼である。それらの屍鬼の大半は、フィリアの聖剣の前に塵と化すことになった。
「どうやらこいつは、疫病を司る屍神の眷族野郎だな。ま、何がどうでもかまわねーけどよ」
あくびを噛み殺しながら、魔女ドルガはそう言った。
それに反応したのは、魔女ラクーシャである。
「ですが、疫病の屍神、西の領地、根付く存在です。何故、北の領地、現れたのでしょう?」
「ああん? そんなもん、邪神の眷族野郎を揺り起こしたくそったれどもに聞けよ。ていうか、人為的に召喚されたんなら、西も北もへったくれもねーだろ?」
「はい。しかし、北の領地、召喚の儀式、行ったなら、北の邪神の眷族、顕現する、普通です。西の邪神の眷族、呼び起こす理由、わかりません」
「だーかーらー、そんな話はこんなくそったれな真似をしたくそったれどもに聞きやがれってんだよ」
先頭を歩きながらぴこぴこと長い耳を揺らしていたフィリアは、こらえかねたように魔女たちを振り返った。
「東の魔女さんは、何を疑問に思っておられるのです? 北の領地で西の邪神の眷族が召喚されると、何か不都合が生じるのでしょうか?」
「はい。邪神も、この世界、根付いているのです。邪神の眷族、同様です。ならば、北の領地において、もっとも強き力、振るえるのは、北の邪神の眷族です。あえて、西の邪神の眷族、呼び起こす、理由、あるはずです」
「ふーむふむ。そういえば、以前に屍鬼が現れたのも、西の領地であったのですよね、お師匠さん?」
「うむ。存外、あのときに取り逃がした妖魅の首魁めが、邪神の眷族であったのやもしれんな」
魔女エマの言葉に、魔女ドルガが「ああん?」と振り返った。
「そいつは聞き捨てならねーな。手前はみすみす邪神の眷族を取り逃がしたってのかよ、西の魔女野郎?」
「あのときの妖魅の首魁が、それほどの魔力を備えていたとは思えん。じゃから、正確に言うならば、邪神の眷族の種子になりうる妖魅じゃった、ということじゃな」
「へん。そいつを触媒にして、邪神の眷族野郎を覚醒させたってことか? そんなもん、真っ当な魔術師にだって難しい芸当だろうよ」
「うむ。やはり石の都の住人なんぞが、そのような真似をできるとは思えんのじゃが……こればかりは、実際にそれを行ったものどもを締めあげて、真実をつまびらかにする他あるまいな」
「なんだよ。だったら、俺様が最初に言った通りじゃねーか。つまんねーことをうだうだと言いたてるんじゃねーよ、低能野郎ども」
「……誰が低能じゃと?」
「諍い、やめましょう。邪神の眷族、近いです」
魔女ラクーシャの言う通り、ほどなくして敵の本拠に辿り着いた。
洞穴の突き当たりが断崖となっており、その下に目を奪われるような光景が展開されたのである。
「うわー……なんだか怖いぐらいに綺麗な場所ですねー」
さしものフィリアも、小声でそのようにつぶやいていた。
断崖の下も、洞穴の内である。ただし、それを構成しているのは氷雪ではなく、水晶であった。
地面も壁も天井も、すべてが玉虫色に輝く水晶で出来上がっている。
なおかつその規模が、尋常ではなかった。一個師団が隊列を組めるほどの、そこは巨大な広場のごとき空間であった。
ただし、地面も平坦ではない。あちこちに、人間よりも巨大な結晶が生えのびて、それがまた幾何学的なきらめきを生み出しているのだ。
広場のところどころにかがり火が焚かれており、その光を水晶が乱反射させている。それは悪夢のように美しい光景であった。
そして――その中心に、その者たちがいた。
黒い頭巾つきの外套を纏った、7名ばかりの人間たちである。
そのきわめて怪しげな者たちが、とりわけ巨大な結晶を囲んでいる。その7名が手をつないでも囲いきれないほどの、巨大な結晶の柱である。それは大樹のようにそそりたっており、天辺は天井と繋がっているようだった。
その巨大なる結晶の内に、漆黒の瘴気が渦を巻いている。
それはまるで生あるものであるかのようにゆらゆらと蠢き、内部から結晶を喰らっているかのような様相であった。
「この地に足を踏み入れたのは初めてのことじゃが……察するに、あの結晶がかつての精霊王だったのじゃろうな」
「へん。そんなもんは、一目瞭然だろうがよ? あそこまで瘴気に満たされちまったら、もう取り返しはつかねーだろうな」
「うむ。浄化し、さらに無に帰すしかあるまい」
無念そうに、魔女エマはつぶやいた。
そして、無言でたたずむ同胞らを振り返る。
「あの黒装束の者どもの周囲には、強力な結界が張られておる。まずは邪神の眷族めを退治したのち、皆で力を合わせて結界を破る他あるまい」
「ふむふむ。邪神の眷族は、どこに潜んでいるのでしょう?」
「我らがあの場に下りれば、すぐに姿を現すじゃろう。ここは以前と同じように、組で分かれて――」
「お待ちください」と、魔女ラクーシャが魔女エマの言葉をさえぎった。
「あの者たち、何をしているのでしょう? 儀式、不可解です」
「ああん? 寝ぼけたこと言ってんじゃねーぞ、山羊野郎。あいつらは、北の領地の魔力をあの場所に集めてるんだろうがよ」
苛立たしげに言いながら、魔女ドルガは生身の左腕で周囲の洞穴を指し示した。
「この辺りだって、精霊王の領土だったわりにはちっぽけな魔力しか残されてねーじゃねーか。あのくそったれどもは、精霊王だった結晶の中に北の領地の魔力をすべてかき集めようとしてるんだろうよ」
「はい。その目的、問うています。邪神の眷族、すでに顕現しているのに、さらなる魔力、何に使うつもりなのでしょう?」
「……それは、邪神の眷族を揺り起こすよりも、さらに厄介な魔術を行使しようとしておるのじゃろうな」
魔女エマが低い声で応じると、魔女ラクーシャは「はい」とうなずいた。
「それだけの魔力、必要な術式、限られます。あの者たち、邪神、揺り起こそうとしているのではないでしょうか?」
「今度は眷族野郎じゃなく、邪神そのものかよ? はん! そいつは愉快な悪巧みじゃねーか!」
魔女ドルガは、左目をぎらりと輝かせた。
「まあ……北の領地の魔力を残らずかき集めれば、邪神野郎の一体ぐらいは召喚できるのかもしれねーなあ。そんな真似をしたら、あの黒ずくめのくそったれどもが真っ先に喰われちまうだろうけどよ!」
「はい。己の生命、顧みない、恐ろしき所業です。我らも、生命、賭する覚悟、必要でしょう」
「覚悟を固めたら、魔力が増大するとでも言うのかよ? こんなところでうだうだとくっちゃべってることこそが、時間の無駄だろうが?」
魔女ドルガは青い炎を噴きあげる左目で、自身の従者をねめつけた。
「従僕野郎、とっとと準備をしやがれ! あんな地べたを駆け回る気にはなれねーからな!」
「承知いたしました、我が主人」
カーラは一瞬で、豪奢な羽毛を持つ雷王鳥の本性を現した。
それを見やっていた魔女エマは、黒狼のジェラを振り返る。
「ジェラよ、おぬしは我の足となるのじゃ」
『はい』と応じてから、ジェラはいくぶん気がかりそうにフィリアを見やった。
フィリアは兎の目をきょろんと丸くしながら、魔女エマの長身を見上げる。
「それではわたしは、自分の足でてけてけ走り回るべきでしょうか? もちろん、お師匠さんのご命令とあらば、完全服従のかまえですけれども!」
「いや。おぬしはこの場で、待機せよ」
「待機?」と、フィリアは兎の首を傾げた。
「うむ」と、魔女エマは黒狼の背に手をかける。
「おぬしのように魔術の理をわきまえぬものがちょろちょろしておると、同士討ちの危険が生じる。おぬしの振り回す不浄の存在は、我々にとっても危険きわまりないのじゃからな」
「えー。でもでも、戦力の出し惜しみは危険ではないでしょうかー?」
「出し惜しみではなく、温存じゃ。我々が邪神の眷族を相手取っている間に、新たな異変が起きぬとも限らん。おぬしは、不測の事態に備えよ」
フィリアは不満そうに、「むー」と兎の鼻をひくつかせた。
すると今度は、魔女ラクーシャが自身の従者へと呼びかける。
「兎、魔力の流れ、感知すること、できません。あなた、この場に残り、兎の目、なるのです」
「は、はい。承知したのです。相手が邪神の眷族であれば、僕なんて役立たずですものね……僕はそちらのお二方のように、ご主人の翼や足になることもできませんし……」
「ですが、あなた、誰よりも強靭です。不測の事態、生じたら、あなた、兎、守るのです」
魔女ラクーシャの黒い指先が、ロムロムの腕にそっと触れた。
ロムロムは、亀の頭骨をかぶった頭をこくこくとうなずかせる。
「ま、また泣き言をこぼしてしまって、申し訳ないのです。こちらはおまかせくださいなのです」
「はい。頼り、しています」
そのように言い放つなり、魔女ラクーシャの身体が蛇のようににゅるりとのびあがった。
山羊の頭骨を除く部位は漆黒に染まり、その背から巨大な翼が生えのびる。かつて蟲神の眷族を相手取ったときにも見せた、異形の姿である。
「それじゃーな。居眠りしてんじゃねーぞ、くそったれども!」
魔女ドルガは雷王鳥たるカーラに両肩をつかまれて、断崖の下へと舞い降りる。
魔女エマは黒狼たるジェラの背に横座りになり、その後を追った。
最後に異形の魔女ラクーシャが、蝙蝠のような翼をはためかせて身を投じる。
後にはフィリアとロムロムだけが取り残された。
兎の耳を揺らしながら、フィリアは「うーむ」と腕を組む。
「お師匠さんは、わたしに聖剣を使わせたくないのでしょうかねー? お師匠さんの情愛を満身に感じつつ、いささか不本意ですー」
「で、でも、西の魔女は情に流されて判断を見誤るような御方ではないのです。兎さんの行く末を思いやりつつも、この場で最善の判断を下したのだと思うのです」
そんな風に言いながら、ロムロムは頭骨の眼窩で緑色の瞳を頼りなげに瞬かせた。
「そ、それにやっぱり、僕のご主人の言葉も正しいと思うのです。あの黒ずくめの方々の動向は、注意するべきだと思うのです」
「あれが邪神教団という方々なのでしょうかねー。この距離だと男か女かもわからないですー」
フィリアがそのように言いたてたとき、洞穴の地面が大きく震撼した。
フィリアは危うく断崖の下に落ちそうになり、ロムロムがその身体を慌てて羽交い絞めにする。
「じゃ、邪神の眷族が顕現したのです。あちらにこそ、用心が必要なのです」
ロムロムの声に、雷鳴のごとき雄叫びが重なった。
断崖の下の広場において、水晶の地面を割り砕きながら、邪神の眷族が姿を現したのだ。
それは1頭の、巨象であった。
正確に言うならば、巨象の屍骸である。
このたびの邪神の眷族は、巨象の屍骸を依り代にしていたのだった。
「うひゃー! あれも図鑑で見たことがありますけれど、実物はとんでもない大きさでありますねー!」
ロムロムに羽交い絞めにされたまま、フィリアは興奮しきった声をあげた。
それも無理からぬぐらい、それは巨大な図体をしていた。
地面から肩までの体高は、フィリアの背丈の3倍ほどもあったろう。体長は、さらにその倍だ。
四肢の1本ずつが大木のような太さで、胴体などは小山のごとしである。
顔の真ん中から長い鼻がのびており、その左右に生えた牙などは、さらに長い。ほとんど体長の半分ぐらいもありそうな牙が、うねうねとねじくれ曲がって天にのびていた。
その巨体は褐色の長い毛に覆われており、ところどころから腐った肉が覗いている。
顔の左右についた目は、青く爛々と燃えていた。
1頭の獣としても脅威的であるのに、その全身が黒い瘴気に覆われている。あの、南の王国の領土を襲った蟲神の眷族に劣らぬおぞましさであった。
「す、すごい魔力なのです。この前のやつよりも、遥かに強力なのです」
ロムロムが、わずかに震える声でそうつぶやいた。
その腕に抱きすくめられながら、フィリアは「大丈夫ですよー!」と元気に声をあげる。
「相手がどれだけの強敵であっても、お師匠さんたちは負けたりしません! お師匠さんたちを信じましょう!」
崖の下に身を投じた魔女たちは、三方から屍神の眷族に魔術の攻撃を繰り出した。
屍神の眷族は、怒りの咆哮をあげている。
その間も、巨大な結晶を取り囲んだ黒ずくめの者たちは、微動だにせずに立ち尽くしていた。




