◆第十話『謁見』
幾度となく訪れた場所だが、いまだ慣れなかった。
ちりつく肌に、全身を押し潰してくるかのような壮絶な圧迫感。気を張っていなければすぐにでも気を失ってしまいそうだった。
すべては、座しながらにしてこちらを見下ろす男――帝国の王ディメル・ジグレールによるものだ。
「面を上げろ、オーデュラッドよ」
帝国本土、黒帝城の謁見の間にて。
コディン・オーデュラッドは片膝をついていた。
命じられるがまま、面を上げる。
と、我が帝国の象徴である王の存在が映り込む。
すでに60を越える歳でありながら、その存在感はまるで衰えを見せない。隆々とした筋肉や、人とは思えないほどの巨体。なによりすべてを圧するかのような獰猛な眼光がそれを手伝っているのは間違いない。
「負けたうえに、フォルツティアを奪られたそうだな。申し開きはあるか」
「いいえ、すべてはわたしの責任であり失態です。ゆえに、陛下の信頼を取り戻すべくクラーラ追撃の許可を頂きに参りました」
ディメルがちらりと左方へ視線を動かした。
辿った先には、巨大な戦斧が置かれている。
約2年前。ゼノ・クラーラを捕縛した際に奪い、ディメルへと献上したものだ。以来、ディメルはまるで美術品かのごとく玉座の間にずっと置いている。
勝利に対する誇示からか、あるいはナナツガネ製としての希少性を見出してのことか。いずれにせよ、あまり感情を表に出さないことから、判断はできなかった。
「正面から撃ちあい、負けたのだろう。よもや、次は勝てるなどと甘い考えから動くつもりではないだろうな」
「おそらくフォルツティアは連合国との合流を提案したはずです。奴らが南下しているとの情報も得ているので間違いないでしょう。そしておそらく、近いうちにもっとも戦力の少ない南要塞から突破をはかると思われます」
「して、貴様はなにを望む」
ディメルも同じ見解に至っていたのだろう。
異を挟んでくることはなく、ただこちらの考えを問うてくる。
「北西要塞の移動。我がオーデュラットの島々。そして我が同胞、ギュネア・マルシャンの島々の出立をお許しいただきたく」
コディンは手に汗を握りつつも、なんとか唇を震わさずに言い切った。
3つの要塞島は、それぞれが周囲に睨みを利かす役割を持っている。ひとつを動かすだけでも、帝国所有の島々に危険をもたらすことになる。それほどまでに帝国を敵視する人間が多いからだ。
本土に連結する島々を動かすこともまた異例なことだ。帝国は元来貴族を力で圧してきた。各貴族が有する島を本土に連結させることは栄誉である側面、人質の意味合い持つ。
ゆえに本土から完全に所有する島を切り離すことは、そうした楔から解き放たれることを要求しているのと同義。場合によっては、このまま切り捨てられてもおかしくはない。
コディンは心臓を掴まれたような感覚に見舞われる中、ただじっと返答を待ちつづけた。
「よかろう」
ディメルからの返答は、意外にもあっさりとしていた。
思わず安堵してしまうが、すぐさま全身をこわばらせるはめになった。ディメルがこちらを圧するように険を帯びた顔を向けてきたのだ。
「だが、それほどの戦力を動かすのだ。わかっているな」
失敗した場合、オーデュラッド家の失墜は免れないだろう。そしてこれだけの兵力を動かすのだ。成功とは、ゼノ・クラーラ討伐だけではない。ディメルが、いま、なにより欲しているものを奪取することが求められる。
「オーデュラッドよ、鍵だ。鍵さえ手に入れれば貴様の未来は明るいものとなる」
「……必ずや、陛下のもとに」
◆◆◆◆◆
「おや、珍しい顔だねぇ」
謁見の間を出てから間もなく。
廊下を歩いていると、見知った女と出会った。
歳は30代半ばといったところ。高い背に、怜悧な顔立ち。なにより褐色で彩られたきめ細かな肌が特徴的だ。また胸は控えめながら全身の肉つきはほどよく、完成されたひとつの美として謳われてもおかしくはない魅力を持っている。
ただ、醸しだす空気があまりに胡散臭かった。
おかげでこの手で触れたいという感情はいっさい湧かなかった。
彼女の名はデヘナ・ベナ。
ボスクィル商会の頭領だ。
ディメルに献上品でも届けに来たのか。
そばに従えた付き人たちが上質な箱を乗せた荷台を手にしている。
「また媚を売りに来たのか」
「随分な口振りじゃないか。あたしらはただ帝国のために働いているだけだよ」
実際、ボスクィル商会は帝国に多大な利益をもたらしている。その最たるものが空車輪やガリアッドを構成する部品だ。また物資の輸送や帝国領の商人たちを取りまとめたりとその貢献度合いははかりしれない。
13輝将のようにデヘナ自身に武力はない。
だが、彼女が持つ力は13輝将に匹敵するものがある。
「ああ、そうだ。いいものがあってね。よかったらもらってくれないかい?」
デヘナの目配せを受け、彼女の付き人が荷台から取り出した1つの箱を差し出してきた。いけすかない女だが、珍しい品を持っている。興味本位からさして躊躇することなく受け取り、蓋を開ける。
中に入っていたのは花を模した白金細工だ。宝石がちりばめられているが、それに負けないほどの精緻な細工が施されている。見るからに高価なものだ。
「なんだ、これは」
「世界に二つとないとっておきの髪飾りだよ。あんたもやっと身を固める気になったそうだからね。これはあたしからの祝いだ」
偶然居合わせたかのように見せて事前に準備していたというわけか。とんだ食わせ物だ。コディンは箱の蓋を閉めたのち、デヘナをねめつける。
「この女狐め」
「打倒、雷帝のクラーラ。応援してるよ」
そう言い残すや、ひらひらと手を振って去っていくデヘナ。
まるで心のこもっていない言葉だったが、不思議と不快には感じなかった。きっと彼女の姿をもう見ることはない、と踏んでいたからかもしれない。
……打倒。雷帝のクラーラ、か。
コディンは胸中でたった1度だけ反芻した。
もちろん果たすつもりだ。
だが、それは〝いずれ〟だ。




