◆第三話『しのぶ祖国』
ニアン島はフォルツティア王国が要する島のひとつだ。
区分けは外縁に農地、中央に居住地と世界ではよくあるものとなっている。しかし今回、商業島としての役割を担うことになり、その居住地の一角を作り変えていた。
「家屋を改装して使っているのですね」
「さすがに一から立て直すほど余裕はないからな」
シャラがこぼした言葉に、ルピナがそう答える。
古めかしくも温かみのある木造建物群は、フォルツティアが周辺諸国に与えてきた印象そのもので、とてもしっくりときている。今回、作り変えることになってもその空気感を大切にしようとするあたり、どうやら人にも伝統は伝わっているようだ。
「おかげで進捗は順調といったところだ」
「順調どころか、これはかなり早いほうだろ」
「みんな、やりがいを感じているみたいでな。実を言うと、こちらが休んでくれと頼んでいるぐらいだ」
いまも多くの民が改築作業に取り掛かっているが、ルピナの言うとおりもれなくやる気に満ちあふれた様子だ。それどころかルピナの姿を前にして、さらに力が入っているように感じられた。いかにルピナが慕われているかがわかる。
「にしても商業島か……フォルツティアにはあるものだと思ってたよ」
ふとそうこぼしたハルに、ルピナが寂しげな笑みを浮かべた。
「もちろん我々の国にも商業島はあった。5年前まではな」
「あ~……ごめん、いまのはボクの失言だ」
フォルツティア王国は、帝国に破れたことで幾つかの島を奪われている。聞くところによると、奪われた島はすでに帝国によって完全に作り変えられ、過去の面影はなくなっているという。
ルピナにとっては苦い思い出であるのは間違いない。にもかかわらず、無遠慮に聞いてしまったハルを責めることなく、むしろ「気にする必要はない」と優しく微笑み返していた。
本当に強い人間だ。彼女がいたからこそ、いまもこうしてフォルツティアが形を保っていられるのだろう。
「レイカと話し合っているが、食品や雑貨等の売買については追々といったところだ。現段階では飲食店が中心となっている。もちろん、男連中から強い要望のあった酒場も幾つか用意した」
ルピナが苦笑まじりに視線を前方に促してきた。その辺りの通りに面した建物には、大きなカップの絵が描かれた看板がとりつけられていた。なんともわかりやすい。
「個人的にはあまり機能されると困るが、抑えつけすぎてもよくないからな」
「いずれにせよ制限は設けさせる予定だ」
非常時に動けないなんてことになったら笑えない。一人一日一杯。多くても二杯か。もし少量でも酔っているようなら、そのときは強引にでも止めさせるしかない。
間もなくして酒場の周辺に辿りつくと、隣を歩いていたシャラが顔を顰め、手で鼻を覆いだした。
「どうした?」
「……お酒のにおいがします」
「酒場の近くだからな。そりゃどうしても──」
においはするだろう。
そう言いかけたとき、右手側の店内で1人の男がカウンターに座っているのが目に入った。筋肉質なあの後ろ姿は……。
「もしかしてオルクスか?」
「ん……? おう、ゼノか。酒場ができたってんで下見に来てんだよ。いやー、昼間っから飲む酒はまた一段とうめぇな!」
やはりオルクスだった。
彼は上機嫌な様子で店から出てくると、ぐいとカップをあおった。そのさまを見て、ルピナが困惑していた。
「まだ開店していないはずだが……」
「なんとか頼み込んで開けてもらったんだよ。こうでもしなきゃ、お嬢の監視がきつくてなかなか飲めねぇからな」
いつもレイカに取り上げられているせいで、オルクスは満足に酒を飲めていない。その溜まりきった鬱憤がいま晴らされているようだ。
またもカップを傾けて飲み干すと、ぷはぁと息を吐いた。近くにいたハルが慌てて両手で鼻を覆う。
「うわ、酒くさっ」
「なんだ? ここは子どもが来るにはまだ早ぇぞ」
「だ、誰が子どもだ! ボクはれっきとした大人だ!」
「そうだぜ! お頭の成長はもうとっくに止まってんだよ! 胸だってもう望みはねぇんだ! こんちくしょう!」
いつも通り余計なことを口にして、ハルから仕置を受けるゲンゴロウ。そのさまを初めて見たオルクスが「なんだこいつらっ」と愉快そうに笑うや、酒場に戻りはじめる。
「そんじゃいい肴も見れたことだし、俺は戻ってもう1杯――っ」
「飲みすぎだ、オルクス。もうそのあたりにしておけ」
襟首を掴んで止めたところ、肩越しに懇願の目を向けられた。
「今日だけだ。今日だけ。明日から我慢するからよ」
「あんたの場合は、そう言ってまた来るからな」
「来ない。絶対に来ない。なあ、頼むぜ、ゼノっ」
はっきり言って、飲酒に関してオルクスの信用度はいっさいない。このまま放置すれば、一日中入り浸るに違いないだろう。
とはいえ、駄々をこねつづけるこの大きな子どもを掴まえ続けるわけにもいかない。いっそ監禁してしまうかと悩んでいた、そのとき。
「もしかしてと思ってきてみたら……やっぱりここにいたんですね」
後ろから覚えのある声が聞こえてきた。
どうやら救世主――レイカがやってきたようだ。
彼女はご立腹といった様子で眉を逆立てている。
「お、お嬢……!?」
オルクスが思い切り顔を歪めていた。
酔いも冷めたようでなによりだ。
「助かった。レイカ、オルクスを頼む」
「本当にごめんなさい。まったく、ゼノさんたちにまで迷惑をかけて……本当に、本当に最悪ですっ。さあ、帰りますよ!」
レイカがオルクスを引き取ると、ずんずんと歩きはじめる。が、オルクスはまだ諦めきれないようだった。
「お嬢は堅過ぎんだよ。そんなんだから、いつまでたってもゼノに――」
「オ・ル・ク・スさん? それ以上言ったら本気で怒りますよ?」
「あ……はい……」
レイカの迫力ある顔に、ついにオルクスも折れたようだ。
「でも、最後にミルクを1杯だけ――」
「わたしが注文してきますので、オルクスさんはそこで待っててください。いいですか、わたしが許可するまで当分は出入り禁止です!」
「そ、そりゃねえよ……」
完全に自業自得とあって同情する気も起きなかった。そんなオルクスとレイカのやり取りを見守っていたハルが、苦笑いをしつつぼそりと口にする。
「なんだか自分たちを見てる気分になったよ」
「……ああ、よく似てる」
立場こそ違えど、身近に破天荒な人間がいると苦労しそうだ。
◆◆◆◆◆
ニアン島を発ったあと、シュボス島に戻ってきた。
すでに空が赤く染まりはじめていたこともあり、ほかの島の見学は後日ということになったのだ。
いまは中央塔の屋上にやってきていた。
ハルとゲンゴロウのほかには、シャラしかいない。
「いいところだね。とても帝国と戦争中って感じがしないよ」
ハルが手すりに両腕を置きながら、朗らかな顔で言った。
その目は、羨望を覗かせながら連結する島々を望んでいる。
「なにより驚いたのはきみの慕われ具合だ。彼らを見れば、きみがどんな風に統治しているかがよくわかるよ」
「仲間と協力した結果だ。俺自身は統治なんてそんな大層なことはしていない」
「そういうことが、なかなかできないことなんだよ」
中央塔の屋上には、ほかの場所よりも少し強い風が吹く。軽くあおられた髪をかきあげながら、こちらに笑みを向けてきたハルの顔は普段よりも大人びて見えた。
「ゼノは照れ屋さんなので、なかなか認めませんよ」
「おい、シャラ。べつに照れてるわけじゃ――」
「知ってる。短い間だけど、彼の性格はなんとくわかったしね」
こちらを無視して会話を交わすシャラとハル。
仲良くなるのはなによりだが……なんとも納得がいかない収束だ。
「笑顔が溢れて……陽に赤く染められて……故郷を思い出しますね。お頭」
「だね。こういう場所……ずっと見てなかったから、なんか懐かしいよ」
ゲンゴロウとハルが揃って遠い目をしていた。
そんな2人の姿を見ていると、ずっと抱いていた疑問が湧き上がってきた。訊くならいましかない。そう思いながら、喉に突っかかっていた言葉を押し出す。
「なあ、お前たちの故郷ってやっぱり――」
ソラール王国なのか。
そう問いかけようとした、瞬間。
屋上に繋がる階段からヴィンスが上がってきた。
「おい、ゼノ! そいつらに会わせろってうるさいのが来てるぞ! って、うぉっ!」
「大変だ、お頭!」
ヴィンスを押しのけて、1人の男が屋上に駆け上がってきた。風貌は上半身が裸で筋肉質とゲンゴロウに似ている。アストス島の中央区で〝矢斬り〟の賭け事を運営していた――ハルの一味の1人だ。
よほどの緊急事態だったのか。
彼はこちらに向かって駆けながら、切羽詰った顔で声を張り上げた。
「家が……お頭の家がとられちまったっ!」




