◆第一話『聖騎士フレルダリア』
巡礼島がテムザスに停泊してから間もなく。
30人ほどが列をなして悠々と歩いてきた。
多くがローブに身を包み、聖職者といった格好だ。ただ、先頭を歩く女性だけは明らかに戦闘を意識した軽鎧姿だった。腰には剣も佩いている。
「……お、俺の2倍はある」
そうこぼしたのはシギだ。
彼は隣で自分の体を見下ろしたのち、愕然としている。
先頭を歩く聖王国の女性は、とても身長が高かった。あれほど高い者はいままでに見たことがない。こちらも身長は高いほうだが、差は頭ひとつ――いや、ふたつ分はあるだろうか。
「彼女が聖騎士なのでしょうか」
「……だろうな」
シャラの問いかけに、そう返す。
聖王国にたった2人しかいない聖騎士。
そのうちの1人とあってか、存在感はさすがのものだ。
帝国13輝将と同等か。
……いや、それ以上と言ってもいいかもしれない。
年齢に関しては、まるで推測できなかった。
というのも、衰えのようなものを首や手にいっさい感じないこともある。だが、それ以上にあの目だ。幾千年を生きてきたと言われても信じてしまうような、達観さをそなえている。
ふいに聖騎士と思しき女性がこちらを見た。
まじまじと観察していたこともあり、視線を辿られたのだろうか。ただ、目が合ったのはほんの一瞬。とくに大した発展もなく、あちらの視線は外された。
やがて聖王国の一向が騒ぎの中心に踏み入ってきた。
聖騎士と思しき女性が周囲を見回したのち、厳格な声をこぼす。
「これは何事ですか、コズノワ司祭」
「フ、フレルダリア様……!」
聖騎士と思しき女性――フレルダリアから真っ直ぐに見つめられ、コズノワが半ば反射的に目をそらしていた。だが、現状から救いだしてくれる唯一の存在とあってか、すぐさま懇願するような目を向けはじめる。
「わたくしにもわからないのですが……突然、彼らが暴徒と化し、このような仕打ちを受けたのです。もしかすると、彼らは帝国に心を売ってしまったのかもしれません」
「なにがわからないだ! 嘘をつけ!」
「俺たちは帝国となんかいっさい接触してない!」
「この悪魔が!」
さらりと嘘をついたコズノワに、テムザス民がすぐさま罵声を浴びせていた。再び熱が高まりだした中、幾人かの男や女が聖騎士フレルダリアに縋りはじめる。
「聖騎士様っ! 奴は……コズノワは自身の立場を利用して、この島の女性の体を求めていたのです!」
「わ、わたしの妻も……こいつにっ」
「お願いです、聖騎士様……どうかテムザスをお救いください……っ」
さらに救いを求める言葉が続々と飛んでくる。
もはや島全体が泣いているかのようだった。
フレルダリアは泰然とそれらを受け止めたのち、いかめしい顔をコズノワに向ける。
「彼らの言っていることは本当なのですか?」
「セレス・ビアトル様に誓って断じてそのようなことはしておりません! この島に足をつけたときより、わたくしのしてきたことはただひとつ! 星のごとく、ただ彼らを静かに見守ることだけです!」
聖王国の主であり、聖王でもあるセレス・ビアトル。
その名を口にしてまで断固として非を認めないコズノワ。どうやら彼の中では、すでに聖王国の司祭として終わっていたようだ。
真実を知るテムザスの民たちがコズノワの虚言に愕然とし、また怒りをあらわにしていた。あちこちから「嘘をつくな!」といった声があがりはじめる。
場が再び騒然としてきた中、フレルダリアが静かに目を瞑った。たったそれだけの行動にもかかわらず、全員の目を惹きつけていた。
「コズノワ司祭の拘束を解きなさい」
後ろに控えていた聖王国関係者に、そう指示を出すフレルダリア。数人が頷いてコズノワのもとに向かい、解放しはじめる。
「なっ、どうして……」
「まさかいまのでコズノワを信じたっていうのか!?」
信じられないとばかりに目を見開くテムザス民。
相反してコズノワは安堵しつつ、その口元を勝ち誇ったように歪ませていた。
「冗談じゃない。またあの日々が続くのか……」
「聖王国も結局帝国と変わらないってことかよ!」
コズノワに手をあげた時点で、テムザス民はすでに限界を迎えていた。それでも最後の一線だけは越えまいと耐えていたようだが……どうやらそれが崩壊したようだ。
1人の男がコズノワの背後に向かって駆けだした。
手には包丁を持っている。
間違いなく殺る気だ。
たとえ殺すにしてもいまは最悪のタイミングだ。
ほかの聖職者、ましてや聖騎士の前では言い逃れができなくなる。
静観するつもりだったが、こればかりは見逃すわけにはいかない。ゼノは舌打ちしつつ、地を蹴ろうとする。が、それよりも早くに視界の右端を影が駆け抜けていった。
フレリダリアだ。彼女は巨体に似合わずとてつもなく速かった。瞬く間にコズノワを背にし、アストラの防御術を展開。駆けてきた男を包丁もろとも弾いた。
男が尻をついたまま、なにがあったかわからないとばかりに混乱している。ただ、その顔はすぐさま恐怖の色で染められた。フレルダリアが佩いていた剣を抜き、振り上げていたのだ。
その剣身は彼女の体相応に長く、分厚い。
振り下ろされれば間違いなく命はない。
ゼノはフェザリアを全開にし、雷光を迸らせた。ぐんと加速した体で、フレルダリアのそばまで到達。背から抜いた戦斧で彼女の剣を受け止めた。
「そこらで止めとけよ」
「あなたも聖王国に敵対するつもりですか?」
「そんなんじゃねえよ。ただ、俺はこいつを守っただけだ」
いまは戦斧だけを割り込ませただけの体勢をとっていた。本来なら力を入れにくい形だが、フェザリアを全力で使えばなんの問題もない体勢だ。
しかし、そのフェザリアの力が弱まっていた。
駆けだしたときの雷光がいまやそばにはない。
緑の柔らかな光が辺りに漂っている。
おそらくフレルダリアの展開したアストラが原因だろう。
フェザリアとアストラは対になる力だ。アストラがフェザリアを相殺する性質を持っていることも知っている。だが、ここまで弱まるほど強いアストラを持つ者と会ったのは初めてだった。
実際にはほんのわずかな間だったが、ずっとそうしていたような感覚だった。やがてフレルダリアがいっさい表情を崩さずに無言で身を引き、剣を収める。
ちょうどコズノワが拘束から解放されたようだった。
意気揚々と近くまで来ると、フレルダリアに媚びへつらいはじめる。
「フレルダリア様、なんとお礼を申したらよいか」
「必要ありません」
ひどく素っ気ない返答だった。
さすがのコズノワも対応に困っているようだった。
ただ、そう間を置くことなく、恐る恐るといった様子で口を開く。
「それで……わたくしはまだこのテムザスにいてもよろしいのでしょうか」
「そのつもりですが、なにか不都合でもありますか?」
「い、いえいえ! とんでもございません。今回のように行き違いはありましたが、もとはとてもいい関係を築けておりましたから。改めて対話の場を設ければ、きっとまた手を取り合えるとわたくしは信じております」
よくもここまで思ってもいないことをぺらぺらと口にできるものだ。
「では、今後もこの島をお願いします」
「もちろんです。星の導きに従い、彼らを正しき道へと誘いましょう」
縛られていたときとは打って変わって、コズノワの顔には生気が満ちあふれていた。ただ、やはりその口元はよく観察すれば、いやらしく歪んでいる。きっと心の中での高笑いがもれているのだろう。
「そ、そんな……」
「聖騎士までこんなクズだったなんて」
あちこちで崩れ落ちるテムザス民。
ただ、レイゾンだけは絶望していなかった。
なにか戸惑いつつも決意に満ちた顔をしている。
いったいどうしたというのか。
まさか先の男のようにコズノワを殺す算段でもたてているのだろうか。そうしてレイゾンの様子を注意して見守っていたときだった。
「……ゼノ・クラーラ」
フレルダリアが潜めた声で話しかけてきた。
風貌や先の戦いぶりから正体に気づかれていてもおかしくはない。だが、まるで疑っていない口振りに違和感を覚えた。
まさかとは思うが、最初に目が合ったときから気づかれていたのだろうか。だとすれば、先のフレリダリアがとった行動は――なかなかにタチが悪い。
こちらが睨んだことに気づいていないはずがない。
だが、まったく意に介した様子もなく彼女は話を続けた。
「話したいことがあります。あそこの翼竜人の方とともに、これから巡礼島に来ていただけますか」




