05.護衛
「お館様、あの鎧がこっちに近づいてきます」
「うーぬ。味方であれば良いんだが……」
大商人の気持ちは部下達にもわかる。どう判断すればいいのか判らないのだ。
覚悟を決めて降伏しようと思った頃に突如盗賊たちの様子がおかしくなった。見れば、西の方から人影が近づいて来るのがわかった。冒険者の集団か王国軍がたまたま近くにいて助けてくれるのかと思い、最後の抵抗を足掻き続けた。少ししたら明らかに自分達を囲っている盗賊団に動揺が起きており、おそらく、足止めが失敗したか、味方が敗北したのだと思った。何故なら、盗賊団が包囲を解き始めて逃げるように撤収して行ったのだ。
しかし、盗賊団が消えた後には冒険者の集団も王国軍の姿はなく、一つの甲冑がこちらに向かってきたのだった。別のところに本隊がいるわけでもないようで、まさかアレ一人で盗賊団を追っ払ったのかと半信半疑である。例えそれが事実であっても更に疑惑は生まれ、盗賊団の代わりにアレがこちらを恫喝する可能性だってある。一人で盗賊団を追っ払うような存在にどう対処すればいいのか。もしかしたら、仁に厚いジャギナス旅団よりも過酷な要求をしてくるのではないかなど、不安は尽きない。
◆
円陣を組む商隊のすぐ傍まで近寄った大和は、当初ラクダかロバだと思っていたものが見た事もない巨大な蟲であると知ったとき鳥肌が立った。都会の街中で育った大和にとって、虫と云えばデパートで売っている甲虫か蚊やハエやゴキブリなどの家庭内の虫くらいしか見たことがない。更に言えば男子として情けない話であるが、大和は虫が苦手で遠くから見る分には大丈夫だが、触れるなどもっての外である。
「キモい、キショい。なんなんだこの虫、異常だろうがよ」
虫に詳しくない大和でも全高1メートルもあるダンゴ虫など存在しないことは知っている。それ故に更におぞましさが際立って見えるのだ。
「たぶん、この中にさっきの盗賊が襲っていたのがいるんだろうけど。これ以上近づきたくない……」
大和は顔を真っ青にしながら、ダンゴ虫を睨みつける。ダンゴ虫にはその大きさの倍の量の荷物が縛り付けられており、2メートルほどの壁を形成している。それがこのダンゴ虫が運搬用の家畜であることを嫌でも判らせてくれる。つまり、人が操っており、近くにも人がいる可能性が高い。そうでなければ大和はそのままUターンをしていたことだろう。
「いや、待てよ。もしかしたら虫人のような人種が飼っているものの可能性だってある。つまり中にいるのは蟻のような昆虫人で、……ウッワー、鳥肌がッ」
甲冑を着ているため肌を掻くことができない大和は、己の想像に辟易した。
「……やめるか。そんなおぞましい体験をするくらいなら荒野を当てもなく彷徨う方が遥かにマシだ。世の中には知らない方が良いこともある」
自分にそう言い聞かし、引き返そうとした瞬間。ダンゴ虫隊列が動き出し、円陣に穴ができた。その中から出て来たのは初老の男性で、見ただけでわかる高価な指輪や首輪、腕輪などを嵌めていた。当然人間である。
「まずは、助けて頂いたこと感謝いたします。私はこの商隊の主の商人であるウゴラス・デ・リーデカスと申します」
「……刃匠、アツマ・シキ」
「では、シキ殿、お話は中で致しましょう」
そう言って、ウゴラスは円陣の中へ戻って行った。正直に言って大和は人間が出て来たことには安堵したが、あのダンゴ虫の群れの中に入るのは御免だと思った。しかし、誘われてしまったなら仕方ないし、なんか金持ちそうなオジサンを無碍にするのも気が引ける。基本的に大和は小市民気質なのだ。
黙ってウゴラスの後をついていき、ダンゴ虫の門を跨ぐ。円陣の中心には大きな馬が引く馬車があり、ウゴラスはそこへ向かうようであった。
ウゴラス以外にも商人やその小間使い、そして護衛兵の姿が見え、人がいる空間に大和は少しばかり安心した。ウゴラスが馬車の戸を開けて先に入り、大和を中へ促す。大和は黙って従い、馬車に入るとその豪華さに驚いた。床には土足で入るには申し訳なくなるような見事な獣の毛皮が敷き詰められており、ところどころ宝石などを施した装飾が飾ってある。
ウゴラスは大和を席へと促し、自身もその向かい側に座る。
「さて、改めて我らを盗賊より救出していただき、誠にありがとうございます。少しでも感謝の気持ちが伝わればいいのですが」
そう言いながらウゴラスが懐から取り出したのはこれまた見事な刺繍が施された布袋で、それを大和へと手渡した。大和はその布袋の重みを感じ、中を見てみると、金貨やら宝石やらがこれでもかと云うほどに詰っていた。大和の金銭感覚では判らないが、たいへん高価であると云うことは判る。大和は言葉を失い、固まってしまった。
「……申し訳ないのですが、今の手持ちですとこれ以上の報酬は用意ができませんので、王都へお寄りの際にこれをリーデカス商会の窓口に差し出してください。そこで残りの報酬を支払う手筈を整えておきます」
大和の沈黙を不足と受け取ったウゴラスはそう言いながら、羊皮紙を取り出して大和に広げて見せる。大和にはそれに書かれている文字は読めない。見た事もない文字だった。強いて言えばアラビア文字に似ているだろうか。大和は報酬云々などどうでもよく、貰えるのなら貰おうかなと云うくらいでしか考えていない。むしろ、それらよりも優先すべきことが大和にはあり、先にそちらの方を片付けようと思い至った。
「あなた達は何処へ向かうのですか?」
大和が初めて言葉を口にしたことにウゴラスは少しばかり逡巡した。思っていたよりも丁寧な言葉遣いだったのが意外だったのだ。
「ギギアイル荒原のほぼ中央にあるゲザイヤ自治領です」
「実はおr……私もゲザイヤに向かう途中です」
「ほう、奇遇ですな」
「ええ、そこで相談なのですが、今回この報酬では少しばかり過分です。そこでゲザイヤに向かうまでの護衛として私を雇いませんか? その報酬は今回の報酬に含めるとして」
「……ふむ」
当り前な話だが、大和はゲザイヤと云う町に聞き覚えはないし、勿論行く予定もない。大和は確実に人間のいる町――町であれば何処でも良い――に行きたいがために、護衛としてついていきたいだけなのだ。そこでウゴラスの話にうまく合わせて、護衛の話を引っ張って来たのだ。
「確かに、先ほどのように大規模な盗賊団に襲われれば心許ないのは事実ですが……。命の恩人にそのような事を頼むのは……」
「私のことは傭兵でも雇ったと思えばいいのです。それに私は腕には自信があります。今回程度の相手であれば問題なく撃退できますよ」
なんとしても彼らについていきたい大和は、自身を必死に売り込む。それにまったくの嘘でもない。大和と戦ったアグイダス程度の相手ならば百人いても勝てる自信がある。そして、ウゴラスとしても大和の申し出は非常にありがたい事でもあった。
「それでは申し訳ないですが、お願い申しあげます。シキ殿」
「任されましょう、ウゴラス殿」
最終的には二人はそれで合意した。双方、僅かな懸念を秘めながら。
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誤字修正しました。




