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第114話 私の前では、ただのアーリングでいてください

「グレンフェル公爵家は、テレヴォ様を次期王に推薦しようと考えております」


 その言葉に、皆、驚いていた。


 僕も、オラブも、ファルク伯爵も……。


 唯一驚いていないのはリネアくらいだろう。


「グレンフェル公爵……」オラブが口を開く。思考がまとまっていないのか、ゆっくりとした口調だ。「評議会で、国王の更迭を支持するということですか?」


「はい」父上はうなずいた。「テレヴォ様こそが次期王に相応しい。そう考えています」


 わけのわからない展開だった。

 僕たちが目指していた、評議会で多数派を取るという目標は崩れ去った。

 これが、リネアの言っていた、盤上を混乱させる一手か……。

 たしかに厄介だ。


「私が王になるということは……」テレヴォが静かに言った。「私も、多少の実権を握るということです。どのような政策を進めるにも、ある程度、私の管理下にあるということです。これまでとは異なる政治体制になるかと存じます」


 そう、僕もテレヴォと同じことを考えていた。

 つまり、父は現国王を退陣させたあと、このまま政治的なお飾りとしてテレヴォを配置するのではないか、と。

 傀儡政権を再度作り出すだけなのではないか、と、そう思ったのだ。


 しかし、父上は小さくうなずいていた。


「当然、肥大化しすぎた貴族の権限は王家に返されるべきです。私も、権力がほしくて、ここまで働いてきたわけではない。ただ、私以外に適任がいないということで、多くの仕事を任命されたに過ぎません。もう歳です。抱えた荷を幾つかおろし、集中したいと考えております」


「集中するというのは、どちらに? 軍の方面でしょうか」とテレヴォは尋ねた。


「いえ、私が携わりたいのは、この国の魔力についてです。私は、この国全体の魔力を管理しておりますが、現状、まだまだ発展の余地があります。リムグレーペでの一件もご存知でしょう。私がしっかりと管理していれば、あのような悲劇は起こらなかったと言えます。いまでも田舎のほうでは魔力不足により、停電なども起きている。これをどうにかしたいと考えております」


 魔力を管理したい、ということか……。


 巨大な魔力発電所をつくることに携われば、それだけ大きなお金が動く。

 そこの利権だけは逃したくない、ということなのか……。

 僕には、そのあたりのことはよくわからなかった。


「一旦、休憩としませんか」オラブが提案した。「いろいろな情報もありましたし、まだダンプダールの混乱もあります。皆、お疲れでしょう。情報も感情も整理する必要がある。こちらの村には、皆さんの私邸ほど広くはありませんが、ある程度の大きさの家屋があります。そちらを提供しますので、一旦、解散ということにしませんか。また、夜にでも集まりましょう」


 異を唱えるものはいなかった。


 まずはファルク伯爵が部屋を出ていき、次に僕達が出ようとしたときだった。


「アーリング、話せるか?」と父が言った。


「ええ、構いませんが」


「二人で話がしたい」


「だめです」とリネアが止めた。「必ず私は同席します」


「いつまでアーリングの子守をするつもりだ?」と父上が尋ねた。


「いつまでも」


 リネアは父上を睨んでいた。


 父上が視線を逸らし、僕を見る。


「まあ良い。どこか話せる場所はあるか? こちらは誰も連れて行かない。私ひとりだ」


 つまり、武力による解決はない、ということだ。


「少し考えをまとめたいので、三十分後に僕達の借りている家へ来ていただけますか?」


「わかった」


◇◇◇


 僕とテレヴォは並んで歩き、オラブから提供されていた家へと向かっていた。

 後ろからリネアがついてくる。


「ねえ、さっきの話だけど、どう思った?」とテレヴォが尋ねる。


「正直に言えば、わけがわからない。父上は、この国の政治の実権をほとんど握っていたはずだ。それを、わざわざ自分から手放すような真似をするのか……」


「そうだよね。集中したい仕事があるって、本当なのかな? この国全体の魔力を管理したい、みたいなことを言っていたけれども」


「そこだけは譲れなかったのでしょう」とリネアが背後から補足をいれる。


 テレヴォが王になれば、これまでの魔力炉の開発がどのように進められたのか、などの資料を見ることができるだろう。

 いくらなんでもすべての資料を隠蔽したり改ざんするようなことはできないはずだ。


 まもなく、オラブに借りている家へ到着する。


「旦那様。少し二人で散歩しませんか」とリネアが言った。


「え?」間の抜けた声が出た。「うん、そうしようか」


 テレヴォには先に戻ってもらうことにして、僕とリネアは、のんびりと家屋の近くを歩くことにした。

 父と会う時間までは、まだ少し余裕がある。


「旦那様。大丈夫ですか?」


 一瞬、リネアが何を言っているのか、よくわからなかった。


「大丈夫って、何が?」


「スヴェレ様の件、お辛かったでしょう」


 僕は、すぐには返答できなかった。

 それについては考えないようにしていたのだ。


「……いや、大丈夫だ」


 僕は、咄嗟にそう言っていた。

 辛くないと。

 そう思いたかったのだろう。


 リネアを守るため。

 皆を守るため。

 他に方法はなかった。


 あれが最善だった。


 そう、思いたかった。


「私の前では、ただのアーリングでいてください」


 そう言って、リネアは近づいてきた。

 そして、僕の手を取った。


「震えていますよ」


 たしかに、僕の手は震えていた。


 息が詰まる。

 視界が、急速に滲んでいく。


 泣いたらだめだ、と思った。

 泣いたら、いままで我慢してきたものが、すべて出てしまう。


 リネアは、そのまま僕へとさらに接近する。

 抱きしめられた。


 その柔らかさと人の温もりに、耐えられなかった。


「僕は……」声が漏れる。「僕は……弟を……スヴェレを……殺してしまった。あいつとは……小さい頃から……ずっと一緒で……」


 言葉と思考が乱れる。

 過去と現在が交錯し、自分が何を言っているのかわからなくなる。


「……う……ぁ……」


 嗚咽が漏れ出した。


 人には決して見せてはならない、無様な姿。


 だが、もう、限界だった。


 そんな僕を、リネアは何も言わずに抱きしめてくれた。

 彼女の華奢な腕が、僕の震える背中を優しく撫でる。


「うわあああああああっ!」


 彼女の胸の中で、ただ子供のように、泣きじゃくった。

 弟の名を呼びながら、何度も、何度も。


 リネアは何も言わなかった。

 ただ、僕の罪も、弱さも、その全てを受け止めるように、僕が泣き止むまで、ずっと、ずっと、抱きしめ続けてくれていた。


 どれほどの時間が経っただろうか。

 ようやく嗚咽が収まった頃、僕は顔を上げた。


 彼女のメイド服の胸元は、僕の涙でぐっしょりと濡れていた。


「……ごめん」


「いいえ」


 彼女は、涙の跡が残る僕の頬を、そっと指で拭ってくれた。


「泣いても良いと思います。ただ、私の前だけにしてください」


「ありがとう」


「ありがとうは、私が言うべきことです」リネアは言った。「私を救ってくださり、ありがとうございました」


 そして、リネアは真っ直ぐに僕を見た。


「旦那様の罪は、私の罪です。共に背負わせてください。どこへでも……地獄までもお伴します」


◇◇◇


 僕は父と向き合って座っていた。

 僕のそばにはリネアが控えている。


 父は剣さえ持っていない。

 丸腰だ。


 さて、何から話をしようか……と考えていたときだった。


 不意に、父が口を開いた。


「今回の件は、概ね想定通りだったが、ひとつだけ私の想定を外れていたことがある」


 スヴェレの暴走でさえも、父の想定通りということか。

 いったい、どれだけの可能性を常に想定しているのだろう。


「いったい、なにが想定外だったんですか?」と僕は尋ねざるを得なかった。


「アーリング、お前がスヴェレを殺したことだ」


 一瞬、呼吸が止まる。

 崩落に巻き込まれ、微笑んでいた弟の顔を思い出した。

 そして、幼き頃の思い出……。

 一緒に遊んだ日々。


 思考が止まる。


「精々、腕の一本や二本を取る程度だろうと考えていた。お前は優しくて、甘いからな。だが、まさか……命まで取るとは」


「……申し訳ございませんでした」という言葉を絞り出した。


「気にすることはない」それが子を亡くした親の言葉か、と思った。「人は皆、他人の人生を踏みつけながら生きている。そうやって生きるしかないのだ」


 わかるような、わからないような話だった。


「旦那様は、私を助けるために決断を下されました」とリネアが言った。


「さすがだな、アーリング。お前は私の子だ」


 そして父は言った。


「天秤、だったか。それがスヴェレの精神を乱していたのだな」


「はい。僕には、そう視えました。父上は何かご存知ではないですか? グローアさんは知っているみたいでしたが」


 カマをかけてみた。

 しかし、グローアの名前にも、父は一切の反応をしない。


「わからない」と父は言った。「ただ、ひとつ気になることがある」


「気になること、というのは?」


「私の精神も、また、その『天秤』の力によって傾けられているのではないか、ということだ」


 その言葉に、僕は驚いた。


 僕は、もしかしたら、父上こそが天秤のギフトを持っている人物なのではないか、と想像していたからだ。


「なあ、アーリング。お前のギフトは、私の魂を視ることもできるのか?」


「父やリネアは、精神の防壁が強固なので視えたことがありません」


「そうか。それでは……できるだけ、その防壁というのを緩めてみよう。改めて、私を診断してみてくれないか」


 想定外だった。

 だが、これはチャンスだ。

 父上が、どのような人間なのか……。

 なにか企んでいるのではないか、とずっと気になっていた。


 ――僕は【神の瞳】を発動させ、父の魂の奥底を覗き込んだ。

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