08.冒険者
夕方、町の中央にある大きな教会から鐘の音が、赤く染まった空に響き渡る。町を歩いていた人たちは、もうこんな時間かと、帰路に発つ者もいれば、酒場へ飲みに出かける者、店じまいする者、あるいは開店する者などなど、一斉に行動し始めた。
大和も町中に響く鐘の音に目を覚ます。この身体になってから、感覚が鋭利になり、どんなに熟睡していても、ちょっとしたことですぐ覚醒してしまうようになったのだ。
「……クサッ」
大和はまだ疲れが残る精神を奮い立たせ、起き上がる。臭いの原因が己の身体だとわかった瞬間、大和は瞬時に自分の現状を思い出し始めた。
「……現実には戻らず、か」
大和は商隊と行動を共にする最初の方では、ちゃんと眠ることができていた。そして、その後起きるたびにこのような確認をしていたものだった。最近は眠ることもできなかったため、数日開いた確認ではあったが、今回も彼の望む“これまでのことは夢の話で、目が覚めたら現実の自分の部屋のベットの中”と云う展開ではなかった。本当は彼もだいたい気づいている。これはそんなものではなく、現実、どれだけ否定しても覆らない現実であるのだと。ただ、それを認めることができないだけ。
「キャラクターの身体なのに腹はしっかり減るもんなんだよな……」
眠ることができるのだから当り前であるが、彼の身体はしっかり生理現象を引き起こしている。それがまた、彼が認めたくない現状を更に否定し難いものに変えている。
「……さすがにこのままつーわけにはいかんな」
大和は半袖と下着のまま部屋の床に座り込むと、アイテムボックスの中に入っているアイテムを頭の中で確認した。これも商隊にいるときに試してみたことがあり、現在アイテムボックスに入っているアイテムの絵つきの一覧表が脳裏に展開される。そして、幾つかのアイテムを取り出した。
【妖精の水遊場】と【セイレーンの薄布】二枚、そして【グレートソード】。【妖精の水遊場】はゲームの夏のイベント時に手に入れたアイテムで、石で出来た小さなプールのようなものである。【セイレーンの薄布】は文字通り、ゲームの中で登場するセイレーンと云うモンスターが纏っていた薄布である。決して剥いだわけではなく、セイレーンを倒すと自動的に戦利品アイテムとしてアイテムボックスの中に入ってくるのであり、これはアイテムボックスの中に破棄し忘れたものだ。
大和は【グレートソード】に《武器属性添加・炎》で高熱を纏わせると、【妖精の水遊場】に溜まっている水に浸す。水は高熱を受けて、ジューッという音を立てながら刀身から蒸気を上げている。やがて、程よい湯加減になったところでスキルを解除し、大和は纏っていた僅かな衣服の脱ぎ、湯に浸かった。そう、彼がしたかったのは風呂である。
彼はこの世界に風呂があるかどうか知らなかったし、少なくともこの宿にはあるようには思えなかった。そこで汚くなった自分の身体を洗うためにこのような手間をかけることにしたのだ。【妖精の水遊場】の本来の用途はビニールプールそのもので、若干深さが足りないが、別に浴槽としても使えないことはない。彼は【セイレーンの薄布】の一枚を湯で濡らして己の身体を擦る。うすい青色の布は瞬く間に垢で黒くなり、【妖精の水遊場】に張っている湯も黒く汚れていく。そうして、許せる程度に綺麗になったところで、残ったもう一枚の【セイレーンの薄布】で身体に残る水気を拭き取った。
すっかり黒く汚れた【セイレーンの薄布】と【妖精の水遊場】をアイテムボックスにしまうと、次は大和がいつも着ていた甲冑を装備しないようにアイテムボックスから取り出して、内側を拭いた。内側にこびり付いた垢を粗方拭き終えたが、若干臭いは残っている。が、外側には臭いが漏れないのでひとまず良しとした。
「おおーい、夕食だ! 食いたい奴だけ今すぐ降りて来い!」
一階から男性の大声が三階まで響き渡る。大和は拭き終えた甲冑を見て、逡巡し、装備し始めた。もう町の中でいるのでそこまで警戒する必要はなく、アイテムボックスから適当な服を取り出して着ようかとも思ったが、ゲーム内とこの世界を通して一番着なれているのがこの甲冑であり、食事にも支障がないため、この甲冑で行くことにした。
大和が一階のフロアに出ると、まだ夕方であると云うのに酒樽や木のジョッキを片手に騒ぐ酔っ払いどもで占領されていた。宿の主人の方へ目を向けると彼は忙しそうに酒の肴を調理していた。
「ん、お前……。飯食う時くらいは鎧を脱げ。それともそれ以外に着るもんがねーのか? そんなんじゃまともに飯が食えないだろう」
宿に訪れた時と同じ姿の大和を見て、さすがに男性は呆れた。他の客も大和の姿をジロジロと見てきて、大和は普通の服を着てくれば良かったと後悔した。
「問題ない。それより、食事を取りに来たんだが……」
「ああ、そこに置いてある。見ての通り下は一杯なんでな。自分の部屋で食ってくれないか?」
そう男性がカウンター台を指差した。そこには水の入ったコップ、いくつかのパン、薄そうな豆のスープ、サラダとハム2切れが盛られた皿がトレイに乗せられていた。大和が了承して、トレイを持っていこうとする直前に、大和を呼び止める声が酒場を横断した。
「おい、アンちゃん! こっちだ、こっち! いいから来なって」
そう周りの喧騒にも負けない大声で大和に呼び掛けるのは、案の定アンナであった。彼女は丸テーブルの一つに座り、大和を呼び込む。大和は宿の主人の方をチラリと見るが、男性は我関せずと酒の肴を作り続けている。大和は彼の助けは期待できないと諦め、トレイを持ってアンナの元へ歩いて行く。
「まったく、早く来なよ。飯が冷めちまうだろ?」
「……」
丸テーブルに座っていたのはアンナだけでなく、黒いローブを着た小柄な人間も同席していた。フードで顔は隠れているが、体格とフードから零れる薄緑の長髪からして女性だろう。
「にしても、あんた。甲冑で飯食うのかい? 食い難くねーか?」
「慣れている」
「あっそ。ま、約束通りアンちゃんの歓迎を兼ねて一緒に食おうってこった。ここの名物も奢ってやるよ。おやっさ~ん! アグラク蛇の蒲焼3人前! あと酒!」
「あいよ!」
大和が開いてる椅子に座ると、アンナは大声で注文を取った。元が小食で別段腹が減っているわけでもない大和からすればいい迷惑なのだが、休みを取ることができた大和は空気を呼んで口を挟まない余裕を見せた。これが寝る前であったなら、何かしら愚痴を漏らしていただろう。
「じゃ、改めて自己紹介だ。あたしはアンナ。主にフィーリスランド王国内で活動してる冒険者だ。で、こっちがあたしんとこのパーティの賢者、ルルミナだ」
「ルルミナ・セルジュードと言います」
ルルミナはフードを被ったまま丁寧に大和へ頭を下げる。アンナとは大違いの清楚さを思わせる声と口調である。
「アツマ・シキだ。刃匠……、まあ、剣士だ」
大和は自分の職名を答えるが、どうせ通じないだろうと思い、訂正を加えた。
「本当はもう3人くるはずだったんだけど、あいつら遊びに行っちゃっててさー」
「アンナさんが突発的過ぎるのです。急に酒場に集まれだなんて。もっと事前に言って置いて下さい」
二人の会話からは二人の親密さがわかる気安さが窺えた。大和は特にその会話に口を挟むでもなく、顎の鎧を外し、トレイに乗った夕食を食べ始めた。商隊で食べた飯よりも食材が新鮮であるためか旨く感じられた。そもそもイスとテーブルで食べること自体が久しぶりだった。
「だってほら、思い立ったが吉日って言うじゃん? 冒険者たるもの即決実行でなくちゃね。ほら、アンちゃんも何かいいなよ…って何先に食べちゃってんの!? まずは乾杯からでしょ!? なってないなぁ~」
「アンナさん、騒ぐのが好きなのはわかりましたから。少し大人しくしてましょうね」
「あー、ルルミナだけでもって思って連れてきたのは失敗だったかな。この微妙な温度差が……」
まー、なんですかそれはとプンプン怒るルルミナを見て大和は小柄さも相まって小動物のような印象を受けた。大人びた丁寧な口調も子供が背伸びしているようなほのぼのさを感じる。
「アンちゃんが勘違いしないように言っておくけどルルミナはあたしよりもずっと年上だよ? 今100歳くらいだっけ?」
「エルフですから。ヒューマンよりもずっと長生きなので成長も遅いんです。あ、精神年齢は年相応ですよ」
どの口が言うんだか、とアンナは呆れる。大和は別段驚くわけでもなく、ふーんエルフなんだへー、と言った感じである。ゲームの中では顔や体格のカスタマイズだけでなく人種そのものさえも変えることができるのでエルフなんて珍しくもなかった。中にはゴブリンかオーガか見間違うようなキャラクターのプレイヤーさえ居たものだ。
「……アツマさんは驚かれないのですね」
「何がだ?」
「エルフがヒューマンの町にいるのは珍しいですから。まあ、この町の場合はまだマシですが」
貿易都市であるゲザイヤはヒューマンと獣人やエルフなどの亜人種が入り交じる町である。が、それでもエルフはまだまだ珍しい部類である。多くのエルフは深い森の中か、洞窟に住んでいるもので、滅多に人前に出てこないものなのだ。
「敵意もなければ悪意もない。故に警戒するに値しない。故に注目する必要がない」
大和はさすがに見慣れているからと言うのは誤解を招くと思い、別の言葉で言い訳しようとするが、変に堅い口調になってしまった。
「……そうですか。何と言いますか、良い人なんですね。アツマさんは」
「……」
何やら別の誤解が生まれたような気がする大和だが、無視して夕食を腹に納めていく。こう言うときは流れるに身を任せるのが無難だと日和見主義な大和は信じた。
「話が弾んでいるようで何より」
「あ、おやっさん」
「ほれ、注文の品だ。ゆっくり味わって食うんだぞ」
宿の主人が置いていったのは、ジョッキに入った酒と、開きにされて焦げ目が付くまで焼かれ、タレがかけられた蛇の蒲焼きであった。見た目は鰻の蒲焼きに似ている。
「旨いんだぜ~。おやっさんの蒲焼きは。一度食べたらヤミツキ間違いないしだね。精もつくし」
「誉めてもまけてはやらんぞ」
「もう少しサービス精神があれば完璧なんだけどなあ」
そう愚痴りつつも、アンナは皿に添えてある串で蒲焼きを刺してかじり付く、ルルミナも迷うことなく頬張る。大和も蛇の蒲焼きは食べたことはないが、鰻のそれなら食べたことがある。見た目も似ているし、大丈夫かなと串を手にする。そもそも奢ってくれたものを残すなんて失礼な真似を犯す度胸は大和にはない。幸い都会っ子の大和には生きた蛇を見た経験がなく、写真や映像で見た程度の産物である。生の蛇を見たことがないからこそ、大和は大した嫌悪感を抱くことなくそれを口にすることができた。
「なるほど、旨いな」
「だろう?」
大和が初めて口にした蛇の蒲焼きは鰻のそれよりも若干生臭いが、味に関してはそっくりなものだった。アンナやルルミナはジョッキを飲みながらそれらを単体で食べているが、大和からしてみれば米が心底欲しいと思わせた。
「で、やっぱアンちゃんも暗黒月前の塞国祭に参加するために来たのかい?」
アンナの口から出来てきたのは再び大和の知らない単語だった。"暗黒月”は今までも何度か聞いたことはあるが、結局後回しにしていた単語だ。それに加えて新たな単語"塞国祭”なるものまで出現した。
「いや、適当な商隊について行き、時には雇われて、流れるままにいたらここに着いた」
「はあ? なんだいそれ。アンちゃん、もうちょい計画性ってもんを持った方がいいぞ?」
「アンナさんが言うと説得力がありますね」
大和はここは“それって何?詳しく教えて”と直接的に聞くのは止めて、会話の中からそれらの単語の意味を知ることにした。長年オンラインゲームをプレイしてきた大和にはそんなクレクレ(ものや情報をタダで強請る行為)のようなことをするのは、プライドが許さなかったためである。
「うっせ。あー、じゃあアンちゃんは偶然この時期にゲザイヤに寄ったってこと?」
「そもそも、そんな行事があることも知らなかったからな」
「あ、そうなのか。たいてい何処の町もやってると思うんだけどなあ……。そういえばアンちゃんは遠くから来たみたいだし、ギルドも利用してないそうだし、アンちゃんの故郷の方でやっていないんだったら知らないのも無理ないか。一年に一度しかないしな」
「え、そうなんですか?」
ギルドを使ったことがないと云うのは驚くべきことなのか、ルルミナも大和の方を見てそう確認する。
「ああ、今までは商隊などに直接売り込んで遣り繰りしていた」
大和は微妙に嘘は言わないように返答する。商隊に自身を売り込んだのは一度しかないが、そもそもこの世界の旅の経験があれしかないのだから嘘ではない。
「うっわ、面倒臭そうだな。ギルドからの依頼でもごたつくことがあるってのに」
「それはアンナさんが依頼内容をよく確認してないからですよ。魔物の素材採取依頼なのに対象を倒したら素材を取らずに帰ったりするんだから……」
さすがに大和もそれは不味いだろうと思う。迂闊にもほどがある。
「大雑把そうではあると思ったが、そこまでとは……」
「あー!もうっ! いいじゃねーかあたしの話はようっ! 今はアンちゃんの方!」
アンナは顔を真っ赤にして話題を逸らそうとする。ビキニのような装備している割には羞恥心はあるようである。
「そうですね。ギルドについてですが、明日にでも案内いたしましょうか? いつまでもそのようなことでは安定しませんよ。まあ、ギルドから仕事を貰うのは世間一般で言えば安定しているとは言い難いですが」
「そうそう、それに楽だし、依頼のない魔物の素材なんかも買い取ってくれる」
「伝手もできますしね」
大和は二人の話を聞き逃さないように聞き入っていた。少しでも情報を集めるためだ。しかも、ギルドの案内までしてくれると云うのは大和にとって非常にありがたいことだった。
「そうだな。では頼むとしよう」
「いいぜぇ、そのくらい。まあ、代わりと言っちゃあなんだけどさ。暗黒月明けの塞国祭のときに、あたしらのパーティに入ってくれないか?」
アンナから飛び出してきた新たな申し出に大和は閉口せざるを得なかった。そもそも“暗黒月”と“塞国祭”が何なのかすら判らないのだ。そう簡単に了承することはできない。
「アンナさん、あなたそれが目的で私とアツマさんを合わせたのですか?」
「ああ、さすがにメンバーの誰にも教えず勝手に臨時メンバーを決めるわけにはいかんだろ?」
「珍しいアンナさんのお気遣いにルルミナお姉さんは感激したい思いなのですが、あまりにもお粗末過ぎます。まず第一に、そのような大切な決めごとをするならキチンと場と時を設けること。メンバー全員に相談した上で、全員が揃った場所で決めるべきです。第二に、アツマさんへの説明が大雑把かつ短絡的で混乱を招きます」
「ううう、メンバーとの顔合わせはまた後日でってことで、詳しい説明はこれからするさ。それでいいだろう? このままじゃ、あたしら優勝できねえよ」
「まあ、アンナさんのお気持ちもわからないではないですが……」
アンナとルルミナはお互いにしばし顔を合わせ、片方はやれやれと、片方は苦笑して、頷き合った。
「待たせたなアンちゃん。じゃあ、これから詳しい話をするから耳掻っ穿じって良く聞けよ。
今から10日後の暗黒月が明けた後に塞国祭が開催される。塞国祭ってのは暗黒月の影響で出て来た魔物の残党狩りって言えばわかんな」
大和はここでやっと知りたい単語の意味を知ることができた。暗黒月と言うのは何かの期間か何かだと予想していたが、それは魔物がよく出るようになる期間のことだったらしい。そして塞国祭はその残党を狩る討伐大会的なものなのだろう。
「ふむ、ではその塞国祭と言うのは討伐した魔物の数で優劣を決めるのか?」
「おしい。正確には魔物の種別に応じてポイントがあって、最終的な最多ポイントを稼いだチームが勝ちだ。雑魚ばっか狩って優勝じゃあ締まらないからな」
確かに、と大和は考える。ただ単純な狩り大会ってわけではなさそうだ。これでは更に細かなルールが決められているかもしれないと大和は思った。
「なるほど、思ったよりも緻密なルールがあるようだ。他には細かなルールはあるのか?」
「あー、後は一つのチームは5人までってのと、他チームの妨害等は制限がないこととかな。当り前だけど、倒した証拠に魔物の特定部位を取ってくること。それと目的は町周辺の魔物を退治することだから遠くまで行く必要はないこと。そもそも期間が一日だから遠くまで行けないんだけどな。後、これが一番重要何だが、賞品がちょっと特殊だな」
「特殊?」
ああ、とアンナは大和の問いに頷いて少しばかり真剣な顔つきになる。
「この塞国祭は参加するのに参加料を払う必要がある。そして優勝チームにはその参加料が賞金として与えられる。まあ、主催者のギルドがマージンを差し引いた分だけどな」
「つまり、参加人数が多いほど優勝するのは難しくなるが、優勝すれば見返りが大きいってことか」
「その通り、アンちゃんは察しがいいね。ちなみに去年の参加人数は300人、今年も同じかそれ以上だろうな」
ゲームの中において個人戦ではあるが、数万人規模のトーナメントに何回も出場したことのある大和からすれば、それほど驚くような数ではないが、ゲザイヤのような大都市であってもこれほどの冒険者が集結するのは珍しいことであった。
「一人参加料が銀貨10枚だから……えっと……」
「参加者300人で銀貨3000枚、金貨にすると30枚分ですね。ギルドのマージンが2割なので、金貨24枚が賞金になることになります。これだけあれば、3年は働かなくても生活ができます」
ルルミナが途中でアンナの言葉に割り込んで話し始めた。ちなみにこの世界の貨幣システムは銅貨1000枚で銀貨一枚、銀貨100枚で金貨一枚と言うシステムになっている。さらに物価を日本に当てはめると、銅貨一枚が3円に相当し、銀貨一枚が3000円、金貨一枚で30万円となる。つまり、賞金は720万円と言うことになる。
現在大和が所持している金銭は金貨3枚と銀貨20枚、銅貨が数百枚と宝石少々と言った換算である。そう思えば、ウゴラスが支払った報酬が如何に多額であったかがよくわかる。
確かにそれほどの賞金が手に入るのは大和としても銀貨10枚支払って参加するのは吝かではない。塞国祭が開催するのは10日後の暗黒月をさらに明けた後だ。その頃には疲れも十分に癒えているだろうし、町の近くで戦うことになるだろうから消耗も少ないだろう。そのくらいであれば問題ないのだが。
「優勝者になることの魅力はだいたい分かった。そう言うことなら俺も参加してみたいと思う。しかし、気になるところがある。そちらは先ほどあと“3人”と言っていた。なら、わざわざ部外者である俺を誘う必要はないだろう?」
大和の疑念はそこにあった。確かに多い人数で当たった方が効率がいいし、より多くの魔物を狩ることができるだろう。しかし、一つのパーティ制限人数は5人であり、彼女たちは5人揃っている。例え、一人が戦闘要員でなくても、魔物の素材を運ぶ荷物持ちの役くらいはできるだろう。わざわざ余所者である大和を誘った理由がわからない。
「あー、うーん、その……な?」
アンナは言い難そうに言葉を濁すが、ルルミナに肘を突かれ、話す決意ができたのか話し出す。
「……今あたしらのパーティの一人が大きな怪我をしていて塞国祭に出られないんだ。アンちゃんにはあいつ……ヤンの代わりに出て欲しいんだ」
「ヤン・ユクルスは盾士でパーティ前衛の要だったのですが、ここゲザイヤに着く前にボーンボアの突進をまともに受けてしまって……。命には別状ありませんし、後遺症もなく完治できるそうなのですが、塞国祭には間に合いそうにないんです」
「それで、代打になりそうな人を探しに行ってたらアンちゃんが目に付いたってわけだ。この時期の冒険者なんてほぼ全員が出場者だから、フリーの奴なんて見つけられるとは思わなかったけど」
奇しくも大和も戦ったことのあるボーンボアにやられてしまったヤンの代わりを頼まれた大和はまだ残る疑念を解消するために、再びアンナへ問いかける。
「事情はわかった。これは余計な御世話なのかも知れないが言わせてもらう。辞退はさすがにないとしても、4人で出ようとは思わなかったのか? 何故5人に拘る?」
出場するだけならば4人でも可能である。厳しいだろうが、もしかしたら4人でも優勝できるかもしれない。一時的にとは言え、まったく見知らぬ人間をパーティに入れる行為の危さが大和によくわかる。
同士討ち抑止システムのない青空戦記では即席のパーティでは必ずと言ってもいいほど同士撃ちが発生する。それはお互いの戦術やリーチが不明瞭で、味方の動きの予測ができない、連携が取れないことが原因である。更に言えば、相手の善意に付け込み、パーティに入れてもらったことを良いことに後ろからいきなりPKをしてきたり、経験値やドロップアイテムを横取りしてドロンと言うこともさほど珍しいことではなかった。よって、青空戦記ではよっぽどのことがない限り、見知った相手としかパーティを組まない。
同士討ちはゲームの中では謝る程度で済むが、現実においてはたいへん危険だ。彼女たちが何故そこまでして5人に拘るのがわからない。確かに優勝賞金は魅力的だが、そんなリスクを冒すほどのものだろうか? もしかしたら、大和が賞金を独り占めしようとするかもしれないのに。
「あんたらは、どうしても優勝しなければならないような理由でもあるのか?」
「……あるさ」
大和の問いにアンナは一切の表情を消し、静かに、呟くように返事をした。
「あたしはアイツからアレを取り戻さなければならない。絶対だッ」
「アンナちゃん……」
「いや、気にしないでよ、ルルミナ。これはあたしが説明する」
アンナはテーブルに目落しながら話し始めた。
「……去年の塞国祭のときにあるパーティと賭けをしたんだ。より多く魔物を倒した方が一つだけ相手の所持品を何でも貰うってな。……まあ、察しがついてると思うがあたしらは負けて、あるものを奪われちまった」
アンナの顔には苦渋の色がある。よほど大切なものを奪われたのだろうかと大和が心配するほどに、顔が歪んでいる。怒り、悔しさ、後悔が入り混じった表情だ。
「それはあたしにとって掛け替えのないものでな。何度も他のものにしてくれと頼んだんだが、聞き入れてくれなかった。そして最後にアイツらはこう言っていたんだ。“次の塞国祭でまた賭けをしよう。そのときに君らが勝てばこれは返そう”ってな」
テーブルを仇を見るような眼で睨みつけ、拳を握った手は僅かに震えている。
大和は彼女の気持ちには同情するが、賭けをした責任は彼女にある。ならば彼女の力で取り返すべきではないのかと思った。冷徹と言っていいかもしれないが、ゲームの中でもそう言う話はよく聞いた話であり、その類の話の決着は結局自己責任で完結する。大和も客観的に見て、彼女の責任であると見たのだ。
「アツマさん、誤解のないように言っておきますが、私たちは決して彼らに劣っていたわけではありませんでした。事実、討伐数も途中までは彼らよりも多かったのです。ですが、私たちは負けた。いや、負けさせられた」
大和は怪訝そうな顔でアンナとルルミナの顔を見る。大和の表情は見えないが、彼の挙動からそれを察したアンナが更に話し始める。
「嵌められたのさ。あいつら予め他のパーティを買収して、あたしらの方には魔物が寄って来ないようにしやがったんだ」
アンナは吐き捨てるように言い捨てる。寄って来ないようにする? アンナ達のパーティを囲って防衛線でも引いたとでも言うのだろうか。
「【魔除けの鈴】と云う魔法具で、魔物を遠ざける音波魔法を放って、私たちの周辺から魔物を追っ払ったんです。しかもご丁寧に隠密のスキルが使える盗賊を使って」
大和は怪しいと思った。たかだか冒険者が持つアイテムを奪うためにそんな準備をするのかと。大和はよく知らないが、【魔除けの鈴】と云うアイテムを用意するのも、それを使う人員を用意するのも大変な手間であることはわかる。そこまでして手に入れるものとは一体何なのか。むしろ、彼女たちがそんなものを持っている可能性よりも、彼女たちが嘘をついている可能性の方が高いように大和は感じた。
「しかも、あたしらがそれに気づくとみるや、こっちに攻撃までして来やがった。あのときはさすがにダメかと思った」
彼女らの表情に嘘偽りの色はない。少なくとも彼女たちはそれが真実であると信じている。感覚と同時に直感も鋭利になった今の大和はそう見た。
「それは……、ルール的にはどうなんだ? さすがにやり過ぎだろう?」
「もちろん、主催者のギルドには事情を話しては見たさ。いくら妨害無制限とは言っても限度があるしな。だが、結果はお咎めなしだ」
「彼らが冒険者であったのなら、ギルド側も厳重注意なり、警告程度はできたでしょうし、場合によっては賭けものの仲裁もしてくれたかもしれません。ですが」
「冒険者ではない?」
「言い忘れていましたが、塞国祭の参加条件は銀貨10枚支払うことだけで、別に冒険者だけしか参加できないわけではありません。現に傭兵なども参加することがあります」
随分と厄介そうだと大和は思う。今更ながら、次から次へと自分の身に舞い込むトラブルの多さに、こんな目に遭うような行いをしてきただろうかと己の人生を振り返りたい思いが募る。
「しかも、冒険者ではない部外者の中でも特に面倒なことに、彼らは騎士だったのです」
「周辺警護の平民騎士でも従騎士でもない。都市警護の貴族騎士だ。ギルドもさすがに貴族が絡む問題に首を突っ込みたくないんだろうな」
貴族、大和には縁のない人種で、現代日本においては見たことすらない存在だ。だが、歴史書や物語の中で伝えられている彼らの性質がこの世界でも通用するのであれば、確かに面倒なことである。
「……貴族が一冒険者にそこまでして手に入れたものとはなんなんだ?」
「……」
「……」
大和の当然の疑問にアンナとルルミナは俯いて黙り込む。大和がさらに言い募ろうとする前にルルミナが大和へ返答した。
「アツマさん、怪しいと思うのは当然だと思います。しかし、今はそれについての質問は控えてくれませんか? このような場所でお話しする訳にはいかないのです」
「アンちゃんには、滅茶苦茶メンドクサイ頼みをしているのはわかっているんだがな、どうか引き受けてくれないか? この通りだ」
アンナはテーブルに額を擦り付けそうなほどに頭を下げ、ルルミナもそれに倣う。
「あたしらはどうしてもアレを取り返さなきゃならない。そのためにはアンちゃんの力が必要なんだ。頼む」
大和としては、スリの件と同じく、こうまでされて断る度胸はない。しかし、彼女たちの話には迸る厄介事の臭いがプンプンしてくる。それが大和の決断を鈍らせていた。そもそも、まだこの世界に来てから間もないと云うのに何故こんなにもいろんなことに巻き込まれるのか、大和にはそれが不気味でしょうがなかった。自身の卓越した力がそれを引き寄せているのか、それともこの世界に来てから決まっている運命か。
なんにしろ、大和にはこの調子でトラブルに巻き込まれてはいつか、とんでもない事態になるのではと云う不安がある。その意味ではここで断るのも手ではある。
「協力してくれたら報酬は支払う。金だったらいくらでも出す。どうかお願いだ、助けてくれっ……」
アンナは彼女の普段の姿からは見れないほどの懇願を大和に向けている。大和はふと、彼が幼いころに一時期、両親が毎日のように言っていた言葉を思い出した。
――“大和、お前は善い人でありなさい。礼を尽くし、優しい子に育ちなさい。それで必ず良いこと起きるわけではないけれど、それで人を救うこともあるし、救われることもある。”
学校の教師であった両親は大和を真っ当な人間に育てようと、年端のいかない子供にそう言い聞かせていた。当時の大和は理解できなく、両親も子供には難し過ぎることを言っていると自覚したのか、直にそう繰り返して言うのは止めたが、大和が中学、高校と行くようになった後はたまにそう大和に言ったものだった。
今の大和に残っている彼足るものはゲームの中のものしかない。現実の残滓は記憶の中に残るそう言った記憶だけだ。大和はそれが如何に大切で大事にしなければいけないものであるか、ここ数日で実感していた。
“善い人”、“優しい子”、頭の片隅でもう二度と両親と会うことができないかもしれないと無意識に考えている大和には、両親の残したこの指針は、この世界にいる彼にとって重要な現実との懸け橋であった。
礼を示された、しかも困っており自分に助けを求めている、ならそれに報いるのが“善い人”である。ある意味脅迫観念のような意思が大和を行動させた。
「俺は塞国祭に参加したい、あんたらは5人目のメンバーを欲している。ただそれだけだ。お互いの利が合っているのだ。断ることもない」
大和はそう静かに了承した。ぶっきら棒だが、余計な期待を持たれたくない大和の精一杯の返答であった。
「……感謝する。ありがとよ」
「ご協力感謝します。アツマさん」
アンナとルルミナは再び深く頭を下げた。大和は二人の女性に頭を下げさせることに居た堪れなくなり、あわてて二人に声をかける。
「では、残りの打ち合わせは明日以降と云うことで良いかな?」
「はい、あとギルドに参加申請を申し込みましょう。ギルドの利用法はそのときにお教えします」
その後は三人とも食事を再開し、いくつか追加で注文をしながら残った料理を片付けて、二人は酒場を後にした。
「では、また明日お伺いします」
「じゃあな、アンちゃん。期待させてもらうぜ」
二人も見送った大和は部屋へと戻り、睡眠の支度をし始めた。昼間のでも寝足りない彼は、満腹感のこともあり、すぐに眠りについた。明日への小さな期待と少しの不安を感じながら。
◆
「良い奴だっただろ?」
「そうですね、お人好しと言ってしまえばそれまでですが、信用はできそうです」
アンナとルルミナは仲間の待つ宿を目指しながら歩いていた。彼女たちの仲間が負傷していることもあって、彼女たちは診療施設に近い宿を取っていたのだ。
「腕も経つと思うぜ? まあ、なんとなくだけどな」
「それはともかくとしても、彼のあの鎧は普通のものではありませんでした」
ルルミナは大和に気づかれないようにこっそりと甲冑を魔法で観察していたのだ。
《鑑定眼》はアイテムの仕様や使い方、価値にしてどれほどのものなのかが分かる魔法である。魔法は使う人間の素養や魔力の量によって強度が増し、ルルミナが使えばLV5、人造宝具級は無理としても、一般的な魔法具であれば細かな詳細まで知ることのできる強度を持った魔法となる。ちなみに大和にも同様のことができるが、それは魔法によるものではなく、ある一定ランク以上のアイテムを規定数以上所持すると取得できるスキルで魔法ではない。
「へえ、どんなんだった?」
「名称も詳細も一切わかりませんでした。つまり、あれは人造宝具級の代物と云うことです」
「……それマジ? 初めて見た……」
アーティファクトはこの世界に数えるほどしかない超レアアイテムである。同じものは二つとなく、それらの管理は主に国が担っていることが多く、個人が所有している例はまず見られない。
一つ彼女らが勘違いしているのは、大和の甲冑は人造宝具級ではなく、正確には神造宝具、別名神の与えし解決法と呼ばれる部類に大別されるアイテムであることだ。
「本当です。一流の魔法使いがよく見れば、その膨大にして複雑な術式が組み込まれているのがわかります。まるで深淵を覗いているかのようでした。もう少し深く見ていたら私も危険だったでしょう」
「……そんな物騒なもんだったのか、アレ。大丈夫なのか?」
「なんとか、それよりもアレをずっと身につけていて正気を保っていられる彼は何者なんですか? 町で偶然見つけたと言っておりましたが……」
「いや、どうもこうもそのまんまだよ。街中で会って、フリーみたいだから無理やり誘ったんだ。ちょっと態度はツンツンしてたけど」
ルルミナはアンナの考えなしの行動に絶句した。あの鎧を所持している人間が普通であるとは思えない。もし、彼が乱暴な性格であったならアンナなど成す術もなく殺されていてもおかしくないのだ。
「あなたと云う人は……」
「まあ、良さそうな奴だってのはわかってたんだからよ。気にすんな」
はあ、と溜息を吐いて、ルルミナはアンナの能天気さに匙を投げた。
「優しそうな人と云うのは確かなようですね。それに実直でもあるようです」
「あー、エルフを怖がらないのは、やっぱ珍しいからな。酷いところでは蛮族扱いだし」
この世界のエルフに対する認識は、強大な魔力を持つ化け物と云うのが一般的である。確かにエルフは生まれながらにして人間とは比べ物にならないほど魔力を持ち、高い魔法の素養があるものの、その生態や性質は人間とほとんど変わらない。つまり、悪人もいれば善人もいる。
「例え、エルフなど気にもとめないほどの実力があったとしても、どこかで忌諱感が出てくるものですが、彼にはそれが一切ありませんでした」
「アンちゃんが実はエルフだって可能性は?」
「それはないですね。例えあの鎧で身を包んでいたとしてもエルフであれば私が気付きます。エルフ同士にはある種のシンパシーが働いていますから、近くにいれば必ず気づきます」
エルフは暗い森や洞窟などの灯りのない、周囲の様子が視覚的に捉えずらい場所に住んでいるためか。同族の位置が何となくわかる共鳴反応が働くのである。
「じゃあ、アレが素ってことなのか。人間が出来てるねえ」
「それもあるでしょうが、あれは私に配慮してくれたのかもしれません。私も普段はこうやって周りに不必要な混乱を起こさないように姿を隠しているのと同じように」
「遠慮しないでいいってか? クールだねえ」
冒険者の間ではエルフは比較的理解されている。それでもエルフに対する幻想は拭い切れず、相手に過度な緊張を与えてしまうことがある。それを防ぐためにルルミナは全身が見えないように大きめのローブで身を包み、相手を安心させる丁寧な口調で話すようにしているのだ。大和の行動は自分にはそのような気遣いは不要で、好きに話しかけてもらってかまわない、と云うアピールだと彼女は判断したのだ。実際は大和が言い訳のために言葉を必要以上に飾った結果であるのだが。
「ヤンには悪いが、今度の塞国祭、もしかしたら優勝が狙えるかもしれないな」
「いつもなら、“そんな楽観は危険です”と諌めるところなのですが、それについては私も同意せざるを得ませんね」
アンナとルルミナは今日は良い報告ができそうだと、夜の町を歩き、仲間の元へ戻って行った。
魔法や魔法具についてはまた後ほどご説明します。ご了承ください。
またストックが切れたので今までのような更新速度は不可能ですので、次の話は少々お待ち下さい。具体的には一週間後くらい。
6/23
誤字を修正しました
6/30
誤字修正しました。
6/24
ご感想で御指摘があったので捕捉説明。
本来であれば、待っていてくれた人間を差し置いて、先に食事に手をつけるのはマナー違反であり、礼節を重んじる大和が冒すのはおかしいかもしれませんが、
大和はまだ学生と云う立場と年齢で、先に食べてしまうことが失礼に当たると云うマナーを軽く見ています。彼の両親も仕事の関係で彼と一緒に食事することがほとんどないので、その処のマナーはまだ教えていません。
また、アンナがさらっと流しているのは
冒険者のように毎日きちんと食事を取れるわけではない職業は、食事を取れるときは迅速に、必要な分を素早く食べることが重要ですので、食事を先に食べてしまうのは、貴族や商人よりも軽い扱いで済まされます。加えて、アンナは大和が今日町に着いたのを知っていますので、大和の疲労や空腹を考えて、かなり大目に見てくれているからです。そもそも大和には頼みごとをしに来ているので、そんなことは全然許しています。




