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07.オアシス

 ボーンボアの襲来以後は魔物に襲撃されることもなく、無事に商隊はギギアイル荒原最大のオアシス都市、ゲザイヤ自治領に辿りついた。

 ゲザイヤ自治領はギギアイル荒原の北に隣接するフィーリスランド王国の一部である。自治領であることから察することができる通り、ギギアイル荒原は魔物の出現率が高く、盗賊の被害も多いことからほとんど独立国家のようなものである。


「では、シキ殿。重ね重ねお礼申し上げます」

「俺からも、お前さんがいてくれたおかげでお館様のお命、そして商隊の皆の命も救われた。礼を言う」

「……いいえ、私としても、利益があってのことです。気になさらないでください」


 ゲザイヤの城門中でウゴラスらの商隊と大和は別れのあいさつをしていた。

 結局、大和は商隊の人間とは付かず離れずの関係を維持しつづけ、ザラートは大和の心の壁を解くことができなかった。


「今からでもお気持ちは変わりませんかな?」

「ええ、私はもう少し旅を続けるつもりです」

「そうですか……。まあ、これが今生の別れと云う訳でもないでしょう。何かお困りの際は、いつでも私どもの商館へ御越し下さい」

「はい、それではまたいつか」


 そう言いながら大和は人の流れに合わせて都市の中へと消えて行った。


「惜しいことですな」

「そうだな、だが、いつまでも去ったものを悔んではしておれん。早く荷の方を運ばなければな」

「そうですね。予定よりも早く着いたとはいえ、面倒事は早めに済ませておくに限ります」

「陛下の御依頼を面倒事とは不敬罪だな。ザラート」

「一代で大商会を立ち上げたほどの大物であるお館様なら、大目に見てくださると信じております」


 一組の主従は軽口をかけ合いながら、互いの無事を、良き出会いを、そして再会を、神に祈った。










 草木の乏しい周囲の荒野とは違い、都市の中は水と緑の楽園であった。至る所に井戸や水路、噴水があり、生垣や観葉植物などがたくさんあった。当然、人間もたくさん行き交い、ラクダや見た事のない動物などに荷を乗せて歩く人もいる。道路の脇には商店などが建ち並び、非常に活気に満ちていた。


「人、人、人。……街並みは違うとは言え、やっぱりほっとするな」


 本来、ゲザイヤ自治領に入るには通行書が必要で、大和は当然所持していなかったが、ウゴラスが城門前の入門手続きにおいて、大和を自分の護衛と紹介し、身元の保証人となってくれたため、無事都市に入ることができた。ウゴラスは大和が通行書を持っていないなどとは思っていなかったが、城門の前には入門の手続きの行列ができており、自分たちの優先的に入門することができる通行書により、大和をおいて先に入門することを避けたためであった。彼らからすれば、恩人を無碍にするような状況を避けると同時に、大和の煩わしい手間を少しでも解消してあげたい思いであったが、大和からすれば冷や汗ダラダラの出来事であった。彼は商隊と行動を共にすると云う自分の判断を心から称賛し、自身の運を誉め称えた。


 大和の顔からは道中の険しさが幾分か削ぎ落ち、若干穏やかな表情となっている。甲冑をフル装備したままなのであちらこちらから奇異の目で見られるが、貿易都市でもあるゲザイヤではそれこそあらゆる人種や民族が集まるので、それほど長くは観察されない。そんな人たちからしてみれば足取りもしっかりしている大和が、憔悴しきっていることに気づかない。

 精神病に陥りそうな状況から解放され、町と云う安全圏にいる安心感から大和は早急な休息を欲していた。なので適当な宿屋でウゴラスからもらった金銭を使って部屋を取ろうと思ったのだが。


「まずい、看板の文字が分からん。宿屋はどこだ? どれだ?」


 ヘルメットの中で目線だけで店の看板らしき文字を見るが、ウゴラスから受け取った羊皮紙と同じく、文字を読むことができなかった。時折簡単なイラストも一緒に載っている看板があるが、何のイラストが宿を表しているのかわからない。


「ぐぬぬ、こんなことならウゴラスさんに宿の位置を教えてもらうべきだった。むしろウゴラスさんの誘いを受けるべきだったかも」


 彼がウゴラスの誘い、専属の護衛兵として雇われないかと云う問いに対し、大和は一も二もなく断ったのは精神的に余裕がまったくなかったからであり、冷静に考えていたならば受けた方が利点が多い内容なのは明白であった。いわゆる凡ミスである。


「その辺の人にでも聞いてみるか? 不思議なことに文字は読めないけど言葉はわかるし」


 今まではウゴラスたちが極偶然、日本語を話していたのかと思っていたが、この町に来てそれは違うことがわかった。

 様々な人種で溢れ返っているゲザイヤの町を歩いているとたくさんの話声が聞こえるのだが、そのすべてが大和には日本語に聞こえる。中には言葉が通じないのか通訳を通して話す人もいたのだが、大和には双方と通訳の話す言葉すべてが日本語に聞こえるのだ。


「たぶん、俺だけが言語を統一してわかるんだろうな。なんというイージーモードな外国旅行だよ。これが現実でも可能なら英語なんて勉強する必要もないのに」


 大和はさすがにこのまま当てもなく歩き続けるのはまずいと思い、宿の所在を誰かに聞いてみるかと思った矢先。


「おっと、ごめんよ」

「ん、ああ……。!? おい待て!」


 背後より小学校低学年くらいの少年が大和にぶつかってきた。物理ダメージ軽減の効果を持つ甲冑に身を包んでいる大和は小揺るぎもしなかったが、腰に吊っていた小袋、ウゴラスから貰い受けた報酬の一部が入ったそれが喪失した感触に大和は瞬時に自身がスリにあったのだと確信した。もしステータスによる鋭敏になった超感覚がなければ、気づかなかったであろう見事な手際であった。


「チッ、ゴツい鎧を来てる割に敏感じゃねーか。でもそんな重そうな鎧で俺を捕まえられるかな」


 大和が少年の方へ振り向いたときには少年と大和の距離は20メートルほども離れていた。この人混みの中でこれ以上引き離されてしまえば、ほぼ確実に見失ってしまう。


 ウゴラスから貰った報酬のほとんどはアイテムボックスに入っており、腰に吊っていたのは商隊の商人に両替して貰った銀貨や銅貨が入ったものだった。簡単な支払いのために用意していたもので、金額的には全体の1割にも満たないが、この世界で使用できることがわかっている限りある現金を大和は一文たりとも無駄にするつもりはなかった。


「《雷華の歩み(サンダー・ステップ)》」


 刃匠(ブラットマイスター)の限定スキルの一つである移動力増加(ムーブ・アクション)系のスキルを発動した大和の足が、まるで雷を帯びたように火花を散らした。《雷華の歩み(サンダー・ステップ)》はゲームの中では移動速度やジャンプ力を増加したり、歩行不能オブジェクトの上を歩けるようになるスキルである。


 元々のステータスで移動速度が早い大和はスキルの補助を受けることにより、まさに疾風迅雷の化身となった。


「!? 嘘! 速えッ!!」


 逃げ足に自信があった少年は大和のまさかの速度に戦慄した。今の大和は騎馬よりも速く、甲冑を着た人間の速度とは思えなかった。と云うか甲冑を着ていなくても人間にあの走行速度が出るとは思えない。

 少年と大和の距離はぐんぐん縮められていった。


「くそっ! ならこれでどうだ!」


 少年は単純の足の速さでは大和には勝てないと見て、絡め手に出た。

 少年はわざと人の多い場所に入っていき、小柄な身体を活かし、人の間を縫ったり、人の股を潜ったりして人混みの中を進んでいく。甲冑を着た大和には決して真似できない芸当である。少年はこれによって多くのスリを成功させて来たし、時には衛兵でさえも撒いた経験がある。


「これでも追って来れるものなら追ってきな」


 そう挑発めいた言葉を残し、少年の姿は完全に人混みの中へ消えてしまった。

 しかし、そんなことは大和にとってなんら問題にならなかった。


 追っている間に少年をターゲッティングした大和には、人混みに隠れた少年の輪郭がぼんやりと見えていた。ターゲティングは一度認識した敵を見失わない青空戦記の戦闘仕様のシステムである。大和はこの世界でもできることは商隊にいる間に確認済みであった。


 大和は少年が左手側にある裏路地に向かっていることを少年の進行方向から推測し、先回りすることにした。


 大和はすぐ左脇にある建物の向かってジャンプした。カンストLVのステータスとスキルに裏打ちされたジャンプ力で建物の3階付近の高さまで届く。そして、3階の窓下の壁に“着地”した大和はそのまま“壁”を走り始めた。青空戦記では狭い洞窟内や市街戦ではよく見慣れた光景である。《雷華の歩み(サンダー・ステップ)》のような移動力増加(ムーブ・アクション)系のスキルにはこのような芸当ができるものも存在するのだ。盗賊系統職のシノビには水の上を歩く移動力増加(ムーブ・アクション)スキルだってある。


 周囲の注目の視線を集めながら、大和は裏路地の壁まで辿り着いた。少年が裏路地に入り込んだのと、大和が裏路地の地面にドスンッと音を立てながら着地したのはほとんど同時だった。


「……化け物かよ。ついてねえ」


 顔を蒼白にしながら少年は、黒と赤い甲冑の大和を見据える。大和が壁を走って追って来たことは人混みの足元を潜ってきた彼は知らないが、まるでこちらの動きを見透かしたような登場の仕方はとても人間業には見えなかった。少なくとも少年が知っている限りではこんなことは初めての体験であった。

 大和が少年に一歩近づくと少年も一歩下がる。その距離は確実に狭まっている。単純に歩幅の差であるのだが、少年の方は背後が大通りであり、大和の壁走りに野次馬根性で集まった人たちの壁が裏路地の出口を塞いでいたためだ。

 少年が先ほどまで行っていた人混み潜りは、人混みを形成している人たちが自分に気づいていないからこそうまくいく。しかし、今のように多くの人が自分――と大和――に注目している状況ではうまくはいかない。いったとしても、その進む速度は格段に落ちる。そもそも、少年はもう一度人混みに潜り込んでも目の前の鎧から逃げ切れるとは思わなかった。


 それ故、少年の行動は迅速であった。


「悪かった、許してくれ、この通りだ、盗ったもんも返す」


 少年は大和に向かって土下座した。少年のような貧民層(スラム)のスリ犯は失敗して捕まってしまうと何をされても文句は言えない。衛兵に突き出されるなんてことは運が良い方で、被害者によっては気が済むまで殴る蹴るなんて当たり前だ。下手をすれば殺されてしまうことだってある。そんな目に遭うつもりなど少年にはさらさらなく、そのためならば土下座だろうがなんだろうが何でもやる。


「ほ、ほら、これだろ。ちゃんと返すから見逃してくれ。お願いだ」


 少年の額は地面に擦り付けられて土と砂が付着している。少しでも大和の慈悲を乞うためだ。それに加えて、顔をくしゃくしゃにして嘘泣きまでしている。惨めさをアピールするためである。


「すぐ返すから、な? 殴らないでくれ。……オラッ!!」


 大和に祈るようにして、盗んだ布袋を両手で掴み上げると、少年はそれを思いっきり大和へ、正確には大和の顔へ投げつけた。それと同時に大和の方、裏路地の奥へと走り出し、大和の脇をすり抜けて一番近くの曲がり角へ入って行った。

 多少の搦め手では大和を撒くことができないと判断したが、路地裏の自分たちのような貧民層(スラム)の人間しか知らない通路などを駆使すれば逃げ切れると思ったのだ。そして、裏路地の曲がり角まで走るための時間稼ぎに、布袋を目眩しとして使用したのだ。


 大和は顔面に投げ付けられた布袋を危な気なく片手で受け止め、脇を通り過ぎていく少年を目線のみで見送った。大和はスリのような軽犯罪に対して嫌悪を覚えるが、相手が子供と言うこともあり、土下座までしたのだ。例え、それがまったくの誠意のない偽りであったとしても、そのことに怒りを表すのはいくらなんでも体裁が悪いと云う日本人の見栄があった。それに金さえ戻ってくるのであれば、少年の処遇など興味がないと言うのが本音であり、警察に突き出すと云う行動すら、今の大和には億劫に感じられた。


 ターゲティングした対象はどんなに厚い壁が間にあろうとも見えるので、追おうと思えばすぐに追いつき捕まえるこができる。少年が走っていった方向を首だけで振り返り確認した大和の目には少年が身体を地面よりも下でホフク前進している姿が見える。おそらく、水路か何かに潜り込んでいるのだろう。


 ターゲティングを解除した大和は興味なさげに裏路地の出口へ向き直し、野次馬の間を抜けるように元の大通りへ戻った。無駄な手間で余計に大和の疲労が積み重なり、再び宿を探すべく歩き始めるが、それを引き留める手が大和の肩に乗せられた。


「待ちなよ、アンちゃん。そう急ぐこともないだろう」


 そう言って大和の肩を掴んだのは、健康的な褐色の肌にやけに露出の高い革鎧を身につけたガタイのいい女性であった。腰にはラブリュス(両刃の斧)を下げており、獲物を見つけた山猫を彷彿とさせる好戦的な笑みを大和へ向けている。


「アンちゃん、見ない顔だね。最近この町に着たばかりかい?」


 挑発的な目をヘルメットに覆われた大和の顔へ向けている。大和はまた厄介事かと苛立ちを覚えるが、黙って女性の方へ向き返す。疲労と苛立ちのせいか大和の言葉遣いがやや荒くなる。


「……ああ、今は宿を探すのに忙しいんだ。後にしてくれないか?」

「おお、それはたいへんだ。この荒野を抜けてきたんだからちゃんとした宿で泊まりたいよな。よ~く、わかるぜ? その気持ちはよっ」

「……そうか、いい加減、肩を離してくれないかな」

「まあまあ、落ち着きなよ。あたしゃあいい宿を知っているんだ。冒険者御用達のいい宿だぜ。ギルドにも近いし、いろいろ融通してくれるしな。よかったら紹介してやるが、どうだい?」


 大和は少しばかり逡巡するが、渡りに船であるし、特に断る理由はない。ギルドと云うのも興味があるが、唯一気になるのは女性の挑発的な口調である。女性の真意は大和にはわからないが、とりあえず女性の誘いを受け取って、宿は実際に自分の目で見てから決めることにした。


「それはありがたい申し出だ。是非案内して貰いたいものだな」

「そいつは聡明な決断だ。ついて来な」


 わざとらしくそう言うと女性は大通りを大和と並ぶように歩き、大和もそれに合わせる。


「おっと、自己紹介がまだだったな。あたしは見ての通り冒険者、アンナ・ギナブブスってんだ。アンちゃんは?」

「……刃匠(ブラットマイスター)、アツマ・シキだ」


 大和は毎度の自己紹介をアンナへと返す。それを聞いたアンナは少しばかり怪訝な顔をした。


「ぶらっとまいすたー? ずいぶんと大仰な名前だね。ようは剣士ってことでいいんだろう? 騎士っぽくないみたいだし」


 アンナは大和の国が採用しているようには見えない不気味な甲冑と背に担ぐように帯びている無骨で大きなグレートソードを見ながらそう言った。そもそも騎士が単独で行動することなんてあり得ないことから大和は騎士ではないと予測した。

 それにこの世界には刃匠などという言葉もなければ職名もない。言葉の意味は何となくわかるが、それだけだった。


「それにしても、さっきの見てたよ。最後は逃げられちゃったけど、甲冑を来たまま壁歩きなんてよくできるもんだね? アサシンの類が壁蹴りするのは見たことあるけどあんなのは初めて見た。どうやんの?」


 どうやら彼女は先ほどの大和の追跡劇を見ていた一人であるようだ。薄々そう思っていた大和は特に得意げにするわけでもなく、彼女の質問に素っ気なく答えた。


「物質との引力と反発力を雷の力で増幅しているだけだ」


 大和はスキル説明文にある文章を思い出しながら短く答えた。当然、そんな説明ではわからない。


「ええっと、雷? 何アンちゃん魔法も使えるんか? それともそう言う魔法具?」

「単なる技術だ」


 確かにスキルであるのだから技術であるのは正しい。ただ、大和自身がどういう理屈でそう言う現象が起こっているのか説明できない。スキルを使えば勝手にできるのだから仕方がない。

 それよりも大和が反応したのはアンナが言った魔法と云う単語であった。魔物がいるようなファンタジーな世界なのだからあってもおかしくないが、それでも興味を持ってしまう。青空戦記では大した攻撃魔法はなかったから余計に魔法に対する憧れが強い。


「そっちは魔法が使えるのか?」

「あたし? 無理無理、そんな魔力とか才能があるんだったら戦士(ウォーリア)なんてやってないさ。魔法使いの方が雇用条件もいいし」


 魔法は誰でも使えるわけでもないようである。そう言えば、商隊の中にも魔法を使っているような人はいなかった。まあいいかと大和は考える。自分が魔法が使えるかどうかはわからないが、使えなくても問題ない。剣さえあればどうとにでもなると考えているのだ。見ようによっては脳筋のような思考である。


「アンちゃん、ぶらっとまいすたーだっけ? それって冒険者の職名かなんかかい?」

「いや、こちらでは冒険者かどうかも怪しいところだな」

「はあ? なんでだい?」

「ギルドを一度も利用したことがない」


 青空戦記ではパーティやフレンドなどのグループを登録することができるシステムはあったが、ギルドに相当するものはなかった。当然、それらの関係のアイテムもシステムもなかった。そう考えると青空戦記が如何にグラフィック以外では辛口なゲームであることがわかる。ついでに言えば、パーティを組んだとしても同士討ち(フレンドリファイア)を抑制するシステムさえもなかった。そのことが範囲攻撃が使える魔法職が不人気になっていった理由の一つでもある。


「へえ、それはまた……。なんか理由でもあんのかい?」

「俺がいたところでは冒険者が組織を作るなんてことがなかった。冒険者のギルドなんてこちらに来てから初めて知った」

「ふーん、そう言えばアンちゃんの名前も聞いたことない響きだ。どっか遠くから?」

「……まあな」

「あはっ、安心しておくれよ。冒険者の過去なんざ聞くほど、あたしは野暮じゃない」


 大和は答えられなかっただけであるが、アンナの方は何やら勘違いしたようだ。大和も面倒なのでわざわざ訂正するつもりもなかった。


「おっと、話し込んじまった内に着いたぜ。ここが“トカゲの尻尾亭”だ。ここの蛇の蒲焼きは絶品だぞ」


 アンナが連れて来たのは市場のある大通りから少し外れた通りにある3階建ての建物だった。扉の所に、ワニのような生き物の頭部が尻尾を咥えている絵が描かれている看板が掛けられている。この看板を見て宿だと思う人間は普通いないと大和は思った。


「おやっさーん。客連れて来たぜー!」

「アンナか、今日は斧の研ぎに行ったんじゃなかったか?」

「いやー、面白いもん見せてくれた奴がいたんでね。これはちょいとキープしなくちゃなと」

「お前は本当にしょうもないな。この前は犬猫を拾ってくるし、今度はどこぞの孤児でも拾ってきたのか?」


 大和よりも一足早く宿の中には入って行った。アンナは宿屋の主人らしき男性と話し、大和をちょいちょいと手招きして宿の中へ招いた。

 大和が中に入ると広いフロアが目に入る。男性がいるカウンターの背後には酒瓶が所狭しと並べられ、フロアには丸テーブルと椅子のセットが10組みほど置かれていた。店の奥の壁には巨大な蛇の尻尾部分の骨が飾られていた。長さは1メートル以上あり、元の全長はどれほどあるのか。


「随分とゴツい孤児だな。それとも中に3,4人ほどガキが入ってるのかな?」

「アハハハッ、あたしも中身は見てないけど、たぶん一人だろうよ」


 大和を、正確には大和の甲冑を見て、男性は一瞬目を細めるが、すぐに元に戻った。男性は口髭を生やした彫りの深い顔の中年、筋肉に覆われた腕には古傷がいくつか刻まれており、あれで拳骨でも食らおうものなら特大のタンコブが出来上がるだろう。


「客ってことは泊まって行くのかい? 部屋は日当たりのいい道路側か、暗い奥部屋の個室。前者なら一週間で銀貨6枚、後者なら銀貨5枚。朝食と夕食はサービス、酒や追加で頼みたい場合は別料金」

「奥部屋、とりあえず一週間」

「おいおい、今の時期で一週間はねえだろ。後10日で暗黒月だぞ? 一週間泊まって、3日でどこに行こうってんだ?」


 暗黒月と云う単語を知らない大和は、アンナの言葉に疑問符が浮かぶが、後で聞けばいいかと後回しにすることにした。彼は一刻も早く休みたいのだった。


「……そうだな、では暗黒月が終わるまでで」

「てことは20日間か。三週間分でいいな」

「それでかまわない」


 大和は懐に手をやり、見えないようにアイテムボックスから取り出した布袋から銀貨を15枚取り出し、男性に差し出した。男性はカウンターの下から木で出来た表と鍵を取り出し、大和の手渡す。


「毎度、ここに名前を書いといてくれ。部屋は3階の奥から2番目だ」

「こっちの文字がわからん。口頭で良いか」

「なんだねー、この色気も情緒もないやり取りは。もっと愛想良くした方がいいぜぇ? 二人とも」

「営業妨害するな。この寡黙さの良さが分からんとは、お前もまだまだヒヨっコだな」

「へへん、若いのが取り柄なんでね。ジジくさいのは相に合わんのさ」


 大和はそんな二人のやり取りを無視し、名前を告げるとさっさと階段を上って行く。背に二人の声がかかるが、大和の歩みが止まることはない。


「夕食は夕刻の鐘がなったあたり、朝食は俺が起きてたらいつでも作るから声をかけてくれ」

「んじゃな、新入り。夜は降りて来いよ。アンちゃんの歓迎をしてやるからよ」


 三階の部屋まで辿りつくと、大和は躊躇なく、甲冑をアイテムボックスへ入れて、デフォルト装備である半袖と下着のみになってカビ臭いベットに倒れ込んだ。彼が甲冑を脱いだのはこの世界に来てから初めてである。彼が甲冑を脱ぐことができたのは、ここが間違いなく安全地帯であるのだと確信、あるいはそう信じていたからである。何日も風呂はおろか拭くことすらしていない彼の身体からは異臭が発し始める。今までは甲冑によって臭いすらも閉じ込められていたから誰にも気づかれてはいないが、汗や垢により彼の身体は真っ黒に汚れている。


「寝る、絶対寝る、もう寝る、全力でねr……ぐぐぐ」


 ようやく訪れた精神休息の機会に大和は瞬く間に眠りについた。次に目が覚めたときにはこれが夢で自分が現実に戻っていると期待を込めながら。











「どう見た? おやっさん」

「声は若いが、戦い慣れた感じだな。見た目も仕草もそうだが、町の中なのに、まるでダンジョンの中にいるかのようにピリピリしている」

「だろう? これはあたしの予想だが、腕も相当立ちそうだぜ」


 一階のカウンターではアンナと宿の主人が大和のことについて話し合っていた。仕草やピリピリしているのは今までずっと緊迫感と緊張感に曝されていたせいで、町に入った後もそれを引き摺っていただけである。


「剣の方はそうでもないが、鎧の方は相当な業物だな。アイツが入ってきた瞬間、シェイドかと思った」

「あー、デーモンが召喚する地獄の兵士だっけ?」

「ああ、それも強力な奴かとな」

「まあ、生きてはいると思うよ。うん」

「そうだな、少し不気味ではあるが、良き戦士であり、善き武人だろう」


 大和のことをそう評価する男性にアンナは同意するように頷く。彼がスリをわざと見逃したのを彼女は見抜いていた。理由に関しては少々穿った見方をしているようではあるが。

登場人物たちの口調が安定しないorz


6/22

グレートソードの扱い部分を修正しました。

2メートルのグレートソードを腰に帯びるとか巨人かよ。


誤字修正しました。


6/30

誤字修正しました。

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