第十一話「封鬼神帳発動」
四十メートル近い崇徳院に対して平清盛は十八メートルしかなかった。大魔王と呼ばれる清盛もこれでは赤子同然であった。しかし爛々とした眼差しで崇徳院を睨み、闘志十分だった。
崇徳院は全身から熱光線を清盛に向けて発射する。これを清盛はバク転しながら華麗に避ける。飛んで、跳ねて、というのは天狗らしい身のこなしだった。決して鈍重ではない。
しかし崇徳院も凄まじい瘴気を放ちながら熱光線を矢継早に繰り出し、清盛を決して近づけさせようとしない。
そこで清盛は距離が離れた上で掌底打ちのようなことをした。すると彼の掌から空気の塊のようなものが飛び出して、崇徳院の肩に当たるとよろめかせた。これは魔力を込めたエネルギーを送り込む術だった。天狗帳に頼らぬ術使いは鞍馬山僧正坊や飯綱三郎といった八大天狗に数えられる魔王格に限られていた。
崇徳院が体勢を崩した隙に清盛は一気に距離を詰めた。そして怨と同等のエネルギーを凝縮したオーラを手に纏い、掴めぬはずの大怨霊の足を掴んだ。そして振り回す。二倍以上の体格差があるにもかかわらず、崇徳院を中央区の方へ投げ飛ばした。
「すげぇ、流石清盛様だ」
平家配下の天狗悪七兵衛はこれに見とれた。しかしこの程度で倒れる崇徳院ではなかった。すぐに起き上がり、熱光線を清盛に浴びせようとする。清盛は横跳びして夜空を裂く光の束を逃れた。
針の糸を通すかのごとく、清盛は避けながら駆ける。崇徳院は熱光線では当たらないと考えたか、背中から十本の触手を生やしてこれで清盛を捕まえようとしならせた。蛇のように清盛に襲い掛かり、内二本が彼の身体を貫通した。
「ぬぅ!」
清盛は痛みに耐えながら逆に触手を手で掴み、崇徳院に接近する。体当たりし、崇徳院の巨体をフクハラ中央区の壁に打ち付けた。城壁は崩れ、崇徳院は中に押し込まれる。
「宗盛、知盛、重衡、早々にフクハラから撤収せよ!」
この時清盛はフクハラ中に響き渡る大声で号令した。
「父上!?」
「親父殿は封鬼神帳を使うおつもりだ……」
知盛は清盛の意図を汲み、配下の天狗達にフクハラの外へ出るよう命じた。怨と戦っていた教経や悪七兵衛らもこれに従い、退出を始める。重衡は地上に残っていた宗盛の下へ瞬間移動し、兄の腕を掴んだ。
「待て重衡、住民の避難が完了していない。なのに私がここから離れるわけにはいけない……」
しかし問答無用で重衡は宗盛を抱えて連れ去った。
一方清盛は崇徳院を抑え込んだはいいが、残り八本の触手全てに貫かれることになった。手足は千切れ飛びそうで、血塗れになり、息切れも起こす。だが清盛は崇徳院を掴んで離さなかった。
「封鬼神帳、発動せよ」
清盛が口にすれば、瞬く間に辺りに赤い光の粒子が浮き上がった。それはフクハラの中心から外周まで一気に広がりを見せる。上空から見ればフクハラには魔法陣のような文様が光で描かれていた。
そして何倍もの重力がフクハラに掛かった。街を跋扈する怨が地上に引きずり込まれる。それはまるで蟻地獄であった。脱出が間に合わなかった平家の天狗も何人か墜落した。
中心部に行けば行くほど重力は凄まじかった。崇徳院は膝をつき、清盛に覆いかぶさる。その憎しみに染まった大怨霊の顔を清盛は見つめた。
「この清盛が恨めしいか。お主のことをかわいそうだとは思うが謝る気はない……だが今一度冥府に堕ちようというならば、共に逝こうではないか……それが因縁というものであろう」
とうとう地盤沈下が起こった。フクハラの街は中央から波が広がるようにして地面に潜り込んだ。地面そのものが沈んでいく。港から海水が押し寄せ、海岸沿いから順に水没していく。
これこそが究極の天狗帳、封鬼神帳の力であった。深く、深く、城塞都市の内部は海に沈んでいく。巨大な崇徳院と清盛もまた。
崇徳院は空に向かって吠えた。天に放たれる熱光線。しかしその光条もやがては消え去り、後に何も残さない。崇徳院の恨みに満ち満ちた顔も地上から見えなくなった。
「フクハラが……」
「沈んだ……」
誰かが言った。避難民も平家の天狗も義仲達も呆然と見ていた。栄華を誇った新都の末路を。だがこの街こそ清盛の用意した対怨決戦都市だったのだ。フクハラは本懐を遂げたとも言えるだろう。
遥か遠くに離れた鞍馬山でも西の夜空を埋め尽くす赤い光を観測していた。魔王殿の鞍馬山僧正坊は苦々しく言った。
「あれは封鬼神帳の光……清盛め、ぬるいことをする」
「ぬるいこと、と言いますと」
側近が訊いたのでこの鞍馬の大天狗は語る。
「あれは我々が西国全体を封じるために使うべきものだったのだ。それをフクハラだけに使うなど、清盛は所詮甘い人の子よ。九郎め、しくじりおって……」
鞍馬山僧正坊の目的は全ての怨を葬り去ることだった。そのためには西日本を犠牲にしても厭わぬという本心を聞き、側近はただ恐れた。
そして彼から天狗帳回収を命じられていた九郎は、海上に揺蕩うイツクシマの甲板にて放心していた。
「おい、嘘だろ、冗談じゃねぇ……」
彼は拳を握りしめ、寄り添うお静からも離れて、甲板の上を駆け出す。
「清盛、死んだのかよてめぇ、そんなの許さねぇ、許さねぇよ……俺を置いていくんじゃねぇ!」
九郎はあらん限り叫ぶ。彼の存在意義は清盛を倒すことであった。それが今、永久に失われた。
「あんのクソ親父!」
九郎の目から涙が溢れ出てくる。九郎は泣いた。子供のように。
そんな彼の頭上に黒い影が落ちた。
「見て、九郎……大変よ」
お静は直上を指差す。九郎も顔を上げて見た。イツクシマの上を怨の大群が通り過ぎていくのを。
「なんだよ……まだいんのかよ……」
九郎は空を睨む。黒い集団は月を覆い隠し、北東へと向かっていく。その中心で指揮するは大怨霊早良親王であった。
「向かえ、京へ向かえ。恨みを晴らせ。崇徳院が晴らせなかった恨みも晴らせ。我が恨みも、桓武の血族への恨みも、ああ恨めしい」
恨み言を口にしながら去っていく。その後を追うようにイツクシマ艦橋にいた安徳帝が飛び出してきて、九郎達の目の前に降りた。
「大変だよ九郎、お静。怨の行く先を計算して割り出したんだけど、このままだと平安京に行ってしまう!」
「何だとお安、本当かよ」
「イツクシマは動けない。レーダーによれば同型艦のヤシマがフクハラを逃れたみたいなんだ。朕はそれを足にして怨を追いかける」
「そうかい」
話を聞くなり九郎は飛び上がった。清盛という目標を失って彼は何かすることがないと気が済まなかった。先走って飛んでいく。
「九郎の馬鹿、その船がどこにいるかアンタ知らないでしょ!」
「追いかけよう。お静も来る?」
「ええ。ここまで来たら地獄の底まで」
「げっ、お前は四郎じゃないか!」
九郎とお静、安徳帝はイツクシマ級空中戦艦ヤシマに着艦すると、甲板で四郎に出迎えられた。
「お前がいるってことはつまり、義仲の野郎が乗っ取ったんじゃないだろうな?」
九郎の勘は鋭く、全く当たっていた。四郎は頷く。どういうことか、と安徳帝は疑問を口にする。
「帝がいなければ、貴様など燃やしていたところだ」
「ああん?」
四郎が倶利伽羅剣を向けたので九郎も短刀を抜こうとする、が生憎持ち合わせていなかった。これを見たお静は止めに入る。
「まぁまぁ、今は争ってる場合じゃないでしょ九郎」
「しかし平家と違ってこいつらは言うことを聞かんぜ」
「九郎殿!」
その時頭上から声がして、二人の修験者のような天狗が甲板に降りてきた。佐藤兄弟だ。そして弟の忠信の方は武蔵坊を背負っていた。
「お前ら継信、忠信。無事だったのか。それに武蔵坊! って動かないのかそいつは」
「ああ、我々で修理に出そうとしたんだがフクハラがああなってしまったもので」
「叩けば直るだろこんなもん、オラ!」
武蔵坊の金剛の体を九郎は思いっきり蹴る。すると妙な音がして、武蔵坊の目に光が戻った。
「ガガガ、天狗、天狗殺スベシ」
「まずっ、武蔵坊、今はいいのよ」
「了解我ガ主」
お静が慌てて命令を下すと武蔵坊はその場に立ち止まった。
「それよか四郎、お安……帝を艦橋に案内しろ」
「……わかった」
四郎はそっけなく言った。九郎の命令など聞く筋合いはないが帝の言葉だと思えば、後の判断は義仲に任せることにした。
一行がヤシマの艦橋に辿り着くと、義仲は艦長席から立ち上がって振り返った。
「ようこそ義仲号へ」
「なーにが義仲号だよ。やっぱりお前らしかいねぇじゃねぇか」
「また会ったな。二度あることは三度あるっけ?」
義仲はとぼけた風に言う。それに対し安徳帝は真剣な顔つきで彼に話しかけた。
「進路を北東、平安京へ向けてほしい」
「いいだろう。俺達に平安京をくれるなら」
「ああ? 何言ってんだよてめぇ。こんな時に」
「こんな時だからこそだ。武士っていうのは恩賞がなけりゃ戦えない生き物だろ。なぁ帝様」
「よかろう」
「おい!」
九郎は咎めるが安徳帝はあっさり義仲の交渉条件を飲んだ。すると義仲は上機嫌になって艦長席に座る。
「おい次郎、今すぐ発進だ。巴、対怨戦闘用意もしとけ」
「オッケー」
「はいはい。じゃあ、義仲号、全速前進!」
次郎は舵を取る。ヤシマこと義仲号は帝らを乗せ、決戦の地平安京へ向かった。




