第八話 那尻大輔は、出動する
那尻は、シュリーナが見せた『銀色の拳銃』の写真に狼狽した。
どう見ても、うちの制式採用拳銃じゃねえかッ!!
10年前、組織の誰かが『裂け目』を越えて事件を起こしたのか?
だとしたら、なぜ父親が犯人に仕立て上げられているんだ?
刹那、シュリーナの細められた瞳が鋭く開いた。
「私は『波動』を自在に操れる魔法使いです。いま、あなたの心拍数が
変動したことを感知しました。・・・・・・もしや、あなたの組織が
関わっている犯行なのですか?」
「待ってくれ。俺は当時から一課の捜査員だが、異世界への越境任務など
一度も耳にしていない。俺たちの本分は国内の治安維持だ」
「・・・わかりました。信じます。あなたの組織が『魔法生成AI』を
奪おうとしたのではないと」
「ああ。一つ聞きたいんだが、そのAIで何ができるんだ?」
隣で話を聞いていたレナが、那尻の問いに勢いよく答えた。
「それは『多魔手箱』というのだッ!! 膨大な魔法の数式を記録し、そこから
AIが自律的に確率を計算し、人間の代わりに新しい魔法を開発できるのだ」
「人工知能が未知の魔法を? 待て、コンピュータがどうやって空間に漂う
魔素細菌に干渉するんだ? 魔法を生み出すのは細菌だろ?」
「コンピュータも電磁波を放射するのだ。そして人間も脳波という電磁波を
放って『演算データ』を空気中の魔素細菌が食べることで魔法が発動する。
多魔手箱をネットに繋ぎ、世界中の電磁波を通して地球全体の魔素細菌に
命令すれば、一瞬で地球の物理法則を書き換えられるのだッ!!」
その時、シュリーナが新たな写真をテーブルに置いた。
写っていたのは、金色のオイルライターのような物体だ。表面には
バラと三角定規、そしてダイヤモンドの紋章が刻印されている。
「これが、多魔手箱なのか?」
那尻の問いに、シュリーナが間を置かず答えた。
「はい。この大きさで、地球上の量子コンピュータを遥かに凌ぐ性能です」
「もし、こんなのが日本で悪用されたら・・・」
「確実に地球人の兵器では太刀打ちできません。10年前、医療目的以外に
使用できないように父が『刻印』を施しましたが、この国の技術力を
もってすれば、現在は刻印が解除されたと思います。ですから――」
その時、突如として那尻のスマホが鳴り響いた。同時にシュリーナが
目を閉じ、脳内で周波数を計測し始めた。彼女は今、この通信の
『発信源』を特定しようとしていたのだ。
那尻は、電話相手の名前を見た。
――捜査一課長、乃頭数行。
「レナ、那尻さんのお邪魔にならないように、私たちは席を離れるわよ」
「姉者、分かったのだッ!」
珍しく空気を読んだ姉妹は、扉を開けて廊下へと出た。
那尻は二人に頭を下げ、乃頭からの電話に応じた。
「お疲れ様です、課長。那尻です」
「あ、出た。天宿区の工事現場で、機械の怪獣出たから、やっつけて」
「恐れ入ります。工事現場の具体的な場所をご教示──」
「君さぁ、それくらい魔法で調べられないバカなの?」
「・・・・・・申し訳ございません」
「メンドくさッ。じゃ、陽菜ちゃんにLAINで
地図と一緒に送ってあげるから。僕に感謝して、今すぐに」
「課長のご好意、厚く御礼申し上げます!!」
「ハハハッ!! 上司の命令に応える、それが部下の流儀ィィッ!!」
乃頭は、一方的に通話を切った。
那尻は上司の横暴を深呼吸とともに肺の奥へ押し込み、
思考を『怪獣討伐』へと瞬時に切り替えた。
戻ってきたレナが那尻の背広を引っ張り、目を輝かせながら言った。
「話は聞いたのだッ!! 正義の味方として参戦するのだッ!!」
「ダメだ。お前たちは公務庁にマークされている。出るなッ!!」
「大丈夫なのだッ! 光学迷彩で隠れて出ればいいのだッ!!」
『粒子』を司るレナの指先が、『波動』を制御する姉の手の平と重なる。
二人の脳内領域は量子もつれを介して直結し、並列演算の果てに、
物理定数を書き換える上位術式を起動させた。
「量子同調ッ!! 物体錬成ッ!!」
波動関数を収束させ、光子の相互干渉を完璧に制御する。二人の演算が、
外部からの電磁波を完全に回折・透過させる『光学外套』を編み出した。
「ナ、ナニィイイッ!!」
誰もいないはずの空間から、レナの快活な声が響く。
「これならコームチョ―とかいうのに、見つからないのだッ!!」
那尻は頭をかき、二人の魔法の破天荒さに感嘆した。
直後、スマホに地図が届く。三人は即座に寮を飛び出した。
那尻が『時空操作魔法』を発動し、レナとシュリーナを『時空膜』で包み込む。
この膜の内部では那尻の加速能力が共有され、同時に超高速移動による肉体への
弊害も完全に遮断されるのだ。三人は光をも追い越す速度で現場へと急行した。
数秒後、辿り着いた現場で三人は言葉を失った。
怪獣の影も、人の気配すらない。工事現場を支配していたのは、
不気味なほどの静寂だった。やがて一台の車が静かに停車する。
扉が開き、そこから現れた人物の姿に、那尻は驚きを隠せなかった。




