◆第四話『テムザスの祝祭』
教会の食堂としている一室にて。
コズノワは物を破壊して回っていた。
物が壁や床に触れるたび、騒がしい音が響く。
部屋の隅では、もとからいたミリィが縮こまっていた。
彼女のほうにも割れた食器の破片が幾つか飛び散っている。露出した足首や脛あたりには血が滲んでいた。だが、いまはそんなことなどどうでもよかった。
「あいつらめ……っ」
先ほどまで島の中央で縛りつけられていたところだった。
巡礼島が来なければ、あのままテムザス民に殺されていたかもしれない。ぞっとすると同時に、怒りが湧き上がってくる。
「わたくしのおかげで帝国の脅威から逃れられていたというのに……恩を仇で返すとは……っ」
まさかテムザスの民たちが反旗を翻すとは思わなかった。大人しい者たちだと思っていただけに完全に意表を突かれた形だ。とはいえ、彼らだけでは行動に踏み切ることはなかっただろう。
引きがねとなったのは、間違いなく《雷帝のクラーラ》の存在だ。
「まあ、いまとなってはどうでもよいことだ」
これから予定していることを思えば心が落ちついた。いや、ある意味では落ちつくどころか血が滾ってしまうのだが。思わず口元に笑みを浮かべてしまった、そのとき。
部屋の隅――ミリィから小さな声が聞こえてくる。
「……ま、まだ巡礼島がいます」
「なんですか。わたくしに口答えする気ですか?」
「い、いえっ」
ミリィが口をぎゅっと閉じた。
まん丸で大きな目をついと俯ける。
「あの極上の女を逃したことだけでも腸が煮えくり返りそうなのに、あのような仕打ちを受けたのですよ。いますぐにでも祝祭を始めなければ、わたくしは発狂してお前をどうにかしてしまうかもしれません」
恐怖で顔を歪めるミリィ。
そのおどおどした態度は、見ているだけでも苛立ってしまう。
だが、見てくれだけはいい。
さすがは〝彼女〟の娘だけはある。
育てば美しい女になることは間違いなかった。
好みの姿になるまでまだまだ長いときを要するだろう。だが、すべてが熟したとき、念願が叶う。……いまから想像するだけでも涎が出そうだった。
ふいに扉が小突かれた。
「し、司祭様……」
「レイゾンさんですか」
こちらから扉を開けにいく。
その先にいたのは、予想どおりレイゾンだった。
彼は思いつめたような表情でぼそぼそと呟く。
「準備が整いました」
「思っていたよりも早かったですね」
普段は夜に行っていることを昼間にするのだ。
多少の遅れは覚悟していたが……どうやら急いで対応したようだ。
「しかし、あんなことをしたあとで、よく素直に応じてくれましたね、レイゾンさん」
「……司祭様とは、これからも長い付き合いになるので」
レイゾンの顔からは、不本意であることがありありと伝わってくる。しかし、昨夜のように反抗的に睨んでくることはなかった。
「ようやく立場を理解いただけたようでなによりです。今後も、そのようにお願いしますよ。ただし……次に裏切れば、わかっていますね」
レイゾンが俯きながら、「はい」と頷いた。
色々とあったが、結果的には地盤が固まったと言えるのかもしれない。
予想外の巡礼島の出現で助かったものの、一時はひやりとした。聖騎士フレルダリアがテムザス民の言葉を信じるかもしれなかったからだ。しかし、彼女はテムザス民の言葉を信じることはしなかった。
これはつまり、祝福を与えるという行為に許しが出たといっても過言ではない。テムザス島で約束された将来を思うと、胸中で笑いが止まらなかった。
部屋を出る際、散らかった室内が映り込んだ。
自分でしたことではあるが、あまり気持ちのいい光景ではない。いまも部屋の隅で縮こまっているミリィへと命令する。
「わたくしが戻るまでに片付けておきなさい。少しでも汚れが残っていた場合、わかっていますね?」
「は、はい……っ」
ミリィが慌てて片付けを始めたのを確認後、扉を閉めた。
「それでは、わたくしはこれから聖域へと向かいます。レイゾンさん、ご苦労様でした」
そう別れを告げ、その場をあとにした。
礼拝堂に出たのち、側廊から続く階段を下りはじめる。
聖域は教会の地下2階に存在する。
当然ながら相応の階段を下りる必要があった。
ひと気もなく、また地下とあってか。
進むたびに空気は冷たくなり、静けさも強まっていく。
ただ、相反して心のほうは昂ぶっていく。
この差異を感じるのがなにより心地よかった。
自身が絶対な強者であることを思い知らせてくれるようだからだ。
ついに階段に終わりが訪れた。
眼前には頑強な鉄扉が待っている。
招かれざる者以外は、何人たりとも入ることを許されていない。
――わたしだけの、聖域ッ!
溢れんばかりの昂揚感に身を任せ、コズノワは扉に手を伸ばす。
「我が聖域へとよくぞ参った。さあ、はじめようぞ! テムザスの祝祭を!」
高らかに声を張り上げ、扉を開けた。
直後、視界に飛びこんできた光景を前に思わず唖然としてしまう。
最近、テムザスを訪れていた《雷帝のクラーラ》と、シャラという女。そして、聖騎士フレルダリアがいたのだ。
「ここで祝祭なるものが行われていると聞いてきたのですが、興味があるのでどのようなものかを――」
紡がれた言葉は穏やかだ。
しかし、向けられた目には、冷たく刺すような厳しさが満ちあふれていた。
「教えていただけますか、コズノワ司祭」




