◆第三話『起き抜けの攻防』
「ゼノ……これはどういうことなのか説明してほしいです」
シャラの引きつった顔と震えた声。
それが今朝目を覚ます要因となったものだった。
ゼノはゆっくりと半身を起こした。
思ったよりも熟睡できたらしい。
やけに頭がすっきりしていた。
「説明もなにも見たまんまだ」
シャラがなにに動揺しているのかは寝起きの頭でも理解できた。ゼノは、自身の隣へと目を向ける。と、わずかに身を丸める格好でミリィが寝ていた。ただ、聞こえてきた話し声のせいか、呻きながら目を覚ましてしまった。
「起きたか」
「お、おはようございます」
寝ぼけ眼をこすりながら、むくりと起き上がるミリィ。
「ミリィ、戻ってるぞ」
「あっ……お、おはよう」
「ああ」
昨夜、ベッドの中で口調を砕けさせるように言ったことをしかと覚えていたようだ。ゼノは軽く寝癖のついたミリィの髪をなおしつつ、その頭を撫でた。ミリィがくすぐったそうに目を細めつつ、嬉しそうにはにかむ。
そんなやり取りをしていると、シャラから気持ちのこもっていない声が飛んできた。
「随分と親しくなったようですね」
「当然だろ。なにしろ俺とミリィは家族だからな」
「……ずるいです」
シャラが少し拗ねたようにぼそりとこぼした。
途端、ミリィが顔をこわばらせ、俯いてしまう。
「ごめんなさい……」
「ミ、ミリィを責めてるわけじゃないんですよ」
大げさな態度こそ見せないが、言動や目の揺れ方からシャラの動揺がありありと伝わってくる。出会った当初の淡々とした印象がいまだ拭えないこともあり、いまの彼女はなかなかに面白かった。
そんなシャラを横目に見つつ、ミリィが恐る恐る口を開いた。
「おふたりは恋人同士、なのですよね」
「もっと深い仲だ。そうだな、こっそりと匂いをつけられるぐらいにはな」
「ゼ、ゼノ……っ」
秘密――習性を話され、シャラが思い切り焦っていた。いままでに見たことがないほど赤くなっている。幼いミリィの前とあってか、どうやら強い羞恥心を覚えてしまったらしい。
「やっぱり、この匂いはシャラさんのだったんですね。とても落ちつく匂いです」
ただ、当のミリィはまるで気にしていないようだった。ベッドのシーツを撫でながら柔らかな笑みを浮かべている。と、なにやら意を決したように「あ、あのっ」と声をあげた。
「今度はシャラさんとも一緒に寝たい、です」
その願いを聞いたシャラが少しの間、きょとんとしていた。顔の赤みもみるまに引き、ついには目を瞬かせている。よほど予想外の一言だったらしい。
「だそうだが、どうする?」
「……ミリィの頼みですから。断る理由はありません」
他人には少し距離を置きがちなシャラだが、ミリィにはなにか特別なものを感じているのか。完全に気を許しているようだった。ゆえに、頷くのは予想できたことだった。
「よかったな。今夜にでもシャラの部屋に行くといい」
「こ、ここじゃないのですか?」
シャラが即座にそう訊いてきた。
「ミリィが寝たいのはシャラとだろ。どうしてここで寝る必要がある?」
「……意地悪です」
シャラがぷくっと頬を小さく膨らませた。
年下のミリィの前ではなにかと大人ぶっていたシャラだが、もはや構うつもりはないらしい。そんなシャラの捨て身の姿を見てか、ミリィが慌てて懇願するような目を向けてきた。
「3人一緒じゃ、だめ?」
「ミリィは優しいですね。ゼノとは違って」
ミリィを抱き寄せながら、シャラが睨んでくる。
シャラの表情がころころ変わるのが面白くてつい遊んでしまったが……どうやら度が過ぎてしまったらしい。
「……冗談だ。2人がいいなら好きにしろ」
そう答えると、まるで示し合わせたようにシャラとミリィが満面の笑みを浮かべた。2人は髪だけでなく目の色も違う。ただ、本当の姉妹や親子のように見えてしかたなかった。また、そんな2人の姿に胸が温かくなった。
こんな気持ちになったのは初めてだ。
ただ、そんな幸せに満ちた空気はすぐに終わった。ミリィがなにかを思いだしたようにしゅんとなり、こわばった顔を向けてきたのだ。
「……これから、すぐに出かけるの?」
「準備ができたらな。帰りは夜になるが、大丈夫か?」
「大丈夫、だよ。お掃除も頑張りま、頑張る……!」
ミリィは賢いし、きっとなんでもそつなくこなすだろう。本当に心配なのは、1人になったとき、不安に押し潰されないかどうかだ。見たところ返事どおり心配はなさそうだが……。
今後、ミリィのそばを離れる機会は間違いなく増える。叶うならば、彼女にはほかにも幾つかの〝支え〟を見つけてほしいところだ。
ゼノは胸にわずかな痛みを感じる中、シャラの頭を撫でたのち、出発の準備を始めた。




