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終わりの魔女と始まりの世界  作者: EDA
第7幕 火の山の魔女

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10 再びの騒乱

2020.10/18 更新分 1/1

 そうして、2日目の夜である。

 その夜は、6名の全員が最初から町に待機していた。


「このたびも、昨夜と同じように守りを第一とする。決着をつけるのは明日、南の魔女めの回復を待ってからじゃ」


 町の中央にある広場において、そのように宣言したのは魔女エマであった。

 すでに全員がそれぞれの手管で素顔を隠しており、魔女エマも大人の姿となっている。薄暮に染まりつつある世界の中で、その金色の瞳は爛々と燃えていた。


『魔女の正餐』を食し、半日ばかりを眠ることによって、誰もが完全に回復している。昼下がりに目覚めた後、守護の術式の修復も済ませていたので、備えは万全であった。


「しかし、今宵の妖魅は昨夜よりもいっそうの魔力を備えておるという可能性もなくはない。決して油断するのではないぞ、愚鈍なる兎よ」


「はいはい、心得ておりますー。でもでも、どうしてわたしだけ名指しなのですかー?」


「魔術の心得を知る者に、わざわざ念を押す必要はないからじゃ。12名にも及ぶ人間の凝縮した精気を捕食すれば、魔力が高まるのも道理じゃからな」


 魔女エマたちは魔術を行使して、犠牲者の数も確認していた。

 なおかつ、その遺骸は町の外に持ち出して、焼いている。そのまま放置しておけば、疫病を招く恐れがあるためである。


 それらの遺骸のそばに、生きた人間の姿はなかった。もしも家族か何かがついていたならば、今度はその者たちが妖魅に噛まれて、呪いを発現させていたはずであるのだ。

 家族に見捨てられてしまったのか。あるいは、家族を先に亡くしてしまったのか。その理由はわからなかったが、何にせよ彼らは誰にも看取られないまま妖魅の餌食となり、同胞ならぬ魔女たちに遺骸を焼かれたわけである。

 町の外で12体の遺骸を焼きながら、魔女エマは「これぞ無念の極致じゃろうな」と誰にともなくつぶやいていた。


「この地には、まだ千名近い人間が生き残っておる。これらのすべてを喰らい尽くしたならば、邪神の眷族めは手のつけられないほどの魔力を手中にしてしまうじゃろう。石の都の住人なんぞを守る筋合いはないが、世界の摂理を守るために、我々は力を尽くさねばならん」


「ふむふむ。ちなみにこの地の人間をすべて喰らい尽くしてしまったら、邪神の眷族とやらはどうなるのでしょう? 満腹になって、再びの眠りにつくのでしょうか?」


「いや。さらなる獲物を求めて、ねぐらを移すことになるじゃろうな。とはいえ、魔力の枯れた地におもむくことはかなわぬため、精霊の息づく地が狙われることとなる。まず真っ先に狙われるのは、精霊王の森じゃろう」


「なんと! 精霊王さんの森が危ういのですか! これはますます闘志がたぎってまいりましたー!」


「おぬしの個人的な思惑など知ったことではないが、あの森の魔力が邪神の眷族なんぞに奪われたら一大事じゃ。世界の摂理は乱れに乱れ、滅びの運命を招くことにもなりかねん。あの邪神の眷族めは、この地で退治せねばならんのじゃ」


 そう言って、魔女エマはその手の杖を振り上げた。


「大仰でなく、世界の命運は我々の双肩にかかっておる。そのように念じて、力を振り絞るがよい。……来るぞ!」


 太陽が西の果てに沈みきった瞬間、石畳の隙間から黒い瘴気がにじんだ。

 魔女エマの生み出した鬼火の下で、黒い瘴気がうねうねと蠢く。それらはやがて、不気味な蜈蚣ムカデのごとき姿を形づくった。


 まずは魔女エマが、炎の魔術でそれを一掃する。

 が、昨晩と同じように、それらは次から次へと湧いて出た。炎の魔術をかいくぐって接近してくるものは、フィリアとジェラとカーラが撃退する。


 しばらくすると、広場を囲む建造物の陰から、巨大な妖魅が姿を現した。

 蟷螂カマキリのごとき姿をした妖魅である。鎌のように折れ曲がった腕を振り上げながら、妖魅は金属的な咆哮をほとばしらせた。


「おまかせください」


 魔女ラクーシャが、外套(マント)の裾をはためかせながら、そちらに駆け寄った。

 妖魅が向きなおるより早く、骨でできた杖を一閃させる。

 次の瞬間、黒い疾風が夜気を引き裂き、そのまま妖魅の足を4本すべて寸断した。


 妖魅は怒りの声をあげ、巨大な羽を闇に広げる。

 妖魅の巨体が、ふわりと浮かびあがった。

 が、魔女ラクーシャが再び杖を振りかざすと、2枚の羽は左右同時に断ち切られて、妖魅の巨体は地に落ちた。


 足も羽も失った妖魅に、魔女ラクーシャは悠然と最後の魔術を行使する。

 今度は炎が生まれいで、妖魅の巨体をすっぽりと包み込んだ。


「さすがですー。風と火の魔術の使い分けが絶妙ですねー」


 手近な妖魅を斬り払いながら、フィリアは感嘆の声をあげた。

 魔女エマは、ちょっと面白くなさそうに「ふん」と鼻を鳴らす。


「あやつはもともと風の魔術を得意にしておるからな。同じ風の属性である妖魅とも相性は悪くないのじゃろ」


「いっぽう火の魔術を得意とするお師匠さんは、この殲滅力ですものねー。決して見劣りはしておりませんので、どうぞ自信をお持ちください!」


「やかましいわい! 逆の側から、またでかぶつが湧いておるぞ!」


「で、では僕が」と、ロムロムがそちらに足を踏み出した。

 さきほどの魔女ラクーシャとは対照的な、いかにも鈍重な足取りである。しかし、ロムロムの力を知る一行は、誰もそれを咎めようとはしなかった。


 ロムロムの接近に気づいた妖魅は、青い鬼火のごとき目でそれをにらみすえた。

 4本の足が石畳を蹴り、尋常でない敏捷さでロムロムに襲いかかる。


 その鎌が、ロムロムの首を亀の頭骨ごと斬り落とした――かに見えた瞬間、ロムロムは本性をあらわにしていた。

 巨大な、竜亀の姿である。

 妖魅の鎌は竜亀の首に叩きつけられていたが、刃物のような鋭さを持つ鱗には傷ひとつついていなかった。


 妖魅は咆哮をあげ、両腕の鎌を狂ったように振り回した。

 それが竜亀の甲羅や首筋にぶつかるたびに、剣戟のごとき音色が響く。が、やはり結果は変わらなかった。


 そんな中、竜亀のロムロムは『はわわ』と頼りなげな声をあげながら、頭を下げた。

 その口から、鈍い銀色に輝く鎚鉾(メイス)が吐き出される。

 妖魅の攻撃を満身にあびながら、ロムロムは地面に落ちた鎚鉾(メイス)をあたふたとくわえこんだ。

 そうしてロムロムが『えい』と念じると、炎の渦が妖魅の足をからめ取る。

 その頃には、広場の反対側にいた魔女ラクーシャがすでに肉迫していた。


 妖魅は身を引こうとしたが、4本の足を炎の渦に焼かれているため、動きが鈍い。

 魔女ラクーシャは風の魔術を行使するまでもなく、炎の魔術で妖魅にとどめを刺した。


「ロムロム、ご苦労でした」


『い、いえいえ、うっかり魔道具を出す前に変化を解いてしまったのです。今後は気をつけるのです』


「問題、ありません。ロムロム、頑丈です」


『えへへ。それだけが取り柄なのです』


 フィリアのかたわらで鎚鉾(メイス)を振るっていたカーラが、「ふん!」と鼻を鳴らした。


「まったく、とぼけた師弟だね! 見てるだけであくびが出ちまうよ!」


「ふむふむ。あの睦まじい姿にいっそうの孤独感をかきたてられてしまったのですね。心中、お察しいたします!」


「やかましいよ! 黙って働きな!」


 カーラがおもいきり鎚鉾(メイス)を振り下ろすと、凄まじい勢いで炎がたちのぼり、無数の妖魅を塵に返した。

 魔女の従者たちは3名とも同じ魔道具を使っているが、カーラの鎚鉾(メイス)だけは威力が飛びぬけている。彼女の主人たる魔女ドルガは魔道具の錬成を得意にしているため、その恩恵もあらたかであったのだった。


「さて、そろそろ邪神の眷族めが姿を現す頃合いじゃの。おぬしら、気を抜くでないぞ?」


「ではでは、また朝まで休みなしの追いかけっこが始まるのですねー。従者さん、お手数ですがよろしくお願いいたしますー」


 すでに狼の本性を現わしていたジェラは、『はい』と身を伏せた。

 フィリアは兎の顔で嬉しそうに微笑みながら、その逞しい背中に飛び乗る。


「段取りは、昨日と変わらずじゃ。我々4名が邪神の眷族めを攪乱して、その隙に東の魔女と従者が守護の術式の補強に取り組む。繰り返すが、邪神の眷族めは昨日よりも大きな魔力を備えておる可能性があるので、注意するのじゃぞ」


「はいはい、了解でーす! あ、お師匠さんの計算通り、邪神の眷族がご登場ですねー!」


 暗い天空を見上げていたフィリアは、そこで「あり?」と小首を傾げた。


「ねえねえ、お師匠さん。邪神の眷族が昨日より小さく見えるのは、わたしの気の迷いなのでしょうか?」


「ふん。そもそも目でしか妖魅を見ることのできぬおぬしに、その魔力の大きさを正しく把握することはできまい」


 そんな風に答えながら、同じ方向に目をやった魔女エマは「うむ?」と眉を寄せた。

 まだ日が没したばかりであるので、天空は群青色をしている。その美しい色彩を背景に、禍々しい妖魅が巨大な羽を羽ばたかせていた。


 蛾のような形状をした、不気味な姿である。

 鉱山から町まではそれなりの距離があるので、その姿はまだ遠い。

 その黒影をにらみつけながら、魔女エマは「どういうことじゃ」と言い捨てた。


「あれは明らかに、昨日より縮んでおるぞ。感知できる魔力も、せいぜい昨日の半分ていどじゃ」


「ふむふむ。ならば、討伐も可能なのでは?」


「我と東の魔女が力を尽くせば、可能じゃろう。しかし、何故に12名もの人間の精気を喰らった邪神の眷族めが、昨日よりも魔力を失っておるのじゃ?」


 すると、人間の姿に戻ったロムロムを引き連れて、魔女ラクーシャが近づいてきた。


「案ずること、ありません。邪神の眷族、魔力、増大させています。それも、想定以上です」


「どこがじゃ。あのていどの魔力であれば、こちらが逃げ回る必要もあるまい」


「いえ。意識、集中、必要です」


 このような会話を繰り広げている間も、一行は地の底から湧いて出る妖魅どもを相手取っている。杖のひとふりで妖魅を焼き滅ぼした魔女エマは、そこでいったんまぶたを閉ざして、意識を集中させた。

 その間に迫り寄ってきた妖魅は、他の者たちが撃退する。

 しばらくして、魔女エマは「なんじゃと……?」と押し殺した声をあげた。


「馬鹿な。たかだか12名ていどの精気を喰らったぐらいで、ここまで魔力を高めることがかなうのか?」


「はい。驚異にして、脅威です。これが、邪神の眷族、力なのでしょう」


 魔女たちの言葉は、フィリアだけではなく従者たちにも理解できていないようだった。

 その中で、カーラが苛立たしげに魔女たちの姿を見比べる。


「さっきから、アンタたちは何を語らってるのさ? アタシらにもわかるように説明しな!」


「もはや説明の必要もあるまい。おぬしらの目でも、あの姿を見て取ることはできよう」


「あっ!」と声をあげたのは、フィリアであった。


「わかりましたー! ほらほら、邪神の眷族は最初っから分裂していたのですよー! 後ろから、おんなじやつが追いかけてきてますー!」


「はん。2体に分かれてたから、魔力も半分ていどだったってことかい。ずいぶんつまらない答えじゃないか」


 そのように言いたてながら頭上を仰いだカーラは、息を呑んだ。

 ジェラとロムロムは、それよりも先に愕然としている。魔女エマの言う通り、すでに天空には答えが示されていたのだ。


 蛾のごとき姿をした邪神の眷族が、ゆっくりとこちらに近づいてきている。

 しかしその数は、2体ではなく3体であった。


「あれは、1体ずつが昨日の半分ていどの魔力を備えておる。つまり、総力は昨日の1・5倍ということじゃな」


「馬鹿な……一昨日から昨日にかけてだって、そこまであいつの魔力は上がっちゃいなかったよ! 一昨日は、昨日よりもたくさんの人間が精気を吸われたはずなのに……!」


「それはつまり、人間の精気を魔力に転化させる力も増大した、ということなのじゃろうな」


 そう言って、魔女エマはふてぶてしく唇を吊り上げた。


「何にせよ、あやつは昨日よりも5割増しで厄介な存在に成り果てたということじゃ。なんとも愉快な真似をしてくれるのう」

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