09.ギルド
商館に見えなくもない建物。門の脇にはドラゴンの像が飾られ、開かれている扉は重厚で無骨。全体的に装飾が少ないが、その出で立ちは難関不落の要塞を彷彿とさせる。静かで、厳か、しかし暴力の臭いが立ち込めている。そんな建物こそ、ゲザイヤ自治領の冒険者ギルドの建物であった。
「ゲザイヤは過去に何度も魔物の脅威を受け続けて来た町で、城壁や兵舎、領主館は特別頑丈に作られています。防衛の一端を担う冒険者ギルドもこのような建物になっているんです。10年前の大災禍年の暗黒月には、城壁が魔物の大群に破られて、この冒険者ギルドと領主館で立て篭もって凌いだそうです。もし、あのとき全滅していたら今のゲザイヤはなく、復興の目途も建てられずに人類はギギアイル荒原の重要拠点を失っていたことでしょう。今では当時よりもさらに改築され、《大魔法結界》が施されています」
酒場で話し合った翌日、ルルミナが約束通り大和を冒険者ギルドへと案内していた。正直、ルルミナの説明の中には知らない単語がチラホラ出てきているが、大和はそれを聞き流す。基本的に自分に関係の深い単語以外は無視することにしたのだ。そうしないと話が進まないことがわかるからだ。
「大きさでは各都市のギルドの建物には及びませんが、堅牢さでは随一だそうです。さ、中に入りましょう」
ルルミナが威圧感のある門を潜り抜けて行く。一般人であればこの威圧感で多少なりとも臆してしまうだろう。大和もそれに続いて門を潜る。そこに緊張の色はない。青空戦記では自然物のオブジェクトだけでなく、人工物も持ち前のグラフィックで超大、荘厳なものが溢れ返っていた。それらと比べてばこのギルドもそれほど驚愕するに値しない程度の代物だ。
ルルミナに連れられてギルドへ入ると、広い空間が広がっていた。コの字に配置されたカウンターではギルドの職員と思われし人々が受付を行っていたり、書類を整理したり、冒険者らしき人と話していたりしている。カウンターのない方の壁にはA5程の大きさの紙が所狭しと張り出され、それらの前には眼を皿のようにして見つめる人だかりが出来ていた。紙には大和には読めない文字が書き連ねており、読むことはできない。テーブルや椅子が置かれている場所には冒険者かゴロツキか判らない輩が話しあったり、壁の紙を眺めていたり、手にした紙を熟読している。
ルルミナはまっすぐあるカウンターへと進み、大和もそれに続く。ちなみに大和の格好はいつも通りの甲冑である。開き直った彼はもうこれをデフォルトにすることに決めたのだ。彼自身、困るようなことはない。宿屋から甲冑姿で出て来た大和を見たルルミナも特にそれを言及することはない。人造宝具のような希少なものを宿に置いて来るような愚行は、普通の冒険者は犯さないからだ。
冒険者の目からしても、大和の全身を覆う甲冑は奇妙に映るのかギルドに入ってから大和への視線は絶えることがない。それらをヘルメットの中で諦めたような表情で受け止める。彼らには大和の表情は見えないが、大和からは彼らの様子はまるわかりなので、うんざりしているのだ。
「ようこそ、冒険者ギルドへ。何か御用件がございますでしょうか」
「アツマさん、この白い羽根の紋章があるカウンターが冒険者ギルド総合受付です。冒険者の登録、ギルドや魔物についての質問など幅広い問題を担当しています。何か判らないことがあればこの紋章を頼りにすればいいと思います。基本的に冒険者ギルド内の紋章は統一されていますので」
「付け加えさせていただきますと、小さなギルドではこの紋章の受付しかない場所がございます。そんなときはご依頼についてのご相談や魔物の素材の買取もそこでできるようになっております。本店のような大きなギルド店の場合ですと、ペンとコインの紋章が依頼全般の受付、牙とナイフが魔物の素材や鉱物、薬草などの買取の受付、眼鏡と本の紋章が各資料の閲覧の受付となっております」
受付の職員は大和の甲冑にも動揺することなく、ルルミナの説明を引き継ぎ、ギルドの説明を進める。大和はゲーム内でもこのようなシステムを経験したことはないため、真剣に聞き入っていた。青空戦記ではクエストはその場その場で受注するものであり、このような仲介するようなものはなかった。加えて、魔物の戦利品も基本的にNPCの店でならどこでも定価で売り捌くことが出来た。
「ではアツマさん、どうしますか? 冒険者登録を行うのであれば、受付の手順通りに進めれば問題ありませんよ」
「そうだな、折角であるし、登録しておこうか」
「かしこまりました。では、こちらの方に各項目をご記入ください」
そう言って、受付がカウンターの内棚から取り出したのは、黒い石板であった。石板には白い文字で文字が書かれており、それらはやはり大和には読めない文字であった。
「すまない、俺はまだこちらの文字が判らないんだ。代筆を頼めるか?」
大和は羞恥心を我慢してそう頼み込んだ。仕方ないことではあるが、大和の年で文字を読めない書けないなど現代日本では考えられず、大和は気恥かしい思いで顔を赤く染める。受付は特に気にした風もなく説明を続けた。この世界では識字率と云うのはさほど高くなく、字が読めないなど大の大人でも珍しくないのだ。
「この石板は書き手の意思を汲み取って文字を写すことが出来る魔法具となっております。ですので、各項目を指でなぞれば、勝手にあなたの情報が書き込まれます」
大和は怪訝に思いながらも言われたとおりに石板の各項目を指でなぞる。すると、石板に文字が……浮かぶことはなく、石板をなぞった前と後で変化は見られない。
「何も起きないのだが……」
「え? そんなはずは……」
「アツマさん、恐らくアツマさんの鎧が魔法の効果を打ち消しているんだと思います。小手の部分を外してもう一度試してみてください」
大和は言われたとおりに甲冑の一部分を展開する。ちなみに大和の甲冑は彼の意思である程度変形させることができ、人差し指の第二関節までを晒すなんてこともできる。そうして再び石板を指でなぞる大和を、受付は驚愕の表情で見つめる。
受付が大和に差し出した石板にはLV4の《人物鑑定》の魔法が込められており、簡単な人物情報を引き出すことが出来る。更に、魔法などによる偽証を避けるために、LV5の《対偽装魔法》が施されており、同強度の《偽装魔法》や《対魔法》を無効化することが出来る。
しかし、彼の鎧がそれらの魔法を無効化した。すなわち、彼の鎧にはLV5かそれ以上の《対魔法》か隠密魔法がかかっていることになる。
LV5と云えば、魔物でもそこまで使えるものは少ない。一流の魔法使いでもLV5が使えるものは少ないほどだ。しかも、そのレベルの魔法を物に込めるには、それ相応の知識と技術と魔力を持った魔法技師と特別な材料と触媒がいる。一つ作るだけでも金と人と時間が必要なのである。ギルドが量産に成功している石板とて、ギルドが抱え込んでいる専属の魔法技師と秘密裏に占有している石板の材料が取れる魔鉱脈があってこそなのである。
そんな代物が目の前の人物が身につけているとわかると、受付は仕事を忘れ、大和を凝視してしまう。しかも、明らかに普通の甲冑ではない変形をしたのだ。注目しないでいる方が無理な話である。ルルミナも受付の考えていることは理解しているが、大和の甲冑が人造宝具級以上であることを知っているので特に驚くようなことはない。むしろ、石板の魔法が効かない可能性を予想できなかったことに少し悄然している。
「うむ、確かに浮かび上がった。これでよろしいか?」
「え、あ、はひっ、では確認させていただきます」
大和が石板を返すと、受付は慌てて確認する。目の前にいるのはただの冒険者志望ではないと云うことがわかったのだ。もしかしたら遠い異国の高名な騎士だったのかもしれないと受付は予想する。実際はただの冒険者志望なのであるが。
「お名前、アツマ・シキ様。性別、男性。ご職業……えっと、ぶらっとまいすたー? でよろしいですか?」
「ああ、その通りだ。剣士の延長のようなものと考えてもらえばいい」
「はあ、かしこまりました。備考、剣士っと。では続けさせていただきます。魔力、陰性。属性、陰性。これでご登録させていただきますが、よろしいですか」
「うむ」
大和は名前のところに“西空大和”が書かれているかもしれないと気も漫ろであったが、身体がアツマ・シキであるためか、そのまま記載されて誰にも気づかれないようにホッとしていた。そして魔力陰性と属性陰性、と云うことは自分は魔法が使えないのかと少しばかりガッカリする。実はちょっとだけ期待はしていたのだ。しかし、剣士用のステータスを持つこの体ではINT――知性値のこと、これが高いとLVアップ時のMP上昇値や魔法の威力が高くなる――は有ってないようなものである。それが魔力陰性とこの世界で判断されたのだ。
受付は近くの羊皮紙に石板の内容を写し、石板をカウンター脇の不思議な文様が描かれている木箱に入れる。石板を入れて、蓋をすると隙間から淡い光が漏れ出し、10秒ほどすると光が止む。受付が蓋を開けると中には石板ではなく、掌に収まる程度の大きさのカードが入っていた。受付はそれに驚くこともなく、カードを取り出し、大和へ差し出す。
「こちらがあなたの冒険者証明書となります。原則として再発行は行いませんので、無くさないようにご注意ください」
「冒険者証明書?」
「はい、冒険者ギルドの施設やサービスをご利用するのに必ず提示していただく重要なアイテムです。また、身分証明書の代わりにもなりますので、そちらの方でも任意にご使用ください。現在、発行されたばかりなのでカラーが白紙ですが、依頼の報酬をお渡しするときや魔物などの素材をお売りになったときなど随時にポイントが充填され、規定数に達しますと上位のカラーに変色します。上位のカラーになりますと受けられる依頼の制限が緩和され、報酬に特別報酬が発生したり、冒険者ギルドからの特別な依頼が受諾できたり、素材の買取価格が上乗せされたり致します」
カラーが上がれば上がるほど稼ぎやすくなるということかと大和は納得する。ようはクレジットカードのカラーのようなもので、冒険者としてどれくらいの実績があるのかを示しているのだ。冒険者としての実績があると云うことは実力があり、信頼性が高いということを意味している。まさに実力主義なランク体制である。
「白紙の次は新米なので頑張ってポイントを貯めてみてください」
「善処する」
大和は受付から離れてルルミナの方へ向き直ると、彼女は微笑みを浮かべながら大和を見ていた。
「どうですか?アツマさん。冒険者になったご気分は」
「どうもしないだろう。これからなのだからな」
そう、大和は今冒険者の一歩を踏み出したのだ。正直、初心者冒険者と云う立場が役不足になってしまっている気がしないでもないが。
「そうですね。すみません、こんな下らないことを聞いてしまって」
冒険者になったばかりのものは大抵がそのことに喜ぶものであるが大和はそんな様子はない。彼の感覚からすれば、試験を受けたわけでもないのに貰えたものをどう誇れと思うのだが、ルルミナはそんな大和の姿勢に成熟した精神と冷静な心を感じさせていた。
「いや、それよりもこれからどうするのか。考えはあるのか?」
「そうですね。本来であれば初陣として、簡単な依頼でも受けたいところですけど、もうすぐ暗黒月で魔物たちも活性化し始めています。少なくとも暗黒月が明けるまでは町の外に出ないのが無難です。そこで私たちのパーティに顔合わせも兼ねて、一度会ってみませんか? 塞国祭までの間に出来得るだけ連携が取れるようにしたいですし、それに詳しいお話もしませんと」
「そうだな、さすがにいきなり本番は遠慮したい」
主に大和が気をつけたいのは彼女たちのパーティがどれほどの実力を持ち、どのような構成なのかである。できれば、うっかり剣が当たってしまっても無事でいられる程度の実力があればいいなと大和は不穏な事を考えているが、ここのところにルルミナと大和の間に意識の差はない。ルルミナも自分たちが大和の足手纏いになる可能性を捨て切れないのだ。だからこその合同の訓練を行う必要を感じる。
「わかりました。ではアンナさんがすでにこのギルドの裏手にある訓練所に皆を連れて待っているはずですので、行きましょうか」
「この裏手にか」
「はい、ギルドの敷地の一部を冒険者用の訓練施設として開放しているんです。アンナさんの熟練カードで利用しているのでタダで借りられます」
つまり、大和の白紙では金がかかると云う事かと、大和はこの世界の世知辛さを痛感した。大和はルルミナについて行きながら、彼女の冒険者証明書のカラーを聞いた。
「私のカラーは逸材です。パーティの中では一番高いカラーですね」
「それまでになるのにどのくらいかかるものなんだ?」
「大抵の冒険者は9段階あるカラーの内、下から5番目の中堅までが限界だと思います。アンナさんの熟練はそれの一つ上、私のはその更に一つ上です」
なるほどと大和は思う。彼女らの実力が自分と比べてどれほどのものかは判らないが、この世界の基準で云えば、彼女たちは十分に強いと言える冒険者である。当然、戦い慣れているだろうし、短期間でも訓練を行えば、あちらもこちらに容易く合わせられるだろうし、こっちも合わせやすいだろうと大和は期待した。
「アツマさんも普通に依頼をこなせばすぐに追い付けますよ。もしかしたら追い越されるかもしれないでしょうが」
「ご期待に添えられればよいのだがな」
「いえいえ、アツマさんなら私の上のカラーである達人も夢ではありませんよ」
「……」
大和はルルミナのベタ誉めに、少々気恥かしさを感じ黙りこくる。ルルミナも何の根拠もなく、大和にこんなことを言っているのではない。年の功と言っては当人は微妙な顔をするだろうが、実質、ルルミナの今までの経験から来る勘で、大和はとんでもない存在になる……いや、とんでもない存在ではないかと勘ぐっているのだ。
「さあ、着きましたよ」
ギルドの裏手には、魔物を模した藁人形がいくつもあり、中では剣の素振りをする剣士や藁人形に殴りかかるモンクの姿があった。
管理人らしき老人にルルミナは冒険者証明書を見せて、追従する大和を仲間だと言って一緒に入れてもらう。訓練所はカラーの高い人間が同伴している場合はそちらの方に料金を合わせるシステムになっている。
アンナのパーティは訓練所の奥隅の方にいた。
「遅いぞ~。新人」
「あれがアンナの言っていた奴か」
「デッカイ剣だねぇ」
「……」
ルルミナと大和を出迎えたのはアンナと見知らぬ3人。
深い藍色のローブと赤いガントレットに身を包み長い杖を持つ男。
身長が大和の半分くらいしかないショートボウと矢筒を背負った黒猫の獣人。
2メートル近い身の丈とその身体が隠れられるほどに大きな鉄の盾とモーニングスターを持った真っ白な毛並みの犬の獣人。
彼らがアンナたちのパーティだろう。彼らを見た大和の印象は率直であった。
「随分と特色の濃いメンバーだな」
「あははっ、似たようなことをよく言われるよ。じゃあ紹介するよ。魔導師のアンベール」
「アンベール・スラケ・リン=ドルハーンだ。水と土の魔法を得意としている。後衛は任せろ」
長い杖を持った中年の男性が魔法使いには不釣り合いに見える赤いガントレットの片方を大和へ向ける。握手のポーズだ。大和が握手し返すと、ガントレットに文様が浮かび……何も起こらなかった。
「なるほど、ルルミナの言っていた通りだ。興味深い鎧だな」
彼はガントレットを通して大和に魔法を発動したのだが、大和の甲冑に阻害されてその効果を発揮することができなかった。
「うわあ、さっそく遣りやがった。さすが“ずぶ濡れ”のアンベール」
「うんうん、良い経験をしたものだ。私の《湧き出る水》がこうも完全に防がれたのはルルミナ以来だよ」
彼が発動しようとしたのは何もないところから水を生み出す、それだけの魔法である。難易度で云えば基礎的なものであるものの、アンベールはこの魔法に独特のアレンジを加えて、大抵の《対魔法》をすり抜けるように改造している。彼は初対面の人間には、この魔法でずぶ濡れにするのが日課であるのだ。
「あんまり気にしないでくれ。見ての通り変わり者なんだ。腕は確かなんだけどね」
「よかったら後でその鎧をよく見せてくれないか?」
「相手にしなくていいよ。次、狩人のヘペン」
「黒尾族のヘペン・ユだよ。よ~ろ~」
間延びした口調の二足で直立するクロネコがペコリと頭を下げる。弓矢を背負い、腰には小さな短剣を帯びており、動きやすそうな軽装鎧を身につけているが見た目はぬいぐるみのように愛くるしい。その頭にバサバサと降りて来た影が着陸する。
「キッー」
「こいつはプペラ、おいらの相棒さ~」
ぺペンの頭に降り立ったのは、茶色の鷹だった。目が猛禽類特有の鋭さを帯びている。
「索敵は任せて~。でも戦ってるときは守ってね~」
「キキッー」
緊張感の欠片も感じない口調である。大和がケモナーと呼ばれる類の趣向の持ち主であれば何時間でもモフリたくなるファンシーさだが、大和にはその気はない。
「で、こっちが……」
「白牙族のヤン・ユクルスと申す。盾士を務めている。この度は某の代わりに参加してくれると云う事で大変ありがたく思う」
白犬の獣人がビシッと直立して、深くお辞儀をした。日本人である大和から見ても惚れ惚れするような綺麗なお辞儀である。重傷を負っているようには見えないが、鉄のプレートアーマーの隙間をよく見ると白い毛皮に隠れて包帯が巻かれている。
ヤンは徐にモーニングスターを掲げると大和の方へ向けて来た。
「しかし、某もこのパーティの盾として、この身を置いてきた。その任を何処の誰ともわからぬ者に試しもせずに任しめるわけにはいかぬ。アツマ殿、ゐざ、尋常に某と手合わせしてくだされっ!!」
ヤンは大和と向かい合い、盾と武器を構える。だが、傷が痛むのか苦痛の表情を浮かべ、歯を食いしばり、唸り声を上げている。正直言って犬と云うか狼のような顔でそんな唸り声を上げられるとものすごく怖い顔になる。大和も甲冑の中で少しビビっている。
「は? え? ちょっ、ちょっとヤン! 何言ってんだ!? お前まだ傷が癒えてないんだぞ! “武士たるもの戦着で出迎えるが新参者への儀礼である”とか無理なんか言って、着換えるのは手伝ったけど、勝負するなんて聞いてないぞ!?」
ヤンはアンナの言葉を無視して大和へと躍りかかる。
傷ついているとはいえ、獣人特有の屈強な肉体から放たれるモーニングスターの一撃はまさに一撃必殺と云うべき威力を秘めている。その一撃がゴウッと云う大気を焦がすほどの勢いで大和へと迫る。




