迷子じゃないよ
少し時間は戻り、ルクナがグレイド試験を終えた後……王城の一室では国王が側近に疑問に思っていた事を聞いていた。
「何故中断した? まだルクナは攻撃していただろう?」
「はい……王が危険と、判断した者が飛び出しまして……」
「お前ならその者を止められたのでは?」
「どうやら、神殿巫女が止めるように言ったみたいです」
「なぜだ? 優位だったルクナ側の人間が止めるのは……どう解釈する?」
「私にはわかりかねます。王の身を案じたのでは……」
そんな筈はない……と、王は腕を組んで目を閉じたところでコンコン……とノックが響いた。
「王様、王妃様がいらっしゃいました」
「通して良いぞ」
側近が扉を開くと、赤いドレスに身を包んだ王妃が入って来た。どうやらグレイドの会場から着替えずに来たようだった。
「あなた、具合はどう?」
「中断されたせいで良くはないな」
「ふふっ、皆の者外してもらえる?」
「はっ」
側近と侍女が出て行き二人だけになったところで王妃は近くのソファーに座った。
悪戯な目で王を見ている事に、王は少しだけ不機嫌になっていた。
「なんの用だ?」
「あら酷いわねー。折角愛する妻が様子を見に来てあげたのに、拗ねちゃって可愛い」
「茶化す為に来たのか?」
「まっ、そんなところねー。ルクナちゃん、どうだった?」
「帝国が手を焼く暴れ馬とは聞いていたが、噂以上だな」
「そうねー。あんな戦い方、初めて見た。見事に国民も魅了されたわ……晩餐に呼んだのでしょ? いつ来るの?」
「ウォル様の返答待ちだ。恐らく来週だな」
「えーっ、早くお話したいわぁ……ねぇ、なんで止めたか気になっているでしょ?」
王妃が足を組み、テーブルに置いてあったルクナの受験票を手に取った。
受験票にはルクナ・レド・ノースマキナの名前。学歴は初等部中退。資格欄にはレドのみ書かれ、自己アピール欄には頑張ります、と知らない人が見たら書類で落とすような内容だった。
「わかるのか?」
「えぇ。ウォル様は娘想いよねぇ……ルクナちゃんが圧倒的優位の状況で止めるのだから、国民は試験を止めなければルクナちゃんが勝っていたのにって思うでしょ?」
「まぁ、そこまでは考えたが……あのウォル様なら止めないだろう?」
「ふふ、ウォル様はルクナちゃんがグレイドになったら寂しいのでは?」
「寂しい?」
「グレイドはレドの最高位だから当然忙しいもの。親としてもっと一緒に居たいのよ」
「まさか。親になったのは後継者候補というだけだろう? ウォル様だぞ?」
「ふふふ、男のあなたにはわからないかもね。死んだ娘が生まれ変わって、自分に会いに来てくれたら……絶対に離したくない」
ノースギアでは、国王と王妃になった者には氷神巫女から話がある。
自分が何者かという事、氷神結界の秘密……ただ、王は王妃が今言った事は初耳だった。
ルクナの事は、氷神巫女が気に入ったのは大聖女だから当然かくらいにしか思っていなかったのだから。
「それは、本当か? ウォル様に実の娘がいたのか? 歴史が変わるぞ?」
「そうねー。あんまり喋ると怒られるから控えるけれど、娘の生まれ変わりは本当よ。会った瞬間にウォル様の名前を呼んで、ずっと会いたかったって。それに神殿巫女全員の事も覚えていたの……ふふふっ、ウォル様に聞かれたわ。母親って何をしたら良いの? だって。笑っちゃった」
「……そう、か。ウォル様は、どうする気なのだ? 娘を目立たせたいだけか?」
「そうよ。自慢したいの。可愛いと思わない? 氷の悪魔と呼ばれた人が母親の顔をしているの……私は応援したい」
「……好きにしたら良い。しかし、親は誰だ? ノースギアの者だろう?」
「さぁーねぇー。私は知らないわぁー」
王妃はルクナの親がアズリーナだと知っているが、王には秘密にしていた。氷神巫女ウォーエルを応援したいという気持ちが本物だから、知らない振りをしていた方が良い。それに王が知ったら絶対に怒る。
ただ、アズリーナから相談された場合はどうしようか悩んでいた。
ウォーエルの娘の生まれ変わりが自分の孫なのだ。悩むのは当然で、その時はウォーエルに相談……いや敵になる覚悟を持たなければいけない気持ちだった。
あんなものを見せつけられて、黙って見ているだけだなんて出来ない。急に現れた可愛い孫に、なんとかして気に入られたいと思うのは仕方がないだろう。
「……ウォル様を怒らす事だけはやめろよ」
「しないわよ。あなたに言われたくないわねー、ルクナちゃん殺す気で虎砲撃ったでしょ? 他のレドにはあんな事しなかったのに、どうして?」
「まだ若い。上には上が居る事を教えたかったが……場数が尋常じゃない。どうやって生きればああなる?」
「さぁ? 大人気ない事をする人にはわからないと思うわー。じゃあ私は食事会の準備があるから行くわね」
「ん? 今日食事会なんてあったか?」
「えぇ、もうすぐ各国からゲストが来るから打ち合わせが多いのよ。あなたもこれから会議でしょ? お邪魔したわねー」
王妃が出て行き、一人残された王がため息を吐きながらルクナの事を思い出していた。
ノーザン公爵が珍しく絶賛する少女は、一人で身分証を作り、一人で家を買い、一人で公爵に繋がりを持った。普通なら有り得ない話だが……今日会ってみて、ルクナなら有り得ると思う他なかった。
それに最後のルクナの攻撃は、ただの爆発だった。ルクナならもっと破壊力のある攻撃が出来たはずなのに……
そこで王はフッと笑い、自分も少なからず魅了されていたと気がつく。
「王の器、か。惜しいな」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
……私は今、一人で迷宮を歩いている。
豪華な廊下をひたすら歩き、途中に出会う魔物を倒し、奥へ奥へと歩いている。
そう。お察しの通り、みんなとはぐれた。
私だけ、はぐれた。
迷子じゃないよ。
幼女妖精がここに罠があるぞいとか言いながら罠の上に立ちやがったら隠蔽された罠が起動して、狙ったように私だけバシュンと転移した。
さっきまで居たのは三階層。
今いるのは、恐らく六階層。
五階層まではウォーエルから内容を聞いていたのだが、それに該当しないエリアなので六階層と呼んでいるだけだ。
本当は七階かも知れないし、別の迷宮かも知れない。
まぁでも、あっちの戦力の方が厚いから私は私のペースで進めばその内追いついてくるだろう。
「……ファイアランス」
『──ムンホォォォォッ!』
いいかげん、この階層の魔物の変な断末魔はやめて欲しい。
どう聞いても興奮したおっさんの叫び声にしか聞こえないし耳が疲れる。
早いとこ最下層まで行ってダイヤロストの前の休憩所でゆっくりしたい。
でもいくら歩いても扉に着かない。
こっち矢は真っ直ぐ前を向いているからひたすら真っ直ぐ進んでいるのだが……もう三時間くらい同じ景色だ。
……
『こっち矢ー』
「ねぇこっち矢、寂しくなってきた」
『そっち矢ー』
「おかぁさん達はどこにいる?」
『あっち矢ー』
「……走るか」
赤い絨毯の上をダッシュっ!
なんか悪い事をしているみたいな感覚になりながら、真っ直ぐ前を見て走っていると何か違和感……前方に向かって魔力弾を撃ってみると百メートル先でフッと消えた。
……?
もう一度魔力弾を撃ってみたらまた百メートル先で消えた。
……立ち止まって、魔力弾を撃ってみたら百メートル先で消えた。
んー?
百メートル先に何かある? でも何かあっても距離が縮まらないな……
今度は廊下いっぱいの炎を出して広範囲の攻撃。
……おー、やっぱり同じ場所で消えていく。
魔法は届くけれど、あそこに行けない。
うーん……戻ってみよう。
あっ、上り階段。
……この数時間、ずっとスタートラインに立っていたという悲しい事実に直面してしまった。
ここなら魔物来ないし階段で休憩しよ。
……ねむ。




