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終わりの魔女と始まりの世界  作者: EDA
第7幕 火の山の魔女

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48/86

13 決着

2020.10/21 更新分 1/1

「ふん。西と東の魔女どもは、別の場所で邪神の眷族野郎を相手取ってるってわけか。3体に分裂するとか、なかなか愉快な曲芸を見せてくれるじゃねーか」


 街路に立ちはだかった南の魔女ドルガは、喜悦の形相でそのように言い放った。


「だけど、せっかくの魔力を分散させるなんて、下策も下策だろ。しょせんは手前も蟲なみの知能しかねーみたいだなあ、邪神の眷族野郎!」


 魔女ドルガの咆哮に呼応するかのように、邪神の眷族をわしづかみにした巨人の腕がいっそうの力を込めたようだった。

 指の1本ずつが大木のように太い、土くれで出来た腕である。その怪力で握り潰されそうになった邪神の眷族は、耳をふさぎたくなるような甲高い雄叫びをほとばしらせるや、無数の小さな蛾に分裂して巨人の指先から逃れた。


「へん。やっぱり大地の魔術で風の化け物を相手取るのは、分が悪いか」


 言いざまに、魔女ドルガは右足を持ち上げた。

 長衣(ローブ)の裾からちらりと覗いたその足は、黄金色に光り輝く骨の足であった。その爪先に生えのびた獣のごとき鋭い爪が、街路の煉瓦を貫通して、その下の地面に干渉していたのである。


 魔女ドルガが右足の爪を引き抜くことによって、巨人の腕は土砂崩れのように崩落した。

 その間に、邪神の眷族は天高く舞い上がり、再び巨大な蛾の姿に変じている。

 そのおぞましき姿を見上げながら、魔女ドルガは「キヒヒ」と笑った。


「やっぱり手前らを迎え撃つには、火の魔術だよなあ? きちんと準備してやったから、心配すんなよ邪神の眷族野郎!」


 魔女ドルガは、その小さな身体に纏いつけた外套の前をはだけた。

 そこから現れたのは、炎のような真紅に輝く骨の右腕である。

 ただし、10歳児ぐらいにしか見えない魔女ドルガには不相応な、巨大なる腕だ。その指先には、やはり鋭い鉤爪が生えていた。


「さあ、かかってこいよ、邪神の眷族野郎! 一片残らず燃やし尽くしてやらあ!」


 空に浮かんだ2体の邪神の眷族は、青い眼光を爛々と燃やしつつ、不動であった。

 それを見て、魔女ドルガは「ふん」と鼻を鳴らす。


「用心深い野郎だな。下っ端の妖魅をけしかけて、俺様の手の内を探ろうって考えか。そうはさせねーよ、虫けら野郎!」


 そう言って、魔女ドルガは背後を振り返った。

 そこではフィリアとロムロムとカーラが、懸命に妖魅を撃退している。街路の向こうから押し寄せる蟷螂カマキリも、地面から湧いて出る蜈蚣ムカデも、ずっと同じ勢いで3名を脅かしていたのだ。


「おい、下僕野郎は俺様を手伝いな! 西の下僕とくそったれな弟子野郎は、そのまま下っ端どもを蹴散らしとけ!」


 カ-ラは黄色い目を輝かせて『はい!』と応じたが、フィリアは「えー!」と不満の声をあげた。


「あのですねー、こちらもこちらで手一杯なのですよー。特にわたしはぞんぶんに毒をあびてしまったので、へろへろのくにゃくにゃなのですからねー」


「毒? この妖魅どもにがぶりとやられたら、毒が抜けるまで動けねーはずだろうがよ?」


「いえいえ、妖魅ではなく邪神の眷族の毒をあびてしまったのですー。わたしの不屈の精神力で弱音を吐くのを我慢しておりますけれども、実はさっきから全身が燃えるように熱くなってきているのですよー」


「だったら、こいつでもくらいやがれ」


 魔女ドルガは左手を外套(マント)の内に差し入れると、そこから取り出した小さな丸薬をフィリアのほうに放り投げた。

 聖剣の炎で蟷螂カマキリの妖魅を斬り払ってから、フィリアは兎の口でそれを捕獲する。


「うえー、苦い! これ、本当に効くのですかー?」


『アンタ、ご主人の解毒の秘薬にケチをつける気かい!? ふざけたことを抜かすと、その目玉をほじくってやるよ!』


 わめきながら、カーラが3色に輝く巨大な翼を羽ばたかせた。


『ほら、アタシはすっかり回復したよ! 100を数える頃には毒も抜けるだろうから、それまで踏ん張りな!』


 そうしてカーラは、主人の頭上へと飛来した。


『お待たせいたしました、ご主人! こちらから打って出るのですね?』


「おう。下僕としての役目を果たしやがれ」


『承知いたしました!』


 ロムロムを運んでいたときと同じように、カーラが魔女ドルガの両肩を鉤爪の足でわしづかみにした。

 魔女ドルガの小さな身体が、ふわりと浮かびあがる。


「ありゃー、本当に行っちゃうのですねー。まあ、邪神の眷族をおまかせできるのはありがたいですけれどー」


「キヒヒ。手前らは雑魚同士で遊んでな!」


 嘆くフィリアをその場に残して、カーラと魔女ドルガは空中に舞い上がった。

 邪神の眷族の1体に肉迫すると、魔女ドルガは赤く輝く骨の右腕を振り払う。

 5本の指先が炎の爪を生み出して、邪神の眷族の巨体を八つ裂きにした。

 邪神の眷族はすぐさま無数の蛾に分裂し、また結集したが、相応に魔力を奪われたようだった。


「どうだ、邪神の眷族野郎! 手前らが俺様の右腕を喰ってくれたおかげで、こんな愉快な真似ができるようになったぜ?」


 カーラは縦横無尽に天空を駆け巡り、魔女ドルガは炎の爪で暗黒を掻きむしった。

 下界では、フィリアが「はふう」と息をつく。


「あちらはなんだか楽しそうですねー。わたしはますます毒が回って、頭の中身が蒸発してしまいそうですー」


「が、頑張ってください、兎さん! その状態を抜けたら、楽になるはずなのです!」


「頑張りたいという思いはあるのですけれども、実はさっきから目の前が真っ赤に染まってしまって、適当に聖剣を振り回しているだけなのですよねー」


「う、兎さん! 右斜め前方! 妖魅が近づいているのです!」


 灼炎を逃れた蟷螂カマキリの妖魅が、その巨体には不似合いな俊敏さでフィリアに迫っていた。

 巨大な鎌が、フィリアの無防備な兎の頭に振り下ろされる。

 しかし、フィリアの頭が砕け散る寸前に、黒い影がその身をさらっていた。

 妖魅の鎌は街路をえぐり、硬質的な音色を響かせる。

 それを遠くに聞きながら、フィリアは「ふにゃ?」と目を瞬かせた。


「えーと、この温もりは従者さんでありましょうかー?」


『はい。ようやく毒を抜くことがかないました』


 黒き狼のジェラが、フィリアの襟首を噛んで、宙に吊るし上げていた。

 フィリアは「あははー」と力なく笑う。


「危ういところでしたねー。わたしがもっと元気であったら、反射的に従者さんを真っ二つにしていたところでしたよー」


『そうならなかったのは、幸いでしたね』


 ジェラはフィリアの身体をそっと街路に横たえた。


『さきほどは、ぶざまな姿をさらしてしまいました。フィリア様のご決断がなかったら、私は魂を返していたことでしょう』


「いえいえー、回復されたのなら何よりですー。わたしもようやく毒が抜けてきたみたいですねー」


 すると、その場にロムロムも駆け寄ってきた。


「これでなんとか、妖魅ぐらいはお相手できそうなのです。僕は守りに徹しますので、盾として使ってほしいのです」


 ロムロムの身体が黄色い光に包まれるや、竜亀としての本性をあらわにした。手に携えていた鎚鉾(メイス)は、口にくわえられている。

 フィリアは立ち上がり、兎の頭をぷるぷると横に振った。


「よーし、けっこうスッキリしてきました! それでは、お役目に励みましょー!」


「ふん。思いの外、元気が有り余っているようではないか」


 と、聞きなれた声が頭上から降ってくる。

 それと同時に、黒い巨大な竜巻のごとき存在が、フィリアたちの鼻先に舞い降りた。

 ジェラとロムロムが、同時に『ご主人!』と声をあげる。


「ようやくこちらも片付いたわい。南の魔女めが1日早く現れたのは、僥倖じゃったの」


 そのように語る魔女エマは、漆黒の異形に抱きかかえられていた。

 魔女エマは大人の姿をしているので、それを軽々と抱きかかえることができるぐらいの、巨大な異形である。

 まるで影が実体化したかのような存在であり、手足の形も定かではない。

 ただ、遥かな高みに存在するその頭には、山羊の頭骨がかぶせらていた。


「ほえ? 東の魔女さん、ずいぶんご立派なお姿ですねー?」


「はい。元の姿、西の魔女、抱きかかえる、難しかったので、変化の術、使いました」


「なるほどなるほどー。なんだかあの、わたしの夢の中に現れたときのようなお姿ですねー」


「はい。懐かしく思います」


「呑気に語らっとる場合か! 邪神の眷族はまだ2体が残されておるのじゃぞ! 南の魔女めは愉快そうに高笑いしておるが、あれでは早々に魔力が尽きてしまおう」


「はい。では、決着、つけましょう」


 黒い異形に、巨大な翼が生えた。蝙蝠のごとき、禍々しい翼である。

 そうして魔女エマを抱いた魔女ラクーシャは、黒い竜巻と化して天空に浮上した。

 魔女エマが杖を振るい、新たな炎で天を引き裂く。

 邪神の眷族と3名の魔女が天を駆けるその姿は、まるでこの世の終わりのような恐ろしさと美しさを作りあげていた。


「どうやらこれで、雌雄は決したようですねー」


 兎の顔で笑いながら、フィリアは聖剣を振り下ろした。

 蟷螂カマキリの妖魅が、3体いっぺんに黒い塵と化す。


「あの3人の魔女さんが負ける姿は、どれだけ想像力を振り絞っても想像できません! わたしも早く、立派な魔女さんになりたいですー」


『ふふ。あれだけの魔力を見せつけられながら、まだそのように言いたてることのできるフィリア様の図太さに感心してしまいます』


 そのように言いながら、ジェラは恭しげにも見える仕草で身を屈めた。


『それでは、お乗りください。我々も、自分たちの仕事を果たしましょう』


『はーい! 承知つかまつりました!』


                  ◇


 それから、半刻ほどのちのことである。

 天を覆わんばかりに広げられていた暗黒は、魔女たちの炎によって完全に焼き尽くされることになった。


 もしも窓からその光景を垣間見ていた人間がいたのなら、あまりの恐ろしさに正気を失っていたことだろう。

 しかしそれは、無力な人間たちを救うための、異形と異形の死闘であった。

 このたびは、かつての同胞であった異形の魔女たちが、勝利を収めることがかなったのだ。

 石の都の住人が、それに感謝することは許されなかったが――ただひとり、随喜の涙を流している男がいた。


「父さん……どうしたの?」


 寝台に横たわった少女が、弱々しく微笑みながら男に呼びかけている。

 その身体は老人のように痩せ細り、褐色の髪は半分がた抜け落ちてしまっていたが、肌には瑞々しい生気が蘇り、その瞳には明るい光が灯されていた。

 そんな娘の胸もとに取りすがりながら、男はいつまでも涙をこぼし続けていた。

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