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第119話 自称、十四歳

「父の言っていた、何があっても驚くなって、なんだったんだろう」と僕は言った。


「意味などないのかもしれませんよ」とリネアが答える。「あのお方は意味深なことを言うのがお好きですから」


 僕はリネア、キルステーナと共に王家の敷地内へ足を踏み入れていた。

 目指すは『離宮』だ。

 そこは、元国王ハーラル7世と第一王女フィヨーラ殿下が、『保護』されている場所だった。


 『何があっても驚くな』というのが、出発前に父が僕達に言ったことだった。

 いったい何があるというのだろうか……。


 王家の庭園は広く、離宮までは結構な距離があるらしい。

 僕たちを迎えてくれたのは、一人の若い侍女だった。

 先導して歩きながら、彼女は何度もこちらを振り返る。


 何か言いたいことがあるようだった。


「どうされました?」と僕は尋ねた。


「アーリング様……この度は、本当に……なんとお礼を申し上げたらよいか……」


 どういうことだろう。

 僕が彼女に礼を言われるようなことがあっただろうか……。


 彼女は立ち止まると、その場に膝をつき、深々と頭を下げた。


「私はテレヴォ様にお仕えしていた侍従でございます。テレヴォ様が逮捕されたと聞いた時は、目の前が真っ暗になりました。あのようなお優しい方が、姉君を害するなど……ありえないと分かっていても、私には何もできず……ただ、無力感に苛まれることしかできませんでした」


 ぽろぽろと、彼女の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる。


「ですが、あなた様が、あの絶望的な状況から姫様を救い出してくださったと……! あなた様は、テレヴォ様の、そして私達の光でございます……!」


「顔を上げてください。いろいろと成り行きで、幸運にも恵まれ、テレヴォ様を助けることができたんです」


「それでも……本当に、ありがとうございます」


 しばらくの間、侍女は涙を流したままだった。

 美しい涙だな、と思った。


◇◇◇


「申し訳ございませんでした。さあ、こちらです」


 僕たちは彼女の後に続いて歩いていく。


「これから、王様の治療をするんですよね? あ、元国王様の……」とキルステーナが言った。


「そうだね。まあ、治療ができるかどうかも含めて、まずは診断するって感じかな」


「なんだか、状況が複雑ですよね。私たち、そもそも、なんでこんなことになってるんでしたっけ……」


 たしかに、いつの間にか王を治療する話になっている。


 えっと、もともとは……。


 と僕が考えているときにリネアが言った。


「もともとは、フィエルヘイムで停電が起きていました。シリヤ様は魔力が不安定になる現象を調査されており、それで旦那様のもとを訪れたのです」


 そういえば、そうだったか……。

 なんだか、あれも随分昔の話のように思える。


 リネアはさらに言葉をつづける。


「シリヤ様の研究では、旦那様が治療を実施したことが原因で、王国全体の魔力供給量が減少しているのではないか、というお話になっておりました」


 そうそう。

 僕がビルギットを治療したあとに、急に魔力供給量が低下しているという話だった。


 その後、キルステーナの件があり、アスラグが合成獣を生み出しているのではないか、という話になり……。

 ナール・リムグレーペの魔力炉の問題を解決し……。

 スティッレハウン、テレヴォ救出、ダンプダールを経ていまに至るわけだ。


 すっかり忘れていた。


「なんだか、目先の目標がない感じですね」とキルステーナが言った。


「そうだね。こんなに明確な敵がいないのは、久しぶりだ」


 アスラグだったり、宮廷派だったり、と敵の存在があった。

 だが、いまは明確な敵がおらず、なんとなく宙ぶらりんである。


「平和になったということです」とリネアがまとめてくれた。


 そう、たしかに平和になった。

 街を歩いていても、衛兵に捕まるかもしれない、と考えなくてもよくなった。


「さしあたっての目標は……」と僕はつぶやいた。


「さしあさって? 4日後のことですか? 方言?」


 キルステーナが聞き間違えて首をかしげていたが、無視することにした。


「元王と第一王女の治療。そして、天秤のスキルを持った人物の調査。それくらいかな?」


「差し迫った危機はございません」リネアは言った。「元王の治療が終わり次第、フィエルヘイムに帰って、診療所を再開するのも良いかと思われます」


「そうだね。随分と長い旅になったもんだ」


 父は僕に公爵家を継いでほしい、というようなことを言っていたけれど……。

 僕に政治は向いていない。


 テレヴォには悪いが、一段落ついたら田舎に帰らせてもらおう。


「そういえば」僕は不意に思いついたことを言った。「キルステーナさんって、いつまで僕達と一緒にいるの?」


 言った瞬間、あ、言い方がまずかった、と思った。


「……いちゃいけないんですか?」あからさまに不機嫌だった。「そりゃ、私って、一番最後にアーリング様の仲間に入りましたけど、ええ、わかってますよ。レギュラーメンバーじゃないって。邪魔だって。ふん」


 一番最後に入ったのはテレヴォかな、とも思ったが何も言わないことにした。

 こういうときに相手の言い間違えを指摘すると大変なことになる。


「ごめんごめん。きみは僕の大事な仲間だよ」


 さて、なんと言い訳をするか……。


「ほら、聖女として癒やしの旅をしていたじゃない。それは良いのかなって」


「ええ、そうですね……」立ち止まり、考える素振りを見せた。「もうちょっとアーリング様と一緒にいたいなって、そう思ってます。いえ、もう、ずっといようかとも思ってます。私が聖なる力で体を癒やして、アーリング様が心を癒やす。そういう診療所にしませんか?」


「ああ、そうだね。まあ、それもありか……」


 外科と心療内科が併設しているようなものだ。

 往診については手紙をもらってから向かえば良い。


「わーい」とキルステーナが年齢に似合わない声を出す。「これで、私達、家族ですね!」


「家族……」僕はつぶやいた。「家族……か?」


「家族です」と意外にもリネアが同意した。「キルステーナ様、私、旦那様、シリヤ様の四人で家族となります」


「いや、ひどいな。ヴィルデさんとビルギットさんを忘れているよ」


 僕の指摘に、リネアは何も返さなかった。

 あえて二人を省いた、ということだろうか……。


「あ、そういえばキルステーナさんって何歳なの?」


「えっと……」キルステーナは溜めてから言った。「十四歳です」


 そんなわけあるか。


「さばを読みすぎだからな」


「さば……?」とキルステーナが首をかしげていた。


 そうか、さばを読むって異世界の慣用句か……。

 こちらでいえば、なんだろう?

 幻影魚を読むかな……。


「実際のところ、私、年齢ってわからないんですよ。孤児なので。これ、前に言いましたっけ?」


「いやぁ……聞いていないような気がするけれど」


 さすがにキルステーナが孤児だった、という話は聞いたら覚えているような気がする。

 もし言われたとすれば、あの聖アルマと会った絵の世界だが……。

 いや、聞いていないと思う。


「子供の頃に教会に預けられまして。だから、十四回の誕生日を迎えたのは本当なんですけど、それまでが何歳だったのか……。小さい頃の記憶って、あんまりなくて、よく覚えてないんですよ」


「おそらく、私よりも二歳ほど上だと思われます」とリネアが言った。


「えっと、リネアさんは何歳なのですか?」とキルステーナが尋ねた。


「私は二十六です」


「えぇ!? 私、二十八歳なんですか!? いままで二十歳くらいの気持ちで生きていました……」


「おそらくは、それくらいの年齢ではないかと推察されます」とリネアが言った。


 ちなみに、僕が十八歳で、シリヤは……たぶん僕と同じか少し若いくらいだろう。

 ヴィルデはシリヤと同じくらい、ビルギットは……キルステーナと同じくらいなのかな?

 テレヴォは僕と同い年だったはずだ。


 そんな話をしているうちに、離宮へとたどり着いた。


◇◇◇


 荘厳な扉を抜けると、白亜の回廊がつづいていた。

 磨き上げられた大理石の床が美しい。

 壁には精緻な彫刻が施されていた。


 これほどまでに美しい建物は他に見たことがないな、と思うくらいにはすごい建造物だ。


 回廊の至るところに兵士の姿があった。

 元国王と第一王女の警備……というのが表向きの理由である。

 おそらくは、二人が逃げ出すことを防ぐ意味合いのほうが強いはずだ。

 もはや、この元王と王女に政治的な利用価値がないのだから……。


 やがて、僕たちは回廊の突き当たりにある、ひときわ大きな扉の前へとたどり着いた。

 ここで、テレヴォの元侍従が頭を下げて姿を消した。


「……ここだね」と僕は確認する。


 リネアが小さくうなずいた。


「入らないんですか?」とキルステーナが尋ねる。


「いや、最後、フィヨーラ様とは結構ひどい別れ方をしたから……」


 完全に戦闘状態だった。

 一歩間違えれば、お互いに命を落としていても不思議ではない状況だったのだ。


「私に至ってはフィヨーラ様の意識を失わせていますからね」とリネアが言った。


 そうそう、そういうこともあった……。

 なんだか、そこまで昔の話でもないのに、懐かしく感じてしまう。


 僕は深く息を吐いて、吸った。


「行くか」


◇◇◇


 重い扉を押し開ける。

 そこは広大な一室だった。

 高い天井、床まで届く大きな窓、そして、かつては最高級品であっただろう調度品の数々。


 部屋の中央、豪華な絨毯の上で、一人の女性が背中を向けて座り込んでいた。

 純白のドレスを身にまとった、美しい金色の髪。

 第一王女フィヨーラ殿下だ。


 彼女は床に何かを並べて、一人で遊んでいるようだった。


「フィヨーラ殿下」


 僕が声をかけると、彼女の肩がびくりと震えた。

 ゆっくりと、こちらを振り返る。


 僕は息を呑んだ。


 そこにいたのは僕の知るフィヨーラ王女ではなかった。

 あの狂気的なまでの憎悪も、王族としての威厳も、全てが消え失せている。


 彼女は僕の顔を認めると、ぱあっと花が咲くような無邪気な笑顔を見せた。

 まるで幼子のような、純粋な喜びの表情で。


「あ! アーリングお兄様だ! やっと会えた!」


 甲高い子供のような声。

 彼女は床に並べていた木の人形を放り出すと、僕の元へと駆け寄ってきた。

 そして、何の躊躇もなく、僕の胸へと飛び込んできたのだ。


「うわっ!?」


「会いたかったの! フィー、ずっと、ずーっと、お兄様に会いたかったんだから!」


 僕の腰にぎゅっと抱きつき、彼女は顔をすり寄せてくる。


 僕は混乱し、動けずにいた。


「あの、フィヨーラ殿下……?」


「なあに、お兄様?」


 僕を見上げるその瞳は、どこまでも澄み切っている。

 だが、僕の【神のディアグノーゼ】は、その純粋さの裏にある、恐るべき真実を捉えていた。


 彼女は、どうやら記憶を失っているようだ。

 記憶が幼少期に退行しているのが視えた。

 もちろん、肉体は何も変わらない。大人の女性のままである。


「お兄様。私、さびしかった。大好きよ」


 僕はフィヨーラに抱きしめられたまま、何も言葉を返せなかった。

 父の言っていた『何があっても驚くな』とは、このことだったのか……。

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