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第十話「大怨霊崇徳院襲来」

 日が地平線の向こうに沈む。空中戦艦イツクシマはイチノタニを発進しフクハラ付近の海上を飛んでいた。

 安徳帝はお静と共にイツクシマ内医務室に九郎を運んだ。九郎は備え付けの洋式ベッドに寝かせられる。


「クソ、なんで俺がよりによって平家の船に」

「九郎は怪我をしているじゃないか。朕は九郎を休ませたくて」

「わーかってるよお安」

「ホント、コイツおや……帝様には素直なんだから」


 お静は少しばかり嫉妬を含ませた。


「今まで通りお安でよいよ、お静。かしこまられるのは苦手じゃ」


 安徳帝ことお安ははにかんだ。彼の笑顔を見るとお静は穏やかな気持ちになる。

 ふと丸い窓の外が気になってお静は覗き込んだ。すると城塞都市フクハラの天気の荒れ模様が見えた。

 風は吹きすさび、海が荒れ狂う。高い津波がフクハラの城壁に押し寄せていた。普通の街ならばひとたまりもなかっただろう。

 それに加え、海上は黒い瘴気(しょうき)が渦巻いていた。怨の群れである。その中心に四十メートル近い巨大な人影をお静は見、驚愕する。


「何、アレ……」

「どうしたんだよお静、何か見ちゃいけないものでも見たかよ」

「……崇徳院」


 安徳帝はお静の疑問に答えた。


「ああ?」

「父さんから聞いたことがある……確か私が生まれる前の帝で、朝廷を巻き込んだ大きな戦があって、それでええと」


 世間知らずの九郎は勿論、お静の知識もやや断片的であった。

 崇徳院。かつて保元の乱と呼ばれる貴族の内紛で当時の帝後白河天皇と争い、敗北し流刑となった不遇の人。そして世を怨み死後大怨霊となって日ノ本を脅かすに至る。

 保元の乱で平清盛は後白河天皇側に付いて勝利の一因となり、この功績を認められて平家繁栄の道を開いた。そういうわけで清盛の血族が崇徳院に怨まれているのは当然であり、今フクハラに襲い掛かるは必定であった。

 それを安徳帝から聞いた九郎は自業自得だと切り捨てた。


「清盛が怨まれてるなら野郎がくたばれば済む話じゃねぇか」

「怨は人そのものを怨んで人を襲う……犠牲になるのはフクハラの民。朕達で何とかしないと……」

「俺の知ったことじゃないな」

「九郎、ちょっと!」

「どの道九郎は休まないといけない。朕は艦橋に行ってくる。お静、九郎を頼んだよ」


 安徳帝は深刻な顔つきで部屋を出た。国という、幼い彼が背負うには重すぎるものを背負っているのがよく表れていた。お静は九郎に(なだ)めるように言う。


「お安が戦ってくれって言ったら戦いなさいよ、九郎」

「そんなことあいつが言えるかよ」


 九郎は寝転がったままそっぽ向いた。




忠度(ただのり)艦長!」

「おお帝様、ご機嫌麗しゅう」

「挨拶はよい。状況を教えてくれ……いや、わかった」


 艦橋に上がった安徳帝は超巨大崇徳院の姿を見た。今空中戦艦イツクシマはフクハラと接近する怨の大行列との間に滑り込んでいた。


「対怨成仏弾頭、撃てぇ!」


 清盛の弟でイツクシマ艦長平忠度が号を発すると、イツクシマの甲板(かんぱん)に二十あるミサイルハッチが全て開いた。そして対怨成仏弾頭が一斉に放たれた。

 怨の群れに着弾し、いくつかを消し飛ばす。と言っても普通の人間サイズの怨にのみ有効で大怨霊崇徳院の侵攻は止まらない。フクハラとの距離、千メートルを切る。しかも巨体ながら鈍重ではなく、フクハラ上陸は間もなかった。


「主砲用意」


 イツクシマの四十五口径四十六センチ三連装砲が崇徳院に照準合わせる。そして忠度の撃てという合図で主砲を崇徳院の頭部に叩きこんだ。

 ところがビクともしない。

 乱れ髪で怒りの形相(ぎょうそう)の崇徳院は口を開く。何か喋ったのではない。口の中がチカチカとした光に満ちる。

 崇徳院は強力な熱光線を口から発射した。大気を揺るがす。


「回避ー!」

「駄目です間に合いません!」


 船員の絶望的な声が響くと同時にイツクシマ内は大きく揺れた。


左舷(さげん)損傷! 左エンジンやられました」

「急速離脱!」


 高速でイツクシマは飛び崇徳院の熱光線をかわそうとする。この恐るべき熱光線はイツクシマの背後にあったフクハラの城壁を貫通した。崇徳院が顔を上に向けると雲を裂く。

 崇徳院は口を閉じ、依然フクハラに向かう。左舷を大きく損傷したイツクシマはふらふらと滑空する。


「クソ、滅茶苦茶揺れやがる!」

「キャア!」

「おい大丈夫かよお静」


 九郎はベッドの上にいられなくて飛び出し、バランスを失って倒れそうなお静の体をしっかりと掴んだ。

 艦橋でも揺れて安徳帝は手すりにつかまって耐えた。忠度は思わず声を荒げる。


「前よりも強くなっている!」

「忠度」


 艦橋のモニターに清盛の巨大な顔が浮かび上がる。


「崇徳院の背後に回り首筋を集中砲火せよ」

「了解」


 清盛の指示する通り忠度はイツクシマを回頭させ、崇徳院の背中側に進ませる。背後は無防備か、イツクシマは獲物を捉える。


「砲撃開始!」

「熱源来ます!」

「何だと!」


 崇徳院は背中からも無数の熱光線を発射した。そのうちの一つがイツクシマ右翼を破壊する。


「駄目です、高度維持できません!」


 船員の悲痛な声が艦橋に木霊(こだま)した。イツクシマは墜落し、海に不時着する。その間に崇徳院はフクハラの港の前まで来ていた。

 崇徳院は城壁の上部を掴むと、これを裂いた。崩れ落ちるフクハラの壁。そうしてできた隙間から小型の怨が大量にフクハラへと侵入した。崇徳院自身も壁を突き抜け、上陸を図る。


「駄目か!」


 忠度は椅子の手もたれに腕を打ち付けた。


「清盛様、出ます」

「後は兄上に任せるしかない……」


 イツクシマの側部のハッチから十八メートルの巨人が発進した。清盛は海上に飛び上がる。


「清盛!」


 この時お静を連れて甲板に出た九郎が呼びかけた。


「相手はてめぇよりデカいぞ、どうしやがる」

「封鬼神帳を使わざるを得ない、か……」


 清盛は九郎を横目に見て呟き、崇徳院の後を追って飛んだ。九郎も後を追おうとするが痛みに呻く。


「クソ、全身が悲鳴を上げやがる……」

「九郎、アンタいっつも無茶して」


 お静に体を支えられ、九郎はこれに甘えてもたれかかった。




 難攻不落と思われた城壁が破られ、フクハラの港では大混乱に陥っていた。それに乗じて四人の火事場泥棒は船のドックにて建造中のイツクシマ級二番艦、ヤシマに乗り込んでいた。

 義仲一味である。彼らはいかなる時も何かを奪って生きている。


「どうだ次郎、動かせそうか」

「動くには動くはずです。まぁやってみますよ」

「次郎兄はこーゆーの得意だもんね」

「おっ行けそうだ」


 操舵手の席に座った次郎は口笛を吹いた。ヤシマ艦橋内の計器が一斉に動く。動力機関が音を立て始める。バーニアには火が付いた。


「で、名前どうします?」


 次郎が主君に訊いた。義仲は得意げに答える。


「義仲号だ」

「じゃ、義仲号、発進」


 ヤシマこと義仲号が浮上する。その時怨の大群が船体の直上をよぎった。


「四郎、頼む」

「義仲様の仰せのままに」


 用心棒として甲板に座り込んでいた四郎が立ち上がる。そして天狗帳を巻きつけた大剣、倶利伽羅剣を空に向かって振り上げた。すれば(ほとばし)る、炎。それは怨さえも焼き尽くす。

 代わりに四郎はじわじわと身を焦がし火傷を負う。けれど人使いが荒いなどと義仲を責めることは一切しなかった。彼ほどの忠義者は世にそういない。


「義仲様、あのでっかいのはどーする?」


 巴は崇徳院を指差した。艦長の席に座る義仲は腕を組む。


「平家のお手並み拝見といこう」


 義仲号はフクハラ港から離脱し北へと進路を取った。




 夜のフクハラに警報が鳴る。平家主導の元、住民は避難を開始していた。フクハラの門は全て開き、輸送車が通っていく。

 その指揮を執っていたのは宗盛だった。一方知盛と重衡は教経ら少数の天狗を連れて怨の迎撃にあたった。

 今、教経が引き絞る弓矢は、矢じりが霊的金属折波瑠金(おりはるこん)で出来ていた。対怨用の装備である。射られると怨はスッと消えた。これに悪七兵衛ら他の平家の天狗も続く。

 知盛は天狗帳碇大物浦で大量の怨を鎖の網に掛けると、重衡がこれを次々と折波瑠金の太刀で斬っていった。天狗帳跳躍門で瞬間移動しながら。

 しかし多勢に無勢であった。折波瑠金の矢にも限りがある。あくまで避難の時間を稼ぐのが目的で、倒しきることは考えられなかった。

 それに問題は崇徳院である。あの四十メートルの大怨霊には折波瑠金の矢もまるで効果がなかった。一方で崇徳院は全身から熱光線を放ち、瞬く間にフクハラを火の海へと変えた。

 夜でも明るい街は怨を遠ざける効果を期待して作られたのだが、実際には意味がなく、ただ大怨霊の前に崩れゆくのみである。


「あれはもう、どうしようもない……人知を超えている……」


 重衡でさえ、諦めの言葉を口にする。


「――オオオオオオオ!!」


 崇徳院が鳴いた。この世全てを怨みきった者の叫びだ。それだけで近くのビルの窓ガラスが割れる。大地が震えるほどの咆哮(ほうこう)だ。

 それから天に向かって熱光線を吐く。月さえも撃ち落としそうな勢いで。避難中の人々は空を見上げ、この世の終わりの光を見た。

 だがこれに挑む者がいた。空を颯爽(さっそう)と飛び、着地して勢いのままに滑っていく。十八メートルの大魔王天狗。

 今、平清盛は崇徳院と対峙した。

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