第七話 那尻大輔は、戸惑う
メドラー姉妹との激闘を終え、エッティンガー姉妹は那尻の住む寮に
転がり込むことになった。異世界から来た彼女たちは、一週間以上も
風呂や着替えと無縁で、激烈な悪臭を解決しなければならなかった。
特務官の給料で集めた高級家具と、一室を占領するトレーニングマシン。
これまで誰も踏み込ませなかった「城」に、初めての女性客が加わる。
だが、那尻には次の課題が迫っていた。女性物の服の調達という難題に
対し、姉妹が浴場を使っている隙に、女性の同僚へ相談することを決める。
吉咲陽菜ならば、この難題における最善の協力者となるはずだ。
那尻は玄関の扉を開け、廊下へ踏み出す。
だが、そこには後輩の熊野が立っていた。
「ウォッ! 熊野、お前いつからそこに居るんだよッ!!」
「先輩・・・・・・」
「ん? なんだ?」
「さっき先輩が連れ込んだの、異世界人の女の子でしょ?
報告義務があることくらい、分かっていますよね。僕たちは、
日本の『平和』を守る側の人間なんですよ?」
「上に報告してみろ。あの子たちは二度と外に出られなくなる。
お前は、組織に主導権を握られるのが正しいと思っているのか?」
その瞬間、熊野の表情が険しくなり、彼は那尻に食ってかかった。
「自分の立場を考えろッ! あんたは世界に誇れる人だろッ!!」
「世界に誇れるって・・・俺は別に世界にどう思われても──」
「あんたが思わなくても、もう誰もあんたを無視できないッ!!
あんたの評価が下がれば、僕ら特務も巻き込まれるんだッ!!」
なんだそれ。俺の評価が、そのまま組織に反映される?
組織は『平和』じゃなくて『名声』を守っていたのか。
じゃあ、いままで俺は何のために頑張ってきたんだ──
那尻は、自らの歩んできた道に、かつてないほどの違和感を覚えていた。
上層部の冷遇、劣悪な労働環境。そんな現実に耐えられたのは、彼を
支える仲間がいたからだ。しかし、今の彼には『疑念』となっていた。
──みんなで、俺を『安心』させていただけだったか。
那尻が沈黙すると、熊野は優しく彼に答えた。
「代わりに、僕が買い物行きます。うち、嫁も娘もいるんで。
異世界人の女の子たちの必需品も集められますから。先輩は、
部屋に戻ってください。実は・・・公務庁が監視しています」
「マジか・・・陣堂長官の古巣じゃねえか」
「うちは公務や日本国防軍のキャリアを中心に組織されましたから。
実は・・・僕の親父が公務なんです。僕は先輩と違って、血筋で
特務庁に入庁しました。尾行や調査も、親父譲りなんですよ」
熊野は俺を見張っていたのか。だが情報を伝えてくれたのは、
こいつが組織での立場よりも、俺のことを考えて行動した証拠だ。
熊野は組織より俺を選んだ。なら、俺もその想いに応えるべきだ。
那尻は熊野のことを信用し、彼に姉妹の服や洗面用具の購入を頼んだ。
熊野は持っていたサングラスを掛けると、足音を消して歩き始めた。
忍者のような動きを見せて去る後輩を見送り、那尻は部屋へと戻った。
「あいつも、色々と事情を抱えた男だったんだな・・・」
那尻がリビングに戻ると、そこにはバスタオル一枚で身を包んだ
エッティンガー姉妹がいた。二人は冷蔵庫から勝手に牛乳を取り出し、
我が物顔でくつろいでいる。汚れを洗い落とした肌からは白い湯気が
立ちのぼり、彼女たちの表情は多幸感に満ちていた。
呆然とする那尻の姿に気づいたレナが、彼に抱きついた。
「ダイスケ!! お風呂良かったのだッ! ありがとうなのだッ!!」
「分かったッ!! だから服が届くまで、ジッとしていなさいッ!!」
数分後、熊野から預かった服を渡すと、姉妹はその場で着替え始めた。
那尻は慌てて自室へ逃げ込む。やがて、誰かが部屋の扉を叩いた。
「お話があります。タクシーで途切れた、あの夜の続きを」
シュリーナの声は低く、重い。那尻は覚悟を決めて居間に戻った。
だが、そこにいた二人の姿を見た瞬間、彼は頭を抱えた。
そこにいたのは、場違いなほど露出の激しい服に身を包んだ、
令和のギャルそのものな姉妹だった。
──さっきお前に感動した俺の時間を返せ、熊野ッ!!
しばらくすると、シュリーナは神妙な表情で、語りだした。
「私たちが2階から1階に降りると、母は亡くなっており、
父は『銀色の拳銃』を握らされたまま倒れていたのです。
翌日、父は刑務所に収監され、獄中で亡くなりました」
(あり得ん。犯人が凶器を握ったまま現場に留まるはずがない)
「凶器が日本製だったのが致命的でした。検察からすれば異世界の
武器は国際問題の火種です。こちらが私が撮った写真になります」
(向こうの検察が日本人の犯行だと知り、事件を闇に葬ったのか?)
シュリーナがテーブルに置いた一枚の写真。
それを見た瞬間、那尻の思考が凍りつく。
――それは、特務庁制式採用のリボルバー拳銃そのものだった。
写真の中の『拳銃』は、彼女たちの母の命を奪った真犯人が、
自分のすぐ傍にいるという事実を、無慈悲に突きつけていた。




