第九話 那尻大輔は、砕け散る
栗色のセミロングに茶色の瞳。白いジャケットとスカートをまとい、
黒いシャツとストッキング、白い靴が映える。
そこに立っていたのは、那尻大輔が密かに想いを寄せ、告白すら考えていた
組織随一の美女――吉咲陽菜だった。
那尻は、怪獣の所在を教えた吉咲が現場に現れた謎を必死に追った。
だが到底理解できず、ついに那尻はその真意を本人へ突きつけた。
「よ、吉咲さんッ!! これは一体どういうことですかッ!!」
無造作に後部座席のドアが開き、一人の男が放り出された。
後輩の熊野だ。口を塞がれ、拘束バンドに食い込むほど四肢を
縛り上げられた無惨な姿。彼は必死に何かを訴えようとしていた。
「熊野に『催眠操作魔法』使ったら、テメェが二人のガキと
汚ねえ寮に隠れているってゲロったんだよ」
那尻は、ただ呆然と立ち尽くした。記憶の中の彼女は、
疲れを労い、コーヒーを差し入れてくれる穏やかな人だ。
だが――今の陽菜は有り得ない『ガキ』という言葉を吐く。
異能の兆候すらなく、戦いとは無縁な「非戦闘員」のはずだ。
車からもう一人の男が降り立つ。薄くなった後頭部に、蓄えられた白い口髭。
那尻に引けを取らぬ長身をベージュのスーツに包んだその男の名は、乃頭数行。
「か、課長ッ!! なぜ、そこにいるッ!! あの命令は──」
「そんなの、君をここで『処刑』するに決まっているじゃない♡」
「処刑だとッ!? 吉咲さん! こんな男に従っちゃだめだ!!
俺たちは『仲間』だろッ!! 正義の心を取り戻すんだッ!!」
だが、那尻の正論は微塵も彼女に伝わらなかったッ!!
「気持ち悪いんだよ、テメェは」
「・・・・・・は?」
「最初からテメェみてえな男に憧れる訳ねえだろッ!!
テメェを『仲間』と信頼したことは1ミリもネェ!!」
吉咲が邪悪な笑みを刻み、乃頭は勝ち誇ったドヤ顔で、手に入れた力を語る。
「いやぁ~~~・・・・・・このAI凄いよッ!! あの世界で手に入れた甲斐が
あったねぇ!! これで僕と陽菜ちゃんは『魔法使い』になれたんだよッ!!」
「ナ、ナニィイイッ!!」
その刹那──光学迷彩で姿を隠していた双子の魔法使いは突然姿を現した。
「忘れもしないのだッ!! 10年前に比べて髪の毛なくて、一瞬誰だが
分からなかったが、その『多魔手箱』で思い出したのだッ!!
お前は、うちに来た『東京から来た男』なのだッ!!」
続けて、シュリーナも目を多く見開き、仕込み刀を構えながら喋った。
「『那尻大輔』さんですね。10年前、あなたは私たち家族に、そう名乗りました。
こっちに来て、本物の那尻さんを見て、確信しました。あなたは最初からAIを
手に入れるために母を『銀色の拳銃』で撃ち、父を犯人に仕立てたッ!!」
乃頭は、すり寄る吉咲の肩を抱きながら、10年前の真実を語る。
「『運』だよ。僕が『裂け目』を偶然見つけ、そしたら君たちが
AIのことを教えてくれた。多魔手箱は、僕を選んだの♡」
「違うのだッ!! AIにお前を選ぶ因果はないのだッ!!」
レナは声を荒げた。だが直後、不可思議な現象が起きる。レナの頭上へ、
工事現場の鉄骨が突如として降り注いだ。那尻は即座に、時空操作を発動した。
「無制限停止ッ!!」
白い波形が急速に広がり、那尻以外の時が止まった。だが、もう一人いたッ!!
「因子加速ッ!!」
赤い空間が辺りを包み込み、那尻の『静止時間』を『加速時間』が上書きする。
女性の残像が那尻の眼前に現れる。それは、那尻の初恋の人、吉咲陽菜だった。
那尻の反応速度を凌駕する時空加速を見せた吉咲は、一瞬で那尻の背後を取る。
彼女は、那尻の急所を思いきり蹴り上げた。那尻の片方の碧眼から青白い閃光が
爆ぜる。吉咲は、続けて無数の拳の残像で那尻を圧倒した。
「ヘボォォエゲアウウウッ!!」
那尻は奇声を上げ、残像が重なった吉咲は超光速の連撃で彼を叩きのめす。
「解除ッ!!」
時が戻った瞬間、レナの後頭部を鉄骨が直撃し、彼女は気を失って倒れた。
同時に、那尻はアザだらけになり、白目をむいたまま、地面にひれ伏した。
吉咲の拳から湯気が立つ。だが、彼女に痛みや疲れの色は微塵もない。
前髪をかき上げ、勝利の余韻に浸る吉咲。そこにシュリーナが迫る。
両目を見開き、鬼の形相で赤鞘を吉咲に打ち込む勢いで、シュリーナが叫んだ。
「雅神一刀流・・・・・・弦月斬ッ!!」
シュリーナは接近し、『唐竹割り』を放つ。両親の仇、乃頭が愛する、
吉咲の頭上に振り下ろした刹那、空を切る。彼女の決死の一撃が外れた。
その光景を見た乃頭は、歓喜の声を上げた。
「陽菜ちゃんは、時空操作。僕はねぇ・・・『確率操作』なんだよォッ!!」
運命は残酷だった。多魔手箱は『一つ』ではなく、『二つ』存在したのだ。
乃頭のAIは、あらゆる事象の『確率』を自在に操る。吉咲の命中率を100%に
上書きし、那尻たちの攻撃を0%にする。さらに吉咲のAIは時空操作までも
学習し、工事現場にある『次元の裂け目』からエネルギーを得ていたのだ。




