◆第五話『矢斬り』
騒ぎの中心を覗いてみたところ、予想だにしない光景が待っていた。
風銃を持った男と対峙する形で、カタナを持った男が立っていたのだ。しかも覗いた瞬間に風銃から弾が放たれた。
虚空をぐんと突き進んだ弾は、瞬く間にカタナを持った男に接近する。その速度にたじろぐ男だったが、恐怖まじりに振り下ろし、見事に弾を切断してみせた。直後、周囲に集まった者たちから大きな歓声があがる。
そんな中、渦中の男2人の間に巨体の男が立った。腰に届くほど長い三つ網の髪と、むき出しな筋肉質の上半身、となかなかに個性的な姿だ。彼はその外見に見合った野太い声をあげて歓声に割って入りはじめる。
「2歩目も成功! やるな、おっさん! だが、次の3歩目は多くの挑戦者が脱落してる場所だ。命を落とした奴だっている。それでも挑戦するか!?」
「と、当然だろ! まだまだ余裕だ!」
「いい度胸だ! あんたの武運を祈るぜ!」
どうやらあの裸体の男は進行役らしい。彼に促される格好で、カタナを持った男――挑戦者が1歩前に出た。よく見れば、地面には風銃の男から等間隔で10本の白線が描かれている。
「なかなか面白いことをしてるな」
「……武器もグリッグと同じカタナだ」
「あれは矢斬り、デスネ」
グリッグが口にした〝矢斬り〟。
その言葉は初めて耳にするものだった。
「知ってるのか、グリッグ」
「わたしも話で聞いただけデスガ。それに、わたしが知っているものは、言葉どおり矢を使ってイマシタ」
グリッグは苦笑すると、話を継いだ。
「発祥は連合国のソラール王国だったと思いマス。カタナももともとあそこから伝わったものデスシ」
「ソラール、か。たしかルピナの話じゃ、そこに剣聖がいるって話だったが……知ってるのか?」
「わたしの島に伝わったのは大昔のことナノデ……」
いまに生きる人物に関しては知り得ないということか。
と、シャラが挑戦者のほうを見ながら、くいと服を摘んできた。
「ゼノ、刃先についているのって……」
「ああ、おそらく占星石だ」
占星石がなくとも風銃の弾を強引に斬ったり受けたりすることはできる。ただ、あれほど綺麗に両断できるとなると、占星石が組み込まれているのは間違いないだろう。
話している間にも風銃の弾が放たれていた。結果は、挑戦者が回避するというなんともいえないものとなった。その逃げ腰の姿勢を批難するように周囲からはヤジが飛んでいる。
「こ、こんなの無理だろ……!」
「残念だが、これで終わりだ! ってことで次の挑戦者を募集するぜ! さあ、挑んでみる奴はいねぇか!? 一攫千金も夢じゃないぜ!」
余韻もなく、進行役の男が次なる挑戦者を募集しはじめる。だが、その危険度や難度をまざまざと見せつけられてか、諦めるような声が多い。ただ、過激な見世物という点で興味が尽きないらしく、あちこちで背中の押し合いが起こっていた。
そんな光景を横目に見ながら、ゼノはそばの男に声をかける。
「すまない。これの仕組みはどうなってる?」
「なんだ、ここは初めてか。近づけば近づくほど報酬が増えるって単純なもんだよ。ただし、挑戦するにも金がいるぜ。失敗したらそこで掛け金も全部パーだからな」
「儲けは何歩目から出る?」
「5歩目だ。ま、度胸試しみたいなもんだからな。フェザリアも禁止ってんだから、まず到達できないだろうよ」
男の言うとおり、並大抵の実力では5歩目どころか4歩目にまで到達できないだろう。この身で挑戦するのも面白いかもしれないが……もっと適任がいる。いまも、獲物を触りながらそわそわしているグリッグだ。
「やってみるか?」
「……わたしがデスカ?」
「さっきからやりたそうに見てただろ」
「気づかれてイマシタカ。先ほども言いましたが、わたしも話で聞いていただけナノデ……ちょっと興味がアリマス」
言葉に相反して、目はぎらついていた。
少なくとも〝ちょっと〟ではない火のつきようだ。
ゼノは進行役へと掛け金の硬貨を放り投げる。
「おい、こいつが挑戦する」
「お、ようやくか! みんな、勇敢な挑戦者を歓迎してやってくれ!」
進行役に促されて周囲が荒々しい声をあげはじめる。「死ぬなよ!」やら「せめて1歩目は成功しろよ!」などと期待値はなかなか低いようだ。
「シギ、預かってくれマスカ」
「……了解だ」
グリッグが自身のカタナをシギに渡したのち、こちらに向きなおった。
「では、いってキマス」
「楽しんでこい」
にっこりと笑んだのち、グリッグが前へと出た。
進行役から鞘に入ったカタナを受け取るなり、腰の帯に差していた。そのさまを見て、進行役がまるで茶化すように「お、サマになってるねぇ!」と声をあげている。
開始が近づくにつれ、周囲が熱を帯びていく。
そんな空気に反してシャラは不安そうだった。
「危険では」
「グリッグなら大丈夫だ」
「……あれはでかいが、得物を振る速度だけは俺でも勝てない」
隣では、シギもまた頷いていた。
よく2人で行動することもあり、誰よりもグリッグの実力を理解しているのだろう。
「わかってるとは思うが、こいつはフェザリア禁止だからな! それじゃ1歩目から行くぜ! 準備はいいか!?」
「いつでもドウゾ」
周囲がどよめきだした。
グリッグが軽く膝を曲げ、前かがみになっただけで、一向に鞘からカタナを抜こうとしないからだ。ついには嘲笑の声もあがりはじめる。
「おいおい……バカなのか、あいつ」
「武器ってのは抜かないとものを斬れないんだぜ。そんなこともわから――」
その瞬間、風撃が放たれた。翔ける緑の弾は瞬く間にグリッグの眉間にまで迫るが、しかし煌めく銀閃によって両断された。斬ったのは、グリッグの手に握られたカタナ。間違いなく先ほどまで鞘に収められていたものだ。
周囲が唖然とする中、洗練された動きでカタナを鞘に収めなおすグリッグ。静かに歩を進めると、また腰を落とし、その手を柄に添える。
「次、お願いシマス」




