◆第ニ話『夜のベッドの中で』
「勝手に入ってごめんなさい」
ミリィから開口一番に放たれたのは謝罪の言葉だった。もともと怒るつもりはなかったが、いまだに抜けないミリィの他人行儀な姿に思わずため息をついてしまった。
「気にする必要はない。言っただろ、ミリィ。もうお前は俺の家族なんだ。これからも好きなときに出入りして構わない」
ゼノは机に置いた角灯をつけつつ、ミリィの対面に座った。
頼りない明かりに照らされた彼女は普段以上に小さく見える。
「それよりどうしたんだ? もう寝る時間だろ」
「……ゼノさんが帰ってこないんじゃないかって思ったら……怖くなって……」
俯いたまま膝に置いた両手をぐっと握るミリィ。
暗がりでもその体が震えているのがはっきりと見て取れた。
「大丈夫だ。俺はいなくならない」
「でも、危険なことをしてるんです、よね……」
「今日はただの偵察だ。ちゃんと言っておくべきだったな」
相手が子どもだからか、誤魔化そうという思考が働いてしまった。ただ、幼いながら聡いミリィには無意味なようだった。まるで安心した様子のないミリィの目をしかと見据えながら、こちらの意志を伝える。
「たとえ帝国と戦ったとしても同じだ。俺はみんなを安全な場所に連れていくと決めた。それまで絶対にくたばるつもりはない」
「そのあとは……そのあとはどうなのですか」
どうやら言い方を間違えてしまったようだ。……いや、この場合は覚悟がもれてしまっというべきか。胸につかえるものを感じながらも、喉から押し出すように言葉を紡ぐ。
「もちろん、そのあともだ。俺はミリィを置いていったりはしない」
強いアストラを持つ者は、みな目が澄んでいる。聖王セレス・ビアトルを前にしたときのように、なにか見透かされているような気がして居心地が悪かった。
「もう遅い。部屋まで送る」
立ち上がったこちらに応じて、おもむろに腰をあげるミリィ。ただ、そこからいっさい動こうとしない。聞き分けのいい彼女にしては珍しいことだ。おかげでなにを考えているのかを理解するのは容易だった。
「一緒に寝るか?」
「い、いいんですか……っ?」
「そうだな、その言葉遣いをどうにかしてくれるならな。もう、俺たちは家族だろ。遠慮する必要はない」
ミリィがはっとなりつつ、少しばつが悪そうな顔をしていた。
「ま、いまの喋り方が好きなら無理に変える必要は――」
「……い、いいの?」
どうやら砕けた喋り方もできるようだ。
ゼノは自分でも不思議なぐらい柔らかな笑みをこぼしつつ、「ああ」と頷いた。ゼノは灯を消したのち、ミリィの脇と膝裏に腕をとおして抱き上げる。
「わっ……す、すごい。こんな風に抱っこされたの、初めて……」
「こんなことぐらいで喜んでくれるなら、いくらでもしてやる」
細いうえに小さな体だ。両手で持ってはいるものの、片手でも簡単に維持できそうなほどミリィは軽かった。そのまま彼女をベッドにそっと寝かせたのち、自身もまた寝転がる。
大人が2人寝ても余裕のあるベッドだ。隣でミリィが寝ていても余りある空間があった。仰向けになって目を瞑る。
「寝るぞ」
「は――う、うん。おやすみなさい」
そうして寝る体勢に入ったものの、居心地が悪かった。べつに意識しているわけではない。そもそも年齢的にミリィを女として見るには無理がある。ただ、ミリィがじっとこちらを見てきているせいだ。
「そ、そっちに行ってもいい?」
「好きにすればいい」
どうやら近寄るタイミングをさぐっていたらしい。遠慮がちに寄り添ってくるが、なかなかしっくりこないのか。体勢を決めかねてもぞもぞとしつづけている。
ゼノは試しにミリィ側を向いてみた。途端、こちらの胸に額がくっつくぐらいまでミリィが近づいてきた。どうやら居心地のいい場所を見つけたようだ。ミリィがようやく動きを止めたのち、ほっと息をついていた。
「……あったかい」
「暑かったら無理するなよ」
「こ、このままがいい」
「そうか」
ミリィは普段から我侭を言わないし、聞き分けもいい子だ。ただ、幼い頃に親を失っている。そのうえ引き取られた先があのクズ司祭だった。甘えられる相手がいなかったこともあり、ずっと寂しい思いをしてきたのだろう。
ミリィがこちらの胸辺りの服をぎゅっと握ってきた。かと思うや、その小さな顔を上げてじっと見つめてくる。
「ミリィになにか手伝えることはない、かな」
「これまで頑張ってきたんだ。少しぐらい休んでもいいんだぞ」
「役に立ちたい、の」
ミリィが自分から言い出したことだ。それに彼女自身も新しい環境に入ったことで居場所を作ろうと必死なのだろう。となれば無理に断るのはあまりよくないかもしれない。とはいえ、戦闘方面にはできる限り関わらせたくはない。
「そうだな……俺の部屋の掃除でも頼むか。……いや、これじゃあいつと一緒になるな」
自分で口にしてから失敗したと思った。〝あいつ〟とはミリィのことをずっと小間使いのように扱ってきたテムザスの元司祭コズノワのことだ。いやな記憶を思い出させてしまったと悔やんだが、ミリィの反応はこちらが思っていたものと違った。
「一緒じゃない、よ。これはミリィから言い出したことだから」
「そうか。なら、頼めるか?」
「はい――じゃなくて、う、うんっ」
まだ言葉遣いに慣れないらしく、たどたどしかった。ただ、ミリィにはまだ時間がたっぷりとある。少しずつなおしていけばいい。
「でも、それだけでいいの?」
「物足りないなら、シャラの部屋もしてやるといい。きっと喜ぶぞ」
「うん、す、するっ」
役に立てることがよほど嬉しいらしい。
この調子だとシュボス中央塔がピカピカになりそうだ。
「ミリィ、ひとつだけ約束だ。今後、好きなことやしたいことができたらそっちを優先しろ。俺たちに気を遣う必要はない。もうミリィの時間は、ミリィのものなんだからな」
「うん……っ」
短いながら多くの喜びが詰まった返事だった。
彼女を引き取ったことが本当に正しかったのかと思うことがあった。だが、いまの笑顔を前にして、自分の判断はきっと正しかったのだと心の底から自信を持って思えた。
ふいにミリィが目を細めつつ、口をきゅっと結んだ。おかしなしぐさだと思ったが、目尻に浮かんだ涙を見て得心がいった。
「ミリィ、いまあくびを我慢したろ」
「し、してない、よっ」
そうは言うものの、答えは明白だった。この時間を大切に思ってくれているのは嬉しい限りだ。ただ、彼女はまだまだ育ち盛り。健康を害する我慢はあまりさせたくはなかった。
「明日、早めに島を出なくちゃならないんだが……見送りしてくれるか?」
「う、うん。するっ」
「だったら早く寝ないとな」
わずかに名残惜しそうな顔を見せたものの、ミリィの静かな寝息が聞こえてくるまでそう時間はかからなかった。やはり相当な眠気に襲われていたようだ。
「……子どもか」
もし帝国に島を襲われていなければ、今頃、自分にも血の繋がった子どもができていたのだろうか。そんなことをふと思ったが、不思議と惜しむ気持ちは湧かなかった。いまも安らかに眠るミリィの寝顔が、きっとそうさせてくれたに違いない。
まぶたに一房垂れたミリィの髪をかきあげながら、ゼノは自身もまたまぶたを落とした。




