◆第一話『示された島へ』
「今日は機嫌がいいみたいだな」
『わかるのですか?』
「ああ、なんとなくな」
ゆったりとした飛行とはいえ、翼竜の速度は空車輪のそれを上回る。向けられた純粋な言葉も吹きつける冷たい風に刻まれ、暗闇へと溶けるようにすぐさま消えていく。
ゼノはシャラに乗って夜空を翔けていた。彼女とは散歩がてらに飛ぶこともあるため、さして珍しいことではない。ただ、今回はほかに目的あっての飛行だった。
――連合国と連絡を取りたい。
数日前、出会った聖王セレス・ビアトルにそう願ったところ、ある島に行くよう言われた。その島とは、南要塞島から北西にやや離れた位置に浮遊するアストス島だ。
本日夕刻にその周辺空域へと接近したため、斥候として様子を窺いにきているところだった。夜を選んだのは人目につきにくくするためだ。
『……ゼノ、アストス島が見えてきました』
「俺にはまだ見えないな。それらしい点が見えるぐらいだ」
『話に聞いていた光景と一致しているので、間違いないと思います』
翼竜化したシャラの目は人間とは比べ物にならないほどいい。おかげで斥候としての役目を存分に果たせていた。
「クァーナの言っていたボスクィルの商船は見えるか?」
ボスクィルは、帝国お抱えの巨大な商会だ。
その商船がアストス島には定期的に訪れるという話を聞いていた。
『そうだと思われる大きな船は幾つか見えます』
アストス島についての情報や、ボスクィルの商船が訪れることなど、教えてくれたのはすべてクァーナだ。一度、訪れたことがある島だからという話だったが、それにしては詳しい情報が多かった。
『まだクァーナさんから〝あの人〟について教えてもらえていないのですか?』
クァーナについて考えていたことを読まれたのか。彼女に関することをシャラが訊いてきた。ゼノは一拍の間を置いて、「ああ」と答えた。
『彼女は信用できます』
「わかってる。疑ってるわけじゃない。ただ、もどかしいと思ってな」
クァーナは自身のことを色々と話してくれたが、〝あの人〟の正体だけは絶対に明かさなかった。〝あの人〟が帝国の中でもかなりの大物であることは疑いようがない。そんな立場の人間とあって、反帝国のこちらと繋がっていることを知られるのはなによりもまずいことは理解できる。
ゆえにクァーナが誰にも〝あの人〟の正体を明かさないのは正しい判断だが……教えてもらえれば、こちらも上手く動けるのではないか。またクァーナの力になれるのではないか、という考えが少なからず胸中にあった。
いまは遮るもののない空を飛んでいる。にもかかわらず、窮屈な感覚に苛まれはじめた、そのとき。シャラが強めにはばたいたかと思うや、その場で停止した。
『ゼノ、ボスクィルの商船が離れていきます』
「3日ごとに訪れるって話だったが……運がいいな」
最大で3日待たされていたことを考えれば、これ以上ない最高のタイミングだ。今回の偵察は商船の有無を確認するだけだったが……滞在できる期間まで同時に知れたのは収穫だ。
「偵察は充分だ。一旦戻るぞ」
◆◆◆◆◆
「これは仕方ないことなんです。決してわたしが食いしん坊だからではありませんから……っ」
帰還後、なによりも先にシュボス中央塔の食堂に訪れた。どうやらシャラは空を飛ぶと腹がすくらしく、その欲を満たすべく予め食事を用意させていたのだ。
幸せそうに頬を膨らませつつ、羞恥心にも襲われているのか。ころころと表情を変えるシャラ。そんな彼女を見守りながら、ゼノは先ほど出迎えてくれたレイカとともに笑みをこぼした。
「それにしても嬉しいことなのですが、忙しくなりますね」
アストス島でボスクィル商会の船を見たこと。またその船が去ったことは、すでにレイカに話していた。
「これも聖王の想定どおりなのでしょうか」
「さすがにそこまでは見越してないだろう」
きっと偶然だ。ただ、絶対にないとは言い切れないあたり、どうやら聖王の持っている特別な空気感に毒されてしまったらしい。いずれ対面する日が来たとき、この胸中の感情が邪魔にならないことを願うばかりだ。
「同行者はどうされますか?」
「グリッグとシギを連れていく」
「やっぱりあの2人なんですね」
知っていたとばかりにレイカがくすりと笑った。
「俺にとって信頼できる仲間だからな」
「その言葉を聞いたら2人とも喜ぶと思います。とくにシギさんが」
「興奮して眠れなかったなんてのは困るからな。いまのは内緒にしておいてくれ」
了解です、とレイカが楽しげに頷いた。
ひとまず本日やるべきことは終わった。夜も遅いし、あとはもう寝るだけだ。シャラに食べすぎと夜更かしを注意したのち、食堂をあとにせんとレイカに背を向ける。が、言い忘れたことを思い出し、足を止める。
「……ああ、そうだ。べつに信頼しているのはあいつらだけじゃない」
「わかっています」
振り向いてはいない。
ただ弾んだ声からレイカが笑顔で答えたのは容易にわかった。
シュボス中央塔の5階へと上がり、自室前へと戻った。扉を開け、いまや見慣れた部屋へと足を踏み入れた、瞬間。暗がりの中、ぽつんと小さな影がソファに座っているのを見つけた。
輪郭や空気感からすぐに誰かはわかった。
つい先日から行動をともにすることになった、少女。
「……ミリィ?」




