◆第六話『隔絶された世界』
球形状となった青い光の肥大化は止まった。
だが、その表面近くには燐光を含んだ激しい風が吹き荒れていた。近づけばたちまち体を引き裂かれるのではないか。そう思えるほどの鋭い音が聞こえてくる。
また揺れも強くなっていた。
周囲の建物には幾つも亀裂が走りはじめている。
騒ぎを聞きつけて集まっていたテムザス民も、悲鳴をあげて散っていた。ほかに留まっているのは聖王国の関係者と、今回の元凶といっても過言ではないコズノワだ。
「は、はは……どうやらまだ天はわたくしを見放していなかったようだ!」
騒ぎの中、コズノワが拘束を逃れ、まろぶようにして駆け出していた。ひと気のない場所を選んだのか、教会に面した脇道を使って逃げようとしているようだ。
あれを野放しにしてもいいことはない。
捕まえるかどうか悩んだが、その必要がなくなった。
教会の高い位置に走ったひと際大きな亀裂。
そこから一部分が崩れ、コズノワを押し潰した。
あっけない最期だ。
ただ、悔やむ理由は微塵もなかった。
なによりいまはミリィのことだ。
いまも青い光に包まれた彼女を見ながら、フレルダリアに問いかける。
「聖王が言っていた強い光の持ち主ってのは、ミリィのことで間違いないか」
「わたしも知らされてはいませんでしたが、間違いないでしょう」
あのか弱く大人しかったミリィとあって意外だという想いが先立った。だが、眼前の光景を目にすれば、もはや疑いようがなかった。
と、近くに空車輪が着陸した。
降りてきたのは聖王国の人間だ。
「フレルダリア様、島の高度が徐々に下がっています」
「……あなたたちは急いで島の方たちを巡礼島に避難させてください」
とんでもない会話が交わされていた。
慌てて周囲を見回してみる。と、たしかにそばを浮遊する巡礼島や、ダナガの島々が高い位置にあるように見えた。
「原因はミリィのアストラ、ですか」
そう訊いたのはシャラだ。
フレルダリアが険しい顔で口を開く。
「島を浮かしているのは流命核から出るフェザリアの力です。当然ながら対となるアストラの影響を受ければ、その力も弱まります」
「セレス・ビアトルが島を落とせるって話を聞いたことがあるが……あれは本当だったってことか」
いったいどのように島を落とすのか。
ずっと疑問だったが、ただ強いアストラを島にぶつけるという単純な話だったようだ。
「……ひとつだけ理解していただきたいのは、本来はそのようなことはできません」
「だろうな。つーか、こんなことを誰でもできたら世界はとっくに終わってそうだ」
現状は2人。
そのうちの1人がミリィというわけだ。
「あなた方も早くこの島から避難を」
「なに言ってんだ。あいつを置いていけるわけないだろ」
そう返すと、フレルダリアから怪訝な顔を向けられた。
「ですが、これは我々の問題で――」
「あいつは……ミリィは俺たちの友人だ」
ここは聖王国の庇護下にある島かもしれない。
だが、友人となった者を助けるのに理由はいらない。
それに眼前の惨事に至ったことに無関係ではなかった。
責任をとるという意味でも見てみぬ振りはできない。
「わたしも、あの子は放っておけません」
シャラも同じように感じていたようだ。
彼女もミリィと同様に家族を失っている。
一度は居場所を失った者として、どこか通じる想いがあったのかもしれない。
こちらの決意を前にしてか。
フレルダリアは歓迎すらしなかったが、拒むようなことは言ってこなかった。
「聞こえるか、ミリィ!」
いまもミリィは青い光の中で浮いていた。
うずくまった状態で目を瞑り、耳を塞いでいる。
まるで世界から自身を隔離しているかのようだ。
「いま助けてやる! 待ってろ!」
吹きすさぶ風に消されてか。
あるいは青い球形の光に遮られてか。
ミリィに声が届いた様子はない。
この惨状は彼女の心が崩壊してから始まったことだ。彼女の自我を取り戻せられれば収まるかもしれない。そのためにも、やはり彼女の近くまで行く必要があるようだ。
そう判断するやいなや、ゼノは前へと歩きだした。
激しく吹き荒れる風の中を突き進むが、ミリィを包む巨大な球形状の青い光に行く手を阻まれた。まさに硬い壁そのものだ。
すぐさま戦斧を背から抜いて振り下ろす。
が、ガンッと音を鳴らすだけでまるで破壊できそうにない。
それどころか、まるで自衛が働いたかのように周囲の風が強まった。このまま留まってもただ肌を刻まれるだけだ。ゼノは呻きつつ、一旦後退を選んだ。
「フレルダリア、あれを突破するにはどうすればいい」
「対となるフェザリアを純粋にぶつけ、相殺するしかありません」
「……つまり聖王の言っていたことが当たってたってことか」
この現状を予測していたとなれば、ますますもって恐ろしい力の持ち主だ。いずれ相対する可能性があるなんて考えたくはなかった。
しかし、いまだけは感謝だ。
この場に居合わせなければ、ミリィを助けるために力を使うことすらもできなかった。
「ですが、あのアストラです。いくらあなたでも――」
「そんなことはわかってる」
フレルダリアの言葉を遮って返した。
先ほど触れたからこそわかる。この身が扱えるフェザリアでも相殺するのが厳しいほどの力だった。だが、だからといって諦めるわけにはいかなかった。
「仮に抜けられたとしても地上からじゃ近づけないな。シャラ、俺をミリィの上空まで連れてってくれ」
シャラは反対することなく、ただ頷いて翼竜化してくれた。すぐさま彼女に飛び乗ると、視界の端に目を見開いたフレルダリアが映り込んだ。
「まさか……上空から降下して向かうつもりですか?」
「そのまさかだ」
「それでは先ほどのように逃げることは」
「だからどうした? ほかにやりようがない。思いつかない。時間がない。だったら、もうそれを選ぶしかないだろ」
いまもっとも後悔する選択肢はなにか。
それはここで諦めてミリィを見殺しにすることだ。
「頼む、シャラ!」




