◆第八話『導かれた先に』
「立てるか?」
「は、はい。大丈夫……です」
着地するなり、そっとミリィを地に下ろした。
あんなことがあったあとだ。初めは強がっているのかと思ったが、どうやら本当に問題ないようだ。彼女はしかと自分の足で立っていた。
「あ、あの……っ」
こちらの傷だらけの体を見てか、ミリィが痛々しく顔を歪めていた。
「この程度、大したことはない。それよりお前が無事でよかった」
「……ありがとうございます」
まだよそよそしい感じは抜けない。
それでも彼女が信頼してくれていることは伝わってきた。これから時間はたくさんある。少しずつ距離を縮められればいい。
ふいに影が差したかと思うや、翼竜化した状態のシャラがそばに下り立った。大量の埃が舞う中、シャラが人の姿に戻る。
「シャラ……さん?」
ミリィが大きな目をぱちくりとさせていた。
「シャラは翼竜人だ」
「そういえば、見せるのは初めてでしたね」
シャラがミリィに歩み寄った。
まなじりを下げながら優しく問いかける。
「怖い、ですか?」
ミリィはぶんぶんと勢いよく首を振った。
続けて、ばつが悪そうにぼそぼそと呟く。
「……ただ、少し驚いてしまって」
「いつも俺を助けてくれてるんだ」
「すごい、です」
「そ、そんなに大したことはしてません」
ミリィから尊敬の眼差しを受けてか。
シャラが珍しく照れていた。
その後、3人揃って抉れた穴から地上へと出た。
変わらずフレルダリア以外に人はいない。
だが、ミリィはこわばった顔で辺りを見回している。
「あ、あの……コズノワ様は……」
「すでにわたしが罰を下しました」
フレルダリアが即答した。
どうやら彼女も同じ考えのようだ。その目からは、幼い子どもに責任を負わせる必要はない、といった意志を感じる。
仮に彼女がしなければ、こちらが負うつもりだった。だが、彼女の強い瞳は、〝これは聖王国の問題だ〟とも訴えかけていた。
「そう、ですか……」
ミリィが力なく答えたのち、俯いた。
コズノワに受けていた仕打ちを思えば、喜んだり安堵したりしてもおかしくはない。だが、彼女はそんな素振りをいっさい見せなかった。そればかりか、どこか悲しんでいるようだった。
「クラーラさんっ!」
唐突に聞こえてきた声の出所に目を向けると、1機の空車輪が映り込んだ。乗っているのはテムザスの領主であるレイゾンだ。彼は近くに着陸後、駆け寄ってきた。
「避難してたんじゃないのか?」
「これでも領主ですから。全員が避難してから最後に発ったのです。ただ、途中で島の落下が止まって、また上昇していたのでもしやと思って来たんです」
レイゾンの返答を聞いて、シャラが遠くの空を見つめていた。おそらくダナガや巡礼島と位置を照らし合わせているのだろう。
「たしかに島の高度が戻ってきている気がします」
「アストラによる影響がなくなったことで、流命核が本来の力を取り戻したのでしょう」
そうフレルダリアが答えた。
島は、コンテイルの一定範囲内でしか浮遊できないという話だ。あのまま高度を下げ続けていたら、いずれは一気に落下を開始していたかもしれない。
取り返しのつく高さで事が収まってなによりだ。
と、いきなりミリィが頭を勢いよく下げた。
怯えたように全身を震わしている。
「島をこんなにしちゃって……ごめんなさい」
「改めてみても、たしかにこれは……すごい状態だ。でも、この程度なら直すことはできる。きみが気にする必要はないよ」
レイゾンが大人として対応してくれた。
周囲の惨状を作り出したのはミリィだが、もとを辿ればコズノワが彼女の心を壊したのが原因だ。その問題を関係なく責め立てられたらどうしようかと思っていたが、どうやら杞憂だったようだ。
「すべては聖王国の責任です。復興に向けての支援も当然ですが、テムザスの教会には新しい司祭を配します」
「それはとても助かります」
フレルダリアの提案に、レイゾンが嬉しそうに返した。ただ、復興よりも新しい司祭のほうに喜んでいるのは容易に見て取れた。
フレルダリアがミリィに目を向ける。
「それから……彼女のことですが」
「聞いていたとおりだ。ミリィは俺が面倒を見る」
子育てというにはミリィは大きい。
彼女自身も聡いし、手はかからないだろう。
ただ、それでもまだ幼いことには変わりない。
適切な育て方ができるかどうかの自信はない。
だが、彼女が自由でいられる環境を与えられる自信だけはあった。
「もっともミリィが聖王国についていくってんなら、止めはしないが」
その問いに対する返答はとても簡素だった。
わずかに怯えた様子で、きゅっと服の裾を摘んできたのだ。
「彼らは帝国に追われています。我々聖王国の庇護下に入るほうが安全であると思いますが、それでも彼のもとを選びますか?」
「……はい。それでもゼノさんと、シャラさんと一緒がいい……です」
フレルダリアの問いに、訥々と返答するミリィ。
相変わらずか細い声だったが、その目だけはたしかな強さを持っていた。
ミリィの意志が固いと感じたからか。
フレルダリアも「わかりました」と応じて、あっさりと引いた。ただ、彼女の顔は引き締まったまま、今度はこちらに向けられる。
「ゼノ・クラーラ。セレス様より伝言です。アストス島に向かいなさい」
「聞いたことのない島だな」
「詳しい場所については、のちほど送る使いから地図を受け取ってください」
手厚い対応だ。
ただ、それだけに警戒心が強まってしまう。
「そこになにがある?」
「わたしにもわかりません。ただ、星の導きである、と」
「またそれか。……ま、でも今回はそれに助けられたしな」
信じてみるのもありかもしれない。
いや、いまは信じるしかない。
もとは東の連合国と連絡をとるため、聖王国の巡礼島と接触した。しかし、聖王国としては特定の勢力に肩入れすることはできない。ゆえに〝星の導き〟といった曖昧な形で助けてくれるということなのかもしれない。
おそらくこれは、テムザス島やミリィの件の解決に関する報酬なのだろう。
「聖王に伝えておいてくれ。素直に受け取っておくってな」
そう言い残して、フレルダリアに背を向けた。
「クラーラさん、色々とありがとうございましたっ!」
後ろからレイゾンの声が聞こえてきた。
結局、最後までテムザス民に直接救いの手を差し伸べることはしなかった。礼を言われる理由はないが、少なくない会話を交した。振り向かず、ただ軽く手を挙げて応じた。
「いずれ、彼女とも戦うのでしょうか」
シャラが後ろを気にかけながら、わずかにこわばった顔を見せる。
彼女、とはフレルダリアのことで間違いないだろう。
「面倒そうな相手だからな。できれば避けたいところだが……」
《空の果て》を目指す限り、ぶつかる可能性は高い。
そうなったときは容赦するつもりはなかった。
「それじゃ戻るか」
ミリィがどう反応すればわからないといった様子だった。彼女からすれば行ったことのない場所だ。きっと〝戻る〟という言葉に違和感を覚えているのだろう。
少しでも安心させてやりたい。
そんな気持ちが湧いたか、半ば無意識にミリィの頭に手を置いた。
ミリィは初めこそ驚いていたようだが、すぐに落ちついた様子で受け入れてくれた。上目遣いを向けられる中、彼女の柔らかな髪を優しく撫でる。
「みんなに新しい家族を紹介しないとな」




