◆第三話『聖王セレス・ビアトル』
ゼノは、シャラと揃って少女の自己紹介に思わず言葉を失ってしまった。
世界で唯一、帝国の王ディメルと同等の権力を持つと言われる、聖王国の王。セレス・ビアトルが目の前にいる。たとえ事実だとしても、すんなり受け入れるにはあまりにぶっ飛んだ内容だった。
そんなこちらの反応を見てか、静観していたフレルダリアが口を開いた。
「お気づきかとは思いますが、この体はセレス様のものではありません。意識を聖王国本土から飛ばし、あなた方と話しておられます」
アストラの交信術も他人に言葉を届けられる力だ。絶大なアストラの力を持つといわれる聖王であれば、このようなことができてもおかしくはないかもしれない。
「冗談……じゃなさそうだな」
「おそらく、本人だと思います」
シャラがこわばった様子で言った。
同じアストラ使いとあって、なにか感じるものがあるようだ。
「それで、そこまでして俺らと話そうとする理由ってのはなんだ?」
「ひとつだけ確認したいことがあります」
いまだ少女の目は青く光っている。
かすかに眩しくて直視はしにくい。
だが、その一瞬だけは光の先――瞳の奥を覗くことができた。
「あなた方は《空の果て》を目指しているのですか?」
あまりに唐突で、あまりにあっさり過ぎた。
心臓が跳ねたかのような感覚に見舞われる。
「だと言ったら……どうする」
ここまでして訊いてくるぐらいだ。確信はしているのだろう。だが、だからといって聖王国を敵に回す可能性を考慮すれば肯定することはできなかった。
「おやめなさい。あなた方が得られるものはなにもありません」
「なにに価値があるのかを決めるのはお前じゃない。俺たちだ」
言い終えるなり、目が合ったシャラも頷いた。
仲間たちを帝国の脅威から守るためのひとつの選択肢として、《空の果て》という場所を選んだこともある。だが、目指すと決めた理由はそれだけではない。
かつての相棒であり、シャラの姉でもあるソフィア。
彼女がなぜ目指したのかを知るためだ。
「だが、こうして聖王自ら忠告しにくるぐらいだ。よほどのものがあるってことか」
「どんな願いでも叶うなどといった都合のいいものでないことはたしかです」
「いったいなにがある?」
「お教えすることはできません」
「そんな言い分で納得できると思うか?」
最低限の材料を提示してもらわなければ、こちらも頷くに頷けない。互いに仮定の話であるにもかかわらず、場がわずかな熱を帯びはじめる。
「仮に来たところでわたくしがとおしません」
「いまは帝国と争ってる最中だ。聖王国とまで事を構えるつもりはない。〝仮に〟行くとしても当分先だ」
こちらの意志はきっと見透かされている。
半ば強がりから、あえて宣言することを選んだ。
セレスからの返答はない。
ただ、向けられた光る瞳が断固として〝とおさない〟といった意志を伝えてきた。
いずれ彼女とも戦う日が来るのかもしれない。
そんなことを思いながら、一度空気を入れ替えた。
「こっちからも訊きたいことがある。帝国の奴らがシャラのことを《空の果て》に行くための鍵だと言っていた。あれはどういうことだ?」
「先ほどお答えしたとおり《空の果て》に関することをお教えするつもりはありません」
予想どおりの返答だった。
しかし、ずっと無表情だった少女の顔にわずかな歪みが生まれる。
「ただ……わたくしとしては、その言い方は好きではありません」
物事に対して好き嫌いを言うような人間ではない。
そんな印象を勝手に抱いていたが、どうやら違ったようだ。もしかすると聖王セレスは、こちらが思っているほど話が通じない相手ではないのかもしれない。
隣ではシャラも同様に感じていたようだ。
少しだけ驚いた表情を見せていた。
「それで、俺たちに警告するためにわざわざ顔を見せにきたのか?」
「わたくしは、ただ星の導きに従ったまでです。あなた方とこうしてお話しすることを望んだのも、この場所を訪れてからです。ただ、わたくしがこのような選択をとることも、すでに決まっていたのかもしれません」
勝手に話を完結させたかと思うや、セレスがどこかべつの場所を見るように目をそらした。
「近くにとても強い光を持つ者がいます」
「……強い光。アストラのことか」
「きっと星は、わたくしをその子に引き合わせたかったのだと思います。わたくしと同じか――いえ、もっと強い光を持っているかもしれません」
「そんな奴が本当にいるのか?」
セレスは、こんな遠くにまで意識を飛ばし、他人と会話できるほどのでたらめな力を持ったアストラ使いだ。そんな彼女と同程度の力となれば世界の情勢を揺るがしかねない。
ただ、セレスの口からその者が誰か明かされることはなかった。部屋の扉が小突かれたのだ。許しを得て入ってきた聖職者の女性が端的に言葉を紡ぐ。
「フレルダリア様、コズノワが動きました」
「……思っていた以上に早いですね」
その会話だけでは漠然としていてなんのことかはわからない。だが、つい先ほどフレルダリアは〝コズノワの件は任せてください〟と言っていた。
「もしかして泳がせたのか?」
「言葉だけを信じて罰することは難しいですから」
つまり、証拠を掴むための策を講じていたというわけだ。
「でも、どうやって」
「テムザスの方に協力をお願いしました」
「そんな暇はなかったはずだが……」
「アストラの交信術、ですね」
シャラがそう答えを出した、瞬間。
納得できる場面があったことを思いだした。
コズノワの拘束が解放されたときのことだ。
テムザス民の多くが絶望する中、レイゾン1人だけ様子がおかしかった。おそらくあのとき、フレルダリアは彼に協力を頼んだのだろう。
「では、セレス様」
フレルダリアが立ち上がり、部屋を退室しようとする。と、セレスが「お待ちなさい」と声をかけた。
「彼らを連れていきなさい」
「ですが、これは聖王国の問題です」
「これもまた星の導きです」
「……仰せのままに」
なにやら勝手に話が進められていた。
「おい、こっちはまだ行くとは言ってない」
「あなた方がテムザスのことを気にかけてくださっていたことは存じています」
セレスが淡々と返してきた。
どうやらすべてお見通しというわけだ。
聖王国の反感を買う可能性を心配して関与を最低限にとどめてきたのだ。その心配がないとわかれば、こちらの答えは決まっている。
ゼノは息を吐いて反骨心を抜いたのち、すっくと立ち上がった。
「そっちがいいってんなら、最後まで見届けさせてもらうぜ」




