ごめん……
「戻り、ました」
『……あぁ』
再びデスちゃんの隣に正座して天使の顔を見上げると、うっ……凄く不機嫌そう。
今まで調子に乗っていました。上には上がいます。逆立ちしても何しても勝てない存在があるってわかりました。だから家に帰して下さい。
……何か、言った方が良いの? 謝れば、良い? デスちゃんよりも格上って事は魔神王様? なんかずっと見つめ合っているから生きた心地がしません。龍に睨まれたカエルですよ。
はぁ……大丈夫、絶対大丈夫。女は度胸。帰還陣は後方に出ているから、セイラン達だけでも逃がしてあげたい。
「後ろの二人と、この子は、帰してあげたい、です」
『っ……』
『あぁ、良いぞ。帰還陣が出たからそれに乗れば良い』
「デスちゃん、二人をお願い」
『やだ……ママを一人に出来ないっ!』
「お願い。言う事聞いて」
『デス・ネイシア、あの人間を連れて行け』
『でもっ! でもっ! くっ……ぅぅ……』
天使の重圧にデスちゃんが力なく立ち上がり、後へ歩いていった。そして少し経った時、帰還陣が起動した音がした。
少しだけ安堵したが、この天使と二人きりになった状況はもう逃げられない事が確定した瞬間だ。
その間ずっと目が合っているのだが、ちょっとだけ慣れたので天使を観察していた。漆黒の翼を折りたたんで黒いドレスに長い黒髪、ぱっつん前髪で整い過ぎて怖い綺麗な顔立ち……天使というか、堕天使ってやつかな。堕天使の場合普通の天使より強いという話だが、強いという比じゃないぞ。指先で死ねる自信ある。ただ、死ぬのならその爆乳で窒息死したい。
『ルクナ、身体の成長が止まるほどボロボロになった身体で何故迷宮を攻略する?』
「……頼まれたので。それと、強くなりたくて……」
『もうまもなく死ぬのに強くなってどうする?』
「……千年、母を縛り付けている魔物を倒したい、です。まだ、全然、届かなくて……」
『命と引き換えに魔物を倒す事……母親は望んでいるのか?』
「望んでいません。その母は私の前世の母なのですが、前世の私も命と引き換えに魔物を封印しようとしました……おかしいですよね、望まれてもいないのに……ただ、一緒に街を歩きたかっただけなのに……」
何を言っているんだ。こんな事言っても無意味なのに。
っ……天使がしゃがんで私の額に指を置いた。指先一つで死ぬくらいの力の差がある。ほんと、悲しいというか、なんと言ったら良いのか。
『……記憶を、視させてもらった』
「…………どう、でした? 楽しめましたか?」
『あぁ……ルクナ、帰りたければ帰って良い』
「……良い、のですか?」
『…………帰らないのか?』
「え、いや、だって……」
後ろを向くのが怖いのよ。
それになんかこのまま帰っちゃ駄目な気がするし……と、とりあえず天使の手を治そう。私のせいで手が焦げているから……ヒール。
天使は治った手を見詰めて、ふっと笑った気がした。
そしてその手を私に向けて……ごめん……もぅ、限界。
みんな、ごめん。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『……』
倒れてしまったルクナを見詰め、天使は伸ばしていた手を止めた。
このまま帰還陣に放り込んでしまえばもう会う事は無いが、天使はルクナを抱っこする形で持ち上げた。
ルクナの記憶は、子供とは思えない激しい戦いの記憶、悲しみの記憶、母への愛が印象的だった。
危険な方法で起動した召喚陣を不審に思いやって来た世界で出会った少女に、興味が湧いてしまっていた。
『……まさか、貴女様がいらっしゃるとは』
どうするものかと考えていたら、天海竜マリーナレドが様子を見に来ていた。その表情は固く、有り得ないものを見るような、少し怯えているようにも見えた。
『この迷宮は、お前が作ったのか?』
『……まさか、そのような力はありませぬ。偶然ながらお呼びだてしてしまい申し訳ありません』
『危険と判断したから来ただけだが……偶然? 上級悪魔100体を生贄にした召喚魔法陣で何を為すつもりだった? この娘を殺す為か?』
『その子は、救世主です。殺すなんて致しません。この迷宮を攻略してもらおうと……っ』
マリーナレドが思わず一歩退いた。天使が表情を変えるだけで、本能が危険と判断してしまっただけだが……天使から見たら何か裏があると思うのは当然で、見定めるように目を細めるとマリーナレドは降参したように微笑みながら首を横に振った。
『くくっ、攻略ねぇ。まぁ良い、我は帰る』
『……その子を連れて行くおつもりですか?』
『生死与奪は我にある。来るのが遅いお前が悪いのでは?』
『……返して戴けませんか……彼女が居ないとこの世界が危機に瀕します』
『居るから危機に瀕するのだろう? それとも、世界の危機が望みか?』
『いいえ。世界の平穏の為に必要なので……お願い致します』
必要……天使はその言葉を鼻で笑い、マリーナレドに手のひらを向けた瞬間……空間が壊れるほどのエネルギーが発生した。天使のエネルギーが存在しているだけで核を失った迷宮の崩壊が始まり、ボロボロと床が抜けていく。
ここから落ちれば虚無と呼ばれる場所に二人とも放り込まれてしまうが、天使は気にせずエネルギーを増大させていた。
『お前にこの迷宮はもう必要無いだろう? 早く出ろ』
『くっ……ここまで力の差が……ルナ……』
『そうそう、帰って人形にこれを渡してくれ』
『……これは?』
『渡せばわかる。では、また会わない事を願っておけ』
『っ……これ以上は危険か……』
マリーナレドが溶けるように消え、天使はエネルギーを解放させながらルクナと共に消えていった。
そして膨大なエネルギーにより、迷宮は崩れ去った。




