◆第ニ話『巡礼島』
巡礼島は通常の島の2倍近くはあった。
鎮座する大聖堂もとてつもない大きさを誇っていた。フォルツィアット城も大きいが、それを遥かに上回る。
柱ひとつとっても規格外の大きさだ。派手さこそないが、荘厳さはどこを見ても際立っている。まさに聖王国の象徴として申し分ない存在感だ。
「初めてみましたが、圧倒されますね……」
大聖堂を見上げながら呆けたように口にするシャラ。
巡礼島には彼女と2人で訪れていた。
案内人は、いまも前を歩く大きな女性――聖騎士フレルダリアだ。
「あの司祭……コズノワが嘘をついてるのはお前もわかってるだろ」
「その件に関しては、我々に任せてください。テムザスの方々にとって悪いようにはしません」
その返答は肯定するものであり、かつ対策をとっていることを匂わすものだった。コズノワを処分する気がまるでないように見えたが、思い違いだったようだ。
しかし、対策とはいったいどんなものなのか。
気になるところだが、言動からして話す気はなさそうだ。
「にしてもいいのか? 俺たちが帝国と争ってることは聖王国も知ってるだろ」
「聖王国があなた方との関係性を疑われる、ということでたしらなにも問題ありません。そのような事実はありませんから」
「だが、接触したことは事実だ。これは使わせてもらう」
「お好きにどうぞ」
フレルダリアは他人に信じてもらうことを前提とした考え方をしている。正直、共感はできないが、利用させてもらえるならどうでもよかった。
「聖王国が巻き込まれるかもってのに冷静なんだな」
「セレス様は、すべてを見ておられます」
「よくわからないが……聖王も許可してるってことか」
今回、巡礼島がテムザス島を訪れたのはフレルダリアではなく、聖王の意思というわけか。巡礼島の経路を詳しく把握しているわけではないが――先のコズノワの反応を見る限り異常であることは間違いないだろう。
シャラが小声で囁いてくる。
「……なにかありそうですね」
「ああ。そもそも今回、巡礼島が来る予定はなかった。つまりなにかほかに目的があって来たってことだ」
翼竜人であるシャラもこの場に招いた。
もしかすると、こちらが《空の果て》を目指していることを聖王セレス・ビアトルが勘付き、牽制しにきたのかもしれない。
「いずれにせよ、こっちも話があったところだ。ちょうどいい」
コズノワに関することで忘れかけていたが、本来の目的は巡礼島に東の連合国への伝言を頼むことだ。この機会に交渉するしかない。
以降も大聖堂の規模の大きさに圧倒されつつ、フレルダリア案内のもと歩きつづけ――やがて一室に案内された。
石造りでありながら温かみを感じられる部屋だ。調度品も上品なことから貴賓室あたりだろうか。とはいえ、やはり城や貴族の屋敷に比べれば慎ましやかな空気が強い。
促されるがまま、ソファに座った。
遅れて対面にフレルダリアが座る。
彼女が腰を下ろしたのは当然ながら相応の大きさを持ったものだ。
思わずシャラとともにまじまじと見てしまう。
と、フレルダリアがかすかに目をそらした。
もしかすると羞恥心が湧いたのだろうか。
無表情ばかりの彼女とあって意外な反応だ。
まるで注意をそらすかのように、フレルダリアが早速とばかりに口を開いた。
「先ほど我々に話があるというようなことを言っていましたが」
「なんだ、聞こえてたのか」
「このような体ですから」
耳も大きいから聴力がある、と言いたいのだろう。
……どうやら根に持つタイプのようだ。
「世界の東側――連合国本土のそばに教会が置かれた島があるのは知ってるな」
「たしかに存在します。我々の巡礼島が管轄としている島です」
「ならちょうどいい。連合国に伝言を頼みたい」
「お断りします」
予想できた反応だった。
フレルダリアは眉ひとつ動かさずに言葉を継ぐ。
「特定の勢力に肩入れすることはできません」
「……そうやってずっと静観を続けるつもりか。このままだと聖王国もいつか帝国に潰されるぞ」
「そのときは世界がそうなる定めだったというだけです」
まるで取りつく島がない。
思わずため息をついてしまう。
「日和見もここまでくると清々しいな」
「聖王国が求める平和は戦いによって得られるものではありません」
「戦いで得るぐらいなら滅びればいいってことか」
過激な極論だったためか、同意は得られなかった。
ただ、無言からしてほぼ肯定といったところだろう。
いずれにせよ、これ以上続けても平行線を辿るだけだ。
交渉するためにも、ひとまずべつの話題から道を探るしかない。ちょうどよく、いまは相手からの要望もあることだ。
「で、そっちの目的はなんだ? どうしてわざわざ俺たちを巡礼島に上げた?」
「会って……いえ、話していただきたいお方がいます」
フレルダリアが扉に向かって「入りなさい」と声をかけた。
応じて入ってきたのは18歳ほどの少女だ。聖職者なのか、ローブを着ている。特筆すべきところはあまりない。素朴で純情そうな子だ。
「目を瞑り、ただ息をすることだけを考えなさい」
「……はい」
フレルダリアに言われるがまま、目を瞑る少女。
いったいなにをしているのか。静かな時間が流れるのをじっと待ちつづけていると、シャラがいきなり体をこわばらせた。
「感じたことのない……とても強いアストラを感じます」
アストラを扱えないからか、いっさいの変化を感じられなかった。ただ、眼前の少女がまぶたを持ち上げた、その瞬間。いやでも違いを感じ取れた。
「……あなたがゼノ・クラーラですか。そして、あなたが翼竜人のシャラ」
うっすらと目を青く光らせながら、落ちついた声音で話しかけてくる少女。先ほどまでの歳相応のあどけなさなどは微塵もない。フレルダリア以上の威厳を孕んだ声だった。
「誰だ、お前」
半ば反射的に問いかけてしまった。
充分に間を置いたのち、少女が口をゆっくりと開く。
「わたくしはセレス・ビアトル。聖王国の王であり、この世界を見守る者です」




