06.信用
生物などほとんどいないギギアイル荒原であるが、魔物の類は少なくない。その中でもスケルトン系のアンデッドは特に多い。
ウゴラスの商隊もそれらの魔物の脅威に曝されていた。
「ボーンボアだ!!」
「鈍器を持ってる奴は早く来い! 正面には絶対立つな! ミンチになるぞ!」
ボーンボアはイノシシ型のスケルトンである。生前よりも骨の強度と角の長さが増し、突進をまともに食らえば木材の家一軒くらいは倒壊させることができるほどの力を持つ。
「不味い! 左右に逃げろ! 背を見せるな!」
ボーンボアは人間が固まる場所を察知し、真っ直ぐ突っ込んでくる。一団は混乱し、蜘蛛の子を散らすように逃げて行く。そんな中パニックになったのか、ボーンボアと同じ方向へ逃げる小間使いの少年がいた。
「バカッ! 早く左右に避けるんだッ!」
「ダメだ、あいつ聞こえてねえ! 誰か!」
護衛の一人が矢を射かけるが、スケルトン系の魔物に矢は効果がなく、ボーンボアの注意を逸らすことすらできない。ボーンボアと逃げている少年の距離はもう少ししかない。このままでは大の大人ですら一溜まりもないボーンボアの突進を受けることになる。現実になるであろう惨状に幾人かは目を逸らす。しかし、そこにとある黒い影がボーンボアの横合いから出て来た。
黒と赤の甲冑に身を包んだ大和は疾走するボーンボアに負けない速度で距離を詰め、手にした刀身だけでも2メートルはある【グレートソード】をボーンボアに叩きこむ。
――ドゴォッ――
大和が剣を叩きつけた瞬間に土が舞い、ボーンボアを粉砕、形成していた骨はバラバラに飛び散った。
「……無事か?」
「は、はひっ。あり、がどう、ご、ざいまず」
恐怖で腰を抜かし、涙、鼻水を垂れ流している少年は何とかそう言ったものの、次の瞬間には気が抜けてしまったのか気絶してしまった。
護衛達は大和の下へ集まると、一斉に頭を下げた。
「ありがとうございます。シキ殿、あなたがいなければ被害は更に大きくなっていたでしょう」
「……礼には及ばない、それよりこれで全部退治できたかな」
「はい、これで取り逃がしたボーンボアは最後です」
「……そうか、では私は見張りに戻るとする」
大和はそう言って、そそくさと去ってしまった。大和の後姿を見送り、護衛達は彼の話題を弾ませる。
「しかし、寡黙な方だ。その辺の騎士よりも騎士らしい」
「まあ、王都の周辺警護の騎士はほとんどがボンクラ貴族だからな。御伽話に出てくるような奴なんていねえよ」
「にしてもボーンボアを一撃か。冒険者達でも一対一だとレッドカラーでなら対応できるそうだが」
「結局、襲ってきたほとんどのボーンボアがシキ殿が仕留めてくれた」
商隊がボーンボアに襲われたのはこれが初めてではない。これまでは円陣を組んで、荷を盾にしてやり過ごしていた。今日もその方法で対処したが、今回は数が多く、盾が持たないかもしれない可能性があった。事実、円陣の中に入りこまれてしまった。そんなボーンボアを駆逐し、外のボーンボアも追っ払ったのが【グレートソード】を装備した大和であった。
「にしても尋常ではない強さだ。あれほど腕が立つのであれば噂の一つや二つ立っても可笑しくはないのだが」
「アツマ・シキなんて聞いたことはないな。というか名前からしてここらの出じゃないだろう」
「旅の凄腕剣士か。吟遊詩人が好みそうなネタだな」
「ほら、いつまでもくっちゃベってないで、お前らも隊列を整えるのを手伝え」
護衛隊長がそう部下に命令すると、彼らはヘイヘイと己の職場へと戻って行った。
「やれやれ、まだゲザイヤまで3日はかかると云うのに弛み過ぎだ」
護衛隊長がそう愚痴を溢すと同時に苦笑し始めた。
「まあ、仕方ないか。あれほどの剣士が味方にいると思えば緊張感も緩むか。士気が上がるのは良いのだがな」
大和が活躍したのは今回が初めてではなく、ちょくちょく周囲の魔物を退治しており、その実力は商隊全員が認めていた。彼のおかげで魔物が出現する度に立ち止まっていたのを改善され、行進の速度は以前よりも倍近くにまでなっていたのだった。
◆
大和は商隊から少し東に離れたところを進んでいた。商隊の進む行路の関係上、魔物が来襲してくる可能性が高いのが東側だからである。最初の頃こそ、商隊の護衛達と共に行動していたが、この商隊の誰よりも強いことが認められている今では、積極的に前線になりやすい場所で単独行動をしている。いわば偵察兼盾役である。実際、少数の魔物であれば彼がいる場所よりも商隊に近づかせることはない。
「……」
最近の大和は少し精神的に参ってしまっている。毎日毎日慣れない野宿、魔物への警戒それらは学生に過ぎなかった彼にとって非常に苦痛なものの連続であった。それでも未だ続けていられるのは、町に着けると云う希望と、ステータスやスキルの補助のおかげである。
高いステータスによって、無尽蔵の体力とスタミナがあるので一日中歩き詰めだろうが、何度戦闘が起きようが肉体的な疲労はほとんどない。例え疲労したとしても彼の持つ回復アイテムを使えば、一瞬で回復することができる。そしてスキルの方だが、貢献度で云えばこちらの方が大きいだろう。
まず、剣士系のすべての職業スキルである。《常時体力自動回復》、《スタミナ回復速度増》、《スタミナ減少率軽減》これらのスキルによってもともと無尽蔵であった体力とスタミナが底なしの天井知らずとなった。さらに|
刃匠のスキルである《常在戦場》により、常に精神が冴えた状態でいることができる。つまり、いつまでも集中力を保っていることができるのだ。ゲームの中では恒常的にHP、MP、SP、LUK以外のステータスを向上させるものなのだが、これのおかげで毎回魔物の接近にいち早く気づくことができ、毎回適切な対処をすることができる。大和がこれまで成り行きであったにしろ、比較的冷静に対処ができたのは無意識にこのスキルが発動していたからである。
しかし、それでも大和は普通の学生である。このような殺伐とした環境でリラックスできるわけもなく、最近は眠れない夜が続いている。肉体的な疲労はないが、精神的な疲労が着実に積もりつつあった。
そんな彼が特に気をつけているのが、人間関係である。今の状況で云えば商隊の人間との関係であるのだが、大和は彼らに好かれるまでは行かないにしろ、邪魔だとは思われないように努めることにした。云わば心の拠り所、依存する対象を欲しての行動であった。幸いなことに今の大和には力がある。そして彼らは町まで無事に辿り付ける力を求めていた。お互いの利害が一致したのだ。
盗賊と戦ったときに気付いていたことではあるが、大和の戦闘力に対して、ここの人たちの戦闘力はそうでもない。はっきり言ってしまえば取るに足らないと云ったところである。大和が暴力を振るうことを厭わず、力で相手を思い通りにすることに喜ぶ輩であれば、それは歓喜するべきことである。しかし、大和は違った。むしろ逆だった。
彼は自身の強大な力で無闇に人を傷つけることを恐れた。そして、この力によって自身が疎まれるのを恐れた。
大和はふと、今【変幻の鞘】に収まっている無骨で装飾も何もない【グレートソード】へ目を向ける。この剣を使うのも大和が彼らに配慮した結果である。
この剣を選んだのは出現する魔物のほとんどがスケルトンであり、細身の剣では大したダメージを与えられない――それでも大和がゴリ押しすれば容易く倒せる――ことを商隊の人から聞き、重くて大きくて衝撃力のある武器にした方がいいからと云う理由もあるが、大きな理由は見るからに滅茶苦茶強そうな剣を見せびらかし、不用意に倦厭されるのを避けたためだった。
今大和が装備している【グレートソード】は最低ランクであるFランクの武器であり、青空戦記では初心者がとりあえず装備するような武器である。本来、剣士最高職刃匠であり、カンストLVに達している大和のようなプレイヤーには装備するはおろかアイテムボックスに入れておくこともないようなアイテムであるが、剣コレクターである大和は例え雑魚武器であろうと、剣であるならばどのようなものでも常に持ち歩くと云うポリシーを持っていたために【変幻の鞘】にいちおう入れておいた一品である。
ちなみにゲーム内では最低ランクのFランクではあるが、この世界の基準からすれば一流の鍛冶師が作り上げたレベルの一流品である。大和と戦った盗賊であるアグイダスが持っていた長剣もランクをつけるのならばこれに該当する。
◆
そうこうしている内に辺りは暗くなり始め、荒野の地平線に日が沈んでいく。
行進を止め、円陣を組み始めた商隊に大和も戻って行く。未だにダンゴ虫――大転蟲と云うらしい――には慣れないが、一々リアクションを取るほどではない。円陣の中では小間使いや従者が焚火と食事、天幕の準備をし始めていた。大和も天幕の準備を見よう見まねで手伝う。
最初の頃こそ遠慮されていたが、大和は自分だけ手の空いている状態でいると嫌な感情を持たれるのではないかと云う危機感から、強く手伝うと申し出た。慣れない作業ではあったが、持ち前の力持ちで重い部品を運んだり、天幕の梁や柱を支える作業で貢献していた。
すべての天幕を張り終えたところで、夕食ができたと云う声を聞き、小間使いや従者たちと共に食事の場へ向かう。
焚火のまわりに設けられた夕餉の場にはすでに商人たちや護衛たちが食事を取っていた。大和もスープと干し肉、硬いパンを受け取り、護衛たちの近くで食べ始めた。大和がヘルメットの顎部分を開けてパンを齧リ始めると、護衛の一人が近づいてきた。
「やあ、今日も御苦労さん」
「……そちらこそ」
「いやいや、お前さんのおかげでこっちは随分と楽させてもらってるよ」
ニコニコと話しかけて来た中年の男はこの商隊の護衛隊長である。名前をザラート・キールと言う。商隊の主であるウゴラスが直接スカウトした叩き上げの一人である。
「しかし、お前さん。いつもその鎧着てるけど、邪魔じゃないか? 飯食ってる時くらい脱いだらどうだ?」
「……いつ、どこで、何が起きるかわからない。どんなときでも対処できるようにしているんだ」
「はは、心掛けは立派だよ。だが、まだゲザイヤまで3日はかかる。そんなんじゃ身体が持たんぞ」
「……問題ない」
「まあ、お前さんがそう言うならいいけどさ。夜くらいはしっかり休めよ?」
護衛隊長はそう言い残すと、他の護衛兵のグループの方へ行ってしまった。彼は毎日こうやって大和の様子を見てくる。おそらく功労者である大和が孤立気味であることを懸念してのことだろう。大和もそれくらいはわかる。しかし、素直に彼の好意を受け取ることができない。いや、受け取るのが怖いと思ってしまうのだ。一度仲良くなっても後で突き放されてしまったら? 裏切られたら? そんな可能性を考えるだけで大和の心は冷え上がった。現在のところ唯一の拠り所であるこの商隊から拒絶されたら大和の心は耐えられないだろう。
この商隊と出会った頃は大和もここまでの不安は抱いていなかっただろう。しかし、日数が過ぎ、時間が経てば経つほど大和の不安、孤独感は大きくなっていき、今では精神が削れるような焦燥感を感じるようになってしまった。
旅の途中であるので仕方ないが、食事は当然美味しいとは言い難い、特に飽食社会であった現代日本の一般市民たる大和にはそれが強く感じられた。初めの一日目こそお腹を壊すんじゃないかと思っていたほどだが、今ではそれどころではなく、味を感じることもない。
食べ終えた食器を小間使いの人に返し、大和はそそくさと自分に与えられた天幕に潜り込む。護衛隊長が日中ずっと最前線で働いてくれる大和を慮り、夜の間は見張り番から外してくれているのだ。大和はその配慮に感謝しているが、正直余計なお世話だとも思った。
天幕の中で甲冑を着たのまま横になる。彼は寝る時でさえ鎧を脱ごうとはしないのだ。それはゲームの中のことであろうと、自分が普段身に着けていたものから離れたくないと云う思いと、漠然としない不安からだった。この世界で自分の脅威足る存在はまだ確認できてはいない。ならば【グレートソード】と同じ理由で地味なものに換えた方がいいのではとも考えたが、それでももしも、と云う事を考えてしまい、彼が所有する防具の中でも最も優れたこの鎧を着続けている。
外ではまだ人が起き、動いている音や気配がするなか、横たわった大和は目を閉じたままピクリとも動かない。寝ているわけではない。むしろ、意識はしっかり覚醒している。彼は眠りたくないのだ。眠るのを恐れている。次に目が覚めたときには何もかもが終わっているんじゃないかと云う不毛な考えのせいで大和の心が寝ることを拒否している。幸か不幸か彼は《常在戦場》のおかげでどれだけ夜が更けても起きていられる。外の音がだんだんと静かなものとなっていった。皆寝るために自分たちの天幕に入って行ったのだろう。地球の時間に照らし合わせれば、19時過ぎ程度であるが、便利な照明器具があるわけでもないこの世界では十分に就寝時間である。
大和は静かになった外へ意識を向けながら、ひたすら狸寝入りを続けていた。
――見張りのために夜中燃やし続ける焚火の音
――近くの天幕から聞こえるイビキ
――見張り番の兵が円陣の中を警邏する音
――こんな荒野でも虫くらいはいるのか小さく聞こえる虫の音
都会の自分の家で寝ていたならば決して聞くことがない音ばかり、それだけが大和にとって少しばかりの慰めとなってた。
◆
商隊の中でも一際大きな天幕。商隊の主であるウゴラスの天幕であった。その中でウゴラスと護衛隊長のザラートの姿があった。
「それでどうだ? あの剣士は」
「実力は申し分ありませんね。とても優秀な戦士だと思います」
寝着に着替えたウゴラスとまだ鎧を着たままのザラートが椅子に座って向かいながら話し合っていた。話の内容は突如商隊の中に転がり込んできた謎の剣士、大和のことだ。
「それは儂もよくわかっている。儂が聞きたいのは奴の狙いが盗賊共と同じかどうかだ」
大商人であるウゴラスは大和に警戒心を未だ解かない。ならば何故、彼を受け入れたのかと云うと、断った場合、彼がこっそり商隊の後をついてきて、魔物の襲撃などのトラブルと合わせて奇襲を仕掛けてくる可能性があると思ったからだ。正面から来られても勝てる見込みがないと云うのに、奇襲などされたらどうしようもない。とりあえず受け入れて監視を付ければ、少なくとも奇襲されるとこはないとまで計算したのだ。
「それはないかと思われます。もしそうであれば、とっくにこの商隊は壊滅していることでしょう。わざわざここまで引き延ばす必要はありません」
「ふむ、ではもし彼がこちらを信頼させてそれを裏切ることで愉悦を覚える類の輩だったらどうだ?」
ウゴラスはなかなか警戒心を解こうとしない。これは一度盗賊団に襲われたことがあると云うこともあるが、本来の彼が非常に慎重な人間であることに由来する。
「それもないでしょう。彼にはそういった下種特有の“臭い”がしませんし、人を殺すことに慣れた傭兵崩れなどとも違うように思えます。それに彼の丁寧な口調からしても気高い武人か何かでしょう」
ザラートは大和の口調と常在戦場の心得からそのように予測した。加えて言うならば、大和の天幕を張るのを手伝ったり、小間使いや従者を思いやる善人さがその考えを助長させている。
大和が学生にしては丁寧な口調を話すことができるのは、彼の両親が学校の先生をしており、幼いころから目上の人には丁寧に話すように厳しく躾けられていたことに由来する。更に言えば彼の酷い孤独感も、両親の職業の関係上、彼が学校に行くよりも早く家を出て行き、彼が学校から帰ってくるよりも遅くに帰ってくることから、家で会うことが少なくなってしまい、日常的に人の存在に依存し気味であったことが大本であったりする。そして、それを紛らわすために大和は青空戦記に依存し、トップクラスのプレイヤーに至るまでになったのであった。
「強いて、不安を上げるのであれば、我々と距離を置きがちだと云うことでしょうが、冒険者の中では特に珍しい反応ではありません」
「そうか、お前がそう言うのであれば信じよう。儂はやはり運がいいらしいな」
ウゴラスはやっと大和を信用することにしたようだ。最大の懸念事項が氷解したことで、彼の顔には笑みがある。
「ええ、できれば彼とは今後もパイプを作っておきたいものですね」
「それはお前の方に任せよう。上手く引き込めたら、今度王都でボーナスをくれてやろう」
「それはそれは、やる気が出て来ました」
主人と護衛が笑い合う。大和の裏切られるのではと云う懸念はまったくの的外れとなったが、彼がこれを知る機会は少なくとも今のところはない。今の大和は幾らザラートに誘われても決して心から信用することはできないだろう。当人たちの間の溝はいまだに埋まらない。
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一部修正しました。
6/30
誤字修正しました。




