◆第八話『交信玉』
「どうだ、格好いいだろ?」
「あ、ああ……なかなか独創的だとは思う」
得意気に胸を張るハルを前に、ゼノはなんとか返答をひねり出した。
紹介された彼女の家は一般的なものからかけ離れていた。端的に表すなら小さな球と、大きな球だ。2つは接合した形で地面に面している。
シャラが目を瞬かせながらぼそりと口にする。
「……錆ついてますね」
「それがいいんじゃないか。味が出てるだろ?」
どうやら古めかしい状態もハルにとっては演出らしい。仲間とともにハルの独特な感性に面食らっていると、ゲンゴロウが耳打ちをしてきた。
「お頭はだっせーのが大好きなんだ」
「ゲンゴロウ! いまなにか失礼なことを言っただろう!」
「いえ、お頭のセンスがいかに優れているかを説いていたところです!」
「ならいいけど」
疑念交じりだったが、怒りを呑み込むハル。
……どうやら彼女の歩みを止める者は周囲にはいないようだ。
「とりあえず中に入って。こんなとこで話すのもなんだしね」
先導するハルが肩越しに振り返ってそう促してきた。彼女に続いて輸送船のタラップのような階段を上がり、中へと入る。
入口から繋がっていたのは大きな球のほうだ。部屋として幾つかに区切られているうえ、2階もあるようだった。そんな空間を割かれた状態だが、外で見るよりもゆったりとしている。
「思ったよりも広いんだな」
「だろ。ま、物がないときはもっと広かったんだけどね」
周囲を見ながら、自嘲するハル。
たしかに周囲には物が散乱していた。場所によっては足の踏み場がないぐらいだ。人によっては散らかった部屋を見られることをひどく嫌うが、どうやらハルはそうではないらしい。
「見たこともないものばかりです」
シャラが周りを見ながら感嘆していた。
工具や機材といったものから、なにに使うのか不明なものも多く置かれていた。物珍しさもあいまって、骨董品店でも開けば一儲けできそうだ。
「これはなにに使うものデスカ?」
「それは星見盤だよ。ボクたちの世界が、いまどこにいるのかを知るためのものだ」
「……なにを言ってるのかわからない」
ハルの答えに、シギが混乱していた。
「あ~、ボクたちの島やコンテイルって同じ場所に留まってるように思えるけど、実は動いていてね。だから星を基準に現在地を割り出せるようにしたんだ」
その意味をすぐには理解できず、ゼノは仲間ともども口を閉ざした。そんなこちらの反応を見てか、ゲンゴロウがまたも潜めた声で話しかけてくる。
「お頭はときどきおかしなことを言うんだよ。ま、発作みたいなもんだから気にすんな」
「ゲンゴロウ! またなにか言ったな!」
「いいえ! お頭は稀代の天才だと説いていたところです!」
「……本当かな」
本当です、と力強く返事をするゲンゴロウ。
そんな中でも質問をしたグリッグは熱心に頭を悩ましているようだった。だが、理解が追いつかないようで、ついにはうな垂れてしまう。
「ちょっと信じられないデス。ごめんナサイ」
「謝る必要はないよ。この話をして信じてもらえたことないしね。実際、きみだってそう思うだろ?」
言って、ハルがこちらに振ってくる。
その目には悲しさと悔しさが滲んでいた。
きっと誰にも理解してもらえず、辛い思いをしてきたのだろう。
「そうだったとしても不思議じゃない、としか言いようがないな。なにしろ俺たちはそれだけ知らないことがたくさんある。たとえば《空の果て》になにがあるのか、とかな」
「……きみ、いいね。頭ごなしに否定してこなかった人は初めてだよ」
信じられないといったような顔を見せたかと思うや、今度は楽しげに口元を緩めていた。彼女の想いを汲み取った部分も少なからずあるが、すべてがそうだったというわけではない。
それもこれも、聖王セレス・ビアトルやミリィといった超常の力を持つ者を間近にしたことが大きな要因となったことは間違いなかった。世界にはいまだ理解できない力がある。だとすれば、自分の理解が及ばない〝仕組み〟があってもおかしくはない、と。
「ゲンゴロウ、あれを持ってきて」
「承知しやした」
命を受け、ゲンゴロウが2階から宝でも入っていそうな上質な箱を持ってきた。ハルが受け取るなり、そばの机に置いて蓋を開ける。中には、大きさが人の頭ほどもある水晶が入っていた。
ハルが水晶を取り出し、机に置いた。土台がくっついているようで、そのまま転がらずに鎮座する格好となっている。シャラが真っ白な土台をまじまじと見ながら、ハルに問いかける。
「土台に使われているものは占星石ですか?」
「正解だ。よくわかったね」
土台の占星石は、大樹の根を思わせるもので水晶を下から優しく包み込むように形作られている。ただの美術品としても価値がありそうなほど、とても精緻な造りとなっている。
「これはいったいなんなんだ?」
「交信玉って言ってね。アストラを使って、べつの交信玉を持ってる人と会話ができるんだ」
いまいちピンと来なかった。
というのも、ほかに代替できる役割を持つ術があったからだ。
「結局アストラを使うなら、ただの交信術でよくないか?」
「そう思うだろ? でも、これのすごいところは2つあるんだ。1つは相手の姿が見えるところ。もうひとつは……〝距離に影響されない〟ってところなんだ」
1つ目の相手の姿を見える点も、とてもすごいことだ。ただ、それ以上に2つ目の距離に影響されないという点のほうが印象的過ぎた。シャラが問いかける。
「たとえば、ここからわたしたちの島……ダナガまで届くということですか?」
「きみたちの島がいまどこにあるかはしらないけど、余裕だと思うよ。ただ、どちらにもアストラ使いと交信玉が必要だけどね」
なぜ聖王がこの地を訪れるように言ってきたのか。
なぜハルが自身の家に招いてきたのか。
すべてに納得がいった。
「そういうことか。この交信玉を連合国に運び込めれば」
「……交信ができる」
シギが興奮した様子でそう続けた。
グリッグも食い気味にハルへと問いかける。
「もうひとつはどこにあるのデスカ?」
「残念ながらここにはないんだ」
その返答に盛り上がっていた場が一気に冷めてしまった。それどころか、グリッグやシギの顔が険しくなっている。
「ここにはないって……では、どうスレバ」
「……これ一個じゃどうしようもないんじゃ」
そんな2人の様子を見てか、ゲンゴロウが笑いはじめる。
「お頭も人が悪いっすね」
「あ、こら。いまいいところなんだから邪魔するなよっ」
ハルに怒鳴られ、毎度のごとく威勢よく謝るゲンゴロウ。そんな2人の和やかかつ間の抜けた空気感に、ゼノは仲間とともに呆気にとられてしまった。
ハルが目をそらしたのちに、乾いた笑みを浮かべる。
「あ~、ごめんごめん。ちょっと驚かせたくてね」
「どういうことか説明してくれるか?」
彼女たちがなにを楽しんでいるのかさっぱりだ。そんなこちらの反応を存分に楽しんだようで、ハルの口元が緩んでいた。そのままもったいぶるように間をあけたのち、彼女は口を開く。
「もうひとつの交信玉がある場所はソラール王国……つまり連合国の中ってことさ」




