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終わりの魔女と始まりの世界  作者: EDA
第7幕 火の山の魔女

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9 ひとときの休息

2020.10/17 更新分 1/1

 悪夢のような一夜が明けた。

 東の果てから差した暁光が、世界を清涼なる輝きに染めていく。

 それと同時に、地に満ちていた妖魅どもは跡形もなく消え失せていた。


「ようやく……終わったか」


 さしもの魔女エマも疲弊を隠せない声でつぶやき、石造りの街路にへたり込んだ。

 すると背後から、兎の顔をしたフィリアが「ふぎゅう」ともたれかかってくる。


「やめんか、暑苦しい。おぬしも塵に返りたいのか?」


「申し訳ございましぇん……さすがに精魂尽き果ててしまいましたー」


 それは、他の者たちも同じことであった。

 ジェラは黒い狼の姿で、ロムロムは黄褐色の竜亀の姿で、それぞれぐったりとうずくまっている。

 ただひとりその足で地を踏みしめている魔女ラクーシャも、石造りの家屋の壁にもたれて荒い息をついていた。


 一行は夜が明けるまで、妖魅どもを迎撃していたのである。

 町まで追ってきた邪神の眷族からは逃げまどいつつ、行く先々で小物の妖魅を滅殺し、そして守護の術式を打ち破られた場所に新たな術式をほどこしていくという、それは気の遠くなるような攻防戦であった。


「このひと晩で、いったい何体の妖魅を斬り伏せたのでしょうねー。548体までは数えていたのですけれど、途中でわからなくなっちゃいましたー」


「阿呆か。そのような数を数えてどうしようというのじゃ」


「はいー。無心で剣を振るっていると、頭がどうにかなってしまいそうだったのですよー。なんだか脳が沸騰するような心地でありましたー」


 魔女エマの背中に兎の頬をすりつけつつ、フィリアはそのように答えた。


「その反動か、ただいま猛烈なる睡魔に襲われておりますー。このまま睡魔に身をゆだねてもよろしいでしょうかー?」


「いま、南の従僕めがねぐらの確認におもむいておるところじゃろうが。しばし辛抱せい」


「はいー。ですから、わたしが眠ってしまったらおぶってくださいねーという遠回しの要求であったのですがー」


「どこの世界に、眠りこけた従僕を背負う主人がおるのじゃ!」


 そのとき、家屋の陰からふらりとカーラが現れた。従者の中でカーラだけは、仮面をかぶった人間の姿である。


「ご主人のこしらえた仮宿は、無事だったよ。とっとと立ち上がって、ついてきな」


 魔女エマはうなずき、立ち上がろうとした。

 しかし、その背中にへばりついたフィリアが離れない。


「お師匠さまー、おんぶー」


「どうしても脳天を打ち砕かれたいのか、おぬしは?」


「だって、身体が言うことを聞かないのですよー。一歩として歩けそうにないのですー」


「……ねぐらには、食事の準備もされておるのではなかろうかな」


「行きましょう! すみやかに! ほらほら、みなさん、急ぎますよー!」


 フィリアはぴょこりと立ち上がったが、ふたりの従者はそれぞれ身じろぎしただけで、なかなか立ち上がることができなかった。

 魔女ラクーシャは壁から背を離し、うずくまった竜亀のもとに膝をつく。


「大丈夫ですか、ロムロム? あなた、無理、させてしまいました」


「いえ、とんでもないのです……僕なんて、なんのお役にも立てなかったのです……」


 竜亀はその名の通り、竜の頭をした亀である。その身体は人間よりも大きく、首や四肢には刃物のように鋭い鱗が生えている。

 しかし、緑色の瞳を半分まぶたに閉ざしたその眠たげな眼差しは、まぎれもなくロムロムのものであった。


「あなた、大いに、役立ちました。何体もの妖魅、討ち倒したではないですか」


「でも僕は、ジェラやカーラほど素早く動くこともできないので……もっともっとお役に立ちたかったのです……」


「ですから、大いに、役立ちました。誇り、抱くべきです」


 魔女ラクーシャの黒い指先が、竜亀の厳めしい甲羅を優しく撫でた。

 竜亀の姿が淡い光に包まれて、亀の頭骨をかぶった少女の姿に変じていく。

 それを見届けてから、魔女エマもジェラのもとに歩み寄った。


「おぬしも、自力で人間の姿に変じる力もないようじゃな。まったく、世話の焼けることじゃ」


 魔女エマの杖が狼の黒い毛並みに添えられると、その姿も顔貌以外は人間の姿に変じた。

 ジェラはよろよろと立ち上がり、いまは同じぐらいの背丈である主人に力なく一礼する。


「お手間をかけさせてしまい、申し訳ありません……私こそ、自分の無力さに恥じ入るばかりです……」


「よい。どのみち、おぬしらには荷の重い相手であったのじゃ。魔女たる我々でさえ、この有り様なのじゃからな」


 魔女エマは、杖の先をジェラの頭にこつんと当てた。


「不浄の存在を背に乗せて駆け回るのは、たいそう難儀であったじゃろう。次の夜に備えて、おぬしもしっかり力を蓄えるがよい」


「はい……温かきお言葉、ありがとうございます……」


 そのやりとりをじっと見つめていたフィリアは、退屈そうに立ち尽くしているカーラのもとに歩み寄った。


「あのー、よければわたしを労ってくださいませんか?」


「あん? 何をわけのわかんないことを言ってんだよ、アンタは」


「いえいえ、あちらのおふたりが労われているお姿を拝見していたら、羨ましくなってしまったのです。お手間をかけますが、どうかよろしくお願いいたします」


「……だったらアンタの師匠に言えよ。アタシは関係ないだろ」


 怒る気力もない様子で、カーラはぶっきらぼうに言い捨てた。

 フィリアは「いえいえ」と兎の首を振る。


「ひと晩の間、手を携えて戦った仲ではないですか。わたしたちは同胞であり、同志であるのです。何卒、よろしくお願いいたします。『よくやった』の一言で十分ですので!」


「……だから、アンタの師匠に言えって言ってんだろ」


「だって、お師匠さんと従者さんは数十年来の同胞なのですからねー。いまはお邪魔をしたくないのです!」


「…………」


「あなたもご主人と引き離されて、孤独感や疎外感の虜であるのでしょう? わたしと傷を舐め合うには絶好のお立場かと思われます!」


 カーラは仮面に覆われた額に手をやって、深々と溜め息をついた。


「ああ、渾身の力で殴りてえ……でも、余所の魔女の弟子を傷つけるのは掟破りだよなあ……」


「殴ってもいいですよ! その後でおたがいの孤独感を慰撫し合いましょう!」


「ああもう、黙れよ! アンタたちも、いつまでもぐずぐずしてたら、置いていくからな!」


 カーラは猛然ときびすを返し、家屋と家屋の間に引っ込んだ。

 一行は身を寄せ合いながら、その後についていく。

 建物の背が高いので、そこには夜明けの光も届いていなかった。薄ぼんやりとした暗がりであり、その奥は不自然なまでの濃密な闇に隠されている。


 その闇の中に踏み入る寸前に、カーラは「ほら」とフィリアに手を差しのべた。

 フィリアは兎の瞳で、それをきょとんと見返す。


「アンタはまだ、魔術のまの字も身につけてないんだろ? それじゃあこの結界に踏み入ることもできないんだよ」


「ふむふむ。南の従者さんのお手に触れれば、一緒に入ることができるのですか?」


「だから、こうやって手を出してるんだろ。さっさとしなよ」


「はーい! 承知つかまつりました!」


 フィリアはカーラの右腕をおもいきり抱きすくめた。


「な、なんだよ。指の先に触れるだけで十分なんだよ!」


「でもでも、こうしたほうが心強いのです!」


 フィリアはにぱっと、門歯を剥き出しにした。

 仮面の中でどのような顔をしているのか、カーラは「ちっ」と舌を鳴らす。


「本当に、わけのわからない野郎だね……その腰の不浄をアタシの身に少しでも触れさせたら、ただじゃおかないよ!」


「はいはーい! 了解であります!」


 そうして一行は、闇の中に足を踏み入れた。

 進むうちに、道は下り坂になっていく。その先には、薄ぼんやりとした白い光が待ち受けていた。


「ふむ。おぬしたちは、このような場所で7日間も過ごしておったのか」


 いつの間にか、そこは暗い洞穴の奥深くであった。

 白い光が灯されていたのは、広場のような丸い空間である。壁や天井は黒い岩盤であり、あちこちに掲げられた水晶が白い光を放っている。そして足もとには絨毯が敷かれており、大きな卓や長椅子などが無造作に配置されていた。


「身体を休めるには十分だろ。いま食事の準備をするから、それを食ったら、とっとと寝ちまいな」


 フィリアの腕を振り払い、カーラは広間の奥に消えていく。

 一行は崩れ落ちるようにして、それぞれ長椅子に身を沈めた。


「本当に、しんどい一夜じゃったの。南の魔女めは、7日間もこんな所業を繰り返しておったのか」


 ぼやきながら、魔女エマが杖を振ると、その姿が半日ぶりに小さく縮んだ。

 フィリアとジェラも人間の顔貌を取り戻し、魔女ラクーシャとロムロムも頭骨を外して素顔をさらす。魔女ラクーシャは人形めいた無表情であったが、それ以外の者の顔には疲労の色がべったりとへばりついていた。


「7日目までは、邪神の眷族、現れていなかったので、まだしも、楽であったのでしょう。むろん、ひと晩、妖魅、相手取るだけで、労力、おびただしいですが」


「うむ。それにあやつは妖魅退治を得手にしておるが、守護の術式などは不得手であろうからな。相当に魔力を削られたことじゃろう」


「はい。我々、ふたりがかりでも、負担、大きかったです。……そして、人命、守りきること、かないませんでした」


「うむ。まあ、10名ていどの人間は妖魅どもに精気を吸われてしまったじゃろうな」


 魔女エマは、悔しそうに唇をひん曲げる。


「そして精気を吸った分、あやつらはまた新たな魔力を身につけてしまうわけじゃ。10名ていどの人間の、一生分の寿命となると……決して小さからぬ質量じゃろうな」


「はい。我々、討ち倒した分、相殺される可能性、高いです。この妖魅、きわめて厄介です」


「ふん。さすがは邪神の眷族といったところかの。腹立たしい限りじゃ」


 すると、魔女ラクーシャが静かに銀色の瞳を光らせた。


「我々、やはり、北の魔女、呼ぶべきではないでしょうか?」


「なに? それはならじと論じ合ったじゃろうが?」


「はい。ですが、人間、遠ざければ、問題ないはずです。眠りの術式、ほどこして、別の地、運ぶこと、可能です」


「何を言ってんだい!」と、カーラがわめきながら戻ってきた。


「そんなこと、アタシのご主人が試さなかったとでも思うのかい? 呪いに掛けられた石の都の住人どもは、そんな生半可な術式は弾き返しちまうんだよ!」


「弾き返す?」


「ああ、そうさ!」と、カーラはその手に抱えていた大きな木皿を荒っぽく卓に置いた。


「それで無理に術式をほどこそうとすると、頭の果実が弾けちまうんだよ。そうしたら、罪もない人間を殺めたってことで、こっちが魂を穢すことになっちまう。嘘だと思うなら、好きなだけ試すがいいさ」


「なるほど。そういうことでしたか」


 魔女ラクーシャは無表情のまま、力なく長椅子の背にもたれた。


「その可能性、考えていませんでした。やはり、頭、回っていないようです」


「ふん。いいから、さっさと食って、さっさと寝ちまいなよ。明日にはご主人が戻ってきてくれるんだから、あとひと晩だけ踏ん張りゃいいのさ。今日と同じだけの仕事を果たせるように、力を取り戻しな」


「はい。ですが、邪神の眷族、底知れない力、感じます。次の夜、さらなる力、必要かもしれません」


 ようやく鳥の仮面を外したカーラは、白い顔をとても嫌そうに歪めた。


「そうだとしても、アタシらにやれることに変わりはないだろ。最後にはご主人が決着をつけてくれるから、アンタたちは仕事を全うしな」


「はい。滋養、睡眠、必要です」


 魔女ラクーシャは奇妙な形に指先を組み合わせて一礼してから、木匙を取った。

 他の者たちも、それぞれ木匙をつかみ取る。その中で、フィリアがすがるようにカーラを見つめた。


「あの……これは『魔女の正餐』でありますよね? いちおう確認させていただきたいのですけれど、他の食事というものは……?」


「あん? こんな立て込んでる最中に、肉やら山菜やら準備できるはずがないだろ。コイツを食ってりゃ、他の食事なんて必要ないさ」


「そう……ですよね……はい、そのようなことは予見して然るべきでした……自分の浅慮を口惜しく思います……」


 カーラは、ぎょっとした様子で身を引いた。


「お、おい、西の魔女! コイツはどうして、いきなりポロポロ涙なんて流してやがるんだよ!」


「うむ。こやつは空前絶後の未熟者であるために、俗世の食事に魂を縛られておるのじゃ。これほど疲れ果てておるのに肉や山菜を喰らえぬことに、絶望でもしておるのじゃろ」


「お、落ち着き払ってるんじゃないよ! アンタの弟子だろ、なんとかしな!」


「そやつがいくら絶望したところで、我の胸は痛まんからのう」


 カーラは色とりどりの髪をかき回しながら、「ああもう!」とわめき散らした。


「だったら後で、どこかの家から干し肉か何かをかっぱらってきてやるよ! とにかく、その鬱陶しい泣き顔をひっこめな!」


「でも……そのような罪を働いたら、南の従者さんの魂が穢れてしまうのではないでしょうか……?」


「この町は、もう半分以上が空き家なんだよ! 空き家から何を持ち出したって、罪にはならないだろ!」


 フィリアは敷物に膝をつき、カーラのほっそりとした手を握りしめた。


「ありがとうございます、南の従者さん……このご厚意は、わたしの魂が砕け散るその瞬間まで、決して忘れません……!」


「な、なんなんだよ、こいつは! おい、西の魔女!」


「さてな。それは我にとっても、永遠の謎であるようじゃ」


 魔女エマは、すました顔で『魔女の正餐』をすすった。

 そうして一行は、ようやく最初の1日を乗り越えることがかなったのだった。

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