6 呪いの町
2020.10/14 更新分 1/1
「うわー、立派な町ですねー!」
そのように声をあげたのは、兎の顔をしたフィリアであった。
光の門の向こう側に待ち受けていたのは、石造りの町である。フィリアたちが踏みしめているのは煉瓦造りの街路であり、道の左右には背の高い建物がずらりと並べられていた。
「この町は、ずいぶん前から鉱山で栄えていたらしい。そこで欲を出して穴を掘りまくって、妖魅の巣なんざを掘り当てちまったのが、運の尽きだね」
鳥の仮面をかぶったカーラが、険悪な声で言い捨てた。
大人の姿をした魔女エマ、狼の顔をしたジェラ、山羊と亀の頭骨をかぶった魔女ラクーシャとロムロムは、しんと静まりかえった石造りの町を見回す。
「人間の気配、濃厚です。しかし、姿、見えません」
「ああ。妖魅に怯えて、引きこもってるんだろうさ。夜になるまで妖魅が姿を現すことはないってのに、臆病な連中だよ」
「妖魅、日中、現れないのですね。この地、瘴気、覆ってしまえば、出現、可能であるのに、不思議です」
「そんな真似をしたら、大事な餌が寿命を縮めちまうだろう? くそったれな妖魅どもにとって、この町の人間は大事な餌なんだよ」
そんな風に言い捨ててから、カーラは街路を歩き始めた。
「妖魅の巣に案内する前に、あいつらのやり口を教えておく。こっちについてきな」
カーラを先頭に、一行も足を踏み出した。
どれだけ街路を進もうとも、人間の姿は現れない。宿屋や酒場の看板が掛かった建物でも、ぴたりと固く扉を閉ざしており、訪問者を拒絶している様子であった。
「これじゃあ変化の術を使った甲斐がないですねー。いつだったかの、屍鬼の町と一緒ですー」
フィリアが小声でつぶやくと、カーラが仮面ごしにそちらをねめつけた。
「アタシらは、これから町の人間のもとに向かうんだよ。文句があるなら、アンタだけ本性の間抜け面をさらしやがれ」
「いえいえ、文句ではなく軽口ですので、どうぞお聞き流しくださいませ!」
「やかましいよ! 腹の立つ小娘だね!」
フィリアは小首を傾げつつ、隣を歩く魔女エマの長身を振り仰いだ。
「南の従者さんは、お師匠さんと同じぐらい気が短いようであられますねー。わたしの軽口に対する反応も、お師匠さんにそっくりです」
「それを短気というならば、人類の過半数は短気なのじゃろうな」
「ふむふむ。東の魔女さんや東の従者さんは、短気でない部類に入るわけですね。でもでも、たとえどれだけ短気であられようとも、わたしがお師匠さんを嫌うことなどはありえませんので、どうぞご心配なく!」
「そんな心配は、これっぽっちもしておらんわい」
そうして実のない会話をしている間に、目的の場所に到着した。
ひときわ立派な、石造りの建物である。周囲の建物はぴったりと身を寄せ合うように立ち並んでいたが、この屋敷だけは堅牢なる石塀に囲まれていた。
「ここは、この地の領主の家さ。挨拶がてら、アンタたちに妖魅のやり口を教えてやる」
「挨拶? おぬしたちは、石の都の住人どもと縁を結んでおったのか?」
「うるさいね。妖魅の捕食を食い止めるには、こいつらに自力であらがってもらう必要があったんだよ。そうじゃなきゃ、石の都の住人なんざと口をきくもんか」
そんな風に言い捨ててから、カーラはまたフィリアの姿をねめつけた。
「おい、もしもアンタが掟を破って、石の都の住人なんざと絆を結ぼうとしたら、アタシがただじゃおかないからね」
「ご安心ください! わたしはもう、身も心も魔術の世界に生きる人間であります!」
フィリアは門歯を剥き出しにして微笑んだ。
「それに、ここは南の王国の領地であるのでしょう? わたしは西の王国の出身で、西と南は友好国ですが、こちらに知人はおりませんので、わたしの里心や憎悪の気持ちが喚起されることもないかと思われます」
「……あんたは、石の都を憎悪しているのかい?」
「それはもう! ……あ、でもでも、お師匠さんには憎悪の心を捨てるようにとご指導いただいておりまする」
カーラはフィリアと魔女エマの姿を見比べてから、「ふん」とそっぽを向いた。
「石の都の住人なんざ、憎む価値もないよ。この世界に魔力が蘇る数百年後まで、束の間の栄華をむさぼってりゃいいのさ」
「はい! 憎まれ口をお叩きになりながら、わたしの憎悪を緩和させようとしてくださっているのですね! ありがとうございますー!」
「つ、都合のいい解釈をするんじゃないよ! この兎野郎!」
カーラは石塀に沿って、ずかずかと歩を進めた。
やがて現れたのは、鉄の格子でできた門である。
しかしその門は大きく開かれたままであり、守衛の姿も見当たらなかった。
「この町は、すでに町として機能していないようですね」
門の内へと足を踏み入れつつ、ジェラがカーラに問いかける。
カーラは面白くもなさそうに、華奢な肩をすくめた。
「そりゃそうさ。運よく難を逃れた人間はとっくに町の外だし、そうでない人間は妖魅に怯えながら魂を返す順番を待ってるだけなんだからね。こいつらは、摘み取られた果実も同然の存在なんだよ」
やがて一行の前に、巨大な扉が立ちはだかった。
木造りの、両開きの扉である。カーラがしなやかな足でそれを蹴り飛ばすと、扉はわずかに軋みながら口を開けた。
「領主は……おそらく2階だろうね」
低くつぶやきながら、カーラは恐れげもなく足を踏み入れた。
扉の内は、荒れに荒れ果てている。絨毯は汚い靴で踏みにじられ、ところどころに壺や花瓶の破片が散乱しており、まるで盗賊にでも踏み入られたかのようだった。
「逃げ出すついでに、盗みを働いた人間でもいるんだろうね。石の都の住人なんて、そんなもんさ」
悪態をつきながら、カーラは階段に足をかけた。
その後を追いながら、魔女エマが「ふむ」と眉をひそめる。
「何やら、奇妙な気配がするのう。瘴気とはいささか異なるようじゃが……腐った果実のごとき、不快な気配じゃ」
「ああ。収獲を待つ果実が熟れすぎちまったんだろうね」
2階に上がったカーラは、回廊の突き当たりにある扉の前で、ようやく足を止めた。
今度はきちんと手を使って、その扉を押し開ける。
部屋の中は、薄暗かった。
まだ日没までには数刻の時間が残されているはずであるが、すべての窓を閉めきっているのだろう。その薄暗い部屋の奥には寝台が置かれており、そのかたわらに膝をついている男の姿が見えた。
「邪魔するよ。アンタの娘は、収穫をまぬがれたみたいだね」
カーラが呼びかけると、その男が振り返った。
壮年の、小柄な男である。顔の下半分に豊かな褐色の髭をたくわえた、いかにも厳つい顔立ちをした男であったが、その頬は病人のようにげっそりとこけていた。
「ふん……あの役立たずの魔女の使いか。いまさら何をしに、のこのこと姿を現したのだ?」
「言葉に気をつけなよ、クソジジイ。アタシのご主人に無礼な口をきくつもりなら、妖魅より先にアタシが始末をつけてやるからね」
「好きにするがいい……俺はもう、この世に生き永らえる意味もない」
男は、死にかけた獣のごとき目つきになっていた。
緑色をした目の下には、黒い隈が浮かんでいる。
「娘はこの夜にでも、魂を返すことになるだろう……そうしたら、俺の家はもう終わりだ……いや、俺の家ばかりでなく、この領地そのものが妖魅どもに滅ぼされてしまうのだ……」
「アタシはアンタの泣き言を聞くために来たんじゃないんだよ。あのくそったれな妖魅どもを滅ぼすために、援軍を連れてきたのさ」
仮面の下でせせら笑いながら、カーラは部屋の中に足を踏み入れた。
そうしてフィリアらもそれに続くと、男はひきつったような笑みを浮かべる。
「なるほど、またぞろ役立たずの魔女なんぞを引き連れてきたわけか。俺はもう、貴様たちの妄言なんぞには誑かれんぞ」
「うるさいね。アンタの泣き言に用事はないって言ってるのが聞こえないのかい?」
カーラは男の胸ぐらをひっつかむと、無理やり立ち上がらせた。
南の民は総じて小柄であるが、さすがにこの男もカーラよりはわずかに背が高い。しかし、カーラがぐいっと腕を突き上げると、男はつま先立ちになることになった。
「アタシのご主人は力を蓄えてる最中だし、後ろの連中はまあそれなりの腕を持つ魔女たちだ。アンタの家や領地なんざ知ったことじゃないけど、妖魅を滅ぼしてほしかったら邪魔をするんじゃないよ」
「何を……いったい何をするつもりなのだ……?」
「何もしやしないよ。ただ、あの妖魅どもがどうやって人間の精気を吸い取るか、そいつを後ろの連中に説明したいだけさ」
苦しげな顔でカーラの腕をつかんでいた男の目が、くわっと見開かれた。
「よせ……俺の娘を、さらしものにするつもりか? 貴様たちのような忌まわしい魔女どもに、俺の娘の恥をさらすわけには――」
カーラはそのまま前進し、男を壁際まで追い詰めた。
そして、背後の一行を振り返る。
「毛布の下に、こいつの娘が眠ってる。アンタたちなら、その姿を見るだけで理解できるだろうさ」
魔女エマに視線でうながされたジェラが、ためらいもなく寝台の毛布を剥ぎ取った。
ジェラとロムロムとフィリアは、同時に息を呑む。魔女エマと魔女ラクーシャは、薄暗がりの中でそれぞれ瞳を光らせた。
確かにそこには、娘らしき存在が寝かされていた。
しかし、その正体は判然としない。ただ、背格好や服装から、妙齢の娘であるらしいと見て取れるばかりである。
「何じゃ、これは……妖魅の呪いか?」
「ああ。人間から効率よく精気を吸い取れるように、妖魅が呪いを施したってわけさ」
その娘は、首から上が異形に変じてしまっていた。
額から右頬にかけてが赤い果実のように膨れあがり、つやつやと照り輝いていたのである。
その不気味な膨張に圧迫されて、無事な半面には老人のごとき皺が寄ってしまっている。鼻もひしゃげてしまっているために呼吸が苦しいのか、唇の左半分だけが開いて、ぜいぜいと荒い息をついていた。
それによく見ると、首から下も老人のように痩せ細っていた。
首や腕には筋が走り、肌は干からびて枯れ枝のごとき色合いになっている。頭の周囲には、抜け落ちた髪が虫の屍骸のように散らばっていた。
「なるほど。生命力、頭部の瘤、集中しているのですね」
魔女ラクーシャが感情の欠落した声でつぶやくと、カーラは「ああ」と低く応じた。
「夜になると、妖魅どもがその瘤に群がって、精気をちゅうちゅうと吸い上げるんだよ。そうしたら、もうおしまいさ。どんなに若くて元気な人間でも、老人みたいに干からびて死んじまう。きっとあいつらは人間の寿命そのものを喰らってるんだろうって、アタシの偉大なご主人はそう仰ってたよ」
カーラが手を離すと、男は床にくずおれた。
そのまま自分の頭を抱え込み、獣のような声で慟哭をほとばしらせる。
「ちなみにそいつは、寝てるわけじゃない。痛みのあまりに、気を失ってるんだよ。それで余所の場所に運ぼうとすると、狂ったみたいに暴れ出すのさ」
「ふむ。じゃから、この地から逃げ出すこともかなわんということか。この町には、あとどれぐらいの人間が居残っておるのかの」
「昨日の時点でも、千人は切ってなかったはずさ。そのうちの8割は呪いに犯されてて、残りの2割はこいつみたいに泣きわめいてるんだろうね」
「家族を持たぬ人間、あるいは家族を見捨てた人間だけが、余所の地に逃げのびたわけじゃな。この地を守る兵士どもはどうなったのじゃ? これだけ大きな町であれば、相応の軍勢を抱えていたはずであろう?」
「最初の3日ぐらいは、健気に剣を振るってたよ。だけどその後は、他の連中と一緒さ。呪いが発現してぶっ倒れるか、仲間を見捨てて逃げるかの二択だね」
そう言って、カーラは突っ伏した男の背中を見下ろした。
「そういった連中が南の王に話を通して、新たな軍勢でも差し向けてくるんじゃないかって期待してたんだけどね。どうやらこいつらの王は、仲間を見殺しにするつもりらしい」
「いえいえ、それはどうでしょう。南の王国も広いのでしょうから、まだ王の耳には入っていないという可能性もあると思いますよー」
そんな風に言いたててから、フィリアはにっと門歯を剥き出しにした。
「まあ、知った上で見殺しにする可能性も、同じぐらいあるでしょうけれどね。西の王なら、間違いなくそうするでしょうし」
「ふん。石の都の住人ってのは、これだから――」
そのとき、男がカーラの足もとにつかみかかった。
涙に濡れたその顔は、憎悪の形相に歪んでいる。
「全部、貴様たちのせいだ! 貴様たちが、おぞましい妖魅を俺たちのもとに招き寄せたのだ! 貴様たちさえいなければ、俺たちは――」
「うるさいね。見当違いの難癖をつけるんじゃないよ」
カーラが無造作に足を振り払うと、吹き飛ばされた男は背中から壁に叩きつけられることになった。
「妖魅の眠りをさまたげたのは、アンタたちだろ。こんな厄介な連中を始末する羽目になって、アタシたちのほうこそ大迷惑さ」
「うるさい! 黙れ! 汚らわしい魔女どもめ! 呪われし前時代の遺物め! 貴様たちは、そのおぞましい力で世界を滅ぼそうとしているのだ!」
「魔女が、汚らわしいだって? ……だったらアンタも、アタシのご主人と同じ苦しみを味わってみるかい?」
仮面の奥で、カーラの双眸が黄色く燃えあがった。
その腕を横からつかんだのは、ロムロムである。
「駄目なのです、カー……あ、いやいや、南の従者さん! 罪なき人間を殺めてしまったら、あなたの魂が穢れてしまうのです」
「罪なき人間? 自分の馬鹿さ加減から目をそらして、偉大なる魔女を侮辱する痴れ者に、なんの罪もないってのかい!?」
「そ、それは確かに大きな罪ですが……でも、罰を与えるのは僕たちの役割ではないのです」
「そうですね」と、魔女ラクーシャが進み出た。
「私たち、自らの仕事、果たすだけです。……しかし、あなた、恥、知るべきでしょう」
魔女ラクーシャの銀色の瞳は、壁際にうずくまった男を見据えていた。
男は「恥だと……?」と、魔女ラクーシャをにらみ返す。
「この地、あちこち、守護の術式、張られています。南の魔女、施したものでしょう。その術式、なかったら、倍する勢いで、領民、魂、失っていた、思われます」
「馬鹿を抜かすな! この7日間で、何人の人間が魂を返したと思っているのだ!?」
「だから、本来、その倍の人数、犠牲になっていた、言っています。南の魔女、力を尽くし、この地、守っていたのです」
魔女ラクーシャは、決して感情を表そうとしない。
しかしその静かな声音には、逆上した男を黙らせるだけの重々しさが込められていた。
そして、寝台の上を見下ろしていた魔女エマも、「そうじゃな」と低く声をあげる。
「とりわけこの不格好な家の周囲には、念入りな術式が張られておる。これがなければ、おぬしの娘もとっくに生命を収穫されておったことじゃろう」
「あ……あの魔女が、俺たちを守っていたと抜かすつもりか……?」
「当たり前じゃろ。この地の人間を取りまとめるには、その長たるおぬしの力が必要であったのじゃ。我が同じ立場でも、そうしておったわい」
すると、魔女ラクーシャが「そうです」と言葉をかぶせた。
「むろん、あなたがた、感謝する、必要ありません。南の魔女、大地、守っただけです。あなたがた、ついでに守られただけです。我々、相容れない存在なので、感謝、不要です。……しかし、真実、知っておくべきです」
「そーですよ! 右目と右耳と右腕と右足を失ってまでこの土地を守ろうとした南の魔女さんを逆恨みするなんて、言語道断です!」
フィリアも一緒になって声をあげると、魔女ラクーシャはちらりとそちらを見た。
「あり? もしかしたら東の魔女さん、お骨の下でにっこり笑いました?」
「いえ、笑いません。……彼女、言う通りです。あなた、醜き所業、言語道断です」
魔女ラクーシャは、一歩だけ男に近づいた。
男は壁にべったりと背中をつけて、その小さな姿を力なく見つめ返す。
「南の魔女、この土地、守ろうとしました。妖魅、招き寄せた、あなたがたです。鉱山、穴を掘り、妖魅、目覚めさせてしまったのです。あなた、領主であるならば、責任、あなたにあります」
「だ、だけど俺は……」
「あなたの罪、我々、問う立場、ありません。しかし、あなたの罪、贖うために、南の魔女、深い手傷、負ったのです。同胞、誹謗すること、我々、許しません」
銀色の瞳を静かに燃やしながら、魔女ラクーシャはそのように言葉を重ねた。
「我々、妖魅、退治します。あなた、自分の罪、噛みしめるべきでしょう。あなたの娘、あなたの欲得ゆえに、苦しんでいるのです」
男は再び突っ伏して、弱々しく啜り泣き始めた。
その背中をしばし見やってから、魔女ラクーシャはきびすを返す。
「行きましょう。夜までに、準備、必要です。守護の術式、補強しましょう」
「ふん! アンタが取り仕切るんじゃないよ、東の魔女!」
カーラは肩を怒らせながら、部屋を出ていった。
その後を追おうとした魔女ラクーシャは、自分の従者をふっと振り返る。
ロムロムはひとつうなずいて、呪いをかけられた娘の上にそっと毛布をかけなおした。




