14 一夜が明けて
2020.10/22 更新分 1/1
「今回は、色々と世話をかけちまったな、くそったれども」
暁光の下で、魔女ドルガがそのように言いたてた。
邪神の眷族と妖魅のすべてを掃討し、一夜が明けたのちのことである。
邪神の眷族との死闘で魔力を使い果たした魔女たちは、仮の宿で眠りをむさぼることになった。そうして夜が明けると同時に、人気のない鉱山へと移動して、別れの挨拶を交わすことになったのだった。
「ま、今回はたまたま俺様の領土に邪神の眷族なんざが湧いちまったってだけのこった。その幸運に感謝しやがれよ、くそったれども」
「ふん。最後の最後まで口の減らんやつじゃな。まあ、手足と目と耳を失ってしまった不運に免じて、見逃してやるかの」
この場では、全員が素顔をさらしていた。
3名の魔女に、3名の従者たち。そして、不肖の弟子が1名。あれだけの騒乱に見舞われながら、7名の全員が生き永らえているというのは、もはや奇跡のようなものであった。
ただひとり、数刻の眠りだけでは回復しきっていない者がいる。
誰あろう、南の魔女ドルガである。
魔女ドルガは従者たるカーラの腕でそっと抱きかかえられながら、悪態をついているのだった。
もともと白い顔はいっそう血の気を失っており、青い瞳も光を失いかけている。その豪奢な金髪までもが、どこかくすんでいるように感じられた。
「おおかたの予想はしておったが、それにしても魔道具を自らの肉体に繋げてしまうとはな。まったく、無茶をしたもんじゃ」
「うるせーなあ。こうでもしねーと、あのくそったれどもを昨晩のうちに片付けられなかっただろうがよ? 文句を言われる筋合いはねーよ」
「文句ではない。ただ、呆れているのじゃ」
すると、フィリアが身を屈めて魔女エマに囁きかけた。
「魔道具って、あの骨の手足のことですよね? とても便利そうでしたけど、何か支障でもあるのでしょうか?」
「……あの魔道具は、おのれの骨と融合させておるのじゃ。断ち斬られた手足の断面をえぐって骨を剥き出しにして、魔道具たる骨の手足をひっつけたわけじゃな。普通に考えたら、痛みで半月は動けぬわい」
「あうう、聞いているだけで目が眩んでしまいましたー」
フィリアは身を起こし、魔女ドルガの力ない姿をまじまじと見つめた。
「それじゃあもしかして、いまも激痛のさなかであるのです?」
「おうよ。手前だったら小便を撒き散らしながらのたうち回ってるだろうなあ」
その言葉を聞いて、フィリアは敬礼をした。
「南の魔女さんのお覚悟には感服いたしました! つつしんで、わたしの尊敬する御方の名簿に名を記させていただきたく思います!」
「うるせーよ、くそったれの弟子野郎。手前なんざに尊敬されたら、こっちが小便をもらしちまうぜ」
そう言って、魔女ドルガは「キヒヒ」と笑った。
「ですが、邪神の眷族、現出する、驚きです。この大地、まだ、それほどの魔力、残されていたのですね」
魔女ラクーシャの言葉に、魔女エマも「そうじゃな」と難しい顔をした。
「これからは、いっそうの用心が必要じゃろう。もしものときは、遠慮なくおたがいを頼るべきじゃろうな」
「はい。連絡、密にするべき、思います。礼儀、とらわれず、使い魔、飛ばし合うこと、認めましょう」
「キヒヒ。相手が北の魔女野郎でもかよ?」
「……北の魔女、礼儀、重んじます。あちらには、危急の際のみ、認めてもらいましょう」
「ふん。どんな化け物が現れたところで、あいつだけは頼りたくねーけどな」
そうして魔女ドルガは、いまにもまぶたで隠されてしまいそうな左目で、一同を見回した。
「それじゃあ、俺様は失礼するぜ。そろそろ小便がもれちまいそうなんでな」
「うむ、養生するがよい。その強情者の世話は、おぬしにまかせたぞ」
後半の言葉は、カーラに向けられたものである。
いつでも反抗的なカーラも、そのときばかりは静かに「ああ」と答えるばかりであった。
カーラが魔道具で光の門を作りだし、ぐったりとまぶたを閉ざした主人ともども、消えていく。
その姿を見届けてから、魔女エマは「さて」と杖を振り上げた。
「それでは、我々も帰るとするかの。もう半日は眠らんと、身体がもたんわい」
「それと、お食事ですね! しっかり食べて、しっかり眠るべきだと思われます!」
「案ずるな。『魔女の正餐』であれば、たっぷりと作り置きしておるからの」
「もちろん『魔女の正餐』も欠かせないところでありますが……このような際には、胃袋だけでなく心も満たすべきですよね? ね?」
「ふむ。おぬしはこのようにくたびれ果てたジェラに、俗世の食事まで準備せよと言いつける気か」
「従者さんがお疲れであったら、わたしが腕をふるいますですよ! 心尽くしのご馳走で、みなさんのお心を満たしてさしあげましょう!」
「しかし、これまで厨に立ったことは?」
「皆無であります!」
「よし、帰るぞ」
魔女エマも、光の門を作りだした。
そこに魔女ラクーシャが「お待ちください」と声をあげる。
「そちら、不浄の聖剣、どうされるおつもりでしょうか?」
「うむ? このようなものは、とっとと封印するに決まっておるじゃろう。願わくは、2度と封印を解かずにおきたいものじゃな」
「はい。不浄の聖剣、我々の想像、上回る力、感じました」
そう言って、魔女ラクーシャは銀色の瞳をフィリアに向けた。
「フィリア、あなた、疲労、ないのですか?」
「疲労ですか? そうですねー。あえて言うならば、空腹感は絶頂であります!」
「あれだけの力、行使して、生命力、削られていない、脅威です」
「それはこやつが、聖剣の正当なる所有者ゆえじゃろう。そもそも他の人間では、あのようなおぞましき力を生み出すこともかなわんのじゃろうからな」
「はい。不浄の力、はかり知れません。その力、すべて解き放たれれば、邪神の眷族、凌駕する脅威、成り得ると思います」
フィリアは「ふみゅみゅ?」と小首を傾げた。
「何かご心配があるのでしたら、聖剣はこの場で叩き折ってしまいましょうか? わたしとしては、そのほうがスッキリするぐらいなのですよねー」
「いえ。今回、その力、なければ、我々、滅んでいた可能性、高いです。少なくとも、何名か、魂、返していたでしょう」
「ふむふむ。でも、これは本来、魔術の世界とは相容れない存在であるのですよね? ならば、潔く叩き折るという選択肢も一考に値するのではないでしょうか?」
「不浄の存在、魔術の世界、相容れません。ですが、現在、鋼の時代であるのです。魔術の時代、終わったのですから、不浄、呼ばれるべき、本来、我々であるのです」
魔女ラクーシャは、とても静かな声でそう言った。
「本来、この世界、魔術ではなく、鋼で救われるべき、思います。石の都の住人、鋼の力で、災厄、退けるべきなのです」
「にゃるほろ。ではいっそ、西の王国に聖剣を返してしまうというのは如何でしょう?」
「それも、ひとつの道です。ただし、不浄の聖剣、我々、滅ぼす力、持っています。西の王国、魔女、滅ぼそう、考えたら、危険です」
「はいー。わたしのかつての父上や兄上たちだって、わたしと同じぐらいこの聖剣を使いこなせるのでしょうしねー。あんな愚鈍で低劣で卑怯で浅慮で俗悪な方々に、そんな危険なものを渡したくないという気持ちはなくもありません」
「はい。その聖剣、誰が持つべきか、どう扱うべきか、難しい問題です。私、答え、わかりません」
そのように言ってから、魔女ラクーシャはふっとやわらかい眼差しを浮かべた。
「ですが、このたびは、正しい使われ方、されたと思います。答え、見つかるまで、あなたのもと、封印する、正しい、思います」
「じゃったら、我が最初に言うた通りではないか。何をうだうだと言葉を重ねておるのじゃ」
あくびを噛み殺しながら、魔女エマはそう言った。
ただしその金色の瞳には、真面目くさった光がたたえられている。
「この世界の行く末を左右するような騒ぎでも起きん限り、今後も封印を解くつもりはない。いまのところは、それで十分じゃろ」
「はい。フィリア、西の魔女、おまかせします。次、会うまで、どうぞ壮健に」
魔女ラクーシャも、光の門を作りだした。
指を組んで一礼し、光の中へと足を踏み入れる。従者のロムロムもふにゃっとした笑みをフィリアたちに振りまいてから、その後を追った。
「人を引き留めておいて、さっさと行ってしもうたわい。では、我らも帰るぞ!」
「はーい! 腕によりをかけて、ご馳走を作りますね!」
「しかし、厨に立ったことは?」
「皆無!」
「フィリア様、食事の準備は私におまかせください」
そうして普段通りの賑やかで、魔女エマたちも光の門をくぐった。
後に残されたのは、朝の日差しと静寂のみである。
岩盤に空いた坑道の入り口に妖魅の眼光が灯ることもなく、世界は静まりかえっている。その黒い深淵も、いまでは岩山が大あくびをしているような風情であった。




