◆第四話『オッドー組』
「冗談だろ。本当に家ごとなくなってるじゃないか……」
再びアストス島の中央区にて。
ハルが愕然としながら両膝をついた。
そこには昼間にあった球体形の家はない。いかにも引きずられる形で運ばれたとばかりに、抉れた地面があるだけだ。ハルの一味である男が悔しげにこぼす。
「とってったのはオッドー組です」
「……ああ、だろうね。っていうかそれしか考えられないよ」
そう応じるやいなや、ハルが「くそっ」と地面を叩いた。
なにやら聞き慣れない名が出てきたが、いまのハルに訊くのははばかられた。ゼノはそばに立っていたゲンゴロウに問いかける。
「オッドー組?」
「この中立区で一番金を持ってるロビンスって奴が頭を張ってる集団だ。人によっちゃ、あいつがここの長だって言う奴もいる」
「で、そのオッドー組がどうしてがハルの家を奪う?」
「……金を借りてたんだ」
ゲンゴロウではなく、ハルが答えた。
どうやら冷静さを取り戻したようだ。
深く息をついたのち、立ち上がっていた。
「ここに移り住むときに土地を借りる必要があったんだ」
「でも、あいつら、色んな理由つけてどんどん上げていきやがったんだ」
利子を上げられた。
タチの悪い地主がいれば、よくある話しだ。
いずれにせよ、初対面でゲンゴロウの金への執着にも納得がいった。すべては借金返済のためだったというわけだ。
シャラがわずかに眉をひそめながら口を開く。
「聞いてるだけでも理不尽な話ですね」
「だが、ずさんな取り決めだってことも明らかだ。こんな国でもない小さな場所だ。踏み倒すって選択肢もあっただろ」
「……ほかに行くところがなかったんだ」
答えはひどく明解だった。
ハルたちがわけありの集団であることは、なんとなくわかっていた。だが、どうやらこちらが思っている以上に窮屈な状況のようだ。
「こうなったらもう殺るしかねぇ……」
「なに考えてんだっ。ダメに決まってるだろ!」
拳を握ったゲンゴロウを、ハルがすかさず怒鳴りつける。が、ゲンゴロウは我慢ならないといった様子だった。
「でも、このままじゃお頭の大切なもんが――」
「ロビンスがいなくなればアストス島の均衡は一気に崩れる。ここで暮らしてる人たちが一瞬にして帝国に呑み込まれる」
どうやらこの中央区は、必要悪なんて言葉が成立している歪な場所のようだ。なかなか面倒な問題だが……交信玉はシュボスに置いてあるし、オッドー組とやらにとられてわけでもない。はっきり言って首を突っ込む理由はないが……。
「グリッグ、シギ。レイカに伝言を頼みたい」
これからしようとしていることを伝え、彼らをシュボスに向かわせた。そのやり取りを見ていたか、あるいは聞こえたのか。ハルが困惑した顔を向けてくる。
「お、おい。きみ、まさか……」
「交信玉には、それだけの価値がある」
「いや、あれの対価はもうもらったじゃないかっ!」
荒くれ者がひしめくこの場所には、本当に似合わないほど律儀な人間だ。だからこそ、手を貸す気になれたのかもしれないが。ゼノは口の端を吊り上げながら言う。
「だったらお前たちもロビンスとやらになればいい。俺たちに貸してる身だからな」
「そんな冗談言われても困るんだけど……っていうか、きみが思ってるよりでかい額なんだよっ」
「問題ない。帝国と敵対しているせいで使い道のない金がたくさんある。それに、そう遠くないうちに、またべつの通貨が生まれるだろうからな」
その意味をすぐに理解したのか。
ハルが乾いた笑みを浮かべていた。
◆◆◆◆◆
オッドー組が拠点とする屋敷は、傷んだ建物の多い中央区において異質なほど美しい外観を誇っていた。見張りに置かれた私兵の数も多い。帝国との均衡を保っているとのことだったが……どうやら予想以上の力を持っているようだった。
「ロビンスさん、こいつらが例の奴らです」
警戒心を薄れさせるため、シャラとハルだけしか連れてこなかったが、正解だったらしい。ロビンスの執務部屋へと思いのほかあっさりととおしてもらえた。
ただ、最低限の警戒心は持っていたらしい。部屋には5人、廊下には3人の男たちを配している。当然ながら全員が風銃持ちだ。
執務机に座っていたロビンスがこちらに向きなおった。恰幅のいい男だ。歳は40前後か。体のそこかしこに宝飾品をつけ、裕福と堕落といった印象を感じさせる。
「これはこれは……ハルお嬢さんの保護者の方ですかな」
「だ、誰がこど――」
「ああ、そうだ」
ハルから抗議の目を向けられたが、いまは余計なやり取りをするつもりはない。同様に保護者面をしているシャラについてもとやかく言うつもりもない。
「単刀直入に言う。表に置いてあるハルの所有物を返せ」
「てめぇ、ロビンスさんにナメた口を――」
部下の男が声を荒げて襲いかかろうとしてくる。が、ロビンスに手で制されてすぐさま大人しくなっていた。どうやら荒事にはならずに済んだようだ。
ロビンスが両手を組んだのち、眉尻を下げながら笑う。
「返せとは随分な言いぶりですな。あれは彼女が我々から借りた金を返せなかったから起きたこと。正当な権利から頂戴したものです」
「だったら、金を払いさえすればハルの所有物は返してもらえるのか?」
「そうですね。ちゃんと返していただければの話ですが」
目的の言葉は聞き出せた。
ゼノは風銃を向けられる中、前に歩みだし、片手で持ってきた袋を執務机にどかっと置いた。人間の頭程度もある大きさなうえ重い音がしたからか、ロビンスが警戒心を丸出しにしている。
「ハルから聞いていた分だ」
その言葉でロビンスも中に入っているのが金であることを理解したらしい。ただ、自分の手は使わず、部下に目線で袋の中を確認するよう命令してしていた。
「あ、あります」
信じられないといった様子で報告する部下に、ロビンスも動揺していた。無理もない。彼らがハルに要求した金は、人が一生働いて稼げる額を遥かに超えていたのだ。
「払えば返すと言ったな。約束は守れよ」
まさか本当に払われるとは思わなかったのだろう。ロビンスは少しの間、渋い顔をしていた。だが、なにを思ったか、いやらしく口の端を吊り上げた。
「しかし、困りましたね……実はハルさんに伝えていた額はほんの一部でして。本当はまだまだ残っているのですよ。返していただかなければならない分がね」
「そ、そんな話、ボクは聞いてないぞ!」
「あまりに大きい額を前にすると、逃げ出そうと考える方々がいましてね。そうした問題を未然に防ぐための処置です。そういうことですから……ハルさん、残りの額もお願いしますよ」
こんな馬鹿げた口約束でもまかりとおってしまうほど、中央区ではロビンスの力が大きいのだろう。それでも必要とする者が多く存在するあたり、いまの世界がどれだけひどいかを物語っている。
ゼノはため息をついたのち、ロビンスをねめつける。
「言っておくが、俺はお前から簡単にすべてを奪い取ることができる。それをこれで手を打ってやると言っている」
「面白い冗談を言う人ですね。どうやら我々のことを知らないようだ。……ここでは、ここの流儀というものがあるのですよ」
ロビンスの声に応じて、左右に控えていた彼の部下たちが風銃を構えた。今回は可能な限り穏便に済ませるつもりだったが、どうやら難しそうな状況だ。
「これだけの金を持っている人間だ。叩けばまだ出てくるかもしれない。まったく……大人しく従ってさえいれば、痛い目を見ずに済んだというのに……残念です」
ロビンスが話している最中に、彼の部下が風銃が撃ってきた。躊躇のない戦闘開始の合図だったが、いまさらこちらも動じるほど厳しい死線をくぐってきてはいない。アストラの防御術を展開したシャラにハルを任せ、ゼノはロビンスの部下たちを瞬時に排除。
廊下にも敵が配されていたことを思い出し、壁ごしに拳を突き込んで沈黙させた。解放感の増した入口側の壁を背に、いま一度ロビンスに向きなおる。
「ああ、そうだな。本当に残念だ」
「バ、バカな……たった一瞬で……」
椅子から転げ落ちたロビンスは、床に尻をつけながら部屋の隅に避難していた。少し話しただけでも彼への嫌悪感は凄まじいものだ。このまままとめて制裁することも考えたが、それではハルの意思に反する。
ゼノはロビンスの前までゆっくりと向かった。
その心に恐怖を植えつけるように吐き捨てる。
「この先、ハルたちにはいっさい関わるな。もし約束を破った場合は……お前の首はないものと思え」




