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シャラ・クラーラの奇蹟 ~かつて雷帝と呼ばれた男は、白銀の翼竜と自由を求めて空を飛ぶ~  作者: 夜々里 春
【星鳴りの少女】第三章

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◆第七話『少女の世界』

 シャラが両翼をはばたかせて飛翔する。


 いまだミリィからは激しい風が吹き荒れていた。

 そのせいか、外へと流されては戻るといった飛行を続けている。


「大丈夫か、シャラ!?」

『はい、すぐに安定させます!』


 その返答からすぐに慣れてきたようだ。

 風の圧力に対抗するようにはばたきを調整し、揺れを最低限に抑えてくれた。


 島の外縁上空を見渡せば、巡礼島へと向かう多くの空車輪が映った。おそらくテムザス民が避難を始めているのだろう。


 眼下に視線を戻せば、凄惨な光景となった区画が映り込んだ。あちこちの建物が崩れ、荒地に近い状態となっている。いまや残った人間もフレルダリアのみとなっている。


 すべては、ミリィを中心に起こったものだ。


 彼女を包み込む青い球体は、なおも健在だった。

 表面を守るように吹きすさぶ風の激流もその力を衰えさせてはいない。そればかりか勢いを増してすらいる。


 現状でも青い球体の表面――障壁に接触することは可能だろう。だが、生半可な勢いでは突破はできない。そもそも風の激流のせいで、障壁のそばに長時間留まることはできない。ならば、手段はひとつしかない。


「以前、ラドゲイにかました攻撃を覚えてるか!? あれをもう一度、頼む!」

『わかりました。……ゼノ、あの子をお願いします』

「ああ、任せろ!」


 いまやダナガの多くの仲間に慣れたシャラだが、本当の意味で心を許している様子はない。そんな彼女がミリィのことを気にかけている。やはりなにか通じるところがあるのかもしれない。


『――行きます』


 シャラが猛り、さらに上空へと舞い上がった。


 テムザス島だけでなく、遠くのダナガの島々すべてを見渡せるほどまで上昇後、くるりと反転して降下を開始。幾度か思い切り羽ばたいて加速し、ついには翼をたたんだ。ミリィに向けて鋭い矢のごとく一直線に向かっていく。


 顔面を叩く凄まじい風に髪が荒れ狂う。

 全力で捕まっていなければ振り落とされそうだった。


 以前よりも遥かに速い降下だ。

 シャラの気持ちが体に、心に乗った。


 ゼノは全身にフェザリアを漲らせ、シャラの背を離れた。周囲に雷光を迸らせながら、勢いに身を任せて落下する。ただ、速度もあり空を飛んでいたのは一瞬だった。


 風の激流が吹き荒れる層を突破。その先の青い光膜へと戦斧の刃を振り下ろした。響くとてつもない衝撃音。地に足をつけていないのでわからないが、島全体が揺れたように感じられた。


 ただの人間であれば楽に潰せるほどの威力だ。しかし、ミリィによって生成された青い光膜を破るには至らなかった。そればかりか、こちらのフェザリアの力が弱まっていく。


 これほどの衝撃を与えても突破できないのか。

 思考が次なる選択を早々に探らんとしたとき、刃の先の異変に気づいた。ごくわずかだが、亀裂が入っていたのだ。


 ただ、亀裂が小さくなっている。おそらくもう修復が始まっているのだろう。半ば反射的に戦斧をもう一度振り下ろそうとする。最中、先ほどフレルダリアが言っていたことが脳裏を過ぎった。


 ――対となるフェザリアを純粋にぶつけ、相殺するしかありません。


 この武器には占星石が使われ、少なからずフェザリアの力が抑えられている。決して純粋なものとは言えない。


 ゼノは一瞬の逡巡を経て、戦斧を放り投げた。

 素手を伸ばし、右手の指三本を亀裂に潜り込ませる。


 こじ開けんと外側へと引っ張るが、まるで微動だにしない。本当に相殺できるのか。そんな疑念がわずかに胸中に湧きあがるが、すぐさま頭から払い落とした。


 そもそもミリィのアストラに対抗できていないだけだ。いまも周囲を漂うフェザリアの光は緑色などころか、どんどんか細くなっている。


 一瞬だけでもいい。

 自身が扱える最高のフェザリアをぶつけるしかない。


 ゼノは猛り、ただフェザリアの力を高めることだけに集中した。アストラのせいか、やはり上手くフェザリアを取り込むことができない。まるで空を掴んでいるかのような感覚だった。


 だが、フェザリアの存在はたしかに感じられた。

 かすかにだが、このアストラの海の中でも間違いなく漂っている。それらを手繰り寄せるように泥臭く集めていく。


 当然ながら風の激流の猛威は消えていない。いまもこの身を刻み、幾度も血が視界に映り込んでいる。だが、いまもミリィが感じる苦しみを思えば、大したことはない。


「もう離れなさい! その中ではもうフェザリアを扱うことは――」


 フレルダリアの声が聞こえてきた。

 こちらの身を案じてくれたことはわかる。

 だが、いまだけはわずらわしく感じた。


 ばちりと炸裂音が耳をついた。

 そこから連鎖的に炸裂音は続いた。

 ついには視界に見慣れた雷光が映りこみはじめる。


「フェザリアがなんだって……?」

「……信じられません。あのアストラの中であれほどのフェザリアを……!?」


 あのフレルダリアが呆けるように驚愕するほどだ。

 どれだけ異常なことかはわかる。

 だが、達成感を覚える暇はなかった。


「ぉおおおおおおお――ッ!」


 ゼノはいま一度猛り、亀裂に割り込ませた指を外側へ引っ張った。先ほどまでは硬質に感じたそれが、いまはかすかだが柔らかさを感じられた。


 右腕が痙攣したように震えるのもいとわず、ぐいぐいとこじ開けていく。左手を差し込む隙ができてからは両腕で臨んだ。しかし、アストラの修復力が上回ったか、途中からほとんど開かなくなってしまった。


 穴の大きさは頭がとおる程度だ。

 これでは体をもぐりこませることはできない。


 ……いや、これだけでも充分だ。


 ミリィが自我を取り戻してくれれば、この惨状を終わらせられるかもしれない。声さえ届けば、それは充分に果たせる。


「ミリィ! 聞こえるか! ミリィ! 意識をしっかり保て!」


 もう一度彼女の名を呼ぶ。

 最後の声が届いたのか、ミリィがまるで眠りから覚醒するようにゆっくりと動きだした。きょとんとした顔で、こちらを見上げてくる。


「……ゼノさん? どうして……」

「お前を助けにきた!」

「ミリィを、たすけに……?」


 か細い声で聞き返したミリィが周りに目を向けた。瞬間、彼女は顔を恐怖で染め上げた。ただ、それは周囲の状況を探るにつれ、怯えに変わっていく。


「これ、わたしが……」

「アストラが暴走しただけだ! 大丈夫だ、島の奴らはみんな避難してる! いまは落ち着いてアストラを鎮めることだけに集中しろ!」


 おそらくコズノワが死んだが、彼女が背負うべきものではない。もとよりフレルダリアが断罪しようしていたのだ。あれを殺したと数える必要はない。


 いまはなによりミリィの心を安定させることを優先するべきだ。


「で、でも……どうやって鎮めればいいのか……っ」

「心を穏やかに保ってください! そうすればアストラは必ず収まります!」


 フレルダリアの声が飛んでくる。

 その言葉に応じてか、ミリィが動揺する心を収めようとしはじめる。だが、すぐに収まらなかったからか、焦りを滲ませた顔を向けてくる。


「大丈夫だ、ゆっくりでいい」


 なるべく優しく声をかけた。だが、こちらの肌に刻まれた傷や、流れる血を誤魔化すことはできなかった。ミリィの顔が悲痛に歪んでしまう。


「どうして……ですか。そんなになってまで……ミリィには、なにもない、のに……」


 過去に大切な母を失った。

 その後、コズノワに拾われたことでかすかだが生きる希望を抱けた。だが、そのコズノワにも裏切られ――いまの彼女には、生きる理由がなくなってしまっている。


 ふいに島がこれまででもっとも大きく揺れた。

 外殻の一部が崩れたのか、外縁上空を巨大な岩が浮遊している。


 その光景を見てか、ミリィが顔をくしゃりと歪ませる。


「ミリィ、あんまり賢くないけど、わかります。いま、きっと島が大変なことになってるって……」


 彼女は自分が死ぬことへの怯えよりも、他人を巻き込むことに対して怯えているようだった。本当に優しい子だ。こんな子が、こんなところで死んでいいはずがない。


「ミリィのことは放って、逃げてください……っ!」


 荒れた空に響く心からの叫び。


 本当はミリィと重なることは自分にもあった。

 放っておけなかったのはそれが理由だ。もしここで彼女を見捨てれば、なにか大事なものを失うような気がした。


「居場所がないなら、俺たちのもとに来ればいい」


 自然と口から出た言葉だった。

 ただ、想いに反したものではない。

 むしろ心から望んだものだった。


「……でも、ミリィにはなにもない、です……っ」

「なにもないならこれから作ればいい。探せばいい」


 彼女はまだ幼いうえに、コズノワの世話をするばかりで外の世界をあまり知らない。ミリブという身近で売られている食べ物すら口にしたことがなかったのだ。


 ミリィの世界はまだまだ広がる可能性を持っている。

 彼女が求めるものもきっと見つかるはずだ。


 こちらの言葉が彼女の心境に影響を与えられたのか。

 押さえていた穴の縁の反発が弱まった。みたび力を入れ、広げたのち、体をもぐりこませた。落下の最中、いまも中央で浮遊するミリィへと声を張り上げる。


「俺たちのもとに来い、ミリィッ!」


 最後の問いかけだ。

 ただ、ほぼ確信があった。

 ミリィが目尻に涙を滲ませながら、顔を歪ませる。


「……行きたい、です。ゼノさんたちと一緒にいたい、です……っ」


 どれだけ望んでくれたことかが伝わってきた。


 ゼノは辿りついたと同時、ミリィを抱きしめた。


 フェザリアの力が作用したのか。

 あるいはミリィの心が落ちついたのか。


 瞬間、まるで硝子が割れるかのような乾いた破砕音を鳴らし、周囲の青い光膜が消滅した。


 アストラの残滓か。

 辺りに青い燐光が煌めきはじめる。


 周囲の光景は変わらず凄惨なものだ。

 ただ、身内となったからだろうか。


 いまだけは世界がミリィの新たな門出を祝っているように感じられた。



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