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終わりの魔女と始まりの世界  作者: EDA
第8幕 魔術師の聖域

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5 離別の儀

2020.10/27 更新分 1/1

「ようこそ、我が集落に……我々は、魔術師のご一行を歓迎いたします……」


 やがて一行の前に到着した老女は、しわがれた声でそのように言った。

 他の者たちと同じように無表情であるが、その眼差しはやわらかい。

 一行の中から魔女ラクーシャが進み出て、一礼した。


「ありがとうございます。あなた、《青の民》、族長ですね? 西の言葉、巧みで、驚かされました」


「はい……私の祖母は、西の一族と懇意にしておりましたので……私も母から、西の言葉を習うことになりました……」


 すると、魔女エマがこっそりとフィリアに囁きかけた。


「ひとたび聖域にこもった民は、大地に魔力が蘇るまで外界に出ることを許されん。祖母が西の一族と懇意にしていたというなら、やはりこやつも我と同じ世代ということじゃな」


 魔術師の一族は、100年の昔に聖域を築いた。この老女は、その時代を生きた者の孫にあたる世代ということだった。


「我らの一族から、お弟子を取ろうというお考えであるのですね……では、一族の幼子を集めますので、広場までお進みください……」


「その前に、確認、お願いします。フィリア、踏み入ること、許されますか?」


 魔女ラクーシャが反問すると、族長たる老女はわずかに目を細めた。

 それだけで、いくぶん微笑んでいるように見える。


「私は年老いたゆえに、目の光をほとんど失ってしまいましたが……その代わりに、気配を感じ取る力が増したように思います……あなたがたの中に、不浄の存在は感じ取れません……」


「そうですか。得難い、思います」


 そうして一行は、いよいよ《青の民》の集落に踏み入ることになった。

 その頃にはすべての人間が直立して、一行の姿を四方から見守っている。髪も肌も青く染めあげた数十名の者たちが、仮面のごとき無表情でじっと見つめてくるのだ。そこに敵意や悪意が感じられないとしても、一抹の不気味さはぬぐえないところであった。


 しばらく歩くと広場の中央に到着し、そこには毛皮の敷物が敷かれていた。

 狩人の少女に誘導されて、族長たる老女はその敷物に膝を折る。


「さあ、どうぞおくつろぎください……このたびは、何名のお弟子をご所望でしょうか……?」


「弟子、1名です。私、《黒き沼の魔女》、育てます」


「おや……それでは、何故に2名の魔術師がこちらに……?」


「《針の森の魔女》、弟子、聖域、見せるためです。彼女、聖域、知らぬので、学ぶべき、考えました」


「そうですか……」と、老女はフィリアのほうに目をやった。

 その青い瞳は、いくぶん白く濁っているようである。しかし、とても穏やかで柔和な光をたたえていた。


「ひとつだけ、おうかがいしたいのですが……そちらのお弟子は、石の都の生まれであるのですね……? それが何故に、魔術師の弟子に……?」


「はい! わたしは幼き頃より、魔術の世界に憧れていたのです! それで、最愛の家族たる母様を病魔で失ってしまったため、一念発起してお師匠さんに弟子入りを願うことになりました!」


「そうですか……故郷と家族と神を捨てて、我らの同胞となることを選んだのですね……?」


「はい! 石の都には、これっぽっちの未練もありません! この魂にかけて、立派な魔術師になれるように励む所存であります!」


 フィリアはいつもの調子で元気いっぱいに答えた。

 老女はまぶしいものでも見るかのように、目を細める。


「あなたの言葉に、偽りは感じません……そして、あなたの心は希望と喜びにあふれかえっているように感じられます……さきほどは、我らの眷族が大変失礼をいたしました……」


「いえいえ、とんでもない! わたしなどは石の都に恨み骨髄の未熟者であったので、みなさんのお気持ちは理解できるつもりです! どうかさきほどの方々も、あれ以上の罰などは与えないようにお願いしたくありますです!」


「石の都に、恨み骨髄……あなたの心の奥底でひっそりと渦巻いている黒き情念が、それなのでしょうね……」


「はい、お恥ずかしい限りです! お師匠さんにもそんな気持ちは綺麗さっぱり捨て去るように申しつけられているのですが、もとより器が小さいもので!」


「わたしの祖母も、そうでした……これまでの生をあっさりと打ち捨てて、新たな文明というものにのめりこんでいった者たちの存在を、なかなか許すことができなかったのでしょう……」


 いまにも微笑を浮かべそうな面持ちで、老女はそう言った。


「その黒き情念を打ち消すことは、きわめて難しいかと思いますが……あなたの修行が成ることを、この地で祈らせていただきたく思います……」


「はい、ありがとうございます!」


 そのとき、壮年の女が横から敷物に近づいてきた。


「族長、幼子、集めました」


「ご苦労様……では、そちらにどうぞ……この集落で暮らす幼子は、これですべてとなります……」


 一行は立ち上がり、そこに並べられた幼子たちの姿を見回した。

 人数は、15名ほどである。誰もが魔女エマや魔女ラクーシャよりも小さな姿をしていた。


「習わしに則り、7歳以下の女児を集めさせました……この中に、お弟子に相応しい幼子がいなければ……眷族の集落へとご案内いたしましょう……」


「いえ。それには、及びません」


 魔女ラクーシャは、最初からひとりの幼子に視線を定めていた。

 ひときわ小さな、ほっそりとした女児である。その瞳は、青い宝石のように明るくきらめいていた。


「そちらの者、資質、感じます。西の魔女、如何ですか?」


「うむ。その者は才覚が飛びぬけておるようじゃな。数十年にひとりの逸材じゃろうよ」


 魔女ラクーシャはひとつうなずき、老女を振り返った。


「ですが、そちらの者、青き瞳です。族長筋、直系、思いますが、問題ありますか?」


「いえ……その者の下にも女児は産まれておりますので、問題はありません……その者は、私の曾孫となります……」


「えー!」と叫んだのは、フィリアであった。

 無表情なる《青の民》たちが、無言のまま一斉にそちらを振り返る。


「あ、失礼つかまつりました。……でもでも、曾孫とは驚きですー。失礼ついででおうかがいしたいのですが、族長さんはおいくつなのです?」


「私は、72歳となります……我々は、なるべく早くから子を生すように心がけておりますので……すでに数多くの曾孫を授かっております……」


「72歳とは、なかなかの齢じゃな。おぬしこそ、魔術師として生きておれば100年以上の生を授かることになったのじゃろうよ」


「そうやもしれません……私の子らはすでに全員魂を返してしまったので……私の跡を継ぐのは、孫の誰かとなりましょう……」


 そう言って、老女は曾孫たる女児を招き寄せた。


「あなたも多少は、西の言葉を操れるはずですね……魔術の師匠となるこちらの御方に、ご挨拶をなさい……」


「はい」と、小さき女児は一礼した。


「わたし、アトゥラ=フムィア=テャクランです」


「私、東の領土、守護する、《黒き沼の魔女》、ラクーシャ=スヤ=インドゥラティカです。あなた、弟子入り、異存ないですか?」


「いぞん、ないです。……でも、ひとつ、ききたいです」


 族長の曾孫たるアトゥラは、おもむろに口笛を吹き鳴らした。

 それに応じて天空から、小さな影が舞い降りてくる。それは、まだごく幼い鷲であった。

 幼い鷲は、幼い娘の腕に、ちょこんととまる。その羽毛を小さな指先で撫でながら、アトゥラは言った。


「わたし、このもの、かけがえのない、ともです。このもの、じゅうしゃ、なれますか?」


「従者、迎える、魔術師として、成長した後です。あなた、2年か3年、かかるでしょう」


 そのように答えてから、魔女ラクーシャは白銀の瞳で幼き鷲を見つめた。


「この鷲、まだ幼いので、3年後、生きているでしょう。従者、できるか、あなた次第です」


「では、はげみます」


 アトゥラは幼き鷲の身体を、そっと抱きすくめた。

 幼き鷲は、「クゥ……」と頼りなげに咽喉を鳴らす。


「それでは、儀式、始めます。準備、お願いします」


 集落の広場が、にわかに騒がしくなった。

 右往左往する人々を尻目に、魔女エマはフィリアとジェラを広場の片隅に引き立てていく。


「ここからは、東の魔女と《青の民》たちの刻限じゃ。我らは邪魔者であるのじゃから、余計な口を叩くのではないぞ」


「了解であります! でもでも、なんだか胸が弾んでしまいますね!」


 男たちの手によって、広場の中央に薪が積み上げられた。

 女たちは、大きな草籠を手に、薪の山を取り囲む。

 族長たる老女は脇に寄せられた敷物に座し、魔女ラクーシャとロムロムとアトゥラは薪の山の正面に立ち尽くした。


 やがて魔女ラクーシャが東の言葉で何か言いたてると、男の手によって薪の山に火が灯された。

 続いて、女の手から、何かきつい香りのする香草が投じられる。

 さらに魔女ラクーシャが、歌うような調子で詠唱を唱え始めると、女たちが草籠の中身をひとつずつ取り出して、それを火の中に投げ入れていった。


「ねえねえ、あれは何をしているのです?」


「……大人しくしておれというのが聞こえんかったのか?」


「ですから、小声で問うているのです。わたしは東の言葉もさっぱりだから、これがどういう儀式なのかもさっぱりわからないのですよー」


「あれは、あのアトゥラなる幼子の持ち物を火で焼いておるのじゃ。あやつは魔術師の弟子となって聖域を出るのじゃから、すべてを天に返さねばならんのじゃ」


 幼きアトゥラは、そのさまを無言でじっと見つめていた。

 やがて草籠が空になると、2名の女が左右からアトゥラに近づき、その身の装束を脱がしていく。毛皮の外套(マント)も、毛皮の胴衣も、首に掛けていた木の実の飾り物も、草の繊維で編まれた下帯も、すべてが火の中に投じられた。


 アトゥラの裸身が、衆目にさらされる。

 その身体は、あますところなく青色に染めあげられていた。

 最後に髪を束ねていた蔓草までもが火に焼かれると、魔女ラクーシャが詠唱を唱えながらアトゥラの前に進み出た。


 魔女ラクーシャは、懐から硝子の瓶を取り出した。

 その中身が、無言でたたずむアトゥラの頭に注がれる。

 すると――アトゥラの髪が、青から淡い褐色へと変じていった。

 その肌は、魔女ラクーシャと同じ黒色に変じていく。

 一族の聖なる色彩が、洗い流されているのだ。


 魔女ラクーシャがその身体を織布で丁寧にぬぐっていくと、瞳を除くすべての青色は消え失せた。

 青く染まった織布は、やはり火の中に投じられる。


 最後に魔女ラクーシャは、自らの親指を噛み破って、アトゥラのほうに差し出した。

 魔女ラクーシャが東の言葉で何かをつぶやくと、アトゥラも同じように指先を噛んで、主従の誓約を交わす。


 その姿を見届けるや、周囲の人々は底ごもるような声で歌とも詠唱ともつかぬ旋律を奏でた。

 それを聞きながら、魔女ラクーシャは自らの外套(マント)を脱いで、裸身のアトゥラに羽織らせる。ぶかぶかの外套(マント)を纏いながら、アトゥラは静かに涙を流していた。


「……なんでおぬしまで涙を流しておるのじゃ」


 魔女エマが文句を言いたてると、フィリアは「だってー」と鼻をすすった。


「どうしたって、自分のことを思い出しちゃうのですよー。わたしとあちらのお弟子さんでは、立場がまるきり違うのでしょうけれどもー」


「そりゃそうじゃ。あの幼子めは、望んで故郷や家族と離れるのではないのじゃからな」


「ひとたび聖域を出たならば、もう2度と戻ることは許されないのですよね? やっぱり淋しくてたまらないものであるのでしょうか?」


「どうじゃかな。それを知るのは、本人だけじゃ」


 そう言って、魔女エマは小さく肩をすくめた。


「それでもあやつは、故郷や家族を捨てるわけではない。テャクランの一族、フムィアの子たるアトゥラとして、世界の安寧のためにその身を捧げるのじゃ。死したときには、魂もこの山に返されるのじゃからな」


「なるほどー。ではでは、故郷と家族を捨てたわたしが死した場合、魂はどこに返るのでしょう?」


「知らん。前例がないからの」


「そうですかー。まあ、そのときは死に物狂いでお師匠さんの故郷を探したいと思いますー。そうしたら、死した後にもお師匠さんと寄り添えますものね!」


「やめんか、気色悪い」


 そうして魔女エマが舌を出したとき、ロムロムとアトゥラを引き連れた魔女ラクーシャが近づいてきた。


「儀式、終了しました。家、戻りましょう」


「うむ。またてくてくと歩くわけじゃな。まったく、面倒なことじゃ」


「はい。アトゥラ、ロムロム、乗りなさい」


 外套(マント)だけを纏ったアトゥラはひとつうなずいてから、ロムロムの甲羅によじのぼった。灰色の刻印が刻まれたその頬には、まだ涙の跡が残されている。

 それに気づいたフィリアは、自らもロムロムの甲羅によじのぼった。


「こら、おぬしまで横着をするのではない」


「いえいえ、わたしはただ、東のお弟子さんが寒いんじゃないかなーと思ったまででありまする!」


 そう言って、フィリアは背後からアトゥラの小さな身体を抱きすくめた。

 アトゥラは無表情ながらも、きょとんとした眼差しでフィリアを振り返る。

 その小さな顔を見返しながら、フィリアはにこりと微笑んだ。


「わたしもまだ、お師匠さんの弟子になって日が浅いのです! 立派な魔術師になれるように頑張りましょうね、東のお弟子さん!」


 すると、魔女ラクーシャまでもがロムロムの甲羅にひらりと飛び乗った。


「私も、かつて、同じように、故郷、離れました。あなた、心情、誰よりわかっています。無理、必要、ありません」


「むり……?」


「東の一族、感情、表すこと、恥、考えています。しかし、すべての恥、隠すこと、ありません」


 そうして魔女ラクーシャは、仮面のごとき顔にやわらかい微笑をたたえた。


「私たち、これから、家族です。時には、恥、さらし合うこと、必要でしょう」


 アトゥラの青い瞳から、再びぽろぽろと涙がこぼれ始めた。

 その幼き顔が、見る見る泣き顔に変じていく。


 フィリアは笑いながらその身体を抱きすくめ、魔女ラクーシャは微笑みながらその髪を撫でた。


「それでは、帰りましょう。今宵、歓迎の晩餐です。西の魔女、招待します」


「ふん。ほとんど丸一日を潰すことになったのじゃから、当然の報酬じゃな」


 いつの間にやらジェラの背中にまたがっていた魔女エマは、愉快そうににんまりと笑った。

 そんな魔女たちの姿を見下ろしながら、天空では小さな鷲がいつまでもくるくると弧を描いていた。

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