◆第七話『妹と弟』
陽が昇り、空気が温まりはじめた頃。
ゼノはシャラとともにシュボス外縁に立っていた。
本日、ついに聖王国の巡礼島がテムザスに訪れる。
これからテムザスに渡り、接触の機会を窺いにいくところだ。
「それでは頼んだ、クラーラ」
「島の人たちがどんな決断をしたのか。気になるから、あとで色々聞かせてね」
見送りにはルピナとクァーナが来てくれていた。
ほかにはユリアスもいたが、彼はほかの2人と違ってどこか暗い。視線を落としたまま、思いつめたような顔をしている。
そんな弟の態度をルピナも見かねたようだ。
小さく嘆息したのち、眉尻を下げながらたしなめる。
「ユリアス、見送りの際にそのような顔するものではない」
「……申し訳ございません。ですが、どうしても」
注意されてもユリアスの顔が晴れることはなかった。
若いからなのか、あるいは彼の純真な心ゆえか。
「テムザスのことか?」
「……はい。どうにか彼らを救うことはできないのでしょうか」
直接的にテムザスを救うつもりはない。それはすでに決定したことだ。それでもユリアスが引っかかっている理由については察しがついていた。
「自分たちだけが助かったことに罪悪感を覚えてるのか?」
こちらの問いにユリアスが目線を落とした。
ルピナも思うことがあったのか、わずかにばつの悪い顔をしている。
「お前もわかってるとは思うが、俺たちが介入することでややこしいことになる。最悪、聖王国を敵に回して仲間が危険にさらされるかもしれない」
なによりも〝いま〟の仲間が大事だ。フォルツティア王国を救ったのも、結局はダナガや反抗組織の者たちと未来を生きるために必要だと判断したからだ。そうでなければ、きっと切り捨てていた。
ただ、幸いにもいまは帝国の脅威にさらされていない状態だ。なにより〝いまは仲間となったユリアス〟から懇願され、なにもしないというのは寝覚めが悪い。
ゼノは「だが」と繋いで話を続ける。
「できるかぎりのことはしてみるつもりだ」
「クラーラ様……」
安心しろ、と言葉では伝えられない。
代わりになれば、とユリアスの頭を撫でた。
本来、王に対しておこなうようなものではない。だが、ここにフォルツティアの民はいないし、そのようなことを気にする者もいない。
「やはりクラーラ様には姉上と同じようなにおいを感じます」
こちらが手を放すと、ユリアスが顔を綻ばせながらこぼした。直後、シャラがわずかに顔を顰めながら口を開く。
「ニオイは全然違います」
「い、いえ。本当のニオイというわけではなく……空気感というのでしょうか。もし、わたしに兄がいれば、クラーラ様のような方だったのかも、と思ってしまうのです」
まだ若いこともあり、ユリアスのことをエルクのように弟扱いしている自覚はある。ゆえに、ユリアスがこちらを兄のようだと言われても自然と受け入れることができた。
ただ、ルピナは違ったようだ。
なにやら赤面した様子で口をぱくぱくさせている。
「ユ、ユリアス……なにを言って――」
「じゃあ、ルピナは俺の妹か」
ルピナの年齢は23歳。こちらが28歳であることを考えれば、妹という関係がもっとも適した答えだろう。しかし、ルピナには予想外の答えだったようだ。唖然としたまま硬直している。
そんな彼女にクァーナがここぞとばかりに突っかかっていた。悪戯っ子のような笑みを浮かべながら、ルピナの顔を覗き込んでいる。
「あれ~、ルピナ。なにを考えてたのかな? まさか……」
「ク、クァーナっ。いや、わたしはべつになにもっ」
顔を真っ赤ににして反論するルピナ。
ただ、その矛先はすぐにこちらへと向けられ、上目遣い気味に睨まれた。初めて剣を交えたときと同じぐらいの鋭さだ。
「これ以上、ここにいると斬られかねないな」
「ク、クラーラ! なにを勘違いしているのか知らないが、わたしはなにもっ」
いまのルピナの反応から理解できないほど鈍感ではない。以前にも彼女の取り乱した姿を見たが……普段が厳格なこともあり、やはり落差が面白い。
「大丈夫です姉上。クラーラ様はきっとわかってくださっています」
「いや、ユリアスっ。ここはわかられると困るんだっ」
ルピナが体――心を張ったおかげか、今朝からずっと浮かない顔をしていたユリアスもすっかり元気になったようだ。さすがは姉といったところだ。
場も朗らかになり、いつまでもいたい衝動に駆られるが、テムザスでシギの部隊を待たせている。そろそろ発たないといけない。
「それじゃそろそろ出発する。……シャラ」
頷いたのちに翼竜化したシャラに飛び乗る。
と、ルピナから恨めしげな目を向けられた。
「……クラーラ、帰ったら話がしたい」
「あら、ルピナ。2人きりで話したいだなんて積極的ね」
「クァーナっ、どうしてきみはそうっ」
「姉上、応援しています……!」
「ユリアスまでっ」
なんとも騒がしい見送りとなったものだ。
とはいえ、しんみりしているよりよっぽどいい。
ゼノはくすりと笑みをこぼしつつ、シャラに出発するよう合図を送ろうとした、そのとき。
1機の空車輪がテムザス方面から飛んできた。
急速な接近だったこともあり警戒したが、乗っていたのはシギと彼の部下だった。最近では操縦を買って出るシギだが、操縦を部下に任せている。よほど差し迫っているのだろう。
空車輪が着陸する前から、シギが声を張り上げる。
「……雷帝、大変だ」
「どうした? なにがあった?」
普段、シギは動じた姿をあまり見せない。
そんな彼が一瞬だけでも言いよどんだ。
最悪なことが起きたのは予想できた。
「――領主たちが司祭たちをさらし上げていた」




