第118話 お嫁さんにしてくれなくて、ありがとう
「これより、緊急評議会を開催する」
父上は、そう宣言した。
王都アースフェルの貴族評議会は、議事堂で開催されていた。
その荘厳な広間の末席に僕はいた。
父上と、ファルク伯爵、そしてヴァインベルク侯爵により見届け人として推薦されたのである。
僕の隣にはテレヴォがいた。
彼女は緊張した表情で座っている。
父は立ち上がり、広間に集まった貴族たちを見た。
「議題は、現国王ハーラル7世陛下、並びに第一王女フィヨーラ殿下の『保護』に伴う、次期国王の選定についてである」
表向きは、そういうことになっているらしい。
僕達が王都に戻ったときには、すでに国王のハーラル7世と、フィヨーラ王女は『保護』されていた。
手際の良いことだった。
「現状の混乱を収拾し、王国の安寧を取り戻すため、私はここに第二王女テレヴォ殿下を新たなノルガルド国王として推戴することを提案する」
これは、この場にいる誰にとってもわけのわからない展開だろう。
もともと、国王を担いでいた宮廷派の面々もしかめ面をしている。
そして、テレヴォを王女にしようと考えていた復権派も、また表情が冴えない。
中立派も、そもそもどちらにつくか、という存在意義を失っている。
本当に、父上以外にとってはわけのわからない状況だと言えた。
「賛成のものは挙手を」
皆が、すっと手をあげる。
満場一致だ。
まさか、こんな展開でテレヴォが王になるとは、誰が思っただろうか。
「よろしい。これにて、貴族評議会は全会一致をもって、第二王女テレヴォ殿下を次期ノルガルド国王として推戴することを決定した」
厳かに父は宣言した。
広間に拍手は起こらない。
ただ、貴族たちの困惑した囁きと、互いの顔色を窺うような視線だけが交錯していた。
誰もが、このあまりにもあっけない結末と、父の真意を測りかねているのだ。
父は、そんな場の空気を意にも介さず、僕の隣に座るテレヴォへと視線を向けた。
「テレヴォ殿下。……いや、陛下。皆様へ、お言葉を」
促され、テレヴォがゆっくりと立ち上がった。
深呼吸を一つ。
緊張で微かに震えている。
だが、彼女が顔を上げた時、その瞳にはもう迷いはなかった。
王となる覚悟を決めたのだろう。
「皆様。この度の推挙、謹んでお受けいたします」
貴族たちの視線が一斉に彼女へと注がれる。
「現国王たる父、そして姉フィヨーラの身に起きたことは、誠に遺憾であり、私の心も深く痛んでおります。ですが、この国難にあって、私が為すべきはただ一つ。ノルガルド王国の安寧と、民の平穏を取り戻すこと。そのために、この身を捧げる覚悟でございます」
彼女は一度言葉を切り、広間に集う貴族たちの顔を一人一人見渡した。
その眼差しは、若いながらも、確かに次代の王たる者の威厳を放っていた。
「皆様のお力添えなくして、この大任を果たすことはできません。どうか、私と共に、この国の未来を築いてはいただけないでしょうか」
彼女は最後に僕の方へと視線を向け、微笑んだ。
そして、再び皆のほうへと視線を戻す。
「至らぬ点も多々あるかと存じますが、皆様のご指導ご鞭撻を賜りますよう、心よりお願い申し上げます」
テレヴォは深々と一礼すると、静かに席へと戻った。
広間には、今度こそ拍手が起こっていた。
僕は、隣でほっと息をつくテレヴォの横顔を見つめていた。
さて、これからどうなることやら……。
◇◇◇
評議会が終わったあと、オラブ侯爵とファルク伯爵が僕たちの元へと歩み寄ってきた。
「アーリング殿、テレヴォ陛下、誠におめでとうございます!」オラブ侯爵が、満面の笑みで僕の手を握る。「いやはや、アーリング殿が陛下を無事お連れくださらなければ、この国の未来はどうなっていたことか! まさに、救国の英雄ですな!」
「うむ」ファルク伯爵も、その武骨な顔に穏やかな笑みを浮かべて頷いた。「アーリング殿のこれまでのご活躍、そしてテレヴォ陛下のその気高いお覚悟。それらが、この評議会を一つにまとめたのだ。素晴らしい。これで、ようやくこの国も、あるべき姿を取り戻すための一歩を踏み出せる」
二人の賞賛の言葉は大げさで、僕には照れくさかった。
そもそも、僕が何かしたというより、結局は父上の気まぐれでこのような結果になったのだ。
「僕は何も……。ただ、陛下をお連れしただけで……」
オラブ侯爵は「いやいや!」と大げさに首を横に振った。
「その『ただ』が、どれほど困難なことであったか! アーリング殿、あなたはもっとご自身の功績を誇るべきです。これで、新体制における大臣人事も、我々復権派や中立派からも、適材適所で登用される道が開けたと言えましょう。宮廷派一強の時代は、終わったのです!」
その言葉に、ファルク伯爵も「うむ」と力強く頷く。
政治的な駆け引きには疎い僕だが、彼らがこの結果をどれほど喜んでいるかは伝わってきた。
そして、オラブ侯爵が真剣な表情になり、改めて僕に向き直った。
「アーリング殿。そして、皆様。この場をお借りして、私から一つ、ご報告と決意表明をさせていただきたい」
彼は一度言葉を切ると、深呼吸をして、はっきりと宣言した。
「私、オラブ・ヴァインベルクは、本日をもって政治の表舞台から身を引くことを決意いたしました。これまでの我が身の行いを省み、今後は一私人として、罪の償いに専念したいと考えております」
突然の引退宣言に、広間が再びざわめいた。
だが、オラブの瞳には一点の曇りもなく、その決意が固いものであることが窺えた。
「ヴァインベルク家の家督、並びに商会の運営は娘のテアに託します。未熟者ではございますが、どうか皆様、今後とも変わらぬご指導ご鞭撻をお願い申し上げます」
そう言って彼は深々と頭を下げた。
父はその光景を黙って見ていたが、特に何も言わなかった。
◇◇◇
議事堂を出た僕は、隣を歩くテレヴォに声をかけた。
「陛下」
「陛下なんてやめてよ」テレヴォが苦笑する。「きみの前でだけは、ただのテレヴォでいさせてくれない?」
彼女の気持ちはよくわかった。
肩書のない、ただの自分として対等に接することのできる相手が、どれだけ貴重か……。
「テレヴォって呼んでもいいの?」
「もちろん」テレヴォは微笑む。「アーリングくんのせいで、私、王になっちゃったんだからね。責任取ってくれる?」
「責任って……」
「そりゃあ、ね……」
「ごめん」僕は謝った。「もうリネアと結婚の約束をしていて……」
「え? そうなの? うわぁ、びっくり。お幸せに」そしてテレヴォは言った。「私が取ってほしい責任っていうのは、つまり、この国の政治についてなんだけれど」
早とちりをしてしまった……。
てっきり、結婚して婿に入れ、と言われるのかと思った。
「父と姉の診察、お願いね」
「ああ、そうだね。離宮にいるんだっけ?」
「そう聞いてる。詳しい話は、きみのお父さんが知っていると思う」
ひとまず、僕の次の目標は元国王と第一王女の治療だ。
何も目的がないよりはわかりやすい。
「それから……シリヤちゃんを貸してくれない?」
「貸すといっても、僕のものじゃないんだけれど」
「どうかなぁ。本人は、アーリングくんの所有物だと思ってるみたいだけど」初耳だった。「あのね、ちょっと……国王にだけ閲覧を許された資料があるみたいで。その分析を頼みたくて」
「どういう資料なのかな?」
「この国の魔力発電に関する、極秘の運用記録。特に、各地の魔力炉がどのように建設され、誰がその管理権を握るようになったのか……その経緯が記されているはず」
リムグレーペで起きた、アスラグの事件。
そして父が固執する分野。
たしかに、そこは調査する必要がある。
「シリヤなら、その資料から何か重要な情報を見つけ出せるかもしれないね。わかった、話してみるよ」
「ありがとう、アーリングくん。助かる」
そして、テレヴォは僕の目をまっすぐに見て言った。
「お嫁さんにしてくれなくて、ありがとう」




