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終わりの魔女と始まりの世界  作者: EDA
第10幕 青き氷河の魔女

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2 第五の魔女

2020.11/2 更新分 1/1

 それから半刻ほどの後、魔女エマの一行は北の魔女の住処に向かうことになった。

 従者のネロから授かったあばら骨の魔道具を介して光の(ゲート)を作り出し、それをくぐれば、北の魔女の領土である。そこは半ば凍てついた、陰気な鍾乳洞の内であった。


「うー、寒い! 今回ばかりは衣装をあらためて正解でありましたねー」


 フィリアと魔女エマの両名は、外套(マント)の下に毛皮の装束を着込んでいた。ジェラが兎の毛皮でこしらえた、寒冷地用の装束である。

 かつての南の魔女の住処と同じように、鍾乳洞はひとつの方向にのみ青白い光が照らされている。その光を辿って歩を進めると、その最果てに忽然と大きな扉が現れた。


「わー、鍾乳洞の岩盤に扉が設置されているというのは、なかなか現実離れした光景でありますねー」


「ふん。いちいち結界を開け閉めする手間をはぶいたのじゃろ」


 口重く言いながら、魔女エマはその扉を引き開けた。

 扉の向こうに現れたのは、岩造りの広間である。

 そこには毛皮の張られた長椅子がいくつも置かれており、先客たちが腰を据えていた。


「わーい! みなさん、おそろいですねー!」


「キヒヒ。元気そうじゃねーか、くそったれの弟子野郎」


 真っ先に声をあげたのは、南の魔女ドルガである。

 そのかたわらには従者のカーラが控え、向かいの長椅子には魔女ラクーシャとロムロムが陣取っている。その場には、外道の魔女キョウラを除くすべての魔女と従者が集められていたのだった。


「おやおや? 東のお弟子さんは連れてこられなかったのですか?」


 挨拶ののちにフィリアが尋ねると、魔女ラクーシャは「はい」とうなずいた。


「アトゥラ、修行の身です。このような場所、不相応、思います」


「そうですかー。せっかくだから、ご挨拶したかったですー。修行のほうは、如何なのですかー?」


「はい。順調です。魔術の習得、3年、かからないでしょう」


「おー、さすがは我が好敵手! わたしもお弟子の先達として、うかうかしていられないですねー!」


「へーえ。それじゃあ手前は、ちっとは修行が進んだのかよ?」


「いいえ、微塵も進んでおりませぬ!」


 フィリアの元気いっぱいの返答に、魔女ドルガはげらげらと笑い声をあげた。

 魔女エマは溜め息をつきながら、空いていた長椅子に腰を下ろす。


「よくも呑気に笑っておられるものじゃの。ここは北の魔女の住処であるのじゃぞ?」


「へん。魔力を失ってくたばる寸前じゃあ、怯えてやる甲斐もねーだろ。まさか、あの北の魔女野郎がこんな最期を迎えることになろうとはなあ」


「最期、決まったわけでは、ありません。精霊王の領土、取り戻せば、魔力、蘇る可能性、あります」


「そいつはどうだかな。少なくとも、俺様の目にそんな希望の光は見えちゃいねーよ」


「目?」と、フィリアが魔女ドルガのほうに顔を寄せた。

 魔女ドルガはにやにやと笑いながら、渦巻く金色の髪をかきあげる。その凶悪な表情をたたえた可憐な顔には、まだ右半面に包帯が巻かれたままであった。


「ふむふむ? そちらの目は、まだ治療中……というわけではないのでしょうか?」


「ああ。普段は見たくもねーものが見えちまうから、こうやって蓋をしてるんだよ」


「おぬし、まさか……」と、魔女エマが眉をひそめる。

 魔女ドルガは愉快そうに「キヒヒ」と笑い声をあげた。


「ご明察! 食われちまった右目の代わりに、『星の水晶』を埋め込んだんだよ。ま、気休めていどの行く末しか見通すことはできねーけどな。手間暇かけて新しい目玉をこしらえるよりは、おもしれーだろ」


「まったく、無茶をするやつじゃな。……それで、『星の水晶』にはどのような行く末が映されておるのじゃ?」


「だから、そこまではっきりとは見えねーけどよ。ただ、あいつの星が浮かんでるのは、破滅の相のど真ん中だ。どうあがいたって、助かりゃしねーよ」


「そうなのですね」と、魔女ラクーシャは無表情のまま肩を落とした。

 フィリアは眉を下げながら、そちらに向きなおる。


「あー、東の魔女さんは、北の魔女さんを敬愛しておられたのですよねー」


「はい。彼女、卓越した力と、気高さ、あわせもつ、魔術師でした。尊敬、値する、存在です」


「ふん。そんな高潔な魔女野郎が、あれだけ恨みぬいてた石の都のくそったれどもに足をすくわれることになるとはなあ。これじゃあ、死んでも死にきれねーだろ」


 そのように語る魔女ドルガの青い左目が、いっそう強烈な眼光をたたえた。


「あんなくそったれの魔女野郎でも、同胞は同胞だ。石の都のくそったれどもには、落とし前をつけてもらわねーとな」


「しかし、石の都の住人どもが、邪神の眷族を召喚させるとはの。いまひとつ、信じ難い話ではなかろうか?」


「知らねーよ。案外、例の外道の魔女ってくそったれが裏で手を引いてるんじゃねーのか? そいつだったら、邪神の眷族を揺り起こす手段を見つけたっておかしくはねーだろうしな」


「いやー、だけどのあの外道の魔女さんは、邪神教団こそが真なる敵だと仰っていたのですよねー。そんな風に語っておられたとき、あの御方はものすごい目つきをされていたので……その言葉に嘘はないように思うのですよー」


「関係ねーさ」と、魔女ドルガはせせら笑った。


「何にせよ、俺様たちのやることに変わりはねーんだ。精霊王の領土まで出向いて、邪神の眷族野郎と、そいつを呼び出したくそったれどもをぶっ潰す! それだけのこった!」


 そのとき、「失礼いたします……」という暗鬱な声が近づいてきた。


「お出迎えもせずに、失礼いたしました……主人が目を覚まされましたので、こちらにお願いいたします……」


 それは、従者のネロであった。

 魔女たちは無言で立ち上がり、従者と弟子もそれに追従する。ネロの向かう先には、また岩盤に扉が設置されていた。


 扉を開くと、そちらにも淡い光が灯されている。

 その中で、北の魔女が力ない姿をさらしていた。


「ようこそ来てくれたわね……まさかあなたたちに、このような姿をさらすことになろうとは考えていなかったわ……」


 しわがれた声が、陰々と響いた。

 魔女と従者と弟子たちは、無言のままに立ち並ぶ。


 そこには巨大な寝台が設置されており、北の魔女の身体が横たえられていた。

 きわめて巨大な寝台である。それは、横たわっている北の魔女が長身であるためであった。


 その身体はほとんど毛布に隠されてしまっているが、ジェラよりも長身である。彼女はもともと体格に恵まれた北の一族であり、そして、聖域に入ることなく100年以上の生を過ごしていたために、本来の然るべき体格を保持していたのだった。


 しかしその身体は、無残にやつれ果ててしまっている。

 顔も首も手の先も、枯れ枝のように痩せ細り、皺が寄っている。それこそ100歳以上というのが相応な、まごうことなき老女の姿であった。


 金色の長い髪も、かつては魔女ドルガのように豪奢であったのかもしれないが、いまは古びた絹糸のようにくすんでしまっている。

 ほとんどまぶたに閉ざされかかった目には、紫色の瞳が弱々しい光をたたえるばかりであった。


「あなた……あなたが、西の魔女の弟子であるのね……?」


 その死にかけた光虫のような眼差しが、フィリアのほうに向けられた。

 さしものフィリアも声を抑えて、「はい」とお行儀よく応じる。


「私は、《青き氷河の魔女》……リリアナ=ファナ=ルフィアムよ……どうせ数日限りの生命ですけれど、礼儀として名乗らせていただくわ……」


「ありがとうございます。わたしは、フィリアと申します」


「フィリア……あなたの話を聞かされたときは、心の底から不快に思ったものだけれど……いまとなっては、些末な話ね……どうかあなたの師匠とともに、力を尽くしてほしく思うわ……」


「はい。非才の身ですが、微力を尽くさせていただきますです」


 真面目くさった面持ちで、フィリアは敬礼をした。

 北の魔女リリアナは、うっすらと微笑みながら他の者たちに視線を巡らせていく。


「すべての魔女とその従者が、私の呼びかけに応えてくれたのね……心から感謝しているわ、ラクーシャ、エマ、ドルガ……特にエマとドルガなどは、私のことを毛嫌いしていたでしょうにね……」


「そんな思い出話に花を咲かせてる場合じゃねーだろ? 邪神の眷族野郎が現れたってんなら、すぐさまぶっ潰してやろうじゃねーか」


「ええ、その通りね……ただ、ひとつだけ伝えておきたかったの……あれは、自然に目覚めたものではない……人間の手によって、無理やり覚醒させられた存在であるのよ……」


「手前の従僕野郎も、そんな風に言ってたな。しかもそいつが、石の都の住人だってのか?」


「断言することはできないけれど……私は魔力が尽きてしまう前に、敵の正体を探るべきだと考えて……遠見の術式を行使してみたの……そこに映し出されたのは、おぞましき邪神の眷族と……それに、魔術師の刻印さえ刻まれていない、何人かの男たちだったわ……」


「ふん。刻印がないならば、聖域を離れた外道の魔術師ではありえんということじゃな。石の都の住人か、あるいは……おぬしのように100年以上の生を生きているかの、どちらかじゃ」


 すると、好奇心に瞳をきらめかせたフィリアが、ジェラの袖をくいくいと引っ張った。


「そういえば、北の魔女さんは刻印がありませんね。あれは、100年前に生まれた習わしなのですか?」


「はい。あれは聖域に生まれた人間が、父なる大地の子であることを示すために生まれた習わしであるようです。それ以前はすべての人間が同じ神の子であったので、それを示す必要もなかったのでしょう」


 極限までひそめた声で、ジェラはそう囁きかえした。

 同じ従者であるロムロムとカーラは目を伏せて、じっと主人たちの言葉を聞いている。


「でも、私以外の魔術師が、100年以上も身をひそめていただなんて、なかなか考えられないでしょう……? だからやっぱり、あれは石の都の住人なんだろうと思うわ……ちょうど外道の魔女というものから、そういった背信者たちの話を聞いたばかりだったしねえ……」


「うむ。邪神教団やらいう輩じゃな。そのようなものが本当に存在するとは、呆れて溜め息も出んわい」


「そういえば……外道の魔女と連絡を取るすべはないのかしら……?」


「ない。いちおう悪あがきはしてみたのじゃがな」


 そう言って、魔女エマはフィリアを横目でねめつけた。

 この場所を訪れる前に、フィリアの提案でその試みが為されたのである。といっても、それはフィリアが外界にて大声で騒ぎたてるという、至極お粗末なものであった。


「あやつは我らの動向をうかがっておるのじゃろうから、声は届いておるはずじゃがな。しかし、そうそう我らの前に姿を現すこともあるまい」


「そりゃーそうだ。そいつだって、でっけー禁忌を犯してるんだからなあ。俺様たちに捕まったら、頭の皮でも剥がされるんじゃねーかって怯えてんだろ」


 そんな風に言ってから、魔女ドルガは皮肉っぽく口もとを歪めた。


「それにしても、手前は外道の魔女野郎にまで力を借りようって魂胆だったのかよ? 元気だった頃の手前なら、あんな野郎は氷漬けにしてたろうによ!」


「ええ、そうね……私は一族の掟こそが絶対であると信じていたから……それに背く人間を許せなかったのよ……でも、一番重要なのは、この世界の安寧を守ることでしょう……? 死の縁に立って、私もようやくそれを理解できたということなのかしらね……」


 そんな言葉とともに、魔女リリアナは力なくまぶたを閉ざした。


「何にせよ、私はすでにその力も失ってしまった……あなたたちには、大変な苦労を背負わせてしまったわね……」


「北の魔女、他の場所、住処を移し、新たな魔力、得ること、不可能なのでしょうか?」


「無理ね……あなたにだってわかっているでしょう、ラクーシャ……? 私たちは、それぞれの地と契りを結ぶことによって、魔力を得た……この地を捨てて、生きていくことはできないわ……少なくとも、今の私に新たな地で新たな契りを結ぶ力は残されていない……」


 まぶたを閉ざしたまま、魔女リリアナはかそけき微笑をたたえた。


「私は100年以上も生き永らえたのだから、後悔などありはしないわ……でも、後継者を育てる間もなく、魂を返すことになってしまうから……残されたあなたたちには、そこでも重荷を背負わせてしまうわね……」


「へん。こうなったら、手空きの俺様が新しい北の魔女を育てるしかねーんだろうな。まったく、面倒なこったぜ」


 そのように言い捨ててから、魔女ドルガはぎらりと左目を燃やした。


「とにかく、死んだ後の心配より、目の前の厄介ごとだろうがよ? くそったれどもは俺様たちがぶっ潰してやるから、せめてそれを見届けるまではくたばるんじゃねーぞ、北の魔女野郎」


「ええ……どうかお願いするわ、ドルガ、ラクーシャ、エマ……」


 そんな言葉を最後に、魔女リリアナは動かなくなった。

 そのひび割れた唇からはかすかな呼吸音がもれていたが、彼女の死が目前に迫っていることは明白であった。

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