◆第八話『テムザスの未来』
慌ててシュボス島を発ち、テムザス上空に辿りついた。
眼下のテムザス島の中央付近には多くの人が集まっている。
確認するまでもない。
コズノワがさらし上げられているのは、あそこで間違いないだろう。
発着場を介さず、直接その場に下り立った。
集まった者の数は優に100を超えている。
若い女性たちの姿もちらほらと見える。
ただ、誰一人として肌艶のいい者はいない。
体も心も憔悴しきった様子の者ばかりだ。
「なにが司祭だ! 祝祭だ!」
「この悪魔め! お前さえいなければ……!」
あちこちから飛び交う罵詈雑言。
その先ではコズノワが太い角材に縛りつけられていた。
「くっ、お前たち……こんなことをしてどうなるかわかっているのか!? 聖王国が黙ってはおらんぞ! ぐぁっ」
飛んできた小石がコズノワの頭にぶつかった。
かすかにえぐれた皮膚から血がじわりと滲む。
「そんなこと知るか!」
「こんな悪魔を寄越すぐらいだ! 聖王国もクソに違いない!」
「早く! 早くあいつを殺して!」
投げつけられる言葉がどんどん過激になっていく中、シャラが痛々しげに顔をみせていた。近くにはシギと彼の部下もいるが、同様に顔を歪めている。
コズノワがしてきたことを思えば現状に同情の余地はない。だが、目の前の光景があまり気持ちのいいものでないことはたしかだった。
「クラーラさん、来ていたのですね」
そう声をかけてきたのはレイゾンだった。
彼は周囲の者たちと違って落ちついている。
ただ、それが逆に異様に映った。
「……これはどういうことだ?」
「見てのとおりです。わたしたちは戦うことにしたんです」
言葉こそ静かだが、目が血走っていた。
どうやら彼もほかの者と同じく昂ぶっているようだ。
「お前たちの島で、お前たちの未来だ。だから選択は任せたが……これは最悪だ」
「ですが、立ち向かえと」
「こんな荒事をしろと言うわけがないだろ」
相手は交渉をする気がない帝国ではなく、一応は平和を謳っている聖王国だ。こんな力に訴えかけるような手段ではなく、ほかに平和的な手段はあったはずだった。
「これから巡礼島も来るってのに……」
「あ、あれは彼女を連れてくるために、コズノワが嘘をついたのです」
「……やけに都合がいいとは思っていたが、そういうことか」
聖王国の巡礼島は2つ存在するとはいえ、世界中を回っている。こんなにも運よく巡り合わせるのはおかしいと思っていたが、どうやら偽りの情報だったらしい。
いずれにせよ、レイゾンたちが暴走してしまったのは、巡礼島がすぐに来ないと知ったことも大きな理由だろう。それほどまでに彼らの我慢は限界に来ていたというわけだ。とはいえ――。
「にしたって手を出すのはやりすぎだ。コズノワは聖王国の身内だ。どれだけクソなことをやってたとしても事情を知る前から手を出されたら、素直にお前たちの言葉を受け入れるわけにはいかなくなる」
こんなことなら彼らを誘導するべきだったか。
いや、そんなことをすれば関与したととられかねなかった。きっと本当の正解は、テムザス島が抱えるコズノワとの問題に、いっさい関るべきではなかったのだろう。
「テムザスは大した武力もない島だ。さすがに聖王国がお前たちを皆殺しなんてことはしないだろうが……」
「聖王国の庇護下からは外されそうですね」
「……つまり、帝国が来る」
未来を予想するシャラとシギ。
親が聖王国から帝国に変わるだけだ。しかし、レイゾンはたったそれだけとはとらなかったようだ。おそらく帝国がコズノワが可愛いと思えるほどに非道な組織かを知っているのだろう。
「お、お願いです……っ! 我々もクラーラさんとともに――」
「昨日も言ったが、それだけは断る。大体、聖王国に目をつけられた島をわざわざ引き入れるはずがないだろう」
レイゾンがうな垂れ、がくりと膝をついた。
「そ、そんな……ではどうすれば……」
「知るかと言いたいところだが、こうなったのも俺が背中を押したからだ。どうにかしてやりたいが……」
そもそもダナガが接触した直後に起こったことだ。
今回の件に関わったと思われる可能性は高い。
おそらく聖王国からなんらかの説明を要求されるだろう。
「とにかく島を動かすべきでは?」
シャラが提案してきた。
「そうだな。いま来なくともいずれ巡礼島は来る。いまのうちに巡回の経路から外しておけば、多少は時間稼ぎが――」
できるだろう、と口にしようとしたときだった。
血気に満ちていた周囲の者たちが静かになった。
さらに動揺したように遠くの空を見つめはじめる。
「……は……はは……っ、どうだお前たち! どうやら聖王様はわたしを必要だと感じてくださったようだぞ! これから聖王様による裁きがお前たちに下されるぞ!」
コズノワが勝ち誇ったように高らかに声をあげていた。
無理もない。
いまの彼にとって〝それ〟は救いの神そのものだ。
「そ、そんな……来ないはずじゃっ」
レイゾンもまた周囲の者たちと同様に、遠くの空を見ながら動揺していた。
「……ゼノ、あれは」
シャラがこわばった顔を向けてくる。
ああ、とゼノは頷く。
子どもの頃、1度だけ見たことがあった。
フォルツィアット城よりも、巨大な建物。
大聖堂を島の中央に鎮座させた、聖王国の象徴たる島のひとつ――。
「聖王国の巡礼島だ」




