◆第四話『アストス島』
「たまにはこうして空車輪に乗るのもいいですね」
「意外だな。自分で飛ぶ以外はあまり好きじゃないと思っていた」
「もちろん自分で飛ぶほうが好きです。でも、一番大事なのは誰と一緒に飛ぶかです」
ゼノは空車輪に乗ってアストス島へと向かっていた。後部座席にはシャラが座っている。翼竜は珍しいうえに、シャラは帝国から狙われている身。今回は目立たないよう空車輪で向かうことにした形だ。
「ちょ、ちょっとぐらいいいだろ……っ」
「だめデス! テムザスのときのように、いきなり事故を起こしたらまた面倒なことになりマスヨ!」
もう1機、併走する空車輪にグリッグとシギが乗っていた。相変わらず下手にもかかわらず操縦をしたがるシギをなだめるグリッグ、といった構図ができあがっている。
「また、ですね」
「……陸では相性がいいんだけどな」
グリッグたちの曲芸飛行に巻き込まれないよう注意しながら飛んでいるうち、目的のアストス島が見えてきた。昨夜の偵察時よりも接近しているうえ、視界も晴れている。その全貌をしかと眺めることができた。
「あれがアストス島か。聞いていたとおり変わった光景だな」
「建築様式まで違うみたいですからね」
聖王国派と帝国派。さらに中立派で区域が分かれているようだった。シャラが口にしたとおり建築様式が違うようで、その違いがとてもわかりやすい。
聖王国派は白味が多く。帝国派は黒味が多い。
中立派は銀色というより見るからに鉄といった様相だ。
「発着場も3箇所あるみたいだが、どうする……?」
グリッグに操縦席を奪われたシギが訊いてきた。わずかに拗ねているように感じるのは、きっと気のせいではないだろう。
「予定どおり聖王国側に降りるつもりだ」
もともとアストス島を訪れたのは聖王セレス・ビアトルの導きによるもの。聖王の威光がどの程度まで及んでいるかをたしかめるためにもちょうどいい機会だ。
◆◆◆◆◆
「見事に無視されてイマスネ」
「……空気にでもなった気分だ」
聖王国派に設けられた発着場に空車輪を無事停めることはできたのだが……誰一人として関わろうとしてこなかった。聖王国の見張り10人ほどはいまも見てみぬふりを続けている。
「聖王国からすれば俺たちは帝国と敵対してる厄介者だからな」
「追い返されないだけよかったと思うべき、でしょうか」
下手に関われば、帝国との緊張状態がさらに悪化する可能性すらある。実際のところ、停泊させるだけでもかなり危ういことだ。それでも停泊を許してくれたのは、間違いなく聖王の威光のおかげだろう。
「とはいえ、たしかめたいことがある」
足を止めている者のもとに向かった。
まるで目を合わそうとしないが、勝手に話しかける。
「俺たちは聖王に導かれてこの島に来た。連合国と繋がる手段について、なにか訊いていないか?」
言葉は返ってこなかった。
これが限界といったところか。
ゼノはその場を離れ、仲間のもとに戻った。首を振ってなにも得られなかったことを伝えると、残念そうにグリッグとシギが肩を落とした。
「アテもなしとは雲を掴むようデスネ」
「……聖王の奴も適当に言っただけかもしれない」
「運命なんて言葉はあまり信じたくないが、あの女が口にする言葉だけはべつだ」
聖王が超常の力を持っているのは明らかだ。
この島に導いた理由は必ずあるに違いない。
「とにかく足を止めてるだけじゃなにも得られない。適当に島を散策するぞ」
「やっぱり行くのは中立派の区域ですか?」
シャラの問いかけに、ゼノは「ああ」と頷く。
「聖王国はあんな調子だし、帝国のほうは近づくだけでも揉め事になるからな」
中立区しか選択肢はないだろう。
聖王派の区域を抜け、中立派の区域へと足を踏み入れた。境目こそ曖昧だったが、気づけば周囲は決して綺麗とは言えない光景に変わっていた。
島の外から眺めたときに感じたとおり、鉄臭い建物ばかりがそこかしこに建っている。錆ついているものも多い。地面に関しては石畳すらないただの土だ。
そんな荒れ果てた景色だが、やけに活気に満ちていた。多様な店が幾つも営まれていることが大きな理由だろう。
中でも目につくのは珍しい骨董品や曰くつきらしき品を売っている店だ。数えきれないほど多く、あちこちで商品と熱心ににらめっこしている者たちを見ることができる。
ほかに目立っているのは売春宿か。
着飾った女たちが男を掴まえては建物に連れ込んでいる。
「き、綺麗な方ばかりでどきどきシマスネ」
「……ふん、ああいうのは俺の好みじゃない」
純真な反応を見せるグリッグ。相反して興味がなさそうにしつつも、耳を赤くしながらちらちらと娼婦たちの姿を窺うシギ。そんな2人の姿を横目に見ながら、シャラが不安げに問いかけてくる。
「そ、その……ゼノもやっぱり興味があるのですか?」
「ないと言えば嘘になる。ま、あるだけで踏み込もうとは思わないけどな」
こちらの返答にシャラは一瞬だけ動揺したものの、最後には安堵していた。ただ、質問の内容のせいか、思いだしたように赤面して俯いてしまった。本当に今日一日でシャラの愛らしい一面を幾つも見ている気がする。
「くっそ! もう1回だ!」
「お前、そう言って何回目だよ」
「これが最後だ! 頼む!」
「いいけどな。こっちは儲けさせてもらうだけだし」
そこかしこで賭博が行われていた。盤と駒を使ったものや、カードを使ったものなど種類は様々。ただ、なにより独特なのは、その光景だ。屋内ではなく、のざらしなのだ。さらに机は木箱、となかなかに前時代的なものとなっている。
「ルピナさんが見たら卒倒しそうな場所ですね」
「最悪、剣を抜いて説教までしかねないな」
防衛的な理由からルピナがここを訪れることはないが、来なくて本当によかったと思う。もし来ていたら羽交いじめにして押さえていた未来しかない。
ふいに大きな歓声が聞こえてきた。見れば、多くの者たちがなにかを囲む形で輪を作っていた。少なくとも100人はいるだろうか。シャラも気になったようでその人だかりに目を向けている。
「なにかすごい盛り上がっていますね」
賭け事のような雰囲気だが、いったいどんなものなのか。
この島を訪れた目的を抜きにして、純粋に興味が湧いた。
「行ってみるか」




