第四話 那尻大輔は、巻き込まれる
この『時』を、逃してはならないッ!!
吉咲さんと付き合ってみせるッ!!
那尻はキリッとした表情で答えた。
「もう安心してください、皆さんッ!! この国で、俺の目が届く以上、
凶悪犯罪なんて起こさせませんからッ!!」
その刹那、那尻の片目が水色に輝き、彼の姿がブレて消失した。時空を
加速させた超光速の機動力。階段を駆け下り、エントランスに残像だけを
残して建物外へと消え去った。
その完璧なヒーローの背中を見届けた瞬間、捜査一課長、
乃頭数行は満足げな表情で言った。
「はい、カット! いやあ・・・みんな、『演技』が板についてきたね。
これなら・・・諜報部門でも『即戦力』として働けるよぉ?」
乃頭の冗談交じりの言葉に、吉咲はねっとりとした甘い声で応じる。
「ええ~、嫌ですよぉ。私、そんなブラックな職場で働きたくありません。
課長のそばで、私にできることを尽くしたいです♡」
「ハハハハハッ! いいねぇ、陽菜ちゃん! 僕が課長である限り、君を
そんな場所へは行かせないよ。じゃ、今夜もデートしちゃうかぁ♡」
乃頭と吉咲は、『汚い大人の関係』であった。
乃頭は、バツイチで娘を養っているが、育児は国民の血税で雇った家政婦に
丸投げし、自身は家に寄り付きもしない。対する吉咲は乃頭と付き合うことで
過酷な特務庁での地位を保証させていた。二人は、『真の仲間』だったのだ。
そして、那尻を熱狂的に信奉するフリをした他の職員たちもまた、
乃頭に高評価をもらえるという理由で、この茶番劇へと加担していた。
乃頭は人事査定に絶大な権限を持っていた。彼に逆らえば、今よりも
悪い職場に左遷させられるのは確実だった。
さらに乃頭は、長官や内閣府から、那尻を含む『異能覚醒者の公務員』に
対する、ある『極秘指令』を受けていた。
一、彼らの『自己肯定感』を徹底的に奪うこと。
二、職場では、同僚こそが『仲間』だという『錯覚』を与えること。
異能覚醒者が増長し、国家への反乱を企てるのを避けるため、彼らを
甘やかしたり昇進させたりしてはならない。
だが、孤立して退職されても困るため、同期や後輩には偽りの期待感を
植えつけさせる。出世の道は塞ぎ、現場での信頼感だけを演出する――。
乃頭を含む『特務庁』の管理職は、那尻のような魔法使いを組織に
従属させ、囲い込みを行っていた。これこそ、この組織が編み出した、
超常の力を持つ者たちの『公僕アルゴリズム』だった。
一方、そんな闇を知る由もない那尻は、すでに限界を迎えていた。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・や、ヤバい・・・頭が・・・」
連続魔法の代償が、彼に襲いかかる。もはや現場まで走り抜く力は、
残っていない。那尻は地に膝をつき、途切れる呼吸を繰り返す。
加齢による体力低下が、彼を着実に蝕んでいた。
那尻は情けなく肩で息をしながら、背広からスマホを取り出すと、
必死の思いでタクシー配車アプリを起動した。
数分後。
彼の前に救世主の如く黒塗りのタクシーが到着し、静かに自動ドアが開いた。
息切れし、足をガクガク震わせながら、世界最強の時空操作使い──那尻は、
白いマスクで口元を隠す運転手に行き先を伝える。
「お客さん、どちらまで?」
「・・・ええと・・・六本毘ヒルズまで──」
彼が、白い座席シートに手をついて車内に滑り込もうとした、次の瞬間。
「確かめさせてもらうのだッ! 本当に『最強の魔法使い』なのかをッ!!」
突然、赤い頭巾とマントを羽織った金髪碧眼の少女が、那尻の背中を
容赦なく蹴り飛ばし、そのままタクシーの座席へと転がり込んできた。
「いてぇええええええ!! お、おい、誰──」
那尻が抗議の声をあげようと口を開けた瞬間、少女の強烈な『臭気』が
彼を襲った。何日も風呂に入らず、洗濯もしていない服から悪臭がした。
(クセぇえええええッ!!)
悶絶して鼻を覆う那尻の横に、仕込み刀を持った糸目の少女が乱入。
彼女も負けじと超絶に臭く、そのまま運転手へ淡々と告げた。
「私たちは、生き別れの娘なのです。父は、私たちを海外に捨て、
この子は慣れない日本語で、必死に愛情を表現したに過ぎません。
父を蹴ったのも、私たちが育った国ではごく普通の習慣です」
そんな雑なウソに、タクシー運転手は心底面倒くさそうに言った。
「あ、そうすか。じゃお客さん、三人でご利用ってことで良いですか?」
那尻は、全力で首を横に振ろうとする。だが、赤頭巾の少女に両手で
ガッシリと頭を固定され、身動きが取れない。少女は運転手に怒鳴った。
「急ぐのだッ!! 既に競争は始まっているッ!! 終わってからでは
何も得られぬ負け犬なのだッ!! そう父が言っているのだッ!!」
運転手は、後で警察に報告すればいいかと思い、アクセルを強く踏み込んだ。
エッティンガー姉妹。異臭を放つ『来訪者』である彼女たちは、那尻に
叶えてほしい『望み』があった。だが、ようやく那尻と巡り会えた瞬間、
彼女たちが那尻に与えたのは、猛烈な悪臭という最悪の第一印象だった。




