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第116話 孫を見せてくれないか?

「孫を見せてくれないか?」


 僕への頼みが、それか?

 いったい、どういう意味なのか……。

 どのように返事をするべきか考えていると、リネアが答えた。


「はい。少々お待ちください。あと一年以内には、お見せできるかと思います」


 何を言ってるんだ!

 そういうのは、なんというか……運とタイミングだ!


 父上は微笑んだ。


「期待しているぞ」


 そう言って父は立ち上がった。


「アーリング。王都に戻ったら、王と第一王女の治療を頼みたい。おそらくは、その天秤とやらに操られているのだろう」


「わかりました」


「その後は、どうする?」と父が尋ねた。


「その後、といいますと……」


「実際にテレヴォ様が王となったあとだ。フィエルヘイムに戻るのか?」


「わかりません」と正直に答えた。「いろいろ落ち着いたら、帰ろうとは思っていますが」


「そうだな。それが良い。王都に戻り、政治に携わりたいということであれば、私の下で学ぶのも良いだろう。好きに生きるが良い」


「……他人の人生を、踏みつけながら?」と僕は言った。


「他人の人生を踏みつけ、自分の心を殺しながら、それでも、愛のために」


 そう言って、父は部屋を後にした。


 最後に語った言葉は、小説の一節なのだろうか。

 父の語る言葉にしてはロマンチックに過ぎる。


◇◇◇


「お疲れ様でした」


「……本当に疲れたよ」と僕は言った。「あのさ、きみと父の話って、わけがわからないんだけれども」


「わかりそうでわからないように話していますからね」


「なんで、わざわざそんな回りくどいことをするの?」


「そうですね……」リネアは少し考えてから言った。「シュレディンガーの猫はご存知ですか?」


「ああ、そうだね、異世界の書物で、よく出てくるね……。観測するまでは確定しないとかなんとか。量子力学の関係だね。詳しいことは知らない。専門外だ」


「世界は、記述されるまでは不確定なのです。曖昧で、ぼんやりとしていて、わからない。ただ、輪郭だけがある。そこを具体化するのか、しないのか……。そういったことです」


 さらに抽象的で、さっぱりわけがわからなくなった。

 父とリネアの話は真面目に聞いても仕方がないような気もしてきた。


「謎は、解けたほうが良いのでしょうか」とリネアが逆に問いかけてきた。


「そりゃ、解けたほうが嬉しいと思うよ。すっきりするよね。解決編のないミステリー小説があれば、読者は怒るんじゃないかな」


「解かれないからこそ面白い、というものもあると思います。私は、そうするつもりです」


「……僕が死ぬときには教えてくれる?」


「いいえ」とリネアは言った。


「意地悪だなぁ。死ぬときくらい、教えてくれてもいいのに」


「いえ、教えないのではなく、アーリング様は死なないので、教えられません」


「無茶を言うなぁ……」


「しかし、おそらく、可能なのでしょうね」


 またしてもわけのわからないことを言っているリネアだった。


◇◇◇


 テアから連絡があった。

 本日は休息を取り、明朝に皆で王都へ出発することが決まったらしい。


 僕は……最近、なかなか会えていなかったヴィルデとビルギットを連れて、村外れの森を散策していた。


「いやぁ、楽しいねえ!」僕は無理をして元気を装っていた。「三人での散歩は!」


 二人は沈黙している。

 ずっと、黙って歩いていた。


 てくてくてく……。


 てくてくてく……。


 気まずすぎる!


「あのさ……」僕は立ち止まった。「本当にごめんね。最近、会えてなかったね」


「アーリング様」ヴィルデが言った。「本当のことをおっしゃってください。私は、もう不要なのですか?」


「不要なわけないじゃないか。僕が、いままでどれだけ君に救われたことか」


「私のことは不要なのだろうな」ビルギットが言った。「いつも傍にいないし。最後に一緒に戦ったのは、いつだっただろうか」


「えっと……」


 僕は頑張って記憶を掘り起こしていた。

 たしか、テレヴォを救助するときはいなかった。

 そうそう、だから、その前だから……。


「合成獣となったアスラグを倒すとき、ビルギットさんがいなければ無理だったよ。本当に……」


「どうせシリヤのほうが魔法が使えて強いから好きなんだ……」とビルギットはつぶやいた。


「違う違う。そうじゃない。適材適所」


「どうせ筋肉しかない私は、お留守番がお似合いなんだ……」


 めちゃくちゃネガティブになってやがる。


 どうしたものか……。


「僕はさ……二人に会えて、嬉しいよ」


 その言葉に、二人は反応を返さない。


「きみたちの顔を見ると、ほっとするんだ。僕の帰るべき場所は、ここだったんだ、と思える」


 言葉を発しているうちに、話の方向性がようやく思いついた。


「ときには、一緒に戦ってほしい。そして、ときには、僕の留守をしっかり守っていてほしいんだ。きみたちには、その力がある。僕の帰る場所になってほしい」


「アーリング様……」とヴィルデが言った。「はい! おまかせください! 私が、アーリング様の帰る場所になります」


「アーリング殿。私は、筋肉のままで良いのか?」


「ああ、きみは筋肉のままで良いんだ」


 わけのわからない会話になりつつあるな、と思った。

 筋肉のままでいいってなんやねんな。


「本当に良いのか? 私は、このままではまずいと思い、シリヤ殿の通っていたアカデミーの願書を取り寄せたんだぞ!」


 何やってんだ。

 いまから十二歳くらいの子たちに混じって魔術の勉強をするつもりか?

 想像するだけでもやばすぎる光景だった。


「ねえ、アーリング様。私たち、本当にさびしかったんですよ。もう、本当に……」


「ごめんね。本当に……」


「アーリング殿。留守を守った私たちにも、なにか褒美をいただけないだろうか」


「ご褒美ね……。なるほど。うん。わかった。何が良い? 王都に戻ったら、買い物にでも行こうか」


「いいえ」ヴィルデは言った。「あの、私……抱きしめてほしいです」


「ずるい! 私も抱きしめてほしいぞ!」


 そうだな。

 それが彼女たちの褒美になるのであれば、抱きしめるくらいは良いのだろう。


「……わかった。おいで、二人とも」


 僕が両腕を広げると、ヴィルデは「はいっ!」と、今までで一番嬉しそうな声を上げて、ためらうことなく僕の胸へと飛び込んできた。

 その勢いに、僕は少しだけよろめく。


 一方のビルギットは、顔を真っ赤にして固まっていた。


「来ないの?」


「行きたいけれども、私は、そのようなこと……! 恥ずかしい!」


 その初々しい反応が可愛らしかった。

 最近、僕の周囲には、当然のように抱きついてくる女しかいないからな……。


「いいから、おいで」


 僕が腕を引くと、彼女は一瞬だけ抵抗を見せたが、やがて観念したように、ぎこちなく僕の腕の中へと収まった。

 ヴィルデの柔らかさと、ビルギットの鍛え上げられた身体の硬さ。

 二つの温もりが、僕を優しく包み込む。


「アーリング様。あったかいです」

「……かたじけない」


 ヴィルデの幸せそうな声と、ビルギットの消え入りそうな声。

 僕は、そんな二人の頭を、わしゃわしゃと優しく撫でてやった。


◇◇◇


 夜。


 僕は外に出て、木々の隙間から見える星を見ていた。

 王都に戻る前に、この星を目に焼き付けておきたかったのだ。


 隣にはリネアが控えていた。


「お風邪に気をつけてください」と、薄手の布を僕の肩にかけてくれた。


 二人で、ゆっくりと歩く。


 そして、道の向こうから、誰かが歩いてくるのが見えた。

 徐々にその姿は近づいていく。


「……ファルク伯爵」と僕は声をかけた。


 彼は……無表情で僕をじっと見ていた。

 その手には剣を構えている。

 抜身の剣だ。


「アーリング殿」伯爵は言った。「ご覚悟!」

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