◆第七話『手がかり』
声の出所に目を向けると、そこには小柄な女が立っていた。
つなぎ服を着ていることもあってか、野暮ったい印象を受ける。ただ、わずかな気品も垣間見られた。おそらく女の顔を縁取る艶やかな黒い髪のせいだろう。
後ろで結い上げた髪飾りもまたそれを手伝っている要因だ。朝陽を模したように力強い赤で彩られている。
いかにも荒事が多そうなこの中立区には不釣合いな風貌だ。ただ、彼女は臆することなく、むしろ勝手知ったる場所といった様子で騒ぎの中心へと踏み入ってきた。
「げ、お頭っ」
いきなり顔を引きつらせる進行役の男。
そんな反応を前にして、登場から厳しかった女の顔がさらに険しくなる。
「げっ、とはなんだ、げっ、とは。あとお頭ってやめろって何回言ったらわかるんだっ」
「いや、お頭はお頭ですから。そこを譲るわけにゃいかねえんですわ」
進行役の男は女に対して絶対の忠誠を払っているようだった。会話からしても、あの女が〝矢斬り〟を取り仕切る一味より立場が上であることは間違いなさそうだ。
「もういい。それよりこれはいったいなんの騒ぎなんだ?」
「それが……こいつらが不正をしたもんで」
言って、女の視線をこちらへと促す進行役の男。
「本当なのかい?」
「していない。信じられないなら、あんたの前でもう一度させても構わない」
「ハイ。何度デモ」
グリッグが左腰に差した柄を握りながら、力強く頷いた。
途端、まずいとばかりに顔を歪める進行役の男。その変化を女は見逃さなかったようだ。進行役の男に刺すような鋭い目を向ける。
「ゲンゴロウ、払いな」
「俺よりあいつを信じるんすかっ」
「じゃあ訊くが、あんたはボクに嘘をつくのか?」
「ぐっ……ですが、お頭、こいつを払っちまったら……」
「こうなったら仕方ない。どうにかするさ」
なにやら金銭面で問題を抱えているようだったが、進行役の男――ゲンゴロウは、ついに諦めたように息をついた。ほかの仲間に指示を出して持ってこさせた小袋をグリッグに渡した。
「ほらよっ」
最後までなかなか放そうとしなかったが、女に睨まれてようやく手をどかした。グリッグが中を覗いたのち、こちらに向かって頷いてくる。どうやら金は入っていたようだ。
周囲の観衆たちも状況が収まったことで熱が冷めたようだ。「なんだよ、やらねえのかよ」やら「つまんねぇな」と吐き捨てて散っていった。
「うちのもんが悪いね」
女がまなじりを下げながら、嘆息まじりに言ってきた。
「こういう場所だからな。ま、もらうもんももらったし、これ以上なにかを言うつもりはない。それより……あんたがこいつらを仕切ってるのか?」
「ああ、信じられないかもしれないけどね」
自分の体を見下ろしながら、おどけるように笑う女。
「てめぇ、お頭を侮辱しやがったな!」
「ゲンゴロウ、あんたは少し黙ってな!」
言うやいなや、女がゲンゴロウの三つ編みをぐいと引っ張った。たまらず「うがぁっ」と声をあげて倒れるゲンゴロウ。なんとも容赦がない。初めはこの女には不釣合いな場所だと思ったが、どうやらお似合いのようだ。
「ボクはハル。ただのハルだ」
女はまるで何事もなかったかのようにこちらに向きなおると、そう名乗った。あわせて差し出された手を握り返しつつ、こちらも応じる。
「俺は――」
「雷帝のクラーラだろう? そんなでかい斧を持ってる人なんてそうそういないしね」
どうやらこちらの素性についてすでに気づかれているようだった。とっさに身構えたグリッグとシギを見てか、ハルが敵対心はないとばかりに笑みを向けてくる。
「ああ、大丈夫だよ。べつに帝国に告げ口なんてするつもりはないしね。ほかの奴らだって同じだよ。ここにいる奴らは帝国のこと嫌いな奴ばかりだし」
「つまり俺らにとって最高の場所ってことだな」
「そーゆーこと。で、きみみたいな大物がどうしてこんな場所に来たんだい? ここは南要塞島とも近いし、かなり危険だと思うんだけど」
その問いに答えるべきかどうか。悩んでいたところ、『彼女は大丈夫だと思います』とシャラの声が頭の中に届いた。感覚的な判断ではあるが、彼女が言うなら信頼できる。
「連合国と連絡を取る手段を探しにきた」
途端、ハルが目を瞬かせた。
「ま、また面白い冗談だね……連合国は帝国によって滅ぼされたはずだろう?」
「実際はまだ存在しているそうだ」
帝国によって虚偽の情報が流されている状態とあってか、やはり知らなかったようだ。言葉が出ないといった様子で心底驚いている。ただ、そんな彼女とは相反して、ゲンゴロウは荒々しく詰め寄ってきた。
「そ、それは本当なのか!?」
「ゲンゴロウ!」
ハルの一喝を受け、ゲンゴロウはばつが悪そうに引き下がった。たしかに驚愕の事実ではあるが、2人して反応が過剰だ。連合国となにか深い関係があるのだろうか。
「フォルツティアが加わったって話は聞いてる。たぶん本当なんだろうね」
「いい情報網を持ってるみたいだな」
島は離れて浮かんでいるために情報が広がりにくい。また帝国に多くの島が支配されていることもあり、非帝国の人間はより情報を得にくい状態となっている。そんな中で離れた島の情報を得ているあたり、独自の情報網を持っているとみて間違いないだろう。
「ただ、理解できないことがある。どうしてこの島に来れば連合国と連絡をとる手段が見つかると思ったんだい?」
「聖王セレス・ビアトルに、このアストス島に行けと言われた」
再びハルが唖然としていた。
小さな口を開けたまま、目をぱちくりとさせる。
「これはまた大物だ。もしかしてきみたちは聖王国と繋がっているのかい?」
「そうとってもらっても構わない。そっちのほうが俺たちとしては都合がいいからな」
帝国側も本気にするとは思わないが、聖王国と繋がっているとなれば、わずかでも手を出しにくくなるかもしれない。そんなこちらの思惑も読み取ったようで納得がいったようにハルは笑っていた。
「それで、なにか知らないか?」
「知っていたとして教えると思うかい? ボクたちが帝国のことをよく思っていないことは事実だ。ただ、目をつけられるのも避けたいんだ。静かに暮らしたいからね」
「静かな場所、か」
「戦争してる島と比べれば静かだと思うけど」
「違いない」
ハルやゲンゴロウは、先ほど連合国がいまだ存在していることを知ったとき、やけに大きな反応を見せた。連絡手段を知っていなかったとしても、〝手段を知る存在〟と繋がる可能性はある。逃すつもりはなかった。
「グリッグ」
「ハイ」
話すまでもなく、意図を読み取ってくれたようだ。グリッグが先ほど勝ち取った金の入った小袋を渡してきた。それをそのままハルへと差しだす。
「金に困ってるんだろ」
「……そういう使い方をしてくるのか」
グリッグが勝ち取った金は凄まじい額だ。おそらく10歩目を突破するとは思っていなかったこともあり、客寄せのためにと大きく設定したのだろう。
そんな少なくない額を前に出されてか、ハルがひどく悩んでいた。だが、抱えた金銭的な問題解決のほうが重用だと判断したようだ。大きなため息をついたのち、小袋を両手で受け取り、胸に抱いた。
「ついてきて。ボクの家に案内するよ」




