5 出陣の前に
2020.10/13 更新分 1/1
「……さきほどの話、どう思いますか?」
そのように問うたのは、東の魔女ラクーシャであった。
南の魔女ドルガの住処の、広間である。主人の寝室から追い出された5名の客人は、そこで顔を突き合わせていた。
「どうもこうも、額面通りに受け取る他ないのじゃろうな。あやつが冗談を言うために、右目と右耳と右腕と右足を捨てるわけがあるまい」
「はい。ですが、邪神の眷族、出現する、驚きです。この大地、もはや、それだけの魔力、残されていない、言われていました」
「驚いたのなら、少しはそれらしい顔をしたらどうかの」
「東の一族、表情、動かす、恥とされています。あなた、ご存知、なかったですか?」
「皮肉じゃよ皮肉。まったく、冗談のわからぬやつじゃ」
すると、ずっと静かにしていたフィリアが「えー!」と声をあげた。
「ラクーシャさんが無表情なのって、やっぱりそういう習わしのせいだったのですね! でもでも、それって東の王国の習わしなのではないですかー? 魔女さんは、王国の習わしに従う必要もないのでしょう?」
「いえ。順番、逆です。この習わし、魔術の時代から、受け継がれています。同じ習わし、持つ一族、魔術を捨てて、東の王国、築いたのです」
「あー、なるほど! そういうわけだったのですかー!」
木造りの椅子に座った魔女エマは、腕をのばしてフィリアの頭を引っぱたいた。
「いらぬ話で場を乱すな。我々は、目の前の厄介ごとをなんとかせねばならぬのじゃ」
「はいはい、失礼いたしましたー。でもでも、妖魅が出現したのなら、それは退治するしかないのではないですか?」
「じゃから、その退治について論じ合わなければならぬのじゃ。……南の魔女めの言い分を、そのまま受け止めるべきなのかのう?」
魔女エマの問いかけに、魔女ラクーシャは「どうでしょう?」と首を傾げた。
「南の魔女、2日で回復する、難しい、思います」
「うむ。あやつであれば、何かロクでもない方法で、これまで以上の力を身につけることもできるのやもしれぬが……それでも力及ばなかった場合、我々が全滅の憂き目にあう恐れもあろう」
「はい。我々、後継者、育てていません。魔術師、3名、全滅する、許されません」
「うむ。後に残されるのが北の魔女のみとあっては、なおさらにな」
「では、やはり、北の魔女、呼ぶべきでしょうか」
魔女エマは、椅子の肘掛けにぐにゃりともたれかかった。
「それはそれで、大いに気が進まんのう。ほれ、石の都の住人への影響も考えねばならぬところじゃし……」
「はい。石の都の住人、殺戮する、許されません。それもまた、禁忌です」
「うむ! 北の魔女めが石の都の住人どもを殺戮する事態に至ったら、その魂が闇に堕ちてしまう恐れもあるしな! 北の魔女の行く末のためにも、そのような危険を犯すわけにはいくまい!」
「声、大きいです。……北の魔女、それほど恐ろしいのですか?」
「おおお恐ろしくなんかないわい!」
幼子のようにわめいてから、魔女エマは寒そうに自分の身体を抱きすくめた。
くすくすと笑いながら、フィリアは魔女ラクーシャに向きなおる。
「お師匠さんは、本当に北の魔女さんが苦手なのですねー。ラクーシャさんは、ちっとも苦手にしていないのですか?」
「はい。彼女こそ、偉大なる魔術師です。私、心より、敬愛しています」
そのように答えてから、魔女ラクーシャは銀色の目を伏せた。
「ですが、彼女、石の都、憎悪しています。その憎悪、あふれれば、魂、穢れてしまいます。その一点、心配です」
「なるほどなるほどー。まあ、北の魔女さんは100年前の魔術の時代からご存命というお話でしたものねー。そういう御方にとっては、石の都の住人なんて憎たらしくてたまらないのが当然ということですかー」
そうしてフィリアは、無言でたたずむ従者たちの姿を見回した。
「ところで、従者さんとロムロムさんは、ずーっと静かにしておられますね。そろそろおふたりの声が懐かしゅうございます」
「はい。我々が口をはさむような話ではありませんので。……我々は、主人の決定に従うばかりです」
と、ジェラはその主人に向きなおった。
「ただ、ひとつだけ発言させていただくなら……南の魔女は、敵の力を見誤っているのではないでしょうか? エマ様とラクーシャ様のおふたりが太刀打ちできぬ妖魅など、私には想像もつきません」
「しかし、現にあやつはあのような姿をさらしておるからな。あやつは4人の魔女の中で1番の新参じゃが、こと妖魅退治に関しては我々にも劣らぬ力を持っておる。何にせよ、生半可な相手ではないのじゃろうよ」
そのとき、ギイッと扉の軋む音がした。
魔女ドルガの従者であるカーラが、寝所から姿を現したのだ。
とぼとぼと肩を落として歩いてきた彼女は、エマたちの居座った場所に到着するなり、平たい胸をぐっとそらした。
「ドルガ様のご命令で、アタシがくそったれな妖魅の巣まで案内することになったよ! アンタたち、準備はいいだろうね?」
「ふむ。おぬしは主人のもとに留まりたいと願ったが、それはあえなく却下されたということじゃな」
「う、うるさい! アンタたちには関係ないだろ!」
「あは」と笑ったのはロムロムであった。
カーラは黄色い目に怒りの炎を燃やしながら、そちらを振り返る。
「このドン亀野郎! いったい何がおかしいってのさ!」
「はわわ。ご、ごめんなさいなのです。でも、心中お察しするのです」
「心中だって? アンタなんかに、何がわかるってのさ!」
「そ、それは嫌でもわかるのです。大事なご主人があんなひどい目にあってしまったら……僕などは、きっと涙が止まらないと思うのです」
そう言って、ロムロムは丸っこい顔に弱々しい微笑をたたえた。
「気丈に振る舞っているカーラはすごいのです。あなたの強さは見習いたく思うのです」
「う、うるさいうるさい! わかったような口を叩くんじゃないよ! このドン亀! 短足! 大飯喰らい!」
「あはは。どれも反論できないのです」
いつも半分だけまぶたの下がっているロムロムの眠たげな目には、とてもやわらかい光が灯されていた。
カーラは唇を噛みながら、ぷいっとそっぽを向いてしまう。
「それじゃあ、出発するよ! アタシが入り口を開くから――」
「あー、ちょっとお待ちを! その前に、確かめさせていただきたい儀がござりまする!」
フィリアが大きな声をあげると、足を踏み出しかけていたカーラは苛立たしげにそちらを振り返った。
「なんだよ、いまさら泣き言を吐いたって、アンタを帰らせるわけにはいかないんだからね!」
「わたしも帰る気は毛頭ありません! ただ、呼び方について確認させていただきたいのです!」
「呼び方?」
「はい。これから行く先には、石の都の住人がわんさかおられるので、おたがいの名前を呼ぶこともつつしまなくてはならないのでしょう? わたしはみなさんを、なんとお呼びすればよろしいのでしょうか?」
「なるほど」と納得したのは、ジェラであった。
「言われてみれば、他の方々とともに妖魅の討伐に向かうのは初めてのことです。魔女の方々をお呼びするのに不自由はありませんが、従者同士はいささか厄介かもしれませんね」
「はい! そして、弟子たるわたしも仲間外れにしないでいただけるとありがたく思います!」
「仲間外れにしたわけではありませんよ。……ここはやはり、それぞれの主人の方角を冠するのが適当ではないでしょうか?」
「ふむふむ。では、ロムロムさんは東の従者さん、カーラさんは南の従者さん、といった感じでしょうか。……わたしは、西のお弟子さん?」
「ふん。アンタなんか、くそったれで十分だよ!」
「でもでも、南の従者さんは妖魅や石の都の住人のことも、くそったれさんとお呼びなようなので、いささか混同の恐れがあるのではないでしょうか?」
すると、カーラが何かわめくより早く、魔女エマの杖がフィリアの側頭部を殴打した。
「いたーい! どうしていきなり殴るのですかーと思ったら変化の術だー、わーい!」
「やかましいのう。おぬしなんぞは、兎で十分じゃ」
「あはは。それじゃあ僕は、兎さんとお呼びするのです」
「だったらアタシは、兎野郎だな。へん、間抜けな面しやがって」
そんな風に言い捨ててから、カーラは懐から取り出した鎚鉾を一閃させた。
次の瞬間には、その白い面が奇怪な仮面に隠される。鳥の顔を象った仮面で、額から口の上までが覆われており、鼻の部分には巨大なくちばしがのびていた。複雑な形に結いあげられた色とりどりの髪は、剥き出しのままである。
「アンタたちも、とっとと面を隠しな。そうしたら、出発だ」
魔女エマは大人の姿に、ジェラは顔だけ狼に変化した。
いっぽう魔女ラクーシャは山羊の頭骨をかぶり、ロムロムは亀の頭骨である。変化の術を施しているとはいえ、素顔をさらしているのは魔女エマのみであった。
「ふん。アンタは姿を隠すていどのことで、わざわざ変化の術式なんざを使っているのかい。魔力の無駄づかいも甚だしいね」
「これしきの術式には、小指の爪ほどの魔力もつかわんわい。虚空から仮面を取り出すのと大差はなかろうな」
そのように答えてから、魔女エマは金色の目でカーラの持つ鎚鉾をねめつけた。
「それよりも、おぬしのその魔道具……ずいぶんと便利な代物であるようじゃな。あの使い魔めも、その魔道具の力で使役しておったのか」
「ふん! ドルガ様の手にかかれば、こんな魔道具なんざ箒より簡単に作れるんだよ!」
「うむ。魔道具の錬成に関しては、あやつの右に出るものはなかろうな。……なるほど、あやつがわずか2日でどのように力を取り戻すつもりか、ようやく見えてきたわい」
そのように語る魔女エマは、いくぶん憂いげな眼差しになっていた。
「あやつの短慮さや暴虐さは、他者ばかりでなく自分にまで向けられるということじゃな。まったくおぬしも、難儀な主人を持ったものじゃのう」
「なんだい! ドルガ様を馬鹿にしたら、ただじゃおかないよ!」
「馬鹿にはしておらん。尊敬しつつ、呆れておるのじゃ」
そうして魔女エマは、何かを吹っ切るように表情を改めた。
「では、妖魅の待ち受ける地に案内せい。おぬしの主人がなるべく身を削らずに済むように、我々が露払いしてくれよう」
仮面に表情を隠したカーラは無言のまま、鎚鉾を振りかざした。
魔術の世界に生きる6名の前に、大きな脅威の待ち受ける光の門が出現した。




